ドラゴンを倒すために
私たちはまずドラゴンの情報を集めるため、ドラゴンの被害があった地域へと向かった。
ドラゴンが暴れたのは半月ほど前。最初はドラゴンらしきシルエットの目撃情報がちらほらあった程度だった。それでも警戒し目撃情報の多かった村や町が共同でハロワに依頼を出そうかとしていた矢先、ついに姿を現し暴れだしたって。
今の所一度暴れたその半月前からドラゴンが再び暴れてはいないみたいだけど、それでもドラゴンへの恐怖は全く衰えてはいなかった。
被害があった地域に近づくにつれて神妙な顔でふさぎ込んでいる人が多くなり、神妙な顔が沈鬱な顔に、そして被害にあった現地になるとたった今ドラゴンに襲われたかのような恐怖の顔に変わっていってて。
それでも私たち勇者一行が現れるとふさぎ込んで脅えている人たちの多くがホッとした顔をして、勇者一行が来たのなら安心だ、きっとどうにかしてくれる…って緩んだ表情に変わる。
そんな人々の表情を見ていたら、ドラゴンと戦いたくない、あんなでかいの相手にどうやって戦えばいいってのよってぶーたれている場合じゃない、どうにかしないとこの人たちはいつまでも安心できないんだわと使命感が湧き上がってくる。
そうやってドラゴンが最も暴れた中心部にたった今たどり着いたけど…。
「うわぁ…」
アレンはドン引きしている声を漏らした。私は言葉も失くして声も出ない。
これはゲオルギオスドラゴンに炎を吐かれた跡?
小高い丘から見渡す限り一面が燃えていて、真っ黒の世界が広がっている。ここには町があったと聞いているけれどどこに家があったのか、むしろ本当にここに町があったのかすら分からないぐらいの焦げた世界…それも遠くに見える山の斜面から頂上までもが炎で燃えてまっ黒。
それに燃えていなくても裏山程度の小さい山は踏み潰されたのか一部だけ大きく凹み、激しく羽を動かし尾を振り回して暴れたのか周囲の山も大きくえぐられて山の形が変わるほど土が露出していて…あまりの惨状に呆然としてしまう。
今までたくさんの魔族の被害に遭った跡地も見てきたけどこれはその比じゃないわ、こんなに広範囲に広がる酷い様は見たことがない。
「…この国の十分の一が被害に遭ったんじゃねぇの?地図で見た限り…」
アレンが地図を広げながら呟くとサードが、
「被害に遭っただあ?こんなの国の十分の一が消失したって言ったほうがぴったりだろ」
と言いながらぽつりと続ける。
「…エリーが魔界で暴れた時みてえだな」
イラッとする。ここまで酷い状態にはしてない。確かに焦土にした範囲は広かったけどここまで酷くはしてない。
思わずサードをビシッと叩くけど、サードも目の前の現状に言葉を失っていたのか叩いても特に怒ることもなく、むしろ面倒くさそうな顔になって改めて見渡す。
「あーあ、ここにミレイダがやって来て俺たちの代わりにドラゴンをぶっ殺してくんねえもんかなあー」
サードは被害跡を見てやる気を失くしてしまっている。
でも皆の正直な気持ちは同じだと思う。こんな山の向こうまで燃やしつくすほどの炎を吐いて、国の十分の一を短時間で壊滅させたドラゴンと誰が望んで戦いたいだなんて思う?
