占い師をさがせ、決して逃がすな
ゲンメイ王国にはあっさりたどり着いて入国できた。少し前まで地吹雪で数日ホテルに缶詰めになっていたけど、あのあとはずっと晴れ続きでサクサクと進めたのよね。
「あとはちょっと聞き込みすれば見つかるだろ。派手な人っぽいし、占いが当たるって評判になってるだろうし」
入国してすぐのアレンののんきな言葉を聞いて、きっとその通りすぐ見つかるわと私たちもうんうん頷いた。
そして思った通りその日のうちに軽く聞き込みをするとお目当ての占い師情報は一気に集まった。
どうやらその占い師は中心都市にしばらく滞在して人気を博していると思ったら急にふっつり居なくなって、居なくなったと思ったら他の町で占いをして急に居なくなってを繰り返して移動しているみたい。
そうやって少しずつ少しずつ占い師の現在地に近づくにつれて私たち勇者一行の姿を見た人たちが、
「この町にはもういませんよ」
「占い師は東側に抜けて行きました」
「昨日この道を向こうに歩いていきましたよ」
って道すがらに占い師の情報を教えてくれる。
そうしてたどりついたのが中心都市から結構離れたこのキエ町。朝に今はこの町で占いをしているって聞いたから足早にやってきた。
まず先にホテルに荷物を置いてから占い師を探すことにして、荷物を置いて私の部屋に集まった皆にサードは真面目な顔で言う。
「いいか、ここまで追い詰めたんだ。見つけたら絶対に逃がすな。仮に逃げ出したら足を折ってでも足止めしろ」
…だから何でそんな悪役みたいなことしか言えないかしら、こいつ。
「ともかく占い師を探して見つけたら部屋に連れて来てゆっくり話を聞くってことでいいよな?」
サードの話の一部ををさり気なくスルーしつつアレンがそうまとめて、皆はそのまま散り散りになってホテルから出発。
私も外に出て皆が歩かない方向に歩き出したはいいけど…。思えば占い師ってどんな場所で占いをしているのかしら。やっぱり人通りの多い所?
だったら表通りよねと大きい通りをあちこち歩いてみたけどパッと見つからないから素直に地元の人らしき人に声をかけて聞き込みをしてみた。
「ああ、占い?いつもあっちでやってるわよ。ちょっと性格が腹立つ時もあるけどよく当たるって評判なの」
…性格が腹立つ?
何それ、今までそんな性格に関することなんて聞いたことなかったけど…どんな人なのかしら、ちょっと会うのが不安になるわね。
とりあえずありがとうとお礼をしてから表通りから外れた裏道に曲がって進んでいくと…行列がみえてくる。
もしかしてあの行列の先に占い師がいるのかしらと思いながらも、進むにつれ見えてくる長い長蛇の列の全貌を眺めて顔がこわばってくる。
待って、もしかしてこれに並ばないといけないの?いや…でももしかしたら別の何かの列かもしれないし…。
「ねえ、これって何の列なの?」
淡い期待を持って最後尾に並ぶ女の人に聞いてみると、
「これ?当たるって評判の占い師よ。今三時間待ちですって」
三時間…!?
だってホテルから出る時点で午後の一時過ぎだったのに、それをこんな冬の寒い中を三時間並んで待つとか…!?
思わずクラッとしたけれど、皆も同じ状況で並んでいるのに「この占い師は勇者一行の私たちが探していた人だから借りて行くわね」って割り込んだうえに連れて行くのはさすがに人としてやっちゃいけないわよね。
これは…並ぶしかない。
覚悟を決めて最後尾に並ぶ。
そうやって並んでいると私も通ってきた曲がり角からサードが姿を現したけど、長蛇の列に並んでいる女の子たちと私を見るやいなや「あばよ、あとは任せた」とばかりの視線を残して私に声もかけずUターンして去って行った。
…あの野郎…。
心の中で口汚く思っていると、行列の先からどよめきと「ええ~!」という声が聞こえてくる。
「なんでですか、こんなに待ってたのにやめるだなんて!」
え、ウソ、こんなに人が並んでるのにやめるってわけ?
