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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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レディアと

夜。レディアが用意してくれたホテルの廊下にある、ちょっとした休憩コーナーの空間から外を眺めている。

まぁ夜だから周囲の家と酒場から漏れるチラチラした明かり程度しか景色は見えないけど。


今の所サードにアレン、ガウリスは情報収集で外に出ていった。リロイは…多分部屋ね、情報収集について行っていないし。


本当は私もついていって情報収集の手伝いをしようと思ったけれど、


「お前の髪、最近痛んでるから寝てろ。レディアにイライラし過ぎなんじゃねえの」


ってサードに早めに寝るように言いつけられて置いて行かれた。それでもまだ寝るには早い時間だから少しだけ廊下の休憩スペースでゆっくりくつろいでから眠りにつこうと思って…。


「あら御機嫌よう」


顔を横に向けるとレディアがこちらに歩いてきているのが見えて、思わず身構える。


だってレディアに何か嫌味を言われそうだもの。「ドラゴンも見つけていないのにこんな所でゆっくりくつろいでるなんていい御身分ですわね」とかそんな感じのこと。


でも挨拶をされたのに何も言わないのは失礼だから、


「こんばんは、部屋に戻る所?」


と当たり障りのない挨拶を返すとレディアは腕を組んで、


「そうですわね、ちょっとホテル内の清掃に不備があったので支配人に注意をしてきたところですわ。ここ、よろしくて?」


レディアはそう言いながらも私の返事も待たずにさっさと目の前の席に座る。


そうなるとやっぱり何かしら嫌味を言うつもりかしらと警戒しつつレディアを見ていると、レディアは綺麗な足をドレスからチラとのぞかせつつ足を組み、そのまま私を真っすぐに見てくる。


するとおかしそうにフッと微笑んだ。


「そんなに私と話すのは緊張するかしら」


「そりゃあだって…すぐ嫌味を言ってくるんだもの」


思わず本心を言ってしまったけれど、これは口に出してはいけないやつと慌てて口を手でふさぐ。

でもレディアは嫌味を返すでもなくアッハハ、と高らかに笑うと、


「おっと今は夜でしたわね、静かにしなければ」


と私と同じように指先で口をふさぐ。それでもおかしいのか口にこもるような笑いをにじませ、


「あなたみたいな正直な人は好きですわ。(わたくし)、自分の心を隠しておべっかを使うような人は嫌いですから」


それ…サードのことを言ってる?まさかサードの表向きの表情がバレて…!?


…でもサードの性格のことでレディアは嫌味を言ったことないわね。だったらサードのことじゃないのかも?

でもこういう国の影の支配者ぐらいの立場になれば、おべっかを使って近寄る人が多くてウンザリしているんだわきっと。


レディアはソファーの手すりに頬杖をついて、


「ところであなたは勇者御一行の中で唯一の女性ですけれど、ご両親は何もおっしゃらないの?男だらけの中に女の子が一人だけだなんて危ないとかは」


「そんなことは別に何も言ってなかったけど…皆もそんな目で私のこと見ていないし」


「アレンさんはあなたのことを特別な目で見ているんじゃなくて?」


「ないない、アレンは言動が紛らわしいだけなのよ。優しさで女の子をその気にさせて、本気になった所で自分にその気はないって言い放つ残酷な男なのよ」


「最低ですわね」


レディアのあっさりとしたディスりに思わず吹き出して笑ってしまう。レディアもおかしかったのか一拍置いてふふふ、と笑っているから、私はふと思ったことを聞いた。


「レディアこそ、ご両親は何も言わないの?こうやって毎日ホテルを泊まり歩いて…働き過ぎじゃないか心配しているんじゃないかしら」


その言葉にレディアからスッと笑顔が引いた。


あれ、もしかしてこれあまり聞かない方がいいことだったかしら。


口を引き結ぶと、レディアはニッコリと妖艶に微笑んでくる。


「私は両親を捨てましたの。幼いころにね」


目を瞬かせながら見ていると、レディアは続ける。


「両親は私が要らなかったみたいだから捨てられる前に捨ててやりましたわ。…とはいえ、世間から見たら私が捨てられた形になるのでしょうけど、私は自分から両親を捨ててやりましたの」


