…気持ち悪いな…
シーリーに言われた南東へ私たちは向かっている。
そして歩きながら私はチラとサードの後ろ姿を見た。
シーリーに一人呼び出されて二人で話した後からずっとサードはムッツリと黙り込んでしまっているのよね。
前にカーミと廊下で話した後はものすごく荒れて昔のサードに逆戻りしたような感じだったけど、それでも今は黙り込んでいるだけで荒れてはいない。
それでも不機嫌そうなのは変わりないし言葉も少ないし…。だとしたらシーリーに廊下に呼び出されて言われたのはやっぱり…そういうことなんだわ。
私は恐る恐るサードに聞いた。
「ねえサード…廊下に呼び出されたあと、シーリーにどんな不穏なことを言われたの…?」
サードは私を見ずに首を横に振る。
「そんな話じゃねえ、雑談だ」
「…」
そう言うけどどう見ても雑談したって雰囲気じゃないのよ。もしかしてあまりに不穏なことを言われたから隠しているのかしら…。
「俺さぁ、昨日ドミーノ宛におめでとうの手紙送っちゃった。喜んでくれるかなぁ」
地図を広げながらアレンはウキウキ歩いているけれど、それってドミーノの合格通知より先にアレンのおめでとうの手紙が届くんじゃないの…?
「とりあえず南東に真っすぐ向かってく感じで良いかな?」
アレンはサードに声をかけるけれどサードはムッツリ無言だから代わりに後ろからガウリスが、
「良いのでは?まず南東と言われましたから」
って返す。
そうやって日にちをかけて真っすぐに南東へと向かってデキャージャという国に入国するくらいの時間が経つとサードのムッツリだんまりしていた態度も消えていつも通りに戻ったけど、すごく面倒臭いから機嫌次第で喋んなくなるのやめてほしい。
「それにしてもここってウチサザイ国くらい南方面じゃないのに暖かいのね、風もそんなに冷たくない」
「お、よく分かったなぁ。実は俺たちが冬に越冬しにきてたのこの辺りの地域なんだよ、この国は初めて入るけどさ。ウチサザイ国より北でもここらは気候が温暖なんだよな」
なるほどね、通りで地面に雪もなくて地面も見えているわけだわ。
「とりあえず雪もほとんどないし、今日は天気もいいし、三つ…いや四つくらい町は越えられるかな」
「そうだな、何事も無ければそれくらい進めるだろ」
少し前の不機嫌な時と違ってサードもちゃんと返事をする。アレンはそれを聞いて「じゃあ今日はどこの宿屋に泊まろうかなぁ」と小さい冊子…パンフレット?を取り出した。
その折りたたまれたパンフレットをパラパラと全部広げると、手の平サイズだったものがアレンの両腕と同じくらいの大きさになる。
「何それ」
指さしながら聞くとアレンは私と横並びになって、
「このデキャージャ国のいたる宿屋とかホテルの入り口に置いてるやつでホテル紹介してるんだ、これ。なんかデキャージャ国って観光に力入れてるみたいなんだよな。
で、観光ときたらもう一つ必要なのは宿泊場だろ?だから国のお勧めの安い宿とかファミリー向けプランとか冒険者向けプランとかシングル向けプランに格安プラン…まぁ色んな人に対応できるようなプランが沢山書いてんだよ。これ見てるだけでも結構楽しいぜ」
サードもふぅん…と横からのぞき見して、ある場所に目を止めて「ほう」と頷いた。
「国の全ての宿泊場がこのスペラービト商会ってのと提携してるってわけか。これなら一つが営業不振で潰れようが他のホテルもあるからこの商会もホテルもある程度の痛手しか被らねえってわけだ」
「そうそう、国が援助してるホテルもあるみたいだから余計に経営は楽だと思うぜ。全部の宿泊施設を提携するとかよく考えたし実現できたよなぁ」
アレンは儲けのことも気になるのか頭の中で色々と計算している顔で、サードは、
「国のほとんどの宿泊施設を牛耳ってるっつーならこの国全土にまたがって牛耳ってるも同じじゃねえか。よっぽどのやり手がトップに居やがるな」
って呟いている。
「…あ」
横からアレンの持つ宿泊場のパンフレットを見て、あるホテルを指さす。
「ミレルがこのホテルがとってもいいって言ってたのよね、クワイズホテル。朝食も夕食もバイキング形式で豪華らしいのよ。ベッドもぐっすり眠れるように色々工夫されててお風呂の備品も一個一個がとってもいい物ですっごく満足できる所だったんですって」
そう、まだミレルと一緒に行動していた時、
「ねー、エリリンって○○国に行ったことある?」
って聞かれて、その国は行ったことがないわと返すと、
「その○○国の『クワイズホテル』ってとこすげーいいから○○国に行ったら泊まってみなよ。クワイズねクワイズ。クワイズホテル。さあ覚えるまで繰り返して」
ってホテル名を延々と復唱させられたからホテルの名前は完全に覚えている。…まぁその代わり国の名前はスッポリ忘れてしまっていたけれど、もしかしたらその国ってこのデキャージャ国だったかしら。
