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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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怖ぇー

リロイを置いてサードの後ろを追いかけ歩いていくと、アレンが急にプスッと笑いだした。


「どうしました?」


ガウリスが声をかけると、アレンはおかしそうにニヤニヤと笑っている。


「いやさ、シーリー言ってたじゃん?ずっと洞窟にいたんだから何にでも誘惑されろって。その一番最初の誘惑がアリだったなーって思ったらおかしくてさ」


アレンの言葉にガウリスと私はリロイを振り向く。リロイが四つん這いになってアリの巣を凝視している姿が見える。


「…ギャンブルや異性の誘惑よりはマシかもしれませんね」


ガウリスは良いように捉えてそう言うけど、客観的に見てもあれは変な人にしか見えないわよ。


「あんな姿見て素敵って言う女の子もそうそう居るわけないわよ、やめさせた方がいいわよあんなの」


「いやぁでも今まで色んなことに関心無かったリロイがあんなに駄々こねるくらいなんだから、興味あることならどこまでも突き進むんじゃね?」


「そもそもアレンがアリなんて見せるから」


文句を言うとアレンは、えー、と口をとがらせる。


「だってあんなに食いつくとは思わなかったもん」


「…まあ、そうよね…」


もう一度振り向く。

リロイの姿はかなり遠くになっていて、通りすがりの人が道端で四つん這いになっているリロイを心配したのか声をかけているのが見える。


「ほら、あんなことしてたら変に心配されるしリロイのお嫁さん候補が見たら何なのこの人って幻滅するかもしれないわ。やっぱりああいうのやめさせた方がいいわよ、お嫁さん探すどころじゃないわよ」


するとガウリスは少し「うーん」と唸って、


「それでもリロイさんが初めて興味を引かれたものをやめたほうがいいと初めから止めるのもどうかと思います。確かに周りから見たら妙に見えますがリロイさんは真剣なのですから」


「だからって度々あんな風に道端で四つん這いになって動かなくなられたら私たちだって困るじゃない」


「それでもリロイさんにとっては動けなくなるほど熱中できるものなのですよ。今しばらくは見守りませんか?」


「子供育ててる夫婦の会話じゃん」


アレンの一言に私とガウリスは思わず無言になったけど、すぐにガウリスはプッと笑う。


「だとすればリロイさんは人間界のものに関しては子供が興味を持ちそうなものに興味が引かれるのかもしれませんね」


確かに…今のリロイは昆虫観察して、親に帰るよと言われてもまだここにいるとごねる子供そのものだったけど…。

でも子供ならともかく、いい大人があんなことしていたらやっぱ変な人としか思えないし、何をしているのか分からない他人からしてみればある種の恐怖も覚えられそう。


振り返り、輪郭程度しか識別できなくなっているリロイを見る。


…思えばあんな風に四つん這いになっている大人は子供のころエルボ国でよく見ていたわ。

たまに現れては一日中道端にうずくまってゴソゴソとしている怪しいおじさん。


あの人何なんだろうねって友達と話し合っていて、でも変な人かもしれないからなるべく近寄らないで関わらないようにしようって話し合っていたっけ。


そんなある日セリフィンさんとお父様と馬車に乗っていた時に別の地区でそのおじさんを見かけて、


「あの人は一体何をしているのかしら、スイン地区にもたまに現れるのよ」


と文句たらたらで言うと、その怪しいおじさんは実は植物学の立場あるかなり偉い学者で、毎日あちこちにでかけては植物の生態を調べている人だと知った。


「偉い人なのに何であんなことしているの?怪しいおじさんかもしれないから関わらないようにしましょうって友達と話し合うぐらい変な人にしか見えないわ」


するとセリフィンさんは鼻を鳴らしながら、


「変人なんだよ。周りの目もなんも気にしねえ、自分のやりたいように研究して自分の世界を生きる変人!あの野郎は家族よりも草と過ごす時間がクソ長えとんでもねえ野郎だ!」


って面白くなさそうに吐き捨てて…。


セリフィンさんの機嫌が悪くなったからその話はそこで終わったけれど、あとからお父様から聞いた。


プライドが高くカッコつけたがりなセリフィンさんは、そのおじさんみたいに恥も外聞も関係なく自分がやりたいことをやる、ということができない。

でもおじさんは毎日楽しそうに、研究楽しい!植物と関わるの楽しい!もっと研究したい!って自由に動き回って成果をあげ続けて周りから認められているから、分かりやすく嫉妬していたみたい。


「…」


どうしよう、リロイの今の姿を見ていると周りの目も気にせず自分のやりたいことに熱中して周りの視線なんて気にならないあの植物学のおじさんとダブってきた。

まさかお嫁さんを見つけるよりアリの生態を調べたいとか…言いださないわよね…?