ざわめく行列の先に目をずらすとケバケバしい紫色が向こうから近づいてきた。そして並んでいた女の子の一人が、
「ずっと並んでたんですよ!ひどいじゃないですか!」
ってとりすがって非難の声をあげると、ケバケバしい紫の人はその腕を取り払って顔をあげてフードを取り外す。
「もう一時過ぎてんのにこちとらまだ昼飯も食べてないんだから多目にみろよ!この体格なんだからここにいる全員占ってたら腹減るに決まってんだろ!餓死するわ!明日明日!残りは明日!」
紫色のローブの下に見えたのは…小太りでスキンヘッドの白い肌に赤ら顔のおじさんで、
「まったく何で急に客がこんなに増えたんだよ!例の移動する占い師のせいかよ、迷惑だな!」
とプリプリしながら私の横を通り過ぎていく。
呆然と見送って…どうやら違う占い師の情報をつかまされたんだわと悟る。じゃあサードも違う占い師情報を掴まされてこっちに来たのね。
でもまぁ、長く並んでから違う占い師だと知って落胆することにならなかったから…まぁ、そこはまぁ…。
だとすれば新たに占い師の情報を探さないといけなくなったけど、もしかして占い師のことをこの町で聞いたら最終的にたどりつくのはさっきのおじさんなんじゃない?
「うーん…」
聞き方に気をつけないといけないわね、褐色の肌で紫色の長髪の若者の占い師って言えばさっきのおじさんにはたどり着かないはずだし。
表通りに出て、とにかく聞いて回るしかないわと歩きだす。
「お嬢さんお嬢さん」
何か聞こえたけど真っ直ぐ見ながら歩き続ける。
「そこの金髪ロングのお嬢さん」
そこまで言われてようやく私に声をかけていたの、と振り向いた。
振り向いた先にいるのは男の人。深く被ったニットキャップにふかふかの青いマフラー、白いタートルネックに黒い上着を、それとピッチリしたズボンを身につけている細身の若者。
そんな男の人が湯気のあがっているお持ち帰り用の紙コップを持ってニコニコしながら立ってる。
「…」
え?っていうか何?何が目的で声をかけてきたの?ナンパ?誘拐?それとも強制的に襲う?
…あ、流石にそこまではないかしら、ウチサザイ国じゃないんだし…。ああもう、ウチサザイ国を通った後だとこうやって声をかけて近寄ってくる男の人はつい警戒しちゃう…。
「お嬢さん、お困りですか?」
「ええと…まぁそんな感じかしら」
困っているっていうより人探し中って感じだけど。
「じゃあ占って差し上げましょうか?僕こうみえて占い師なんで」
占い師?
その言葉に反応して改めて相手の顔を見ると…ニットキャップからは紫のクセっ毛がピンピン外側に跳ねていて、その髪の毛で目は隠れているしそれも肌も浅黒い褐色の…。
「…!?」
「今暇なんであなたさえよければですけどネ」
その変わった特徴のある口調…。まさか…。
「あなた…勇者一行の探してる…?」
そう言うと男の人は「ああ」と小さく呟き、
「探されてるっぽいですネぇ」
と他人事みたいな気の無い返事をしてからニコニコと、
「それで?占いますか?占いませんか?」
「…」
この人…私が勇者一行の一人だと知って声をかけたの?それとも知らないうえで声をかけてきたの…?でもこの人、絶対私たちが探している占い師よね?
「あの…私より占って欲しい人が別にいるの。できれば一緒に来てくれないかしら」
すると占い師は紙コップに口をつけてズッと中身の飲み物を一口すすって、
「あなたは自分自身のことは占ってほしくないんですか?」
「…」
そう言われると…占って欲しいかもしれない。この人ものすごく当たる占い師なんだし。
それにこうやって見つけたんだから少し占ってもらってから皆の待つホテルに連れて行けばいいわよね、まだ一時過ぎくらいで時間もあるもの。
「じゃあ…占ってもらおうかしら」
「でも僕、プロなんでお金貰いますからネ。それでもいいですか?」
それはもちろんよと頷く。…でもそういえばケッリルの時はタダで見てもらったって言っていたけど…まあ普通はお金を払うのが筋よね、多分その時はタダでいいって気分だったのかもしれないし。
「ちなみに値段はどれくらいなの?」
「お気持ち程度で結構ですネ」
「…お気持ち?」
聞き返すと占い師はウンウン頷く。
「コイン一枚でも金貨一枚でもタダでも、その人のお気持ち程度で結構。貧富の差もありますからお金の値段は決めてないんですよ」
「…でもタダでもいいって、それ大丈夫なの?お金はお気持ち程度、それもタダでも大丈夫なんて言ったら皆タダを選ぶんじゃ…」
占い師はケラ、と軽やかに短く笑った。
「例えばの話をしましょうか。特にお金に困ることなく一般的な生活を送れる方が、顔も性格もよく地位や肩書のあるお金持ちの恋人が欲しいと願って僕の元に来ました。
