バレてしまった…!
カーミの情報を頼りに低い冬山を越え町を超え、たまに冬限定のモンスターと戦い、そして雪が酷くて進めなくて数日町に留まるのを繰り返しながらゲンメイ王国へと向かっている。(カーミとはあのあとすぐ分かれた)
そして今は地吹雪が酷く先に進めないから、雪が収まるまでホテルに缶詰めになっている最中。
それも吹雪はやむ気配が無くて今日で三日目よ。
とりあえず暇を持て余しているアレンがリロイを引き連れて私の部屋に遊びに来てあれこれ話しているから気も紛れるけど…。あーあ、ミレルとケッリルが居た時には冬限定のモンスターに襲われることもなかったし、こんなに雪が酷くて先に進めないってことも無かったのに。
一日二日ならまだ我慢できるけど三日目ともなると気分も憂鬱になってくるわ。外は天気が悪いせいでお昼でもずーんと暗いしゴウゴウと雪が吹いて道もろくに見えないから、買い物とか遊びで外に出る気にもならないし…。
ハァ、とため息をつくとアレンも雪が張り付いて真っ白になっているガラスを眺め、
「ケッリルとミレルの踊り効果で守られてたんだよなぁ、二人と一緒にいたあの時はさぁ」
同じことを考えていたのかアレンもそんなことを言うとリロイが視線を私たちに向けてくる。
「ケッリルとミレル?誰だ?別行動している仲間か?」
それを聞いたアレンは「ちょっと待ってて」と一旦部屋から出て行って、すぐに戻ってきた。その手には冒険者用の雑誌、ザ・パーティを持っていて、こっちに向かいながらページを開きながらソファーに座る。
「ほらこれがミレル。ケッリルはこのミレルの父さんで、すげーカッコいいし強いし女の子からモテモテな人なんだぜ、本人は否定してるけど」
「ほう」
「リロイはミレルどう?めっちゃ可愛くない?」
「そうだな、輝いてるな」
「タイプ?」
「…」
リロイは腕を組んで悩むように黙り込んでしまった。
アレンはここ最近色んな雑誌とかに載っている女の子の絵をリロイに見せてはタイプかどうか聞いているのよね。
最初は雑誌の中からタイプの女の子を探せみたいな男同士の遊びかと生ぬるい目で見ていたけれど、どうやらアレンはこうやってリロイに色んなタイプの女の子を見せて自分の好みを把握してもらおうとしているみたいだった。
でも当のリロイはタイプかと聞かれる度に悩むように黙り込んでしまう。
リロイは雑誌の中のミレルを見て唸りながら頭を抱え込む。
「ダメだ…最初に目についたのが変なものだったせいで…」
….
ああリロイ…あなた、忘れようとしても未だにサードの女装姿が頭をチラついてしまっているのね?何か…ごめんなさい、私何も悪くないけど何かごめんなさい。
何となくいたたまれない気分でいるとアレンはふと私を見て、
「思えばエリーみたいな女の子は?タイプ?」
ってリロイに聞く。
でもそういう話は本人を目の前にしないでほしい。タイプって言われても対応に困るし、タイプじゃないって言われても少なからずモヤッとするんだから。
少し不愉快に思いつつ黙っているとアレンはハッとして、
「で、でもエリーを嫁にしたいなら俺を倒してからにするんだ!じゃないと嫁にやらないぞ!」
と訳の分からないことを続ける。でもリロイはゲオルギオスドラゴンの中でも頂点に近い立場にいるんだから「ええい、お前には嫁にやらん!」って軽く追い返せる相手じゃないのよ。
リロイはそこで私を改めてジッとみて…次第にあごを撫でながら身を乗り出し睨むように目を細めジーッと見続けてくる。
「…思えばお前は何者だ?魔族かと思えばそうでもない、神に近いかと思えばそうでもない…精霊にしては人間に近い…でも人間にしては妙すぎる…」
「いや、そっちじゃなくてエリーの見た目とか性格とかさ」
「ん、ああ、悪くないがエリーは我に興味がなさそうだから最初から排除している」
「…」
そりゃあヲコみたいに脅して女の子を手に入れようとしないのはとてもいいと思うけど、それでも最初から自分に興味なさそうだから排除するなんて言ってちゃ女の子と一定以上親しくできないんじゃないの?
