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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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囮を誰にする

「いやいやいやいやいやいや…」


ドラゴンの嫁になれと言われたカーミは大きく首と手を横に動かして拒否してる。


「サードさん、それは…」


ガウリスがあんまりだと声をかけるとサードは馬鹿にするような顔で、


「別に本当に嫁げなんて言ってねえよ」


「そりゃそうだよ俺男だもん。あんまり変なこと言うとぶっ殺すよ?」


カーミがニコニコ笑いながら不穏(ふおん)なことを言うとサードは殺意のある笑顔を浮かべて、


「やれるもんならやってみろ、返り討ちに遭うのがオチだぜ?」


と二人でピリピリする笑いを浮かべて見合っている。

サードは殺意ある笑顔を崩さないまま、


「いいか、てめえは女の格好してドラゴンの目を引き付けていればいいって話なんだよ。要は囮だ」


「はぁ?何言ってんの、そもそも俺そのドラゴンと顔合わせてんだよ?バレるに決まってんでしょ」


「頭からフードでもベールでもかぶって顔も隠して黙ってりゃ一度会った奴だってバレねえだろ、この中で一番背が小さくて細いのがお前なんだよ」


「それならここに俺より背も低くて細い完璧な女がいんじゃん」


カーミはそう言いながら私を指さしてくる。それでもサードはすぐに首を横に振った。


「エリーはうちで一番の攻撃頭だ。ドラゴンの視線の逸れてる背後から一気に畳み掛けてもらう。いいや、エリーだけじゃねえ、全員でだ。それぐらい一瞬で片をつけねえとドラゴン相手に生き残るのは難しいんだよ。向こうは三分程度で町一つを消す奴だぞ」


「そんな戦いに俺を巻き込まないで欲しいなぁ」


するとサードの顔が険しくなる。


「あ?俺らの仲間にして欲しいっつったのどこのどいつだよ。なのにこんな時には巻き込むなってか?随分と都合のいい仲間じゃねえか」


「…」


カーミはふっとマズいことを言ったとばかりの雰囲気で何も言い返さず黙り込み、サードは畳みかけるように言葉を続ける。


「そんな足並み揃えねえ奴なら仲間とはいえねえ、ただの邪魔者だ」


サードはそう言うと部屋のドアを指さし、表向きのニッコリとした顔で笑う。


「てめえはもう要らねえ、出てけ」


「サード…!」


自分に向けられて言われたわけじゃないけど、その言葉は聞いているだけの私にもグサグサと刺さる。いくら何でも言い過ぎよ。

カーミだって笑顔を浮かべているけど全体的にショボンと落ち込んでしまっているし…。


私はカーミを慰めるように肩を抱えながらサードを見る。


「だったら私が囮になるわ。私なら色々と魔法で対抗できるし…そうよ、カーミだってもう黒魔術は使えないはずだもの、それなのにドラゴンの前に立つなんて危険よ」


カーミをかばいながら言い含めようとすると、サードは微妙にイライラした顔で私とカーミを見ながら首を横に振った。


「何言ってんだ。そいつ黒魔術使えるだろ」


「…え?」


「ドラゴンの炎を近くで吹かれてんのに何でこいつはこんなにピンピンしてんだ?エリーの装備ですら焦げる程の熱を間近で浴びてどうして火傷の一つも負ってねえ?普通死ぬだろ」


あれ、そう言われれば…。


皆の視線がカーミに集中する。カーミは気持ちを持ち直した笑顔で、


「いやーそんなことまで分かる?」


そう言ってから身を乗り出した。


「ジルさん死んだだろ」


ジルの名前が出て胸がズキッとわずかに痛んだ。

それでもカーミは続ける。


「しばらく前にブワッと体から何か抜けてったようなそんな感覚がしたんだ。それを感じたあと黒魔術が全然使えなくなったんだよね。だからジルさん死んだんだなって思って。なあ、どうやって殺したの?やっぱ勇者様が聖剣で殺したの?」


「どうだっていいだろ」


サードは素っ気なく返して、でももう気を取り直したのかいつも通りのニコニコ顔でカーミは続ける。


「まーそんで俺、また黒魔術使えるようにしたんだよね、忠誠誓って」


「え?誰に」


驚きの声でアレンが聞くと、カーミは話を続ける。


「ミラーニョさん」


「ミラーニョさんにお会いしたのですか?」


ガウリスが質問するとカーミは何回か頷いて、


「まず俺が調べた限り本当にジルさん死んだみたいだし首都も壊滅したみたいだしさ。じゃあその崩壊した首都って今どうなってんだろって行ってみたんだ。

そうしたら首都すげーのな、あちこちに服が散らばってんのにだーれも居ねえの。それなのに誰かが今まで生活してたような跡は残ってて…すげー不気味だったぜぇ?」


そう言えば悲観と絶望の女神二人が言っていたっけ。エーハに行けば服があちこちに散らばってるシュールな光景が広がってるって。あの言葉は本当だったんだ…。


カーミはニコニコと笑い続けながら、


「そんで首都は不気味だからすぐ引き上げて、タテハ山脈はどうなったかなーって登ってみたら勇者御一行がきてたっていうし、その仲間と新しい王が遠くの集落に居るって聞いたから向かったんだ。

