せっかくだから海で泳ぎたいの
「ガウリスなんだよ、カッコよくなって戻ってきたな!」
待ち合わせ場所でアレンが第一声に放った。
「ようやく私の体格に合う服が見つかりまして…」
「服もだけど、そのストールもいいじゃん」
アレンがガウリスが首に巻いているストールを触って、プラプラと上下に動かす。
やっぱり港町には人も物も多く集まっているからか、他の町ではあんまり見かけないようなお店…体格の大きい人向けの洋服店がいくつかあった。
そこでようやくガウリスの体に合う服が見つかって、ついでにガウリスより身長の低い人にはその喉元の鱗が目立つと言い含めて同じ色合いのストールも買っておいた。
「服は全てエリーさんがお見立てくださったのです。お金も払っていただきましたし、感謝しきれません」
「しょうがねぇよ、ガウリスお金一枚も持たないまま遠くに来ちまったんだから」
ヘラヘラとアレンが笑いながら肩を叩くと、
「お金どころか服の一枚も無かったではないですか」
サードが表向きの爽やかな笑顔で口を挟むと、アレンはハッとした表情になった。
「じゃあガウリスって素っ裸でずっと空飛んでたのか」
サードが頷く。
「そうですね。そういうことになりますね」
「じゃあずっと股間がスカスカの状態で…!」
「ちょ、やめてください、エリーさんがいるんですよ」
ガウリスが大きい手でアレンの口をガッとふさぐ。
「開放的でしたか?」
サードはニッコリ微笑みながらガウリスに問いかける。こうやって人をおちょくる時のサードの顔は表向きの顔でもすごく楽しそう。
そしてガウリスは私を気遣うように目を動かしてからすぐさまサードに言い返した。
「そんな訳ないでしょう、あの姿にそんなものはありませんでした!」
「ええー、そうなの?じゃあどこに収まってたの?」
「知りません!」
口から手を外したアレンの質問にガウリスは歯切れよく言葉を返す。
…。女が三人あつまると姦しいってよく聞くけど、男が三人集まると知能が子供に退行するんだわ…。
生ぬるい目で三人を見てから、荷物入れからチケットを取り出した。
「明日の朝七時には船に乗れて十時出発だって。冒険者プランっていうのにしたんだけど、いいわよね?」
「冒険者プラン?」
サードがおちょくる顔つきを改めて聞き返してくる。
「普通価格だと金貨三枚なんだけど、仮にモンスターとか海賊が襲って来た時に優先的に戦って、避難の時は後回しになるのを条件に冒険者は半額の金貨一枚と銀貨五枚になるんですって。どうせそんな状態になったら普通価格でも戦うでしょうし、それでいいわよね?」
怒られるかも、でもお金に糸目はかけないってサードも言ったんだからと開き直った口調で言い切ると、サードは頷く。
「そうですね。何かあった時に勇者一行の私たちがのんびりしているわけにもいきませんし、それで三人分の値段が半額になるなら十分でしょう」
思った以上にサードが文句を言わなかったからちょっとホッとした。これで怒鳴られたらキレ返してやると思っていた。
「つーか安全な船なのにモンスターとか海賊が襲ってくることもあるのな」
アレンがチケットと共に渡された船のパンフレットを見ながら言うとサードが、
「百パーセントの安全などありませんからね。常時用心棒を何人も雇うより半額で現役の冒険者を大量に乗せたほうが儲かると踏んだんでしょう。それにこの程度の船に乗れるのならある程度懐に余裕がある、つまりお金を稼ぐ程の腕があるということでしょうから」
と続けて、アレンがなるほど、と頷く。
サードとアレンの知能が無事に子供から大人に戻ったわ、良かった。
そう思っているとアレンがクルリと後ろを向きつつ遠くを指差す。
「こっちも宿を手配したから行こうぜ、ついでにサンシラの情報も色々入ったから着いたらその話もしよう」
アレンの後ろをついていくと、少し歩いたところの大きい宿にたどり着いた。
そしてそのまま部屋に直行する。
「エリーの部屋ここな」
アレンは私に鍵を渡してきて、そのままガウリスにも鍵を渡す。
「俺らはもっと向こうの部屋だけど、まずエリーの部屋で話そう」