「…じゃあ旦那さんとかも…」


「旦那の居る女が毎日ホテルを転々としてると思いまして?独り身ですわ」


レディアは軽く肩をすくめて天井を見上げた。


「これでもまだ絵本を読んでいた子供のころは、十代のうちに好きな人に出会って付き合って、二十歳を迎えるころにはその人と結婚してハッピーエンドになるものだと思っていましたわ。

だって読む絵本、読む絵本の全てが好きな人と結ばれて終わるんですもの、女は年齢を重ねるだけで自然とそうなるものだと思っていましたけど、現実はそうでもありませんでしたわね」


え…レディアって…ううん、レディアでもそんな風に思っていた時期があったんだ…。


驚いてレディアをマジマジと見ていると、スッと私の顔を見てレディアが身を乗り出してくる。


「何ですの?その不可思議なものを見る目は?そんなに私が夢見る子供だったのが意外?」


「ええまあ…。レディアは子供のころから現実的だったのかなって思っていたから…意外といえば意外だわ」


「ハッ、洗脳みたいなものですわよ。子供のころから男に嫁いでハッピーエンド、男に見初められてハッピーエンド、男に求婚されてハッピーエンドってものばかりを見ていたから女は勝手にそうなるんだと思っていたんですわ。子供だましですわよあんなもん」


「けどそういう絵本をよく読んでいたのね?」


「私じゃなく、両親が強制的に何度も読み聞かせをしてきたんです。女はこのようにけなげで大人しければ男に好かれてとっとと結婚できるんだからお前は永遠に口を閉じていろとね。二人はどうにか私を絵本の主人公と同じような大人しく慎ましく可憐な性格にして早く家から追い出したかったのでしょう、無駄な努力のようでしたけど」


「…」


何となくレディアの子供の頃がどんなのだったか想像つく気がする…。


「好きな男の人とかはできなかったの?」


「私が口を開いたら大体の男は逃げ出しますわ、そんな腰抜けは私も御免です」


「…」


レディアの口撃に対抗できる男の人なんて、サードくらいのものじゃないの…?


「そうやって仕事にばかり向き合っていたらあっという間に四十五歳ですわ」


「ええ!?四十五歳なの!?」


「八十歳だとでも思っていまして?」


「いえ流石にそれはないけど…二十代かそれくらいかなって思っていたから」


レディアはホホ、と手の甲で口を軽く押さえ笑う。


「それは嬉しい言葉ですわね。努力の賜物(たまもの)ですわ。私は私自身にもふんだんにお金を投資していますからね。物理的に金のかかるお高い女ですのよ、私は」


何て謙遜(けんそん)も何もない堂々とした物言いなの。逆に尊敬する。


…ん。ここまでレディアと話してきて、全然イライラしないで自然にレディアと会話ができているわ。


レディアが嫌味を言ってこないから?…。ううん、違うかも、何となく私も分かってきた。


レディアはサードと同じなんだわ。ただ物言いが率直すぎるだけで良い言葉も毒を吐く言葉も全部キツく聞こえるだけ。


だとしたらレディアが馬車の中で小馬鹿にするようにリロイに言ったあの言葉も本心なのね、レディアはこれが元々の性分だっていうのは。


「…ボーチのことなんだけど」


機嫌が良さそうな時に聞かない方がいいかなと思いつつそっと話題をボーチに変える。レディアはボーチの名前が出ると顔つきを変えた。


「今話してみて思ったんだけど…普通に私とも笑い合って会話もできるじゃない。どうしてボーチにはあんなにキツく当たるの?もう少し優しくしてあげたっていいじゃない、ボーチはいい子だしあなたのことを慕っているのよ?」


するとレディアは馬鹿にするように表情を歪めた。


「勇者御一行でもその目は節穴ですわね」


何それどういうこと?


とにかく話を続けた。


「そんな風にならないで、落ち着いて聞いて欲しいの。…ボーチは虐待を受けてたかもしれないのよ」


虐待をしているのはレディア。最初はそう思っていた。

でもこの数日の間行動をしていて、レディアはそんなことをするような人ではなさそうという気持ちのほうが強くなっている。


レディアはボーチのことが嫌いだといちいち言うけれど、それでも忙しい自分の仕事の合間にボーチの勉強に付き合っているじゃない。嫌いな子に対して自分の時間を削ってまでそんなことする?しないわよね?