するとアレンが、おお、と顔を輝かせる。
「そこ丁度四つ先の町にあるホテルじゃん。じゃあ今日はそのホテル目指して行こうぜ、いい?」
アレンは皆に質問するように言っているけれど、それでもこういうことの決定権はサードにあるから主にサードに向けて聞いている。サードも軽く頷いて、
「ホテルのレベルもそこそこいいみたいだからな、いいだろ」
そんなことで今日目指す場所も宿泊場も決まったから、あとはクワイズホテルのある町まで一直線。皆で雑談しながら進んでいく。
そうして歩いて女の子が向こうからやってくるのを見て、チラとリロイを横目で見る。
とりあえずリロイのお嫁さん候補がいる南東に向かっているから、相性のいい女の人とはどこかですれ違うのかもしれない。でもリロイは変わらず女の子と親しくするでもないし、見るでもないし、声もかけないし、ボーっとしている。
…それでもまぁリロイはリロイなりにシーリーに言われたことは守っているのかも。前より空を見上げることも少なくなって地上のあちこちをキョロキョロしながら歩いているもの。
でも…その視線は地平線の果てを見ているかのように遠くて結局ボーっとしているようにしか見えないけど…まぁ、前より地上は見ているから…。
それでもそんな遠い目をしている間に相性のいい女の子と通り過ぎていやしないか不安になるわね。
「ちょっとそこで昼飯食って行こうぜ」
お昼に差し掛かったけれどまだ町にたどり着かない微妙な距離だから、道の脇に寄って昼食を取ることにした。
ほんの少し風は冷たいけど、それでも天気は良くて日差しは暖かいし雪もないから外で座って食べても平気。…そう最初はそう思っていたけれど、動いる時は暖かくてもジッと座って動かないでいるとやっぱりちょっとずつ指先が冷えてくるわね…。
そうしてお昼を食べてお腹を落ち着かせるために食後の会話している時、アレンが「あ」と少し離れた場所に視線を移して立ちあがった。
「リロイ、リロイ。ちょっとこっち来て、これ見てこれ」
アレンが歩いて、名前を呼ばれたリロイも「何だ」と立ち上がって後をついていく。何かあったのかしらと私も気になって一緒についていくと、アレンはかがんで地面を指さす。
「ほら、これが前に言ったアリの巣」
「…」
リロイは少し顔をしかめたけど、恐る恐るかがんでアリを眺める。
私はかがんでいる二人の上からのぞき込む…。うん、普通にアリとアリの巣ね。どこかに餌があったのかワラワラとアリが巣穴の周りをひっきりなしにうろついている。
「なー?小っちゃくて黒くてウジャウジャいるだろ?」
「…気持ち悪いな…」
「ほら、ここ巣穴なんだけど指突っこんでみ?アリが入れなくて困ってウロウロするから」
「…」
リロイは恐る恐る人指し指で巣穴をふさぐと、巣穴に入れなくなったアリが周りを素早く行き交っている。
「困っているのか?これは困っているのか?」
「うん、巣穴ふさがれてすっげー困ってる状態。玄関のドア急にふさがれた感じ」
「ウッ」
指にアリが登ってきたのか、リロイはビュンビュンと手を動かして登ってきたアリを振り払う。
アリはものすごいスピードで飛んで行ったのか、リロイはハッとした顔になってアリの飛んで行った方向を見た。
「死んだか!?」
「いや、アリは飛ばされたくらいじゃ死なないよ。軽いから」
「…案外と丈夫なんだな」
リロイはそう言うと巣穴に視線を戻して、あちこちを行き来しているアリを見ている。
「…気持ち悪いな…」
気持ち悪いって言うわりに凝視してるわね…。
「ほら、こうやって食べ物を置くだろ?」
アレンは自分の食べ物のパンの一部を千切って巣穴の傍におくと、目ざとく気づいたアリがパンに近寄って「おお…これは…おお…」という感じで物色している。すると他のアリたちもパンの存在に気が付いたのかあっという間に数匹が群がり始めた。
「ほう…」
リロイはしばらくアリがパンに群がる様子を眺めてから、
「…この穴の中はどうなっている?広いのか?」
と言いながら指先だけをドラゴンの鋭い爪に変化させてガリガリと掘り起こして穴を広げていく。
そんなアリの巣を掘るのにドラゴンの力(?)を使わなくたってとは思うけど、別に口に出してあれこれ言うほどのことでもないから黙って見ている。するとリロイは手を止めてドラゴンから人間の手に戻した。
「他のアリと比べて大きいのが出てきたが?」
確かに他のアリより大きいの出てきていて、リロイはその大きいアリを指でつつく…。
「ウッ!」
リロイは短く叫ぶと手を大きく動かした。その大きいアリは凄い勢いで吹っ飛んで行く。
「なんだ、びりっとしたぞ、雷か!?魔法か!?」
人指し指をさすりながらリロイが騒ぐとアレンはアハハ、と笑った。
「多分今の女王アリだよ。巣穴壊したから噛まれたんだ」
「噛まれた…」
