経営者VSドラゴン
女性を食い殺した犯人はヲコ。それを知った私たちはとにかく早くヲコを探すことにした。
…って言っても、どこにいるのかの手掛かりは全くないのよね。
ただレディアから渡された死亡者リストを見る限り今はこの国の中を重点的に探し回っているのかもしれない、だったら他の国に行く前に探し出さないとという話でまとまった。
ついでにこの国だけじゃなくで周辺の国にも女性の不審な死亡者がいたら報告して欲しいとサードが公安局に伝えていたわ。
シーリーは私たちが移動する先にヲコが現れるだろうと言っていたけれど、それでも会うのを待っていたら被害者が更に増えるかもしれない。だからとにかく手がかりがなくても手当たり次第に探さなきゃ。
「むしろドラゴンって近くに居れば何か分かるとかないの?わぁ、そこにドラゴンがいる~みたいな」
昨日の夜アレンがリロイに聞いていたけれど、リロイは軽く首を傾げて、
「目に映る範囲に居たら同種だと分かるが目に映ってない状態なら分らん。時間がそんなにたっていないなら建物内にいたかどうかの臭いはわかるぞ。だが外だと風と雨で臭いが流れやすいから無理だ、そこまで鼻は良くない」
いやそれでも十分に良いほうだと思うんだけど。それでも目に見える範囲にいないとヲコが近くにいるかどうかは分からないってことみたい。
そして私たちはこの辺にヲコが居るかもしれないとアタリをつけた所にヲコはいなそうだったから、停まっている馬車に乗りこんだ。
「また空振りですの?」
馬車の中にいるレディアが嫌味ともとれる一言を投げかけてくるから、ムッとして言い返す。
「そんなにすぐ見つかるなら世の中何にも苦労なんてしないわよ」
「ま、そうですわね」
「…」
そうやってあっさり引かれると怒りのやりどころがなくなって余計イラつくんだけど…!
ちなみにどうしてレディアが馬車にいて、ごく普通に私たちもレディアのいる馬車に乗っているかというと、彼女がヲコを探すのに協力するって言ってきたから。
リロイがドラゴンだとボーチにバレてしまったあの日、中々戻らないボーチを呼び戻しにレディアも部屋にやって来たのよね。
そこでサードはこの国の影の支配者であるレディアを協力者に引き込んだほうが行動が楽になると踏んだのかもしれない。
それは素直にホテルで女性を殺した犯人は自分たちの追っているドラゴンのヲコのようだ、ドラゴンは人間の姿にも化けられる、ヲコが人間に化けて行動しているのは自分達も見ていると伝え、
「今までの被害女性たちの遺体の発見場所を見る限りヲコは東へ向かっています。どうにか先回りしてヲコを見つけ出し討伐しなければなりません。国内の地理に詳しいあなたに協力を得られたのなら早くにヲコを見つけられるはず、ですから移動を素早くできるようご協力いただけませんか」
と話を持ち掛けると、レディアはまさか犯人がドラゴンだとは思っていなかったみたいで少し目を見開いて黙って厳しい表情で口を引き結んで…背筋をクッと正し、
「それはつまりあなた方が自由に動かせる専属の馬車を私に用意しろとのことですわね?分かりました。喜んでご協力いたしますわ。
観光で大量に人を招こうとしているデキャージャ国にそんな物騒なドラゴンに居座られては非常に迷惑ですし、これ以上お客様の安全が脅かされるなんてたまったものじゃありませんもの。
でしたら…そうですわね、国一番の速さを誇る高級馬車を用意いたします。それとそんな危険なドラゴンを討伐する勇者一行からはお金は取れません、ですから宿泊料金は全て私がお払いいたします。私にできるのはこのようなお金の援助だけですからね、それで十分かしら?」
「ええ、大変ありがたい申し出です。感謝いたします」
レディアはフンッと鼻で笑って長い髪の毛を後ろに流すと、
「最初から協力しろとばかりの口ぶりだったくせに、何を改めてお礼を言ってらっしゃるんだか」
悪態をつきながらもレディアは自分の胸に手を当てて、
「ただし条件もございます。まず私とボーチも馬車に同行させること。それと他国へ出るのならその先の支援は無し。私からの援助はあくまでもこの国内にいる限りのものだと心得なさって」
…っていうことで、レディアも一緒に行動している。
