サードが勇者になった日
女の子二人と出て行ったサードがいつになっても戻って来ないから、私はサードが勇者となったあの日のことを思い出していた。
あれは私が魔導士の資格を取って、馴れない旅に苦戦しながらたどり着いたある山合でのことだったわ。
あそこは山合でも人が多く集まる場所だった。
何故ならそこは子供ですら絵本で見て知っている、歴代最高の勇者が聖剣を残し果てた土地だったから。
はるか昔、勇者が魔王を倒した。
その勇者は魔王を倒した後にも数々の武功をたて続けて歴代最高の勇者の称号を得たほどの人。でもある時ドラゴンとの対戦で毒に当てられて体はどんどんと衰弱していった。
そして自分の相棒である聖剣を最後の力を振り絞って岩に深々と突き刺し、こう言い残したんですって。
「この剣を手に入れた者が、私のあとを継ぐだろう」
それ以来様々な剣士がその山合に訪れては歴代最高の勇者が残した聖剣を引き抜こうとしたけど、聖剣は誰も引き抜けないまま刻々と年月が経っていく。
でもどんなに年月が経とうと雨風に晒されようと雪に埋もれようと聖剣は錆びず曇らずいつまでもキラキラと輝いて、風で飛んできた葉っぱが刀身に当たるだけで二つに裂ける程の切れ味を誇っていた。
そうやって昔は聖剣を手に入れた者こそが歴代最高の勇者のあとを継げるというから、名のある剣士たちが重々しい雰囲気で訪れる神聖な場扱いだったみたい。
でも年月の経った今じゃ剣士だけじゃなく冒険者どころか家族連れで遊びにやってきては、抜けないと分かりつつ記念にトライする観光スポットと化していた。
そんなこんなで私たちはサードの「行くぞ」という一言でその場に行くことになったのよね。
まさかサードは聖剣を狙っているのかしら、でも引き抜けるわけがないわ、こんな性格の悪い奴に歴代最高の勇者のあとが継げるわけがないものと私は思っていた。
聖剣をみつけるとアレンは、
「うわぁ、めっちゃ触りてぇー!」
と駆けだして、私とサードもアレンに続いて聖剣の元にたどり着くと近くにいた冒険者が笑いながら話しかけてきた。
「いや良かったな。明後日あたりから山に雪が降るって言われてるから今は人が少ないんだってよ。俺たちは下山するけど、ゆっくりやりな」
そう。あの時は秋もとっくに過ぎて霜が毎朝降りるような季節だったから、山のふもとの道具屋の主人には、
「そろそろ山に雪が降るから行かないほうがいいぜ」
と止められていた。それでもサードがどこまでも行くときかないので仕方なしに来る羽目になった。
それでも嬉しい誤算だったのは、そんな人がいない季節だったからゆっくり聖剣に触れるということ。
渋々と山合に登った私だったけど、当時はまだまだ好奇心いっぱいの年齢。アレンと一緒にはしゃぎながら聖剣を引っぱったり引き抜くふりをしたりと遊んでいた。
けど、どこまでもここに行く言い張っていたサードといえば剣の刺さっている岩や周りの地面を丹念に見て回るだけ。
「サードはやらないの?」
声をかけるとサードもようやく近くに寄ってきて、聖剣の柄を握る。そのまま前後左右に動かそしても聖剣はちっとも動かない。
やっぱり。聖剣狙いでここに来たのかもしれないけどサードには抜けないんだわ、知ってたけど、と私は内心ほくそ笑んでた。
「ふん、固いな」
声変りは終えてもまだ子供にしか見えない線の細さのサードは、剣が抜けなくても延々と剣…じゃなくて周りの岩や地面をくまなくチェックし続けていた。
こんな伝説の剣が目の前にあるのになんで地面ばっかりみているのかしら、変なのと思いながらも、サードの考えることの大半は理解できないからと放っておいた。
すると大きなリュックをおぶった男の人たちが通りがかって、子供の私たちを気にかけたのか声をかけてきた。
「雪が降ったらそんな装備ぐらいじゃ一晩も過ごせないし、俺たちも雪が降る前に下界に降りるから山小屋にも泊まれんぞ。なんなら今から一緒に降りるか?」
…下界?じゃあここは天界?え?このヒゲのすごい男の人達は天使?でもここ地上じゃないとあの時は混乱したけれど、すぐさま隣からアレンが、