噛まれた指先を手の内側でこすり合わせながらリロイはアリを見ている。
「…こんなに小さいのに、我のようなドラゴン相手にそんなことをするのか」
「まあ、生き物だし。巣穴を壊す敵には向かっていくもんじゃね?」
「…そうか…。人間より小さくとも、この者たちも生きているのだな。済まなかった…」
小声で謝りながらリロイは掘り起こした土を元に戻して埋めていくけど…でもアリにとっては破壊された巣穴を大雑把に埋められて余計混乱が引き起こされているじゃない。
「…これは困ってないか?」
巣穴を埋められてウジャウジャと動き回っているアリを見てリロイが言うと、アレンも頷きながら返す。
「そりゃ住んでるとこ壊されて、壊されたとこ急に塞がれたらなぁ」
「…悪いことをしたな」
ちょっと落ち込んで肩を落とすリロイにアレンは笑う。
「大丈夫だって、一日たてば大体巣穴元通りになるから」
「何だって、一日?」
心から驚いた顔でアレンを見てからリロイはバッと巣穴に目を戻して、瞬きしなくて大丈夫か心配になるぐらいアリの巣穴をジッと眺めはじめた。
「おい、腹も落ち着いただろ。出発するぞ」
サードが声をかけてきて、私たちはそれぞれ荷物を片付けて立ち上がる。
それでもリロイは巣穴を眺めていて全然動く気配がない。
「リロイさん、出発しますよ」
ガウリスが声をかけるけれどリロイは片手で人を制するように突き出した。
「いや、ちょっと待て。巣穴が開くところを見てみたい」
「置いてくぞてめえ」
面倒くさそうにサードが声をかけると、
「構わん、我は後から追いつけるから先に行っててくれ。ここからどうなるのか見てみたい」
と顔も動かさずに言ってくる。
「昆虫観察する子供状態になっちゃった」
アレンがおかしそうに言うとガウリスもまあ気持ちは分からないでもないという顔をして頷く。
「ドラゴン姿の時には認識できない生き物でしょうからね…」
それでも皆で行こう行こうと促してみたけれど、リロイはギッと目を吊り上げ立ちあがると、子供が駄々をこねるかのように足をダスダスと動かして巣穴を指さす。
「本当に人間というものはせわしないな!十年ここに居ると言ってるわけでもなし、一日ぐらいここに居たっていいだろう!我はここに一日居る!ここに居てこの巣穴が最終的にどうなるのか見届ける!」
いや、その熱意はアリじゃなくて女の子に向けなさいよ。
呆れて一瞬言葉を失ったけれど、ため息をつきながらもリロイを説得する。
「だからって一人ここに置いていけるわけないじゃない。今私たちは一緒に行動している仲間なんだから…」
「だから後から追いつくから先に行けと言っているだろう、我は明日までここにいる。このアリたちがどのように巣を元通りに戻すか見届けてから追いつく」
「でもね…」
とにかくリロイを説得しようとあれこれ言うけれど、リロイは頑として私たちの説得に応じずその場を動こうとしない。そうしてついに…サードがキレた。
「だったらてめえは後から来い」
そう吐き捨てサードは歩き出した。
アレンは去っていくサードとリロイを交互に見て、
「おいリロイ…」
と声をかけるけど、リロイは全くアリの巣から視線を動かさず、
「クワイズホテルだろう?地図でみたがあんなところ飛んで行けば十秒で着く」
…そういえばリロイって空を飛べるんだった。
アレンもガウリスもそういえば、と私と同じことを思っているような表情で皆で顔を見合わせていると、サードが少し離れた所からイライラとしながら怒鳴ってくる。
「いいからとっとと来い!そいつは一人でも大丈夫だ!」
サードはそう言いながらもズンズンと歩いていってしまう。結局動きそうにもないリロイに私も諦めて…でも肩をポンポン叩いて注意を引いてから、
「あのね、せめて日が暮れるまでには追い付いてよ」
と言う。
リロイは何でゆっくりさせてくれない…と不服そうに私を睨み上げてきたけれど、
「なんのために人間の姿で私たちとこうして一緒に居るのか忘れないでよね。あなたの一番の目的は私たちと行動してお嫁さんを探すことでアリの巣を見続けることじゃないでしょ」
そうキッチリ釘を刺すと不満げな表情ではあったけど…リロイは「ムウ…」と小さく唸りつつ不承不承頷いた。
アリに噛まれた経験のない人へ
爪の先で手の甲の皮膚をチネッとつねってください、全力で。それがアリに噛まれた痛さです。
それと以前米びつに虫が大量発生したので外でムシロに生米を広げて直射日光に晒し、虫を少しでも外に逃がし撲滅しようとしました。そうしたらなんと、アリがやってきて虫を運んでいくではありませんか。
よしよし、と思っていたら次第に「あれ…ここにあるの全部食えるもんじゃね?」と気づかれてしまい、なんと虫よりも生米をせっせと運んでいくではありませんか。
おいコラ待て、って感じでしたね。