最初はレディアも一緒に行動するの…?って嫌な気持ちもあったけれど、一緒に行動していてレディアに対する認識がかなり変わってきた。
私たちがヲコを探すため馬車を降りると、
「私は今日宿泊するホテルを予約しておきますわ。何時ころここにお迎えに来ればいいかしら?食事はこの町のお店で?でしたら小切手を渡しておきます…。
あらアレンさん、あなたのそこ、装備にほころびがあるんじゃなくて?ドラゴンと戦うかもしれないんですから全員の装備を今日のうちに見直してしまえばいいですわ、その小切手をご自由にお使いなさって」
とホテルを先回りして予約してくれるし、食事代やら装備代も肩代わりしてくれるし、時間になれば約束の場所にピッタリ現れるし…。
しかも私たちの支援だけじゃなくて、同時に自分の仕事もバリバリとこなしているのよね。
馬車の中でもあれこれと書類に目を通して、ガリガリとボードの上に文字を書いて、気難しい顔をして頭を悩ませいるのに全く関係のない事を言われてもパッと返事をして(たまに嫌味も交じる)。
それと急に馬車を停めて降りたと思ったら、そこに待ち構えていた…多分レディアを待っていた人にあれやこれやと指図をしてから馬車にすぐ乗り込んですぐ出発。
何ていうか…近くでみていてこの国の人がレディアを褒めたたえる理由が十分に分かったもの、レディアはすごい人だわ。私が同じようなことをやれって言われたって絶対できない。自分の仕事をしながら他の人の支援とか協力とか指示とか…きっと頭が混乱してパニックになってしまうわ。
…そんなことでレディアは確かにすごい。でも口を開いて出る言葉の八割ぐらいが嫌味だから、近くにいるとやっぱりイライラする。
サードだって昔はよく腹立ち紛れに嫌味を言ってきて私も怒っていたけれど、レディアはそんな風に腹立ち紛れとかじゃなくてわざと人を怒らせようとしてるんじゃないかしらって思う。
しかもレディアの嫌味に腹を立てて言い返すと、私は嫌味を言ったからもう十分ですわとばかりにスッと引いていくのよね。そうなると私のこの怒りの矛先はどこに向かえばいいのって気持ちでいっぱいになる。
「今日はもう少し先の良いホテルを予約しておりますわ。眺めのいいスイートルームもありますから使いたい方がいらっしゃるのならご自由にどうぞ」
イライラする私に気づいているのか無視しているのか、レディアはいつも通りの口調で今日泊まるホテルの情報を言うとアレンがサッと手を挙げた。
「あ、じゃあ俺使いたい」
するとレディアは「アハッ」と声を上げて馬鹿にするように笑った。
「一緒に泊まる方がいらっしゃるの?」
「エリーどう?」
「誰が」
すぐさま拒否するとおかしかったのかレディアは口を大きく開けて笑い続けている。
…こうして笑っているだけだと、ただの明るい気さくな女性なんだけどね…。
そう思いながらもチラとボーチとリロイを見た。
リロイの隣にはボーチがぴったりくっつくように座っていて、紙に書かれた計算式を見ながらウンウン唸り問題を解いている。
そう、レディアは馬車の中で自分の仕事をしているけれど、ボーチは馬車の中ではレディアから渡された色んな問題集をずっと解いている。
ボーチの持っている問題集は馬車に乗る度に変わっているのよね。文字や文法を学ぶ問題集、基本の計算問題集、帳簿の書き方問題集、礼儀作法を覚える問題集、その他もろもろ…。アレンが言うには商人にとって身につけておいたほうがいいもの全部を一通り学んでいるみたい。
でもそれだとしたら変なのよ。
だってこんなにもボロボロになるまでボーチの見た目は放置してるのに、教育には熱心に取り組んでいるんだもの。
それもレディアは解き終わったボーチの問題集を受け取って採点をする。
その中であまりにバツが多くて「どうしてこんなに間違えるの!」ってボーチが怒られるんじゃないかとヒヤヒヤして見守っていたけれど、レディアはバツだらけの問題集を眺め、
「間違えたところは明日までに復習なさい。明日は今日間違えたところをもう一度解いてもらいます」
ってボーチに突っ返すだけ。怒りもしなければ嫌味も言わないし威圧もしない。
その様子を見ているとボーチはレディアに虐げられてるのか、それとも熱心に育てられているのかさっぱり分からない。
