え、えええ…!?
「めっちゃびっくりした…。だって急にドラゴンが現れるんだもん」
ホテルに戻ってきたアレンが本当にびっくりしたんだよとばかりに報告してくるけれど、長くなりそうなアレンの話を遮って皆にヲコとの対戦のあらましを伝えた。
ヲコがホテルの中に侵入して暴れそうになった所から、ドラゴン姿に戻ったヲコを倒せるまでに追い詰めたけれど逃げられた所までをかいつまんで、なるべく短めに。
大体を話し終えて私はうなだれるように頭を下げる。
「ごめんなさい、もう少しで倒せそうだったのに…」
「いいえ、そのような大事な時に傍にいられず…申し訳ありません」
ガウリスが謝るけれど私は首を横に振る。
「三人は情報を集めに外に出ていたんだもの、しょうがないわ。それに私が一人ホテルに残っていて良かったのよ、そうじゃなかったらレディアが殺されていたかもしれないから…」
どこかに消えたヲコを探すのを諦め、皆も一旦ホテルに戻るはずと私とリロイもホテルに戻ったけれど、今の所はヲコまた暴れたりはしていない。
まぁあんな状態でそうそう動けることもないとは思うけど…。
「だがお前あんなエグい攻撃魔法なんて使えたか?ヲコに何やったんだ、あれ」
私たちだけだから裏の顔のサードが聞いてくる。サードにエグいと言われて少しモヤッとしたけれど、とりあえず説明した。
「ランディキングからもらったリヴェルの力よ。オルケーノプネブマ。ほらミレイダが言っていたじゃない?外側からの攻撃なら耐えられるけど内側からなら効くって。だから内側からの攻撃なら効くんだと思って使ったの」
「…じゃああれは体の内側から火山の噴火が起きたってことか」
サードはそう言いながらヲコが攻撃を受けた時のことを思い出したのか、どこかニヤニヤしながらソファーにもたれかかる。
「おっかねえことするなあ、エリー。内側から溶岩で溶かすだなんて残酷なこと…」
私だっていくら相手が敵でも残酷なことをしたという罪悪感があるから、そのニヤニヤしながらの言葉にムッとなって言い返した。
「一瞬で片をつけないとこの町の人たちも私たちも全員死ぬと思ったからああしたんじゃない。残酷なことをしたってのは私が一番分かってるわよ、それでも…」
サードはニヤニヤした顔を崩さずに私の話を遮る。
「別に責めてもいねえし面白半分でからかって言ってるわけじゃねえよ。ただああまでされたらもうヲコの命も終わったと同然、あとはヲコが死ぬのを待つだけだろ。つまりあとはヲコの死体がどっかで転がるのを待つだけだ」
そう言いながらもふとサードはリロイに視線を向けて聞いた。
「だがあいつ、あれぐらいの爆破の攻撃を喰らってもバラバラにならねえで生きてたんだよな。まさかドラゴンは内臓から喉が溶岩で焼けただれても回復して生きていけんのか?」
リロイは少し黙り込んでから、
「あのように内側から攻撃されたドラゴンの話は我は聞いたことがない。ゲオルギオスドラゴンは互いの強弱の差はあれ炎を浴びても受け流せると聞いている。
人間より体も頑丈で傷の治りも早いだろうが、あれは流石に自然に治る傷ではないと思うぞ。あのような爆発の攻撃を体内で受けたら…さぞかし苦しいだろうな…」
…。リロイまで私が残酷なことをしたみたいに言う…。否定はしないけど…否定はしないけど…それだったらあのままヲコを放っておいて町を破壊させておけばよかったとでも…?
「だから責めてねえって言ってんだろ」
不満げな私の顔を見たサードが声をかけてくる。
「お前はこの町の奴らを救った英雄だぜ?胸を張って堂々としてろよ、よくやったな」
「…」
滅多に人を褒めないサードに珍しく褒められたから、そこはちょっと嬉しいし誇らしい気持ちになる。
それとヲコ討伐の依頼も後はヲコが死ぬのを待つだけになったからか、アレンはどこか気が抜けたような呆けた顔になってホッとため息をついた。
「あー、俺ヲコと直接対決するんだと思ってた。でもヲコのドラゴン姿見てあんなのと戦うの無理だろって思ったからさ…なんか良かった、エリー大変だっただろうけど」
ガウリスもゆっくり落ち着いたような顔付きで賛同するように大きく頷く。
「私もヲコの本当の姿を見て自分の槍や聖魔術が効くのかと一瞬絶望が脳裏をよぎりましたので…。エリーさんには苦労をおかけしましたが、正直心が軽くなりました…」
その言葉に私も続ける。
「私もこんなのと戦わないといけないのって絶望したわ。それに急いで外に飛び出したから部屋着のままで杖も防具も何もつけていない状態だったんだから」
それにしても、いつも大変な状況でものん気なアレンに、戦闘となれば冷静に状況を見て動けるガウリスでもあの時は絶望に陥っていたのね。…まさかサードも?