僕は今みたいにお気持ち程度でいいと返し、その人は生活に困らないぐらいのお金を持っていますが無料を選び帰っていきます。もしあなたがそのお相手が望む特徴に全て当てはまっている人だとしたら、そのお相手の恋人になりたいと感じますか?」
「…うーん…」
そりゃあそんな人もいると思う。どちらかといえばサードもそういうタイプだから。でもやっぱり…生活に困らないぐらいお金もあるのに気持ち程度も支払わない人と恋人にはなりたくないかも…。
すぐさま答えない私に占い師は続ける。
「あっと、どうあっても金を払えと言っているのではありませんよ。ただお金は目に見えるエネルギーです。自分の望みに対してろくにエネルギーを使わないのであれば、その方にはそこそこのエネルギーしか返ってこないんですネ。
仮にそのような最高レベルの恋人が欲しいと思っていても最小限のエネルギーしか使わないのであれば、同じように最小限の生き方をする方が集まってレベルの高い方とは中々お近づきになれないし、近づいても相手からは見向きもされないでしょうネ」
そこで占い師はふと近くのベンチを指さした。
「立ち話もなんですから一旦そこに座りましょうかネ、寒いからなるべく早くに終わらせますんでネ」
まあそれもそうねと占い師と一緒にベンチに座る。そこで占い師は私に体を向けてきた。
「では何について占いましょうか」
「えっと…」
…あれ、どうしよう、何について占ってもらおう。占って欲しいとは思ったけれど特に占って欲しいことがパッと思いつかない。
ちょっと待って、まさかこんなに何も思いつかないなんて…。どうしよう、何について占ってもらおうかしら、旅先安全?健康?人生について?
悩んでいると占い師はケラケラと軽快に笑う。
「自分自身のことですぐに占って欲しいことがないなんて、あなた、今が幸せでいっぱいなんでしょうネぇ。それじゃあオーソドックスに恋愛のことでも占ってみましょうかネ」
恋愛…。今のところ恋愛対象がいないからあんまり占ってもらうほどのこともないんだけど…。
『女性として好きでした』
去り際にサムラに言われた言葉がフワッと蘇ってきて、軽く恥ずかしくなってうつむいた。
恋愛対象としては見ていなかったけど…ここ最近で一番ドキドキしたっていうかビックリしたのはあの時かしら。だってまさか弟みたいに思ってたサムラにそんなこと言われるなんて思わなかったし…。
「あなた、心が枯渇してますネ」
「枯渇…!?」
いきなり言われた一言にギョッとしてオウム返しすると占い師は続ける。
「男性の嫌な面を今まで何度も見てきたのでは?特に女性という性別をだらしない目でみていた男性を複数人…」
当たってる…。サードにディアンにゼルス、ランジ町で自分を襲おうとした子供たちにハミルトンに…。ジル…。
「あなたは潔癖な考えを持ってますネ。ですから男女間でもお互い好意を抱いたと納得してから次のステージに向かうのが当然と考えているのに、強制的に女性にだらしない男性の一面を見せられてあなたはだいぶ傷ついています。男性とは女性を性の対象でしか見ていないと心のどこかで軽蔑しています」
「…そんな、ことは…ないと思うんだけどな…」
サードにアレンは欲求に忠実だけど、ガウリス、サムラ、それにケッリルはそんなことなかったもの。
占い師は口端を上げたまま続ける。
「あなたも男性の全員が全員そうじゃないと分かっています。それでも一度見てしまった男性の嫌な面はどうあっても記憶に、心の底に残ってしまっているんですネ。
恋愛に興味があっても男性に女性として意識して見られるのを拒否しているような気がするんですネ。恐らく信頼した男性にだらしない目で見られたらと思うと嫌悪が沸いてしまって何も考えられなくなっているんです、そのせいで今は恋愛に対して心が枯渇していますネ」
「…でも少し前に…その…男の子に好きって言われてドキドキしたこともあるし…恋愛小説も私かなり好きだし、枯渇レベルじゃないと思う…」
「じゃあ質問です。『恋愛小説はフィクション、現実ではない』…この考えについてはどう思います?」
「それはそうよ、小説は作り話だもの」
ふむ、と占い師は頷いて、
「あなたが今言った男の子に対するドキドキはそういう作り話の恋愛小説と同じって感覚がするんですよねネ、ドキドキしても現実的にそれ以上のことにはならないって割り切ってる感じで」
「だって私は冒険を続けるしサムラは…あ、サムラは少し前まで一緒に冒険をしていた子の名前なんだけど…。あ、別に本気で好きだったとかそんなのじゃないんだけど…ああいや、好きだけどそれって仲間として好きっていうか…!」