でもどちらかと言えば、レディアは暴力を振るっていないんじゃないかしらっていう気はしてきた。本当はどうか分からないけど…今の所は。
するとボーチはフウ、とため息を一つついて、問題を解く手を休めて窓の外をボーっと見ているリロイを見つめる。するとリロイは視線に気づいたのかボーチに視線を向けて、お互い少し見つめ合う。
ボーチは照れくさそうに…でも嬉しそうにパッと視線を逸らして、リロイはそんなボーチを少し眺めてからまた窓の外に視線を戻す…。
パッと見だと仲の良さそうな親子みたいだけど、それでもボーチのリロイに対する視線に態度は明らかに恋する乙女みたいなものだわ。
それもリロイがドラゴンだと知った後からボーチはリロイを見かけるとすぐにソソソと寄りそって、リロイも満更でもなさそうに隣にボーチをいさせているもの。
それもリロイのボーチを見守るその目つきはものすごく優しい。傍目から見ているだけでも愛しい、愛らしいって感情があふれ出しているのが分かる。
でも…どうしても見た目の年齢差のせいで犯罪臭しかしないのよね…。
もしかしたらリロイと相性のいい女性はボーチなのかもしれないって私たちはサードにも伝えてみたら「あの年齢差は犯罪だろ、ねえわ」の一言で終わった。
それでも八千歳のミレイダでもまだ若者だって言っていたし、それなら千歳程度の年齢のリロイはドラゴンの中では幼い子供の部類ってことじゃない?だとしたら可能性は十分にあると思う。
でもどうしても犯罪の臭いしかしない年齢差だからアレンが、
「リロイもっと若くなることとか出来ねえの?俺らよりもうちょっと下くらいの年齢にさ」
って言うとリロイは怪訝な顔をしつつも「これくらいか?」って成人間際の若さになった。
それでも成人間際程度の見た目でもリロイは大人びていて体格が大きいから結局まだ犯罪臭が…。
だからアレンは「もっと、もっとボーチと同じくらいの年齢で…」と言ったけれど、ガウリスの、
「リロイさんが急に子供になったらレディアさんに不審に思われますよ」
というもっともな言葉にアレンも諦めていたわ。
確かに結婚相手を見つけるとしたら今のリロイぐらいの見た目が丁度いいんでしょうけど…相手がボーチだとちょっと年齢が上すぎるのよねぇ…。
二人を見ながらそんなことを思っている間にもボーチはチラチラとリロイを見ていて、そんな動きをしているボーチをみたレディアがピシャリと言った。
「ボーチ。人の顔をジロジロ見てる時間があるのなら問題は全部解き終わったということかしら?」
そこでボーチはハッと問題集に向かってバリバリと計算を解き始める。するとすぐさまリロイがレディアに顔を向けた。
「少し休みたいんだろう、好きにさせてやれ」
するとレディアも書類から目を上げてリロイを睨みつける。
「ボーチを甘やかさないでくださいます?」
「甘やかしてるつもりはない、馬車に乗ってる間ずっとこんなことをしていたら息が詰まるだろう。だから少しだけでも好きにさせてやれと言ってるんだ」
「私の所有物の扱い方に口を挟まないでいただけます?」
「…」
リロイは軽く眉間にしわを寄せる。
「腹の立つ言い方だな、自分の所有物なら好きに扱ってもいいと?」
「そりゃあ私がお金で買ったのですから私がどう扱おうが自由ですわ。それと私の所有物を甘やかして堕落させようとするあなたに指導と注意を言い渡して所有物を管理する権利もありますわよ」
リロイは心底面白くなさそうな顔でレディアを見ている。
「いちいち腹の立つ言い方をする女だな」
「ごめんあそばせ、これが私の性分ですの」
ホホ、とレディアは人を馬鹿にするような笑い方をして、イラッとしたのかリロイの眉間にしわが寄る。
レディアとリロイの間に火花が散り始めているのを感じているのか、ボーチは体も顔も固まってしまって計算を解く手も止まってしまっている。
そんなボーチにぶつからない程度に身を乗り出しリロイはレディアに向かって、
「お前はボーチを大切に扱おうとは思わないのか?お前はいたる宿屋を救ったと聞いているが、いつも近くに居るボーチをこのように雑に扱うんだ、だったら所詮その程度の者なのだろう」