大体いつも大きくて立派な部屋を私にあてがっているからか、宿にたどり着いたらとりあえず私の部屋で話し合いに移るのがいつまにか定着している。まぁ別に気にならないからいいけど。
部屋の中に入ってふかふかのソファーに腰を落ち着けてから、アレンが色々な紙を目の前のテーブルに乗せていく。
「とりあえず新聞買ったんだけど、見てくれよこれ」
真剣な表情のアレンが新聞をこっちに向けてくるから、そんな顔になるぐらい深刻な情報でもあったのかしらと身を乗り出して新聞に顔を寄せる。
そこには大きい見出しがあって、
『サンシラ国神官一人、礼拝の途中行方不明!カームァービ山で遭難か』
『ドラゴン度々目撃される!移動するため国を問わず警戒を』
という内容…。
顔を上げてアレンを見る。アレンはさっきと打って変わって楽しそうにニヤニヤと笑っていて、
「ガウリスすげー新聞の記事に載ってんの。思わず買っちゃった。ガウリスにあげる」
アレンはアハハハ、と笑いながら新聞をガウリスに渡した。
それだけ!それだけのためにそんな真面目な深刻そうな顔!
アレンはたまにそのシーンにそぐわない顔と言い方をするのよね。わりと日常茶飯事だけど…それでも何事かとこっちだって身構えちゃうわよ、あんな真剣な顔をされたら…!
ガウリスは新聞を指先で引き寄せて内容を軽く読み始めた。
「行方不明…ということになっているのですね」
そりゃ誰も禁忌とされる領域に足を踏み入れてドラゴンの姿になったとは考えないものね…。
私たちだけだからサードは裏の表情で言う。
「それ以外は大した情報も無かったな。サンシラ国では神官が行方不明ってのが今一番のニュースで、今の季節は海も穏やかでモンスターだの海賊だのに遭う事も少ねえみてえだ」
アレンは頷きながら船のパンフレットを見て目を輝かせている。
「だから特に問題もなく海の旅を楽しめそうだぜ。俺、商船にしか乗ったことないからこういう豪華な船に乗るのワクワクすんなぁ」
二人とも…ガウリスもそのあと何も言わないから身を乗り出した。
「話し合いは終わり?」
サードは一言そっけなく「そうだな」と返す。
私はパッと顔をほころばせて、もし海に行くことがあれば絶対にしてみたいと子供のころからずっと夢見ていたことを口に出した。
「じゃあ、じゃあ、海に行って泳ぎましょうよ!」
サードが眉間にしわをよせて「何言ってんだこいつ」と言いたげな顔で見てきた。
私は外を指さし必死に力説する。
「だってまだ日も高いし、向こうにビーチがあるらしいし、明日には出発するし、一度寄る港では荷物を入れるだけだから降りられないし、そうなったらもう海で遊ぶ機会なんてないじゃない」
「あれ、でもエリーって水着持ってたっけ?」
アレンに言われて少し考え込んで、荷物入れからズルルと布切れを引っ張り出した。
これは外で体を洗う時に頭からかぶり、首から足まですっぽりと覆い隠したまま川に入って体を洗えるとても便利なもの。
「これって水着よね?」
「違うよ、エリー」
アレンに冷静に突っ込まれて驚く。
そうなのこれって水着じゃないの…水に入って使うものなのに。
「水着はこんなのだよ」
アレンが船のパンフレットを開いて、水着を着ている女性が載っているページを見せてくるから覗きこんだ。でもすぐさま「え…」と顔をしかめる。
そこには肩、胸の谷間、お腹、太もも、足先…ほとんど局部しか隠れてない布切れを身に着け、惜しげもなく肌を出して微笑んでいる女性たちの絵姿が…。
「何これ、こんなの下着じゃないの」
「水着は下着じゃないよ。見せても恥ずかしくない下着だよ」
「それ結局下着じゃないの。ええ…こんなはしたない格好しないと海で泳げないの…!?」
貴族としてなるべく肌は隠そうね、と育てられてきたから、ここまで肌を出してるのに恥ずかしそうでもなく、むしろ自信満々気な笑顔の女性たちをみて思わずはしたないものと感じてしまう。
私の故郷では川も湖も冷たくて、スカートを軽くつまみ上げて足を浸す程度でここまで服の全てを脱ぎ捨てて下着みたいな格好をする人なんて誰もいなかった。なのにそんな…海ではこんな格好をしないといけないなんて…!?
