~閑話休題~一方その頃エルボ国では
ミラーニョ目線
やれ、数年ぶりにエルボ国の首都に訪れましたが、何とまあ悲惨な状況でしょう。あんなに整っていた家並みは見る影もなく、足元には瓦礫が転がっていて石畳も割れて地面が露出していて。
…それでも見る限り悲惨な顔をしているのはほんの一握りのようですね。悲惨な風景が広がっているわりに明るくあちこち動き回って復興作業や商売にいそしむ者が大半…。
「わりと皆の顔も明るいじゃねぇの。ウチサザイの奴らの方がよっぽど陰鬱な顔してんぜ、戦争も何もしてなかったのによ」
背後で肩をすくめるイクスタに、ニカ、と笑顔を向けました。
「あの国と比べたらどの国も明るいもんですよ」
私の皮肉にイクスタもわずかに鼻で笑いながら口端を上げる。
今現在、私とイクスタ両名は二人でエルボ国へ訪れているところ。それというのも、憎悪の神を呼び出す最中に勇者から渡された…サブリナ様からのこの手紙。
カサカサと手紙を広げ、綺麗なサブリナ様の文字を眺める。
『私を笑わせてくれたあなたへ
あなたが今大変な状況に陥っているとの手紙をいただきました。何があったのかの詳細は分かりません。それでもどうか希望を無くし命をなくすようなことはしないでください。あなたには私の良くなった国を見てもらいたいのです。あなたとまた語り合いたいと願っているのです。
あなたには私がついています、あなたに助けてもらったように私のこの手紙があなたの心の助けになるよう祈っています。 あなたの小さな娘より、あなたの無事を祈って』
…ダメだ、何度読んでもジーンとして目頭が熱くなってくる。
手紙を丁寧に折りたたんでバッグに入れ直す。
この手紙を読んでからどうしてもサブリナ様にお会いしたいと思い、まずイクスタに相談をしました。一度だけでいい、もう少しこの国が落ち着いてからサブリナ様に会って話をしたいと。
イクスタはあまり興味無さそうに話を聞くと、
「好きにすりゃいいだろ、この国を動かしてんのはあんたなんだ、俺は実質あんたが国王で放っても下手な真似もしねえと思ってるからいちいち断りを入れなくても構わねえぜ」
しかしそうは素直にいかないってものです。一応私はタテハ国に幽閉の身になっている罪人で一人で勝手に国から出られないんですから。
(ちなみに正式名称はタテハ永世中立国ですが、部族の大半の者が長すぎて覚えきれないようなので普段はタテハ国と言っています)
するとイクスタは面倒くさそうに、それでも感心したような顔で言いましたね。
「魔族のくせに随分義理固い奴だな、人間でもウチサザイの奴らだったら無断で出ていくぜ」
そう言ってからイクスタはフッと顔つきを変え、
「それなら俺が見張りでついていきゃいいんじゃねぇの」
と言い出し、それはまずいですよ、と押しとどめました。まだ完全な国ではないとはいえ、国王が罪人に付き添って国を空けるなんて良ろしくありませんから。
するとイクスタはゆるゆると視線を逸らして遠くを見ながらボソボソと、
「春になったら地図を作る連中がやって来て忙しくなるんだぜ?それから先は完全に国王ってのになってここから離れられねえ。…はぁ…俺はこの一帯から一度も離れねぇまま死ぬことになるのか…」
…素直に遠くに行ってみたいと言えばいいものを。ウチサザイ国の者はそういう所が面倒くさい。
ともかく他の者たち…主にサムラにもその考えを伝えたら即座にいいのではと微笑んで頷きました。
「まだ完全に国ではありませんし、国になったらもっと忙しくなります。それならまだ忙しくない今のうちのほうがいいですよね!どうぞ行ってきてください!」
…。私がサムラの立ち場だったら絶対許しませんよ。幽閉の身で何を馬鹿な、国王が国を空けるなんて何を考えていると。