「山で生活する人にとって下界は山から下りた場所だよ。あの人たちこの辺管理してる山小屋の人だよ」
と説明してくれた。
そんな山小屋の人たちの言葉にサードは表向きの顔でニコッと微笑んで、
「ご親切にありがとうございます。しかしながら伝説の聖剣をもう少しゆっくりと見ていたいのです。大丈夫です、夕暮れ前には下りますから。…ちなみにこの周りに人はもう居ないのですか?」
「ん、ああそうだな。勇者に毒をあてたドラゴンの居た洞窟を見に行ってる冒険者は居るみたいだが…」
山小屋の人はそう説明しながらドラゴンの洞窟の方角を見て指さしながら言うとサードは続ける。
「確かここから一キロほど向こうでしたね」
そうそうと山小屋の人たちも頷く。
「それならばもし危険と判断したらその冒険者の方々に頼んで共に降りることにします。お気遣いいただいてありがとうございます」
表向きの利発な返答を聞いた山小屋の人たちは、この子なら間違った判断はするまいと思ったのか「早く降りて来いよ」「気をつけてな」と言いながら去って行った。
でも私とアレンはこの山を管理している人たちが立ち去っていくのに不安を覚えた。
だってもうお昼を過ぎていたからそろそろ山を下りたほうがいい時間帯だったし、もしそれで何かあっても山小屋には泊まれない。それならあの人たちと一緒に下山したほうが安全なんじゃないかって…。
そのことをサードに伝えたけれど帰ってきたのは、
「ガタガタぬかすな!」
という怒鳴り声。
サードは誰もいないのを確認するように辺りを見渡し、自分の荷物入れからゴソゴソと何かを取り出したわ。
その手には円形の筒と分厚い紙袋が握られていて、分厚い紙に包まれていた何かしらの黒い粉をサラサラと円形の筒に注ぎ込み、棒でグッグッと押し込みだした。
サードのやることの大半は私には理解できやしない。それでも急に始まった妙な行動に私は問いかけた。
「ねぇサード、何をしてるの?」
でもサードは何も言わずに作業を続ける。
アレンも私と同じくその奇妙な行動が気になったのか、
「サードそれ何?それ何?」
それでもサードの手の動きは止まらくて、あっという間に黒い粉入りの円形の筒が大量に出来上がっていた。
「ねえこれ何?何なの?」
筒を指さし問いかけてもサードは何も答えない。ただ横から声をかけ続けても怒鳴りもせず黙々と作業をするサードが段々と不気味に思えた。
私とアレンが何かしらの不安を覚えてお互いに視線をチラチラ合わせる中、サードは荷物入れから細い縄を取り出し、筒に縄を差し込み、更に黒い粉を入れて圧縮させ蓋をする。
そして地面に棒で丸を何個か書き、アレンに目を向けて一言命じた。
「アレン。ここに穴を掘れ」
「…何のために?つーか本当に何やろうとしてんの?」
「いいから、さっさとしろ」
アレンは何か言いたげな顔をしながらも持っているナイフで地面に穴を掘ると、
「それくらいでいい」
と言ってからアレンが掘った穴に筒を突き刺して土でしっかり固定して、岩の隙間にも筒を差し込む。
筒はまるで聖剣を取り囲むかのように設置された。
「ねえ…何これ、何かの儀式?何を始めるつもり?」
そこまでくると私だってサードが妙なことをしようとしていると勘づく。でもサードは何も答えず、マッチを一本取り出し火をつけてから私に顔を向けた。
「火、もうちょっと強くできるか」
「え、う、うん…それはできるけど」
私の魔法は自然の力を増幅できる。それくらい簡単なこと。
そうして力を発動する際にアレンは叫んだ。
「エリー駄目だ!なんかそれ火つけたら駄目な気がする!」
「え」
それでも私の魔法で増幅された炎は、ボッと縄を素早く燃やしすべての筒まで行き渡り、次の瞬間には聖剣を巻き込んで岩や地面が、ッドオンッと大きく爆発した。
「キャアア!」
私は自然のものは大体動かせる。だから迫る熱風や飛んできた大きい岩石や土を魔法で全て弾きとばした。