露出の激しい水着を見て、海で泳ぎたい気持ちが萎えてきた。
そんな私の表情を見たアレンは私の考えを押し止めるように首を振りながら、
「これモデルだからこういうの着てるだけだって、こんなビキニ以外にもワンピースとかキャミソールタイプの水着もあるぜ。腰回りを覆うスカートとかホットパンツみたいなのもあるし」
随分女物の水着に詳しいわね、アレン。
…でもそうね、このビキニっていう局部しか隠れていない格好じゃなければやっぱり海で泳いでみたいわ。
「…本気で泳ぐつもりか?」
サードが不意に低いテンションで口を挟んできて、私はパンフレットから顔を上げる。
「だって海なんて初めてだし、泳げるなら泳いでみたいもの。故郷の湖と川は冷たくて夏でも泳いだこともなかったし」
「髪が痛むからやめろ、ただでさえ潮風に当たるだけで髪が痛むっつーのに、海に入るだぁ?信じらんねえ」
「…」
なんかイラッとした。
別にそれはサードの考えであって、それで信じらんねえとか言われる筋合いなんてないのよ。
私は立ち上がって荷物入れを掴んで歩き出す。
「水着買って泳いでくるわ」
「待てよブス」
サードが私の服を掴んで引っ張って止める。
「髪が痛むつってんのに何で泳ぎに行こうとすんだ」
「いいじゃないの、海辺で育ったあなたと違って私は海が初めてなんだから少しぐらいはしゃいだって」
「てめえの髪の手入れしてんの誰だと思ってんだ?ああ!?」
イライラしているサードの顔と口調に私もイライラが募ってきて、その気持ちのまま返す。
「そりゃ、あなただけど、あなたが好きでやってるんでしょ!?」
「好きでやってるだぁあ!?」
サードもヒートアップして怒鳴り出した。
その剣幕に砂漠地帯の時みたいに殴られるかと一歩距離を取ったけど、それよりも素早くサードが私の胸倉を掴んでグンッと力任せに引き寄せた。
「金のためにやってるに決まってんだろ!金にならねえ髪だったら俺だって…」
「…金?」
ガウリスがキョトンとした顔で呟いて、サードはフッと口をつぐんでガウリスの顔を見た。
あ、こいつドジ踏んだ。
私は思わず口を滑らせてしまったサードを見る。
今までパーティ以外の人にここまで裏の表情を見せて来なかったせいね。イラついた流れで思わず周囲にひた隠ししていた私の髪がお金になることをポロッと言ってしまったわ。
うふふ、やーいザマーみろよ、さてサードはどう言い訳するのかしら、むっふふー♪
表面上は真顔、内心大盛り上がりでなりゆきを黙ってみていると、アレンもわずかに緊張のこもった顔つきでサードを見ている。
「…」
サードは据わった目でガウリスを見た。
その手が聖剣に伸びていくのをみて、サードがしどろもどろに言い訳する姿を期待していた私は目を見開く。
まさかこいつ口封じにガウリスを殺すつもりじゃ…!?