でもササキア族を守る立役者となったサムラは皆から一目置かれる立場になっていて、サムラの発言に皆も追従し頷いたから楽に外出許可を得て、現在に至るってわけですが。
…いやはや、有難いというのが一番の感情ですが、あんなに人の希望を丁寧に聞いてあげる者たちに国の頂点が担える訳がない。あんな大らかな部族ではなく、シビアな目で世の中を見渡すイクスタを国王に推したあの勇者の目は正しかったですね、本当。
「どうした」
ずっとニカニカ笑って振り向いている私を見てイクスタが聞いてくるので「別に」と言ってから前を向く。
そんなイクスタはタテハ国の女の子らから中々の人気なんですよね。どうやらこの何事にも冷めてひねくれた態度が女心をくすぐるようで。
そんなひねくれたイクスタはタテハ山脈に住む部族の真っ直ぐな目と純粋な心に非常に弱く、タテハ国の女の子らに言い寄られてはたじたじとしていて…。フフ、思い出しただけで笑える。
それでもある時冗談まじりに(でもわりかし本気で)、
「あなたの人間の血を取り入れたらササキア族も少し長寿になるのでは?」
と促してみましたが…。しばらく黙った後、
「…今まで散々エグいの見てるから…もう何見ても興奮しねえんだ…萎える一方さ…」
と、心底冷めた目付きでそう言われ、そうなったらもう何も言えなくなりましたよね。
っと、そんなのを思い出してるうちにエルボ国の城門前につきました。
おやおや。なんとまぁ門番たちの精悍な顔!以前は彫刻かと錯覚してしまうほど突っ立っているだけだったというのに、今は不躾に近寄る私たちを警戒して睨みつけているじゃないですか!
それでも一人が私の姿をマジマジと見て顔つきを変え、
「あんた道化師じゃねえか!生きてたのか!?」
「お!何だ道化師か!よく来たな、入れ!もしかしてサブリナ様に呼ばれでもしたのか?だったら客室まで案内してやる」
腕や背中を容赦なく叩かれながら、私はイクスタと共にさっさと城の中に通されました。
「すげえなお前、城を顔パスかよ」
イクスタが後ろで呟いていますが、これは私の常とう手段です。門番ととことん仲良くしておくのは。
いつどこの門からでも好きな時に抜け出せるよう、そして妙な行動を見られても「シー」とふざけて指を立てる程度で笑って見逃してもらえるようにね。
…それにしても城も随分と破壊されている…おかしい、カーミから報告されていた内容では戦争で城に一切の被害はないとあったんですが…。まさかカーミが立ち去ってから何かあった?こんなに城が破壊されてサブリナ様は無事だったのか…。
「城が随分荒れていますが、サブリナ様は無事なのですか?」
「ああ、もちろん無事だぜ。今呼んでくるから先に部屋に入っとけよ」
廊下の先に見える客室を指さし、ここまで案内した門番は踵を返して遠ざかっていきます。
…その動きもなんとまあキビキビした歩き方。前はうすらボンヤリと空を眺め口を半開きにしてヨダレを垂らしそうな顔でのたのた歩いていたというのに。
客室に入り荒れた庭を見て座ってしばらくすると、小走りで駆けてくる音が聞こえてきて、顔を上げる。
と、バンッと勢いよく扉が開きました。
私の視界に息を切らしているサブリナ様が…。
思わず立ち上がってしまう。サブリナ様は私を見て嬉しそうに目を見開き、同時に泣きそうな顔で私の丸い腹に飛びついて、一回ボヨンと跳ね返されてからまた顔を押しつけ、
「ああ良かった、あなたが無事で…!あなたが国のあれこれに巻き込まれて絶望していると聞いた時は胸が潰れそうでした…!」
…そんな、こんな道化師ごときに…半魔族で世界中に害悪を振りまいてきた私にそこまで情けをかけてくださるのですかあなたは…?