リロイにしては珍しい嫌味のこもった言葉。これはレディアが倍返しで嫌味を言うはず。
そう思ってチラとレディアをみると、ものすごく醒めた顔をしている。そのままフッと自虐なのか馬鹿にしているのか分からないため息をつくと、
「言っておきますけどね、私だって社長の立場でこんな貧相な身なりの子を連れ回したくないからこの子を奴隷商から買ったと同時に全てを買い与えましたのよ。
新品の服に靴にバッグと一式全部、それも本人の好みも考慮して何着も買いました。それなのにそれを全部拒否して好き好んでこんな汚い恰好でいるのはボーチ自身ですわ」
「え、どうして?」
アレンが驚いて聞くとレディアは苦々しい顔をして、
「さあ?知りませんわ。大方私を悪人に仕立て上げたいんでしょうよ、そういう子なのよボーチは。性格が悪いったらありゃしない…」
するとリロイは上半身をもっとレディア乗り出してイラついたような声を出す。
「何を言う、お前のほうがよっぽど性格が悪いじゃないか!」
レディアは手の甲で口を隠しながら高々と笑った。
「あら、そう見えます?でもしょうがないですわ、ボーチを見てるとイライラしてついいじめたくなってしまうんですもの」
「…ねえ…それは言い過ぎよ」
本人を前にしてのあまりの言い様に、やんわりこれ以上はやめてとレディアを止めようとした。それでもレディアは意地悪そうなニヤニヤ顔で、
「だって腹立つんですもの。この子が音をあげるまではいじめ抜いてやる所存よ」
…その音をあげるまでって…どういう…?まさか精神的にどこまでも追い詰めるとかそういう意味で言ってる…!?
「貴様…」
リロイの怒りをはらんだ声にハッと見ると、目が…リロイの瞳孔が縦に狭まってギラギラと鈍く光り始めている。
もしかしてこれキレているんじゃない?だとしたらヤバい…!
「ね、ねえ!」
話題を逸らそうと口を挟んだけれど、リロイはレディアにドラゴンの爪と化した指を向け、人から出ない獣のような唸り声を吐き牙をむき出しながら、
「ならお前の持つボーチの所有権を我に移すようにしてやろうか」
明らかに様子のおかしいリロイを、もう一歩でキレそうな様子のリロイをレディアは黙って見返して、それは余裕の表情で髪の毛を後ろに流して笑った。
「あら、どうやって?」
「お前が死んだらボーチの所有権は白紙になるんだろう、勇者がそう言っていたぞ、だからここで貴様を殺す…」
レディアはフン、と鼻で笑った。
「勇者御一行と共に行動していた私が急激に死んだなら、一番に疑われるのが勇者御一行ですのよ。私を今ここで殺してごらんなさい、あなたは今お世話になっている勇者御一行の足を引っ張ることになりますわ。それはあなたの望む未来かしら?」
余裕しゃくしゃくの顔でレディアはそう言うと、
「そろそろ自分の仕事に戻りますわ、この話はもういいかしら」
と何事もなかったかのように書類に目を戻した。そんなレディアを前にリロイはしばらく黙り込んで目も爪もゆるゆると元に戻ったけれど、それでもその表情はものすごく面白くなさそうな渋い顔。
「…心の底から面白くない性悪の女だな貴様は」
するとレディアは「ホホホ」と肩をあげて笑う。
「負け惜しみ程度の嫌味しか返せないなんて残念な頭ですわね。もっと弁舌を磨いていらしたら?ああ、いつも薄らボンヤリ窓の外ばかりを見てろくに頭も口も使わないあなたには難しいことだったかしら、ごめんあそばせ、性格が悪いものでそんなことにも気がつかなくて」
「…」
リロイは眉間にしわを寄せる。それでも少しずつ怒りから諦めの顔になって、ため息をつきながら窓の外に視線を向けた。
きっと言葉ではレディアに敵わないと悟ったんだと思う。
スイートルームに一人で入ったアレン
アレン
「うおー!スイートルームめっちゃ広ーい!豪華!ヒャッホーイ!夜景きれいー!ヒャッホホーイ!」(走り回る)
数時間後、ノックされるサードの部屋。
ドアを開けるとアレンの後ろにエリーとガウリスにリロイが揃っている。
アレン
「スイートルーム広すぎて一人寂しいから皆とトランプしようと思ってんだけど来ねえ?皆も来るぜ、なあなあ。部屋に高い酒もあるぜ、飲みたいだろ?なあなあ」
サード
「…(こいつ馬鹿か?)」