もちろん被害に遭った人たちのことを考えたらそんなこと口に出せないけど…それでもこれを見たら私もすごくウンザリしてやる気が失くなっている。
「ドラゴンが暴れた跡など初めて見ましたが…ここまで酷いものなのですね…」
沈鬱な表情で呟くガウリスを、サードが何か言いたげな目で見ている。もちろん私もガウリスを見ながら思ったことを言おうとして…でもガウリスに言っていいものかと口を閉じたけど、アレンは普通に言ってしまった。
「俺らは見てるけどな…ガウリスが暴れてるの、二回…」
ガウリスは「あ」と言うと黙り込んだ。
「けどこれだけ被害出してるドラゴン相手にどう戦う?」
話題を変えるアレンにサードはやる気のない表情で、
「そうだなあー、まずはソードリア国のブルーレンジャーに依頼でもだすかあー、ミレイダ連れてこっちまで来てくれってよー。向こうも冬で農閑期だから冬の出稼ぎの副業ができて嬉しいんじゃねえのー」
とふざけたことをぬかしている。
被害跡を見てやる気をなくした私たちだけど、とにかくドラゴンの情報が欲しいから近辺の人たちに話を聞こうとした。でも被害を実際に目で見て生き残った人たちはその時のことを思い出したくないと話すのを拒否し、家族が死んだ、ドラゴンをどうにかしてくれと泣いて会話ができない。
でもそうよね、あんな酷い状況を体験して、それもまたいつドラゴンが現れるか全く分からないんだもの。
そんな人たちを相手にどこまでも話を聞かせてと言うわけにもいかないから、私たちはあちこちのハロワから情報を買い、ドラゴンの話をしてもいいという人がいれば話を聞いて、それと情報屋から情報を買ってと手当たり次第に情報を手に入れた。
そうして宿屋で集めた情報をまとめてみるとこう。
・最初はゲオルギオスドラゴンが空を飛んで通過した、山の影から頭と羽らしきシルエットを見た程度だった
・ある日急にが現れ暴れただした、原因はしらない
・体の表面は赤銅色、遠くからみても体は巨体で、空を飛んで現れた
・三分程度で一つの町を、あちこちに炎を吐きながら移動して十分程度で国の十分の一を壊滅させた
・大いに暴れていたが今はどこに消えたのか分からない
・近くで見ていた人が大きい木の影に隠れて見ていたら熱波が来て一瞬で目の前の木が燃えた、見ていた人も大やけどを負って臥せっているらしい (噂話)
色々当たってみたけど手に入れたのはこの程度。正直これじゃどうにもならない。今どこにいるのかも分からないし…。せめて理由があって暴れたとかならそれを取り除けばどうにかなるんだけど、それでもゲオルギオスドラゴンって急に人を襲う狂暴な種だから理由なんて無いかもしれない。
腕を組んで頬杖をついて集めた情報を前に悩む皆に、私は甘い期待を込めて声をかけた。
「ねえ、一度暴れてその後何もしてこないっていうなら、このゲオルギオスドラゴンは散々暴れて満足したから家っていうか…巣穴に帰っていったんじゃないかしら」
もちろんサードは即座に言い返してくる。
「ガウリスん時みてえに被害が出てねえならそれでいいだろ。だが今回は甚大な被害も出てやがるから何の成果も無しに『自宅に帰ったみたいだからこの件は終わり』じゃ済まねえんだよ。
あれだけ大量の被害に遭った奴らがどうにかしてくれって言ってんだぜ?ドラゴンの首まではいかなくても腕だの鱗の一つでも見せて討伐しましたって証拠を見せねえと誰も納得しねえよ」
するとコンコンと扉がノックされて、サードは瞬間的に表向きの表情に変わり「はい」と返事をして聖剣の柄を握りながら扉に近づいていく。
相も変わらずのチグハグな言動だけど何かもう…いつも通りの光景よね…。
サードは外にいる人を扉の穴から確認して開けると、そこには見ず知らずの女の人が立っている。…あ、違う、あの服装はこのホテルで働く従業員のフォーマルスーツだわ。ホテルの人なのね。
するとホテルの従業員の女の人は顔を強ばらせながら口を開いた。
「お寛ぎの所、誠に申し訳ございません。でも今…今…ドラゴンの新しい情報が手に入ったと外でビラを配っていたので…支配人に渡してこいと申し付けられお持ちしました…」
そう言いながら手に持っていたビラをサードに渡すと頭を下げて部屋から出ていった。
さっきから外がやけに賑やかで盛り上がっているなぁとは思っていたけど、ドラゴンに関するビラを配っていたからなのね。
サードは受け取ったビラを持って戻ってきてテーブルの上に置くから、皆が一斉に覗きこむ。一番に目に入ったのはでかでかとした見出し。
『ドラゴンが要求!?ハロワに怪文書!』
…これ、なんの三文記事?