そうしたらサムラさんとミラーニョさんとイクスタさんって王様がいて、そんでミラーニョさんに勇者御一行のためだからって無理言ってミラーニョさんに忠誠誓って、また黒魔術使えるようになったってわけ。あ、サムラさんが勇者御一行によろしくってメソメソ泣いてたぜ?俺の手ずーっと握って泣いてんの。

そんで一旦勇者様たちと合流しようかなぁって思ったらドラゴンに会って、今に至る」


イエイ、とカーミは親指を立てて話し終わる。


けどそうやってミラーニョに忠誠を誓って黒魔術が使えるようになったってことは…。

一度黒魔術を使っていた人…主にバファ村に住んでいた人たちが魔族を見つけて新たに忠誠を誓ったとしたら、また黒魔術を使いだすかもしれないってことじゃない?

そう考えるとウチサザイ国から逃げ出した人たちの今後が何だか怖い…。


妙な不安に襲われたけれど、それでも今集中しなければならないのは黒魔術じゃなくてドラゴンのこと。

私は顔を上げてカーミに質問する。


「それならカーミの覚えてる黒魔術を使えばドラゴンの炎の攻撃も効かなくなるのね?」


するとカーミは微妙な笑顔になって悩みこむように腕を組む。


「…いやー…」


「んだよ、やりたくねえとでも言うつもりか?」


喧嘩腰のサードにカーミは「違う違う」と首を横に振る。


「黒魔術ってドラゴンクラスの上級モンスター相手だとろくに効かないらしいって話なんだよなぁ…」


「それでもドラゴンの炎もどうにかできたんだろ?」


アレンの言葉にカーミは、


「あん時に使ったのは自分の体をその場からちょっとずれた空間に移動して相手の攻撃をかわすやつだからね」


「じゃあちょうどいいじゃねえか」


サードの言葉カーミは嫌そうな顔で首を振って、


「でもあの黒魔術って非常時以外はあんま使いたくないんだよ。十五分以上そのままだと自分の体がどっかに消えるって言われてんもん。消えたらどこに行くのか分かんねえし」


「…何それ怖い」


ゾッとして呟くとカーミは大きく頷いて、


「そうそう、便利だけど怖いからあんまり使いたくないんだよなぁ」


確かにサードの言う通り黒魔術を使えるカーミを囮にして、戦い慣れした私たちで畳みかけるのが一番いい作戦だと思う。それでも…。


「やっぱりカーミを囮にするのはやめましょう?そんな危険な黒魔術を使わせたり魔法の効かない相手の前に居ろっていうのは可哀想よ」


私だって村人を人質に取っているドラゴンの前に黙って出ろってサードに言われたことがあるから囮にされる人の嫌な気持ちが分かる。

まぁあの時は人としての意識があったガウリス相手で何事もなく終わったけど、今回は実際に人を殺し、脅し、国の一部を壊滅させた狂暴なドラゴンが相手。


それなら自分に見合う最高の嫁と期待していたのが女じゃなくて男、それも手紙を書かせたはずの張本人だってバレたら怒り狂って何をしだすか分かったものじゃない。それならひとまず性別が女の私が目の前に立つのが一番なんじゃ…。


その考えをサードに伝えながら私は続けた。


「私だったら…まあ今まで色んな目に遭ってきたから、それなりに対応できると思うの、だから私が囮になったほうが…」


そうは言ってもサードはいい顔をしない。


「エリー、様々な目に遭わされるのと色々と誤魔化しながら対応するのは違うんだぜ。てめえは嘘が下手過ぎる。そこでボロが出て不信感を持たれたらその後がどうなるか分かってんだろ?結果は同じだ。結果が同じなら油断してる相手の後ろから一気に畳みかけられるお前の力は必要だ」