* * *


夕方を過ぎて夜になった。

ホテルでの夕食も食べ終えて、あとはもういつでも眠れる状態で明日からの話し合いもして…それでもリロイはホテルにやってこない。


「…あの野郎…」


サードはイライラしている。


リロイ分の部屋も取っているからリロイが一晩来なければ一人分の部屋代が無駄になる、それと下手をすれば明日一度来た道を戻り返して迎えに行かないといけない。

その二重の意味を込めての「あの野郎」ね…。


それでも思わず私もため息をついた。


だって夕一応日が暮れるまでには戻って来てねと言ったのに結局来ないんだもの。

やっぱりリロイはあの植物学のおじさんみたいに一つのことに没頭したら周りが見えなくなるタイプなんだわ…。


するとコンコン、と部屋がノックされる。

全員が顔を上げてアレンが真っ先に「リロイじゃね?」と言いながら立ち上がってドアに向かって行くから私も一緒に立ち上がってリロイを迎えに行った。


「待ってて、今開けるわ」


そう言うけれど実際に鍵を開けているのはアレン。そのまま扉を開けるから私は真っ先に、


「遅かったじゃない…」


と文句を言ったけど…一番に目に飛び込んできたのは真っ赤もの。


え、と顔を上げると、ドアの前に立っているのはリロイじゃなくて、真っ赤なタイトなドレスに毛皮のコート、真っ赤な唇に(みどり)に輝くストレートロングの黒髪をなびかせた、ド派手な見た目の年上の女性。


「え…?」


目の前の女性はアレン、私、奥にいるサードにガウリスと視線を動かすと軽く目を見開いて、隣に首を動かす。


「もしかしてあなた、勇者御一行の一人でしたの?」


その視線を追っていくと、女性の隣にリロイがぬぼーっと立っている。あまりに女性がド派手すぎて隣にリロイが居ることに気づけなかったわ…。


声をかけられたリロイは首を横に振った。


「我は少し行動を共にしているだけだ」


するとド派手な女性は呆れたようにリロイを見てから私たちに視線を戻す。


「呆れた、勇者御一行は行動を共にしている人を普通に置いていくんですのね」


「え、ちが…」


違うと否定したいけど、置いて行ったのは事実だからそれ以上何も言えない。

ド派手な女性は呆れたような顔をしたままハッ、と私たちをあざけるように鼻で笑って、


「馬車を走らせていたらこちらの方が道端で四つん這いになっていらしたので心配になって声をかけましたの。そうしたらアリの巣がどうのこうのとか訳のわからないことをおっしゃっていましてね。そうしたらこのホテルにお泊りになるらしいから連れて来ましたわ、声をかけた手前放っておけませんでしたから」


リロイはド派手な女性を指さして、


「こいつと一緒に馬車で来るより一人で来たほうが速かったんだがな、どうしても乗れというから仕方なく乗ってきた。そうしたらこんな時間になってしまったんだ、日暮れまでに戻れなくて悪かったな」


「連れて来てもらってなんですのその言い草は」


不機嫌そうにド派手な女性が悪態をつくと、サードがスッとやってきて勇者らしい笑みを浮かべて声をかける。


「申し訳ありません、リロイの代わりに私からお礼を申し上げます。しかしながら我々が先に行こうと何度促してもアリの巣を見ていたいとあの場を動かなかったのはこのリロイなのですよ。どうであれ行先は同じですし、リロイは足が速くすぐに追いつけると判断しましたのでこのように別行動をとったのです」


仲間を置いて行ったと言われては勇者としての肩書に傷がつくと思ったのか、サードは事情を説明する。それでもド派手な女性は馬鹿にするような顔つきで、


「だからと言ってこんな武器も防具もつけていない者を道端に平気で置いていって夜になっても迎えに行かず自分たちはホテルでのんびりしながら今まで放置していたのでしょう?何かおかしいとしか思えませんわねえ?」