私が止めようと動きだすとアレンも危険を感じたのか動き出した。
でもガウリスはなるほど、と納得した顔で頷く。
「私の国でも貧しい者は自らの髪を売ってそれをお金に換えると聞いています。エリーさんのその長い髪はいざという時のために伸ばしているものなのですね。どうりでずいぶんとエリーさんの髪を丁寧に扱っていると思いました」
サードはガウリスの言葉を聞くと聖剣から手を離して、それでもまだ据わった目のままガウリスを見つつ、
「ああそうだ。本当にどうしようもない時の大切なものなんだ」
と、運が良かったなと言わんばかりの嫌な笑みを浮かべてそのまま黙りこんだ。
サードの不穏な動きを止めようとしていた私とアレンは気が抜けてホッとする。
ああよかった、ガウリスがいいように勘違いをしてくれて…。
「それなら髪が海に浸からないよう、浮き輪を使う方法もありますよ」
今何が起ころうとしていたか何も気づいていないガウリスの言葉に、アレンも何事もなかったかのように頷く。
「ああそれなら髪の毛も海に浸かるリスクも低くなるな」
「ウキワって?」
私も何事もなかったわよとばかりに話題に乗って聞き返すと、アレンは両手の人さし指で空中に丸を書きながら、
「浮き輪ってこういうドーナツみたいな丸い形で、それに空気を入れたら水の上にプカプカ浮くんだよ。その中心に入ったら上半身が水に浸かりにくくなるから髪の毛もあんまり濡れなくなる」
「へええ…」
聞いているだけで楽しそう。その浮に輪に入って海の上にプカプカ浮くってどんな感じなのかしら…。
「結局海に行くつもりかよ…」
サードが不満そうにブツブツと文句を言っているとアレンが私をかばうように口を開いた。
「だってサード。エリーは森の中で生活してたんだから広い海で泳ぎたいんだよ。だよな、エリー?」
アレンの言葉に大きく頷く。
「それに今を逃したら次に海にくることがあるかなんて分からないもの!」
冒険していると同じ所に何度も来ることなんてまずない。
だから行きたい、やりたいと思ったことがあるならその場でやっておかないとその機会がまたくるとは限らないし、後から「あの時あれがやりたかった…これが見たかった…」と後悔してもどうにもならない。
特に海で泳げるのは夏ぐらいなものでしょうし、今までの冒険で海に来たこともないから今後海て泳ぐ機会なんてないかもしれない。だったら絶対に今泳がないといけない、絶対に。
「そうですね、冒険していると次の機会なんてそうそうめぐり合わせるものではないでしょうからね」
ガウリスも私が考えていたことと同じことを付け足して言ってくれた。
「何なんだよてめえら、結託しやがって」
「いや私は考えついたことを言ってるだけです」
サードのイラついた声にガウリスは慌てて言う。するとアレンもうんうんと頷いた。
「それに俺もたまには海で泳いで遊びたいし、エリーの水着姿なんて今を逃したら見れないかもしれないもんな」
「えっ!?」
驚いてアレンを見た。
「何?そんなこと考えてたの?」
まさかアレンは私のあんな水着姿を見たいがために海で泳ごうと言っていたの?だとしたら何かヤダ…!
でもアレンはキョトンとした顔で返す。
「だってエリー、水着なんて着ないじゃん?」
「…」
それはそうだけど…。それは下心があるのかしら、それとも単なる好奇心なのかしら。
よく分からない、でも何となく微妙な気持ち…。
「そんなブスの水着姿なんて見たって興奮も何もしねえよ」
アレンの言葉には微妙な気持ちになったけど、サードの言葉にはカッとなった。
「別にあなたを興奮させるために水着着るんじゃないわよ、私は海で泳ぎたいの!」
私は立ち上がって荷物入れを肩にかけ、
「ほら行くわよ!」
とアレンとガウリスの手を引っ張り部屋のドアへ向かう。
「え、私もですか!?」
ガウリスが驚いた声を出したけど、とにかくドアを開けて廊下にずんずん出て行った。
アレン
「(エリーの水着姿ワクワクするなぁ。やっぱワンピース着るかな、ホットパンツも俺好きだけど足全部出るからエリーは着ないかな。けどエリーのビキニ姿見てみたかったなぁ、ワンチャンイケると思ったけどあのままじゃやっぱ海で泳がないって言いそうだったし…。…エリー何色の水着買うんだろ楽しみだなぁ)」(ソワソワ、ワクワク)
エリー
「…(何かアレンのほうが私よりワクワクしてるわね)」