それは…まぁ…確かに私って誤魔化したりするの苦手だけど…。


黙り込んだ私にサードは続ける。


「その点カーミはスパイもやってきたんだ、ある程度の誤魔化しながらの会話は平気だろ」


「あ」


急にアレンが何か思いついたとばかりの一声を漏らして、皆の視線がアレンに集中する。

アレンは顔を明るくして、


「俺いいこと考えた!」


「何を考えたのですか?」


ガウリスが期待を込めた声でアレンに問いかけると、アレンは俺本当にいいこと考えたとばかりの顔で口を開いた。


「つまり不信感を持たれず、色々と誤魔化しながらドラゴンと会話できて自衛もできる人が囮になるのがいいんだろ?」


「まあな」


頷くサードにアレンは、


「だったらサードが女装して近づいたらいいんじゃね?前に女装した時すげー美人だったし、あれ見たらドラゴンだって絶対見惚れるって!」


その一言にその場の空気が凍り付いた。サードからはビリッとした空気が流れ、私は体が硬直する。カーミは、


「え…勇者様、女装すんの…?」


って引いた顔でサードを見ている。


でもそんなのダメよ、サードはああいう女装した時に養父に襲われかけたせいで女装すると具合が悪くなっちゃうんだから。


アレンを止めようとするとガウリスがゆっくりと口を開いた。


「そう…ですね、そう言われるとサードさんが丁度いいような気がします」


「なんだかんだでガウリスもサードの女装姿見たいんだ?」


「違います」


アレンの言葉をガウリスは普通に切り捨て、サードを見る。


「サードさんに視線が集中している時に私たち全員で後ろから畳みかけ、視線が分散した瞬間に目の前に立つサードさんが聖剣で仕留める…これが一番いい案だと思います。サードさんは嫌かと思いますが、どうかお願いできませんか?」


サードはものすごい形相でガウリスを見た。


「てめえ何言ってんだ?喧嘩売ってんのか?ぶっ殺すぞゴラ、あ?」


サードはガウリスの胸倉を掴んでゆらゆらと揺らす。激しくガクガクと揺らさない所が余計に怒ってる雰囲気だわ。


…でも確かにサードが女装したとしたらサードの出した条件は全てクリアできる。

自衛できて、相手の視線を集中させて、誤魔化しながらの会話ができて、それでいていざとなれば一瞬で片をつけられる。


それに、と私はサードが女装した時のことを思い出す。


サードの女装姿はとっても綺麗だった。

優しげであどけない顔をしていて、それでも色っぽくて、動きも滑らかで…。流し目で見られた時には女なのにドキッとしちゃったし、女の色香ってこんなにすごいものなんだわってドキドキしてしまって…。いや自分も女で相手は男のサードだったんだけど。


見られるのならもう一度見てみたい。…でもサードにとって女装することは精神的にとても辛いこと。それも養父に襲われたことを強制的に思い出してしまうもの。


だったらサードにそんなことさせられない、やっぱりここは私がやるしかない。


私は胸倉を掴むサードをガウリスから引き離して、そしてサードを背にアレンとガウリスに向き直った。


「確かにいい考えだと思う。でも私は賛成できない、サードにそんなことさせられない」


「しかしゲオルギオスドラゴンは真っ当に戦って勝てる相手ではありません、聖剣を持つサードさんが一番近くにいて剣を奮うのがふさわしいと思います」


「そうだって、とりあえずサードに視線が向いてたらいいんだし、その間だけでもさ」


ガウリスもアレンもサードが一番適任だっていう言葉が続く。それでも…サードの過去を唯一知っている私がサードを守らないと。


私は両手を広げて、


「ダメ!絶対にダメ!それなら私がやる!私がやってみせるから」


それからサードを振り返って、


「ね、私がやるからサードは後ろから一気に畳みかけて。一瞬だけでも私が注意を逸らせたらあとはサードが倒すでしょ?ね?それでいいでしょ?」


ここまで言えばあとはサードが自分の都合にいいように話を持って行くはず。


そう思ってサードを見続けるけど…サードは口ごもって黙ったまま。

それも段々と面白く無さそうな、どこか素っ気ないような…今まで見せたことのない表情をしてから視線を逸らす。


「エリーに(かば)われる日がくるとは思わなかったな」


「何よそれ」


ムッとした表情をみせるとサードはおかしそうに笑った。


「しゃあねえ、俺が囮になってやる。確かにアレンの言う通りそれが一番手っ取り早い」


「え、でもサード…」


それってサードが辛いんでしょ?


そう思いながら見上げているとサードはガウリスにさっきまで向けていた殺すぞとばかりの雰囲気じゃなくて、確実に実行してみせるさという気楽そうな顔で見返してくる。


「これ以上女に守られたら男がすたるからな。こうなりゃ男の意地だ、やってやらあ」


「…」


何で急にやる気になったの?本当に大丈夫…?


それでも男がすたるとか男の意地だって言われたらちょっと止めるのもどうかなと思えて…。でもサードが少しでも辛そうな雰囲気になったらアレンとガウリスを説得してサードを守ろう。

マサイ族のジャンプも中東辺りの伝統の踊りも男はとにかく疲れを見せず真顔、または笑顔でやり切るので男って世界を問わず意地を通す生き物ですね。

女はというとそんな意地がどうしたと黙って見てるイメージ。その違いが大変良い。

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