初対面の人に何を言っているのと慌てたけれど、占い師は何を言うでもなく微笑んだまま頷き聞いているから私も少し落ち着いて、
「その…サムラは役目があって国に残るからどうしても離れ離れになっちゃう感じだったの。サムラも年齢的にそんな関係になれないって言っていたし、私もそう思うし…」
何だか流されるまま言ってて思ったけど、まるで私はものすごく心残りだったって言っているような感じになってない?そんなこと全然ないんだけど…。私は一体何を言っているのかしら恥ずかしい…。
「本気の本気でサムラという方がお好きだったら、自分は冒険に出る、サムラは国に残る、年齢がどうのこうの…っていちいち考えませんよ。きっと冒険をやめてでもそのサムラと共にいると言い張るはずです。
でもあなたは頭で考えて別々になった、それじゃあドキドキしても本気じゃありませんネ。僕が言いたいのはそこです、あなたはドキドキしても最終的にハートで決めず頭で考えて終わらせてしまっている、要するに頭でっかちの状態ですネ」
「頭でっかち…!?」
「言い方を変えれば心が置いてけぼりの状態です、同時に男性にだらしない目で見られたくないとそっぽ向いている。今のあなたからは恋愛に対する熱情が一切感じられません。その全体をみて枯渇していると言わせていただきました」
「…」
何だか…今までの私の身に起きたあれこれを全て分かっているような口ぶりに一つため息をつく。そこで随分と占い師に対して身を乗り出しているのに気づいたから少し離れて背筋を正した。
「でもあなたは頭のいい女性です」
え、頭がいい?私が!?
滅多に言われない言葉に驚いていると、
「今は恋愛に対して枯渇していますが、自分の道は自分で決められる意思の強さがあります。ですからあなたがいずれこの人だ、と思う人が現れたらその人で間違いないでしょう。結婚運は非常に高いと思いますからネ、きっと望んだ人と一緒になれるでしょうネ」
「結婚…するの?私」
「したくないんですか?」
その質問に腕を組んで考え込んでしまう。別にしたくないとは思っていない。でも…。
「私は冒険しているんだもの。結婚なんてことになったら今のパーティから抜けないといけないじゃない。それは嫌なの、私は皆で冒険するのが好きなんだもの」
「なるほどそうですか…。まあ枯渇しているとは言いましたけどネ、それでも胸の上あたりにほんのりピンク色の光が見えます。この色合いからすると、いずれ胸に恋の矢が刺さるほどの衝撃を受けるかもしれませんネ」
そう言われると気になるじゃない。
「それって私が好きになって結婚する人が現れるってこと?」
軽く身を乗り出して質問する私に占い師はジッと見てきて、うーん、と軽く唸る。
「そこはあなた次第と言っておきましょうかネ。それでもその時だけは心は大いに震えて枯渇状態からは脱却するでしょう、それでも一時的に燃え上がって終わる恋になるか、その後も続く恋になるかはあなたの次第です」
そう言うと占い師はフッと軽い調子に戻ってニッコリ笑った。
「はい終わり」
「…」
私次第…か…。一体どういう人に会ってそんな状態になるのかしら、それより胸の上の光って…やっぱりこの占い師ただ者じゃないわ。そういう目に見えない何かが見えているもの。
「あっと…お金」
…。お気持ち程度っていくらぐらいがちょうどいいのかしら。
けど色々と当たっているし、これからついて来てもらおうしているんだからちょっと奮発してもいいのかも。
財布に入っていた銀貨を取り出して占い師に渡す。
「わあ、銀貨だ。銅貨以上のお金を払う人もそうそう居ませんよ」
と言いながら立ち上がって、私を見下ろして微笑んでくる。
「じゃ、体も冷えてきた事ですし本件に向かいましょうかネ。勇者御一行様」
「…」
やっぱりこの人、最初から分かってたんじゃないの…。
「ただお金は目に見えるエネルギーです。自分の望みに対してろくにエネルギーを使わないのであれば、その方にはそこそこのエネルギーしか返ってこないんですネ」
↑だからってとにかくお金使いまくったらリターンするかと言えばそんなこともないと思います。家族にこれ以上やめてと言われず、自分を苦しめない範囲で、人(自分含む)を喜ばせることにお金を使うのがベストだと思います。
推しの作家さんの本を中古じゃなく新品で本屋さんで買うとかしたら、推しの作家さんには印税が入って喜ばれ、本屋にもお金が入って喜ばれ、自分は推し作家さんの本を楽しむ時間を手に入れられるのでそんな皆が喜ぶお金の使い方がベストだと思います。
そう考えると万引きって最もハイリスクでノーリターン。