そんな初対面からグイグイと「結婚して!付き合って!」って迫る女の子なんてそうそういるわけないんだから。
うーん…でも私だって恋愛経験なんて無いに等しいからアドバイスもそんなにできないし…リロイにとって余計なお世話かもしれないし…。とりあえず占い師に行き合えばもう少し良いアドバイスが貰えるかしら。
あれこれ考えているとノック音がする。
「鍵は開いているわ、入っていいわよ」
ノック音の力強さ的にガウリスだろうと思って声をかけると、思った通りガウリスがドアを開ける。
ガウリスは部屋の中を見渡して、
「サードさんは…いませんか」
と言いながら失礼します、と断りを入れて中に入って来た。
「サードを探しているの?今日は朝に髪を梳かしにきたきり会ってないけど」
「別にサードさんだけを探していたわけではないのですが、明日から天候が良くなりそうと地元の方に聞いたので皆さんにお伝えしようかと思いまして。てっきりサードさんも含めてここに集まっていると思っていましたから」
するとアレンが期待を込めた顔つきで身を乗り出す。
「ってことは明日から晴れるってこと?」
「ええ。この地吹雪は夜にはやんで朝には晴れているのでは、ということでした。それでも予測の域なので百パーセントではないと念を押されましたが」
「でも地元の人が言うなら大体当たるだろ。それなら明日は雪をかき分け進むと…」
アレンの言葉にガウリスは首を横に振る。
「地吹雪は雪が風で流されるものなのであまり雪は積もりはしないそうです、周囲は真っ白になるようですが」
「なんだ、じゃあ歩くの楽じゃん」
それじゃあホテルに缶詰め生活も今日で最後、明日からはまたゲンメイ王国へ向かうってわけね。
「三人は今は何を?」
ガウリスも暇みたいで近くに椅子を引っ張ってきて座る。ガウリスの問いかけにアレンは、
「リロイの好み探し」
と言いながら口をとがらせて、
「リロイってばまだ頭の中に女装のサードが残ってるみたいでさぁ、エリーとミレルレベルの見た目でも素直に良いって言わないで悩んでるんだよ、ヤバくね?」
「それは…少々理想が高い状態ですね…」
ガウリスもそう言ってからふっと何か思いついたような顔になる。
「でも思えばヲコもサードのさんの姿をとても気に入っていたので、もしかしたら人型の綺麗の基準が女装したサードさんになっているかもしれませんね」
ガウリスの言葉にアレンもピンときた顔で、
「じゃあヲコもサードレベルの美人を探している可能性もあると」
それを聞いて私は一気に安心した。だって女装したサードレベルに見た目も性格も兼ね揃えた女の子なんてろくに見つかるわけないもの。
「なーんだ、それなら本当にゆっくりリロイの相手を探せるじゃないの」
心からゆっくりした私はくつろぐように腕を上げながらそう言うと、リロイはムゥ、と口をつぐんで文句タラタラといった体で、
「だから焦らねばならないのに…」
ってぼやいている。
リロイ以外の皆から笑いが漏れて少し静かになって…ふと顔つきを改めたアレンが口を開いた。
「…でもさ、ヲコに襲われそうになった後のサード…。俺あんなサード見たことないからビックリしちゃった。だってあんな風に動けなくなることなんて今までなかったし」
それは…女装した時養父にされそうになったことと同じことをされそうになったから。
でもそうよね、私は知っているけれど二人は知らないから何であんなにサードが動けなくなったかなんてわかるわけないんだわ。
アレンの言葉にガウリスは、
「サードさんは男性に触れられるのは好きではないですから、よほど嫌で気分を害されたのでは?」
それに対してアレンは、
「でも俺が馴れ馴れしく肩に手とか回したらすぐ関節決めてきたり脇腹に肘ねじり込んで沈めてくるけどなぁ。あんな風に吐いて動けなくなることもなかったし」
アレンは「なーんかなぁ」と言いながらポツリと呟く。
「サードって、もしかして男に襲われそうになったことあるんじゃねぇかなぁ?なんとなくあの拒否反応見てたらそう思えてさ。だったら男に挨拶程度でもハグされたくないってのも分かるもん」
え、まさかアレンが勘づいた?
そのことに驚いてビク、と肩が震える。アレンは私が震えたのに気づいて、
「どした?エリー?」
と聞いてくる。その表情はサードが隠していた深刻な秘密に気づいたような気配はないのんきなものだけれど、私は思わず慌ててしまって、
「え、いや、まさかぁ〜!あのサードがそんな目に遭うわけないわよお、ねえ?ふふふ」
とすぐさまアレンから目を逸らした。すると逸らした先にいるガウリスと目が合う。
ガウリスと目が合って…目を背ける方向を間違えたと感じた。
だってガウリスは私と目が合った瞬間にはもう私が嘘をついてると察した顔をしている。
ガウリスはまさかと言いたげな表情で、
「…本当に、そんなことがあったのですか?」
と伺うように聞いてくる。するとアレンは自分が先にそんなことを言ったくせに「え」と驚いた顔で私を見てきて、私はあわわ…とアレンとガウリスを交互に見ながら必死に手と頭を横にブンブン動かす。
「ないない!私なにも聞いてない!サード何もない、本当!アハハ!ないない!」
とにかく誤魔化そうと笑いながら否定するけれど、リロイは呆れた声でボソッと呟いた。
「エリー。お前は嘘が下手すぎるな、我でも分かるぞ」
「…!」
どどどどどうしよう…サードのトップシークレットが私の嘘が下手すぎるせいで明かされてしまうだなんて…!そんなのダメよ、こういう話は本人が話そうと決めた時に話すもので他人の私が代わりにすることでもないし…!