思わず力が抜けたけどアレンはかなり興味を引かれたみたいな顔で、ビラを手に持って読み上げ始める。
「嘘か真かキリハ町のハロワにドラゴンからの怪文書が届けられた!?内容は以下のとおり。
『俺は千年ほど生きているゲオルギオスドラゴンである、俺は崇高なるドラゴンの血族であり、その崇高である俺に見合う最高の女を所望する。その女はアロメダ山の頂上に寄越せ。
期限はこの手紙が届けられてより一週間後、日の暮れまでとする。もし約束を違えたのならばこの国の住民が皆死ぬと思え。俺が本気かどうかは、お前たちは身をもって知っているだろう。ゲオルギオスドラゴン』」
アレンが読み終わって顔を上げると、皆はなんとも言えない表情で顔を見合わせている。
なんてこと、ドラゴンが人間の女の人を寄こせって言ってくるなんて…。
それも自分に見合う最高の女、という条件が付けられているというなら…食べる目的とかじゃなくて、無理やり自分の嫁にしようとしているってこと?
ヤバいじゃない、もしかしたら女の人一人であのドラゴンが沈静化できるならってことで、あんな大暴れして国を壊滅させる狂暴なドラゴンに嫁がせられる女の人が出てくるかもしれない。しかもそんな狂暴なドラゴンと末永く仲良く暮らしましたなんてハッピーエンドも全く想像できない。
こんなの生贄と同じ。勇者一行としても、女としても見過ごせない…!
すると渋い顔をしていたガウリスは口を開いた。
「これは…愉快犯ではないでしょうか」
ガウリスの言葉に「え」と顔を向けるとアレンも続ける。
「嫌なやり方だなぁ。こんな皆が脅えてる時に混乱させるようなことしてさぁ」
興味を失ったようにビラをテーブルの上に戻すアレンに私は、
「でもハロワからの情報なら信用できるんじゃないの?」
と言うけどアレンは首を振る。
「ハロワには一般の人からも色んな情報が届けられるじゃん。いるんだよなぁ、皆が慌てて深刻になってるときにふざけたがる奴と、それに乗る人ってさ」
アレンが最もなことを言っているから黙っておくけど、むしろそんなことを言うアレンこそが深刻な状況でよく変にふざけたことを言って気が抜ける言動をするし、変な所に食いついたりしてくるんだけど…。自分じゃ自分のことがよく分からないのね。
それでも少し心配で皆に改めて聞いてみる。
「でももしこれが本当にドラゴンからの手紙だったらどうする?」
するとアレンはヘラヘラと笑って手を振る。
「ないない、空を覆うくらい大きいドラゴンが人間サイズの手紙に文字なんて書けるわけない」
…狂暴なドラゴンが小さい鉛筆を持って小さい紙に文字をチマチマ書いてウンウン言っている姿を想像したらちょっと可愛いかも…。あ、いや、国の一部を消失させたドラゴンに可愛いなんて思っちゃいけないわよね。
「でももしよ?もし本当にこれがドラゴンからの手紙だったとして、一週間後にアロメダ山って所に女の人が居なかったとしたら本当に国を焼き尽くすんじゃないの?むしろ本当にドラゴンが人間の女の人をお嫁にしようとしているのかしら、本当は食べるためじゃないの?」
するとサードは、
「俺の生まれた世界の物語では龍が女を嫁に迎え入れようとする話はある。それを考えればドラゴンが人間の嫁を寄こせと言うのは完全にないとは言えねえが…」
サードは顔を上げてガウリスを見る。
「こっちの世界ではこんなことはよくあんのか?ドラゴンが人間を嫁に望むのは?」
話を振られたガウリスは困った顔で首をかしげる。
「物語上ではよく見かけますね、専門的な言葉を使えば異類婚姻譚と言います。モンスターが人を嫁にするためさらっていく、嫁にしたいと申し出てくるなどの話です。
しかし今では人型に近いエルフやドワーフなどを筆頭に種族の境目もあまり気にされなくなってきているので、異類婚姻譚という言葉すら古いものとして消えつつありますね。しかしドラゴンの異類婚姻譚は…私が知る限り物語であれ事実の話であれ聞いたことはありません」
「いや、それ本当にドラゴンからの手紙だぜ」
どこからか声が聞こえてきて首を動かすと、ガウリスの後ろから手が伸びてその両肩に手が置かれ、その間からヌッとカーミが顔を出した。
「おっひさー」
ガウリスは急に背後からカーミが現れて驚いた顔で見上げている。サードはイラついた顔で、
「てめえ、いつも言ってるが普通に入って…」