そもそも本当に嫌いなら主人であるレディアが要らないと返却すればいい話なのにそれもしないもの。


もしかしたらストレス発散のためのサンドバッグにボーチを傍に置いているとか?ともチラと思った。

でもレディアは腹が立ったらボーチじゃなくてストレスを与えてきた本人に直接噛みつく。それも倍にしてストレスを相手に返して後はサッと引くから本人はいつでもスッキリした表情だし、その怒りだって後に長く続かない。


そうなるとなぜかレディアはボーチに対して異様にキツく当たりすぎているから、疑問が残る。


「ねえ、ボーチに優しくしてあげてよ。ボーチはまだ傷ついてるのよ?レディアの言葉は大人の私でもキツく聞こえるんだから、子供のボーチはもっと心が傷つくわ」


レディアはしばらく面白くなさそうな目線で私を見返していたけれど、真っすぐ見続けていると根負けしたのか、ため息をついてゆっくり口を開いた。


「…傷ついてるのは心だけじゃなくてよ。ボーチを買った時にはすでに酷い傷を負っていて、処分される寸前でしたの。…奴隷商人の言うことには前の主人に散々鞭で叩かれた挙句に返品されたみたいですわね。

あの子の体は凄いわよ、未だに傷だらけなの。医者が言うには鞭で受けた傷よりもっと古い傷があるんですって。…あの子はあなたが思うより壮絶な人生を送ってきているの、あんなに幼い子供なのに」


淡々と告げるレディアの言葉にショックを受けて何も言えずにいると、レディアはポツポツと明かりが浮かぶ真っ暗な外を見る。


「でも私、あの子は嫌い。見ていてイライラするんですもの」


「…何で?あんなにいい子なのに」


「おべっかを使ってるからですわ」


「おべっかって…それはレディアに気を使っているだけじゃ…」


レディアは意地の悪い顔で外から私に視線を動かす。


「いいえ。あの子はおべっかを使っています。だからいじめてやるのよ、本性が皆の前に現れるまでいたぶってやるの」


…それは何か違うような…。


少し呆れて黙ると、レディアはゆるゆると意地の悪い顔を収めていく。


「…私は今までずっと一人で生きてきましたの。子供のころに両親を捨ててから、それからずっと。そこに成り行きでコロッとあんな子供が紛れ込んできて…腹の立つ子だけど、何となく家族ってこのようなものかしらって思う時もありますのよ」


家族にしては親のあなたが高圧的すぎるし子供役のボーチは脅えているけどね。…そう心の中で思って口に出そうと思ったけれど、レディアの顔を見たらそれも言えずに口をつぐんだ。


今のレディアの表情はまるで…サードのことを話す時のフェニー教会孤児院のシスターと似通っていたから。自分の子供のことを話すのが、人に聞いてもらえるのが嬉しいっていう親のような顔…。


だとしたらレディアはレディアなりにボーチのことは可愛がっているんだわ。その可愛がり方は…まぁ正直に言えばもっとどうにかしたほうがいいような気もするけど…。でもとりあえず私は聞き役に回ろう。


頷いて先を促すとレディアは続ける。


「ボーチは寝ている時は本当に可愛いんですのよ。それに早足で後ろから追いかけてくる姿なんてコロコロしてて小動物かと思ってしまうし、手癖が悪い時もありますけれどそれは…」


レディアがふっと口をつぐむ。その原因は私も気づいた。

レディアの肩にふいに馴れ馴れしく男の手が乗せられたから。その手の主をパッと見て、思わず私は息を飲んだ。


「ヲコ…!」


ヲコは私には目もくれずレディアの顔を覗き込んでいる。


そこで気づいた。よくよく思えばレディアだって長い黒髪の高身長の女性じゃないの!


レディアが危ない、攻撃…!


そう思って杖を握ろうとしたけれどハッと気づく。

そうよ、ちょっと休憩スペースでゆっくりしてから眠りにつこうと思っていたから服だってホテルに常備されているただの寝間着で、杖も部屋に置きっぱなし。その部屋だってヲコを通り抜けてもっと奥…!