何とも反論し辛い所を取り上げられて、それもトゲのある言い方でチクチクと言われて…私は何も言い返せずにグッと黙っていたけれど、サードは黙らない。


「確かに彼は武器も防具もつけていません。しかし彼は強いですよ、下手したら私たち全員で向かったとしても勝てるかどうかも分からない程にです」


「あら。つまり勇者御一行の四人全員はこの人より弱いんですの?」


おかしそうにド派手な女性は笑いながら言ってくるけど…何かこの人、言い方がいちいち人の神経を逆なでするようなこと言う…!ムカつくぅ…!


「少なくとも敵に回したくない、とだけは言っておきましょう」


それを聞いたド派手な女性は納得したような、それでも鼻白んだ顔をして、


「まぁそうおっしゃるならそういうことにしておいて差し上げますわ」


何?その言い訳ばっかりされたけどこれ以上話しても無駄だから納得してあげるみたいな上から目線の言い方ぁ…!


イライラしているとド派手な女性は、


「ともかくここまで送り届けましたから(わたくし)の仕事はこれまでですわね。失礼」


ツン、とそっぽ向いて歩き出したド派手な女性に、私はホッと肩を落として見送る。


だってこれ以上長く話していたくないもの、話せば話すほどイライラが増していくし。でも自分からさっさと去ってくれる人で良かった。たまにいるのよね、私たちが不愉快になる話ばっかり喋り続けて付きまとって中々離れていかない人…。


と、ド派手な女性はふっと立ち止まって睨みつけるようにバッと振り向いた。


「遅い!さっさと来なさい!」


鋭い声にビクッと肩が動いてしまう。


私たちに言ったのかと思っていると、女性の見ている廊下の向こうからテッテッテッと絨毯(じゅうたん)を走る音が近づいてくる。


すると私たちのドアの前を、つぎはぎだらけの服を着たピンク色のボサボサ髪の女の子が通過していく。それもその子自身がすっぽり入れそうなほど大きいスーツケースを両手で転がして、焦ったように。


そのまま走って行ってヒィ、ヒィ、と苦しそうに息継ぎをしながら女の子はド派手な女性のすぐ後ろに止まる。


ド派手な女性は腕を組んであごを上げて、冷たい目で女の子を見下ろす。


「まともに私のすぐ後ろを歩くことすらできないの?こんなに立ち話していたのにあなたは一体どこで油を売っていたのかしら?ええ?」


「す、すい、すいませ…」


つぎはぎ服の女の子はつっかえつっかえに謝るけれど、女性は、チッ、とホテルの廊下に良く響くぐらいの舌打ちすをする。その舌打ちが昔のすぐ怒り出すサードを彷彿(ほうふつ)とさせて思わず私の心臓も少しすくんだ。


「あなた、私に捨てられたらもう次が無いって知ってるわよね?」


「は、はい…」


「あんたみたいに使えないって何度も奴隷商に戻されるような子を引き取るような優しい人、私以外に居ないんだからね」


「は、はい…すみませ…」


「次に戻されたら奴隷商からも契約破棄されて捨てられるんだからね、そうなったらどうなるかあなたも知ってるわよね?野垂れ死ぬのよ」


「は、は、は…」


女の子はもう恐怖のせいか「はい」の返事すらまともにできていない。ド派手な女性はニッコリ妖艶に微笑むと、ゆっくり、ゆーっくりと…まるで大事な物を触るかのように女の子の背中に優しく手を回す。


「じゃあもっと使える子になってちょうだい、お願いね」


さっきと違って優しい声と態度、でもあの散々な言いようを聞いた後だと…恐怖しか残らない。


「は、は、は、は…」


ド派手な女性は女の子の背中から手を放すとコッコッとヒールを響かせながら悠々と廊下の奥へと歩いていく。


「…なんだ、あの人も同じホテルに泊まるんだ…」


アレンは「怖ぇー…」と言いながらも興味本位で奥へ去っていくド派手な女性を見送り、つぎはぎの服を着た女の子も重そうなスーツケースを両手に持ち直して後ろをついて行く。