「えー、俺さっきホテルの人がドア開けた時に普通にそこから入ってきたけど」
そんなこと言われても従業員の女の人がドアを開けて去っていくまでにカーミの目立つその緑色の頭はちっとも見えなかったけど…。カーミはどうやって中に入ってきたの?サードとガウリスにも気づかれないで…。
カーミはさっさと椅子に座ってテーブルの上のビラを指さす。
「それドラゴンに書けって言われてハロワに送ったの俺なんだよ、だからそれ本当にゲオルギオスドラゴンからの怪文書」
「…は?」
怪訝な顔で聞き返すとカーミはニコニコ笑いながら、
「勇者様たちがウチサザイで色々やってる時、俺は他の国で色んな情報集めておこうとしたわけ。そんで勇者様たちがこっちに向かってるっていうから俺もちょっくら合流しとこうかなーってこっちに向かってたら呼び止められて」
「呼び止められたとは…、まさかこのゲオルギオスドラゴンにですか?」
ガウリスの言葉にカーミは頷く。
「うんそう、きっとあれはドラゴン。昨日の昼に森の茂み歩いてたら呼び止められたんだ。でもドラゴンの姿じゃなくて若い人間の男の見た目だったぜ。素っ裸でさ」
「素っ裸…」
アレンが変な所に反応して繰り返すとカーミはおかしそうに笑って、
「そー、素っ裸。それも腕を組んだ姿勢で恥ずかしげもなく堂々とさー。思わず『何あんた、変態?』って逃げようとしたよ、だって変態だって思ったもん。そしたらこんなこと言うわけ」
そう言いながらカーミは腕を組んであごをわずかに上げて馬鹿にした表情をすると、
「『俺はドゲオルギオスラゴンだ。てめえ、今から俺の言うことを紙に書いて国に送れ』ってさ」
すると今度はニコニコと笑いながらカーミは人差し指を自分の頭にコツコツと当てて、
「だから俺は『あんた頭大丈夫?イカれてんじゃね?』って言ったら、そいつ息を吸い込んで横を向いていきなり人から出るはずのない量の炎を口から吐いたんだ。
いやーありゃすごかった。あの一息で一直線に生えてた木は数百メートル先まで一瞬で燃えてその先全体が炎に包まれて。それも向こうに吐かれた炎の熱気だけで俺の周りの木が勝手に発火してたもん」
しみじみと生きてて良かったとばかりの表情で息をついてからカーミは続ける。
「そんな木が勝手に発火するぐらい炎が燃え盛る中でも、そいつは火傷も負ってない素っ裸での状態で俺の前まで進んできて言ったんだ。『生きてんなら何度も同じこと言わせるなよ。いいか、俺の言うことを、紙に書いて、国に送れ』って。
こりゃ本物のドラゴンかもしんねーから逆らわないほうがいいわって思って、俺は言われた通りにハイハイ書いて、それをハロワにポイってしたわけ」
「でもなんで国じゃなくてハロワに…ドラゴンは国に送れって言ってたんだろ?」
アレンが聞くとカーミはニコッと笑った。
「だって国に直接持ってったら国から依頼出されんじゃん?そうしたら勇者様たちその依頼受けないだろ?国からの依頼は全部蹴ってるんだから。ナイス判断だろ?」
「…国からの依頼だったら断れたのにこの野郎…」
サードはぼやいたけど、それでも身を乗り出してカーミに聞いた。
「で、そのドラゴンは自分に見合う最高の女って条件を出してるが、他には何か言ってなかったのか?見た目に性格、純潔かどうか、この女でなければだめだとかそんな条件は?」
「いや?そういうことはなーんも。ただ言われた通りに書いたのがそのビラの内容だから、最高レベルの女だったら誰でもいいんじゃね?」
サードは軽く口を閉じて何か考えている顔つきになって、
「つまり随分とドラゴンの出した条件は大雑把なわけだ。それなら逆に良い」
サードはそう言うと部屋の中にいる私たち全員の顔を見渡してからカーミに視線を向けた。
「よし、カーミ」
「ん?」
「ドラゴンの嫁になれ」
異類婚姻譚は大体破局しますが、仲睦まじい夫婦のままで終わり、なおかつ私が好きなのは「まんが日本昔ばなし そば屋にむこ入りした雷」です。
YouTubeにありました。
改めて見ると江戸っぽい時代背景なのに昭和テイストな店の造りで割りばしだなぁと思いました(追記:形と名前は違いますが江戸時代から割りばしはあったようです『チコちゃんに叱られる』より)。見た人はもれなく蕎麦が食べたくなる呪いにかかります。蕎麦食いてえ。あ^~