そう思いながらチラと見ると、私の視線に気づいたサードは何かを押すような手つきで人さし指をガウリスに向ける。
「俺はガウリスの逆鱗を突こうと思ってた。ちょうど道の向こうでガウリスがヲコを見上げて呆けて立ってるのが見えたからな、押し放題だったぜ」
「…それはちょっと…」
ガウリスは首を軽く横にフルフルと振りながらストール越しに逆鱗を手で隠す。
「でもそれなら次のゲオルギオスドラゴンの長はリロイで決定じゃん。それなら嫁さんだって必死こいて探さなくても良くなったんだし、あとはゆっくり探せばいいよ」
なっ、とアレンはリロイの背中を叩く。するとリロイは少し言葉に詰まったような動きをすると、少し照れくさそうに視線を落として口を開いた。
「…実はな…もうすでに気に入った女が見つかっている」
ハッとした顔でリロイを見た。
それはボーチね?ボーチのことね?
「でももう急ぐ必要はないんだし、数年ぐらい仲を深めてからでいいんじゃない?」
せめてボーチが成人する十五歳まで待ってもらった方がいいわ。
そう思って促したけれど、リロイは首を横に振る。
「いいや。あんなにいい女を数年も放っておいたら他の男に取られるかもしれん、先に我の気持ちぐらいは伝えておく」
えっ。百年単位で物事を考えるリロイが数年も待てない?…本気なの、そんなに本気なのねリロイ?
それにしてもいつもボーっとしているのに好きな人ができたらこんなに熱くなるなんて…。でもやっぱり今のボーチの年齢じゃ告白して想いが成就したって…傍から見たら犯罪者扱いされちゃうわよね…。
どうやってリロイをなだめようかと考えていると、リロイは苦悩の表情になって鼻から長いため息をつく。
「だが我の気持ちに応えてくれるだろうか…婚姻して人間から半分ドラゴンになるなど嫌がるかもしれん…」
「その問題はないと思いますが…」
ガウリスがそう言うからそれはその通りと私も頷く。
ボーチは絵本の影響でドラゴンのことが好きだと言っていたのだし、明らかにリロイに好感を持っているもの。きっとお互いに両想いなのは間違いない。
「そうか?そう思うか?」
ガウリスの言葉にリロイは喰いついて、ふと表情を改める。
「我の気に入った女が誰か分かっているのか?」
「ええ何となくは。しかし…少々年齢が…」
「構わん。人間の年齢など我は気にしない、どっちにしろ年齢は我のほうが上だ」
いやいやいやいや…リロイは気にしないかもしれないけど、人間界の常識で当てはめたらそれが通じないのよ…。
するとドアがノックされた。サードはパッと表向きの表情に切り替わってドアについている丸い穴から外に立っている人を確認して、そして開ける。
「遅くにごめんあそばせ」
扉から入ってきたのはレディアと、レディアの後ろに従っているボーチ。
「私からの事情報告とそちらの事情報告を聞きに来ましたわ。まずドラゴンが暴れたにもかかわらずこのホテルの被害は最小限に留まり、特に大きい混乱もありませんでした。けが人は音に驚いて外に逃げようと転んで打撲になった方と…」
レディアが口をつぐむ。話している途中でリロイがズンズン近づいて目の前に立ったから。
リロイはレディアの前に立つと、グッと見下ろした。
「重要な話がある」
レディアは腕を組んで挑むような眼差しでリロイを見上げる。
「あなたがゲオルギオスドラゴンだということかしら?」
「え、バレちゃったの?」
思わずアレンがそう言って、でもすぐに「ヤベ」と口を押さえるけれど…。そりゃバレてるわよね、レディアの見ている前で自分はゲオルギオスドラゴンと名乗るヲコと同じ羽をリロイが生やして、口から炎を吹いたら…。
リロイの正体を口にするレディアに、ボーチはオロオロしながらレディアの服を引っ張る。
「レ、レディア様…リロイさんはとても優しい人です…!」
「人じゃなくてドラゴンでしょう?」
レディアは鼻で笑いながらリロイを見上げる。
「言っておきますけどね、出会った辺りから薄々勘付いていましたわ。あなたはもしやドラゴンではないかってね」
「え」
驚いてレディアを見ると、私たち全員の表情を眺めながら腕を組み、レディアは続けた。
「リロイさんがアリの巣を見ていて馬車に乗せて対面した時、目が人間とはかすかに違いましたもの。暗い中でもボンヤリと輝く金色の目に縦に広がる瞳孔の人型の生き物なんて居ないでしょう?