とにかく今からでもどうにか誤魔化そうと手をわさわさ動かして必死に何を言おうと考えるけれど、それでも皆の顔には悲壮感が漂っていて落ち込みかけている…。
…もうこんな状態で誤魔化したって何も信じてもらえなさそう…。
フリーズして私も沈痛な顔でうつむいた。でもこのまま何も言わないで皆がなんとも言えない重い気持ちを抱えたままサードと関わるとしたら…何かよそよそしい雰囲気が流れそう。
しばらく悩んで…心の中でサードに謝ってから意を決して顔を上げる。
「本当はサード本人が言うものだと思うけど…前に聞いたの。サードは…サードは義理のお父さんに…その、子供のころ踊りで女装した時に…」
伝えようしてもやっぱり内容的な重さと勝手にそのことを伝えてしまっている罪悪感で言葉が中々出てこない。それでも思った以上にアレンとガウリスの表情も体も固まってしまった。
「…そんな…実の母に殺されそうになって、義理の父にはそのような…!何という…!」
ガウリスは絶望色に染まった顔を手で覆っている。アレンも何も言えないみたいで黙り込んでいる…。
「で、でもね!言っておくけど未遂よ!すぐおかしいって気づいて目を潰して逃げたんですって!」
慌ててフォローしたけれど、私だってそんな未遂事件に何度も巻き込まれているから言ってすぐ口をつぐむ。
だって未遂だったから安心してといくらフォローしてもされても、襲われかけた時の怖さも気持ち悪さも絶望感も何も変わらない。未遂で済んで良かったねとはいえるけれど、未遂に至るまでの出来事がどれだけ心に深く影響するものかは私だって実感している。
「ウッ…」
いきなりグスグスと泣き出したアレンを驚いて見ると、アレンは拳で目を拭いながら、
「俺、知らなかったからって簡単にサードに女装してドラゴンの目ぇ引けばいいんじゃねって、すげー楽しんで言ってた…。だからエリー、あの時サードに女装させんのはやめようって一生懸命言ってたんだ…。なのに俺のせいでサードにあんな嫌なことやらせて…」
するとガウリスも沈痛の表情で、
「いいえアレンさん、それを言うなら私だってそれが一番良い案だと強く推し進めました。…知らなかったとはいえ、エリーさんが止める真意にもう少し寄り添えていたら…」
落ち込み反省する二人にあわあわと私は手を動かして、
「でも、私が囮をやるって何度言ってもサードは自分がやるってきかないから、それならいいかなって最終的に私も放っておいたのよ、私がもっと強く何度も言っていればサードの考えだって変わったかもしれないし…」
アレンはバッと立ち上がった。
「俺!サードに謝ってくる!」
アレンが走り出すと、ガチャ、とサードがノックもせず入ってきた。アレンはハッとした顔で、
「うわあああ!サードごめぇええん!俺、俺知らなくて…!」
と手を伸ばしてしがみつこうとすると、サードはアレンの袖口を掴み、袖を掴んだ手とは反対の方にアレンをグンッと引っ張りそのまま後ろに放り投げた。
アレンはその勢いのまま壁に顔面を激突して「ぐおお…おおお…」と鼻を押さえて丸くなって身もだえて、そんなの構わずサードは私たちに向かって腰に手を当てて見据えてくる。
「明日から晴れるらしいぜ。明日の朝には出発する、荷物まとめとけ」
そう簡潔に伝えると背を向け、入口付近で身もだえているアレンを見てちょっと立ち止まると、ついでのように一発蹴り飛ばしてから部屋から出て扉を閉めた。
「…あいつは特に気にしてないんじゃないか?」
リロイはそういう。
でもそうかどうかは分からない。
どうして立ち去る時に一旦立ち止まって思いついたかのようにアレンを蹴り飛ばしてから部屋から出て行ったのか分からないのと同じように、気にしてないかどうかはよく分からない。
Q,サードはなんでアレンを最後に蹴り飛ばしたんですか?
A,そこにアレンがいたから。全く意味はない。
エリー
「(それよりそんなことがあったって聞いたばっかりなのに普通にしがみつきに行ったわねアレン…)」