ジン…と鼻の付け根が痛くなって涙が出そうになる。でもサブリナ様には最後まで涙なんて見せないふざけた道化師として記憶してもらいたい。
「なぁに、手紙を送った者が大げさに書いただけですよ。それでもこんな一介の道化師を随分心配していただいたようなのでね。わざわざ訪れて差し上げました」
押しつけがましい私の言い方にサブリナ様は軽く笑い「変わりませんね」と涙をぬぐいながら離れる。そこでイクスタに気づいたようでピシ、と王族らしい姿勢になると、イクスタは軽く手を振って立ち上がった。
「どうやら俺が居ちゃあ話しにくいみてえだな。それなら俺は席を外そうかね。その辺は一人で歩いても大丈夫かい?お姫様」
「この方は姫ではなく国王です」
訂正するとイクスタはフンと鼻を鳴らす。
「どっちだって俺から見りゃ同じだね、要はお偉いさんだ。そんなお偉いさんの話にゃ興味はねえ。…で、城の中は歩き回っていいのか?それとも他の奴に見られちゃまずいもんでもあるか?」
サブリナ様は首を横にふりながら、
「ここに居て下さっても私は構いません、どうぞお座りを…」
「どうであれ俺が居たら堅っ苦しい話しかできねえんじゃねえの、そんなの俺にとっても居心地が悪いってもんだぜ?」
「失礼ですよイクスタ」
たしなめるとイクスタも無言になりましたが、サブリナ様は目を丸くしながらも冷静な態度で、
「ならばお茶とお菓子を別室にご用意させましょう、中庭には雪の中でも咲く赤い花が見事に咲いております、良かったらご覧になってくださいませ」
落ち着いて対応するサブリナ様を見たイクスタはまじまじとサブリナ様をみて、おかしそうにフッと口端を上げる。
「さっきみてえな子供っぽい姿を見せられるのはそいつだけって所か?どうやらあんたも信用できるのが居ねえ中で苦労して育ったとみえる」
そう言うと「なら中庭でも見せてもらうかな」とイクスタはさっさと出ていきました。サブリナ様は出ていったイクスタを見送り、無言で私に視線を移す。「あの男は一体何者」と言いたげですね。
思えば他国の国王に会ったというのにイクスタはろくに挨拶もしないで…やれやれ、国王としての振る舞い方も私が教育しないといけないんですか?まあ今回はほぼお忍びという形ですが、あの態度は国王相手にあまりにも失礼というもの。
「参りましたね、挨拶もしないであの態度とは。あの方はあなたと同じく高貴な身分なのですがいかんせん新米でして。どうかこの道化師の顔に免じてお許しをサブリナ様」
ヘコヘコする私にサブリナ様は多少微笑みつつ、
「つまりあの方はあなたの雇い主の国王ということですね」
そう言ったものの、国王が道化師だけ引きつれ他国に来るなんて…と不思議そうに考えこんでしまっている。ともかく席にどうぞと促されたので座ると、サブリナ様は拗ねるように口を開いた。
「あなたには謎が多過ぎます、少しくらい正体を教えて下さってもよろしいでしょう」
「ではお教えしましょう。私は魔族と人間のハーフです」
サブリナ様が目を見開いて座りかけた姿勢でこちらを見て、私は続ける。
「約百年前…残虐非道な魔王がいた時代に魔界から人間界に一家で逃げてきて、私は狂暴な兄にいびられたくないから距離をとるため国外に出ていました。そして世の中に混乱をもたらすよう兄に言われ、なりゆきで覚えた黒魔術を使い世界各国を渡り歩いていたのです。この国に来たのも害を振りまくためでした」
あっさりと私の素性も何もかもを簡潔に説明した。
これで怯えた表情を見せるならそれでいい。もう二度と会いたくないと思われたほうが別れが辛くなくなるし、私のことで気を揉ませることも無くなる。
何よりあの勇者がまた私が大変などと嘘を言ってサブリナ様を厄介ごとに巻き込むこともあり得えるのだから、いっそのこと「もうあんな道化師とは無関係」ときっぱり断るくらい嫌われてもいい。
「…」
サブリナ様はキョトンとした顔をしていましたが、プッと軽く笑ってから席につきました。
「さすがですね、あなたの話は真実味があっていつでも引き込まれてしまいます」
…あれ…真実なんですが、もしや作り話として受け取られましたか?…まあそれならそれで構いませんがね…。