そうして恐る恐る目を開けると、ほんのり残る火の熱と妙な臭いのする中、崩れた岩石をどかしているサードの後ろ姿が見えたわ。
あの時は言いたい事がありすぎて「な…な…」としか言えなくて、それもアレンは飛んできた岩石に当たったのか地面に横になって伸びていた。
何で爆発したのかは一切分からない、でもサードが周りに設置した筒に火がついて爆発したのは分かる。
「サード!あなた…!」
何てことをしてしまったのと非難交じりにサードに近寄ると、サードがクルリと振り向いてズイッと私に何かを差し出した。
「見ろ、勇者の剣だぜ。さすが千年以上同じ姿でここに立ってた剣だ。この爆発でも傷一つついちゃいねえ。これで俺も勇者だな」
あの時の顔はサードにしては珍しく嬉しそうな自慢げな表情。
「ばッ…!」
馬鹿じゃないの、と言おうとしたけど声がつまった。
だって下級とはいえ私は貴族。人前で暴言を吐くのは貴族として最もよくない、どんな時も品のある態度と言葉遣いでと育てられてきたから。
「お前の言いたいことは分かるぜ、エリー」
サードは剣を眺めながら続けた。
「この泥棒、引き抜いてねえくせに勇者になれるわけねえ、そう言いたいんだろ」
全くもってその通り。
うんうん強くうなずくと、サードは悪い顔で私をチラと見て、
「勇者が言ったこと覚えてるか。『この剣を引き抜いた者』じゃなくて『この剣を手に入れた者』が自分のあとを継ぐだろうって言ったんだ。つまり手に入れるための手段は問わないんだろ。現にこうして俺が手に入れたんだ」
まるで言葉の抜け道を見つけたからやった、とばかりのサードのセリフに、私の腹の底からふつふつと怒りが湧いてきた。
「最低!」
サードは私を横目でジロリと睨む。思わずひるんだけど、私も脅えながらも気を強く持って睨み返した。
「最低最低最低!それは人間の宝、勇者の誇りよ、それをそんな…周りを何かしらの手段で爆発させて手に入れるなんて最低な行為で手に入れるとか…!そこまでして勇者になりたいの!?」
抜き身の聖剣を手に持ったままのサードは、ゆっくりと私に向き直った。まさか怒って私を斬り殺そうとしているのかとにじり下がると、予想外の言葉がサードから飛び出る。
「勇者の跡継ぎなんて面倒くせえもん、興味ねえよ」
それを聞いた私は「それなら」と慌てた動作で聖剣と、聖剣が元々刺さっていた場所を交互に指さして伝えた。
「その剣を今すぐ元の場所に戻すのよ!ほら今なら誰も見ていないから早く!」
サードは嘲る笑いを浮かべる。
「せっかく手に入れたもんを手放す馬鹿がいるかよ。俺は勇者の肩書が欲しかったんだ。情報的に爆発させれば割れそうな岩だって分かったしな。だから人が少ないギリギリの時期に来たんだよ」
「…!」
長年人々が聖剣を愛して見守ってきた気持ち、人々を守るために力を振るった歴代最高の勇者の功績や高潔な魂を侮辱する行為。それを悪びれもせず自分の欲望のためにほくそ笑んで手に入れている目の前の男に私は心から憎しみと怒りが湧いて、そして叫んだ。
「あなたって本当に最低!下におりたらみてらっしゃい、公安局に行ってあなたがどんな手段を使って聖剣を手に入れたか言ってやるんだから!そうしたら裁判にかけられるわ、そのままあなたは捕まって縛り首よ!」
私にしてみたら最大限の脅しで、その言葉でサードを追い込んだと思った。
それでもサードは表情も変えずに一言。
「いいぜ?言えよ」
動じないサードに私のほうがたじろぐと、サードはニヤと悪どい顔で笑う。
「俺だって公安局の奴らに言ってやるぜ?アレンもエリーも聖剣を手に入れようとする俺を手伝ったってな」
「…?……。…!」
最初は何を言ってるの?と時が止まったけど、サードの言葉の意味をジワジワと理解すると頭からサッと血の気が引いたわ。
だってそうじゃない?サード一人でも地面に穴は掘れた、マッチ一本の火でも十分に縄には火はつけられた。なのにわざわざアレンに穴を掘らせて私に火をつけさせた。