私が固まっていると、レディアは馴れ馴れしく自分の肩に手を置いて顔を覗き込んでいるヲコを睨みつけると、


「失礼ですわよ」


とヲコの手をペンと払った。するとヲコはレディアから身を離してガッカリした顔で腰に手を当てる。


「なんだ、また外れだ」


「外れ?女性を当たり外れで分類するなんて、あなたそれほど自分の見栄えが良いとでも思ってらっしゃいますの?可哀想ですわねぇ、若さだけしか取り柄がないって自分で気づけないなんて…」


「や…やめて…!レディアやめて…!」


お願いだからそれ以上ヲコを怒らせるようなことを言わないでと、椅子から腰を浮かせて無理やりレディアの腕を掴んで立ち上がらせてこっちに近寄らせ、そのまま腕で私の後ろにグイグイ押しやる。さすがにそこまでやるとレディアも何か勘付いたのか言葉を止めた。


ヲコはそんな私を「ん?」としげしげとみてくる。しばらくすると頭の中で線が繋がったのか、ヲコはギザギザの牙を見せてニヤッと笑った。


「ああそうだ、お前どっかで見た顔だと思ったがあの山にいた奴か。丁度いい、お前らを見つけたら聞きたいことがあったんだ」


ヲコはそう言うと身を乗り出す。


「あの女どこだよ、あの色っぽい黒髪の女は。アロメダ山に来てたあの女だ、分かるだろ?やっぱり婚姻するならあの女だと思って黒髪の長身の女を片っ端から探してんだが中々見つからねえ。どこにいるんだ?出せよ、そうしたらてめえらは見逃してやるぜ?」


ふざけないで。たったそれだけの動機のために、どれだけの無関係の女の人が犠牲になってきたか…!


ヲコに向かって手を向ける。


杖が無くても魔法は使える。でも一人で…それも人がたくさん泊まってるこのホテルの中で、後ろにレディアが居る状態でどうドラゴンと戦えばいい?

とにかく一瞬で…でもどうすれば、どうすれば一瞬で倒せるの?サードならこんな時どうする?サードだったら…ああダメ、こんな焦ってる時にサードがどんな風に動くかなんて思いつかない…!


焦ってあわあわと手と目が挙動不審になったのを見て、ヲコはニヤァ…と牙を見せて笑う。


「何だぁ?俺が怖いか?」


ヲコは悠々と近寄ってきて、私はレディアをかばいながら一歩後ろに下がる。


「だよなぁ、次の(おさ)になるゲオルギオスドラゴンの俺が相手なんだ、怖いよなぁ?」


ヲコはなおも近寄ってきて、ゆっくり手を伸ばしてきた。


「よく見りゃお前も可愛い顔してんじゃねえか、何だったらお前を嫁にしてやってもいいぜ。そうだな、あの黒髪の女の居場所はお前からじっくり聞いてから探しゃいいか」


とっさにレディアに向かって叫んだ。


「レディア!逃げて!」


と、背後からレディアが私の脇を通り抜け前に出る。


「え」


驚いてレディアを目で追うと、レディアは私を後ろに押しのけ前に立ち、腕を後ろに思いっきり引いて、私に手を伸ばしつつあったヲコの顔にパァンッと廊下に響き渡るほどの平手打ちを喰らわせた。

絵本いいね、大体ハッピーエンドだね。家にある絵本でハッピーで終わらないのは鶴の恩返しと浦島太郎くらいだね。


あと怖い系の本に載っていた話で、赤い服を着た山姥を湯で煮殺してその煮汁をその辺に投げ捨てた数日後、そこから何かが生えていて、馬が美味しそうに食べるからそれを見た人も食べてみたら美味しかった。それがニンジン。

って話は不気味でした。山姥の煮汁から生えてるもんなんてよく食う気になったな。(山姥は人を食う反面、豊穣を与えることもあるってのは知ってるけど不気味すぎる)


ついでに昔話だと殺して埋めた猫の口から生えたカボチャは食べたら死ぬ。むしろ「綺麗だ綺麗だ」って化粧してる奥方に言いながらニヤリと笑った程度で殺された猫が可哀想。だってさ、

・同じ部屋にいて(一緒の空間にいるとか飼い主好きじゃん)

・「ウニャウニャ」て何か言ってて(人に声かけるとか飼い主好きじゃん)

・振り向いたらこっち見ながらキュッと口角あげてる猫(こっち見てるうえに笑顔とか、ファンサかな?)


普通に可愛い猫ですよね?昔の人は不気味だったのかなぁ。

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