私、ドラゴンについては趣味で勉強した時期がありましてね。本にも書いてましたわ、ドラゴンの目は暗闇に輝き、暗さに応じて瞳孔は縦に伸びて広がるって」
レディアはそう言いながらリロイを見上げる。
「そうしたらドラゴンを討伐依頼を受けているはずの勇者御一行がドラゴンと共に居らっしゃるじゃありませんか。まさか力で敵わなくてドラゴンの支配下に置かれているのではと思って、証拠を集めようと私は勇者御一行の皆様の近くを張るために協力するふりをしておりましたの。
怪しい言動が見えたら即座に世間に公表して勇者御一行をこき下ろしてやろうと思いましてね」
オホホホとレディアは薄ら恐ろしいことを笑いながらバラしてくる。
「でも案外と違いましたわね。協力しているようには見えましたけど、どうやらリロイさんは討伐するドラゴンではなかったようですし…」
「まずその話はいい」
リロイはレディアの話を遮って一歩前に出る。
「お前に了承してもらいことがある」
レディアは笑いを収めて、仕事の商談を申し込まれたかのような顔つきでリロイを見た。
「何か」
「その通り我はゲオルギオスドラゴンだ。あのヲコという者も。そして我とあのヲコは次の長になるべく嫁を見つけて来いという条件を出されていた。
ゲオルギオス種は昔、神の手により数を減らし、その数少ない中で交配が進んで血が濃くなって問題が出てきたから、ドラゴン種以外で我らの嫁になってもいいという女を見つけ、先に連れ帰った者が次の長になるという条件でだ」
頭の回転の早いレディアは今の話だけでピンときたのか、見下げる顔になってボーチを自身の後ろに隠す。
「その話題と共に重要な話…ということは、そのような相手を見つけたということですわね?そしてあなたとの交際、もとい結婚を認めてほしいと」
「そうだ」
その言葉にレディアは心底面白くなさそうに眉間にしわを寄せてリロイを睨みあげる。
「失礼ですけど、あなたご年齢は?」
「千年と…いくらかくらいだが、ドラゴン種の中では子供の部類だ」
「へーえ?千年で子供ねえ?ところであなたが望むお相手の年齢がいくつか分かってらっしゃる?結婚なんてできる年齢じゃなくてよ」
「人間の年齢など気にしない、どっちにしろ我が上だ」
「だからと言って、はいそうですかと頷ける話ではありませんわ」
「知っている、それにドラゴンと婚姻をする者は半分ドラゴンの状態になる。…だからそれを知って了承したうえで我の元に来てほしい」
レディアの後ろからボーチはそっと身を横にずらして、キラキラとリロイを見上げている。
「…リロイ様…」
レディアはボーチの嬉しそうな様子を見て余計に眉間にしわを寄せる。
「この子は人間として…私の元で立派に育てあげて更生させてみせます!誰がわざわざ危険なドラゴンにこの子をくれてやりますか!」
腕を広げボーチの前に立ちはだかり睨み上げるレディアに、リロイはキョトンとした顔をする。
「何の話だ?」
「ボーチはあなたの嫁になんてやりません!この子は私の子です!」
リロイは何度か瞬きをして「ああ…」と納得した顔になった。そしてゆっくりと手を動かしてレディアの手を握る。
レディアは急に手を握られてギョッとした顔になって手を払いのけるけれど、リロイはそれでもなお手を握ってレディアに顔を近づけた。
「我はお前を嫁にしたいんだ。我の嫁になってくれないか、レディア」