何をやるのか理解してなくて命令されたからと言っても、結局私もアレンもサードに言われるがまま聖剣を手に入れるための手伝いをしたのは変わらない。
ニヤニヤとサードは笑い、そしてとどめのように言い放った。
「俺たちは共犯だぜ。俺が捕まって縛り首ならお前らも同罪だ」
…あの時は本当に目の前が真っ暗になったわ。だって何が何だか分からないうちに聖剣を不正な手段で手に入れた犯罪者の立ち位置に踏み込んでしまっていたんだから…。
もしサードと共犯だというのがバレたら本当に捕まる?縛り首になる?お父様、お母様ごめんなさい、私は知らないうちに犯罪を犯してしまった、もしかしたら死刑になってしまうのかもしれないという恐怖。
頭からは血の気が引いてカタカタと震えが止まらなくて、まだ伸びているアレンの傍にしゃがみこんでいると、
「おーい!どうした、何があった!」
としばらく前に去って行った山小屋の人たちが、反対側からは多分ドラゴンのいた洞窟にいた冒険者たち数人が爆発の音を聞きつけたみたいで走ってやってきた。
こんなたくさんの人たちにこの状況を見られたら終わる。
そんな恐怖でいっぱいで体が動かなくなって立ちすくみ半泣きでガタガタ震えていると、駆けつけた山小屋の人々と冒険者たちはサードが聖剣を握っているのを見つけてすぐさま、
「あ…!」
と叫んだ。
…終わった…。
脳内で一瞬で裁判にかけられサードが犯人と力説しても口の上手さでサードの言葉に巻き取られ、何も言い逃れできず縛り首になって揺れている自分の姿が流れた。すると大人たちがやってきて表向きの顔になったサードは、困惑気味の表情で口を開いた。
「私がこの聖剣を掴んだら周りの岩石が弾け飛んで…気づいたら聖剣が…」
は?
絶望の気持ちから我に返ってサードを見る。
「これは選ばれた…ということなのでしょうか…」
サードはなおも困惑しかないという顔をしていて、周りの大人たちもまさか、嘘だろ?とばかりの困惑の顔をしている。
でも山小屋の一人が真剣な顔で前に出て、
「この聖剣は長年誰が触っても引っ張ってもびくともしなかった、でもこうやって岩から聖剣が離れて人の手の内にあるんだ。…つまり、そういうことなんじゃないか」
そうなると駆けつけた大人たちは奇跡の瞬間に立ち合ったとばかりの驚きと喜びの顔になるけどサードは、
「まさか、私がそんな大層な…」
と遠慮がちに言う。するともどかしくなったのか冒険者たちはサードを取り囲んでその肩を叩いて鼓舞しだす。
「何言ってんだ、お前が抜いたんだろ?聖剣はお前のもんだ!お前が勇者だ!」
そうなるとサードも覚悟を決めたとばかりに、
「分かりました…。聖剣に選ばれたというのなら、私もそれに応えましょう」
と引き締まった顔で聖剣をしっかり手に持ち、見据えた。それでもほんの一瞬、大人たちに隠れて「ざまあねえ」とほくそ笑むサードの表情を私は見て取った。
違う、違うのよ。それはサードが抜いたんじゃなくて何かしらの姑息な手を使って不正な手段で手に入れたもので…そいつは勇者と呼ぶ筋合いも何もないただの悪人…。
そう伝えたくて口を開こうとすると、サードが横目で私にアイコンタクトをした。
『お前、捕まりたいのか?』
…あの後はあれよあれよとサードが新たな勇者だということになった。
あの事件のことは私たちの間で口に出すのはタブー扱い。でもたまに嫌な記憶として思い出がフラッシュバックしてくる。
「本当、あんな奴さっさと裏の顔がバレて勇者の地位から転げ落ちて世界中の人から後ろ指さされる一生を送ればいいのに」
「エリー、言いすぎだぞぉ?」
アレンはおいおい、と軽くツッコむ。
そして四年たった今は私もあんな最低な男に気兼ねする必要はないと暴言を普通に吐くようになってしまった。
それよりサードはまだ戻って来ないわ。
どうせあの女の子二人と健全じゃないコミュニケーションを取っているんでしょうね。本当にさっさと裏の顔がバレて勇者を失業してしまえばいいのに。
ちなみにアレンはエリーが自分に当たらないよう弾き飛ばした岩石に当たって気絶しました。