思えばあんなに重そうなスーツケースを小さい女の子に持たせておいて、あの女性は手ぶらで何も持っていないとか…。酷い…。


それにさっきのやり取りを見ていてサードに脅えていた昔の自分と女の子が重なって…入口から見送る。


私はアレンがいたからサードと一緒でもまだ耐えられた。

それでも今の会話から察するにあの女の子は奴隷で、それも何度か買われても戻されて、そして今の主人となったのがあの怖いし言い方も嫌な感じの女性で…立場的にも年齢差でも逆らうこともできないし、逃げることもできないんだわ。


重苦しい気分になっていると、ド派手な女性がちゃんとついて来ているか後ろを振り返って女の子を見て、少し妙な違和感を感じた顔をした後、何か気付いたのかカッと怒鳴った。


「ちょっと!私のトートバッグどこにやったの!?」


女の子はビクッと肩を揺らしあわあわと両手を見て「あっ…!」と小さく叫んだ。


「どこに置いてきたの!取っておいで!」


「あ、あ、あの、馬車、もしかしたら馬車に…」


すごい剣幕で詰め寄られている女の子は消え入りそうな声でオドオドと返す。


それでも馬車に置いてきたんだとしたら…今頃とっくに出発しちゃったんじゃないの?


ド派手な女性は唸るように声を絞り出してから「ああもう!」と苛立ちが耐えられないとばかりに頭をかきむしり、


「あなた、そこまでして私に迷惑かけたいの!?」


「ち、ちが、そんな…」


「何が違うの、こんなに迷惑かけておいて!いいから取っておいで!」


ド派手な女性は指を外に向けて女の子に指図する。


「で、でも、でも、馬車は、もう、行っちゃって…」


「探してきなさい!あのトートバッグには大切なものがたくさん入ってるのは分かってるでしょ、だからわざと馬車に忘れたんでしょ!あなたがやりそうな嫌がらせよね!」


「ち、違います…!本当に、ただうっかり…」


「いいからこんな所でウダウダ言い訳してないで行っておいで!」


スーツケースと部屋の鍵らしきものを女の子からガッとむしり取ると、ハイヒールのピンが折れるのではと思うほどドスドスと足音を立ててド派手な女性は突き当りの曲がり角を曲がって去っていった。


「…怖ぇー…」


女の子好きなアレンもさすがにドン引き顔でド派手な女性を見送り、女の子は呆然とド派手な女性が去っていった方向を見ていたけれど、次第に肩を震わせて、ヒック、ヒックとしゃくりあげて泣いてしまった。


ガウリスもものすごく心を痛めた顔で廊下に出て、


「我々も探すのを手伝いますよ、どのような馬車だったか覚えていませんか」


としゃがんで優しく声をかけている。女の子はヒックヒックと泣きながらも、


「隣町から…乗った馬車で…でも、それくらいしか、わかんなくて…」


「じゃあとりあえずこの町の馬車登録してる場所に行って…あ、でも隣町の馬車なんだっけ?だったら隣町に戻っちゃってるかな、だったら今すぐ馬一匹借りて追いかけたらいいかも」


アレンがそう提案し、サードも勇者としての立場じゃ見過ごすわけにはいかないかという顔で、


「それなら私が…」


と言いかけている途中でリロイが歩き出した。


「さっきの馬車からトートバッグとやらを持ってくればいいのだろう、なら我が取ってくる」


サードはそれを聞いて、こいつの方が飛べば速いし金もかからねえと踏んだ表情になると、


「それなら頼みます」


と、さっくりとリロイに丸投げした。


でも女の子は「えっ」と顔を上げてフルフルと首を横に振る。


「でも、馬車はもう遠くに…」


「我なら追いつける。待っていろ、すぐに持ってきてやる」

その道の一流の人って一般人には理解できない段階まで行きますよね。

そんでそれは一般人である我々には理解できないと思ったのは、あさイチにて野村萬斎さんが狂言の練習をする息子に放ったというこの言葉。


「跳んだら一瞬そこで止まるんだよ!」


止まれるんですか、と聞き返す博多華丸大吉さん二人に対して萬斎さんが、


「止まってませんか?」


と驚いた顔で食い気味に返したのめっちゃ好き。

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