するとメイドが現れ紅茶とお菓子を用意し、そのメイドにサブリナ様が指示を与える。
「中庭を見渡せる小部屋を暖め、ある程度の時間がたったら先ほどの人にそこで休憩するようにお伝えください」
メイドは頭を下げ、部屋を出て行った。
「…先ほどの方には気を使わせて追い出した形になってしまいましたね」
「大丈夫です、彼は黙って座っているより色んなものを見て回りたいだけですから」
ウチサザイ国から三十年以上離れられなかったイクスタは他国を心から楽しんで…いるようには一切見えない冷めた態度をとっていますが、それでも何に対しても興味深そうにあれは何だ、これは何だと私に聞き続けて座る暇もなく歩き回っているんですよね。
イクスタ的にここで私たちの会話を黙って聞くより見たことのないものを見る時間に当てたいのが本心でしょう。
「…ところで、ここまでエルボ国内を見てきたと思いますが…あなたの目から見ていかがでしたか?」
早速その話題ですか、相変わらず真面目な子だ。
「大変素晴らしい!四年前とは比べ物にならないほど民や兵士から笑顔が溢れて活動的になっています。やる気があり民衆から慕われている者がトップに着任したらどうなるかという良い例になるでしょう」
サブリナ様の顔の力が緩んで微笑みが浮かびますが、褒め言葉はここまで。耳に痛いこともしっかり言わせていただきます。
「それでもまだ最下層にいるしかない方々も多く見受けられました。先の戦争で怪我を負った方や、親を亡くした子供、高齢者など働くに難しい方々です。
それと城下町と食料の多いスイン地区はそれなりに過ごしているようですが、城下町とスイン地区までの中間地区の手配が完全ではありません。手当が厚いのは城下町、食に困らないのはスイン地区。ではその中間の各地区への配慮は何かしていますか?
どうやら多くの者がスイン地区か城下町に移住しているようで寂れた町がいくつも点在していました。ここは小さな国なのでそこまで問題も起きないとは思えますが、国の一部が寂れると良からぬ心を持った者たちが占拠することもあり得ます。
そんな良からぬ者たちに中央と国の端へ行くルートを押さえられたら面倒です。春を迎える前にどうにかした方がよろしいですね」
微笑んでいたサブリナ様は顔を引き締めながら最後までしっかり話を聞くと、呟いた。
「やはりあなたはすごいです。ここまで来る道のりでそこまで問題点を見つけるなんて」
「至る国の不備を見つけてはそこに突っ込んで黒魔術を使って混乱を広げてましたからねえ」
サブリナ様はプッと笑う。うん、どうやら私の真実の話はどうあっても信じてもらえないらしい。
それからはお互いの今までにあった事やエルボ国について紅茶が冷めるのを忘れる程語り合いました。特に勇者御一行がこの国でどう暗躍しサブリナ様が国王の座に就いたかについては事細かに。
サブリナ様はご家族のこともお話になりました。サブリナ様以外の王家一族が十年で死ぬ病気になったのはフロウディアから先に聞いていましたが、それがまさかの性病だったとは!
思わず笑ってしまいましたね、馬鹿な王家だと思っていましたがそんなことにうつつを抜かした挙句死ぬ病気になってしまうなんて正真正銘本物の馬鹿だと。
まあ、笑う私にサブリナ様が微妙な笑みを浮かべたのですぐに笑いを引っ込め、一言おどけておいて家族の話題は終わりにしましたが。
その『そう毒』という病気も三人が深く反省したら勇者一行から渡されたあらゆる病気を治す薬を飲ませ完治させる、ということにしているようですが…。
あのマーリンが自身の行動を悔い改めるなんてことをするはずがない。むしろ心優しいサブリナ様のことです、死にそうな姿を見たら情にほだされ反省も何もしていないマーリンに薬を与えてしまうかもしれない。
そして仮に完治したマーリンがどうやっても城に戻ると動き始めたらどうする?奴の男遊びは周辺国の王家から貴族にもまたがっているのですから、仮に他国の地位ある者にすり寄り、受け入れられたら…。
最悪、また戦争が始まるでしょう。
ファディアントやディアンは言葉ばかりで行動は小さい、しかしマーリンはやると決めたらとんでもないことも普通にやる。そう考えたらマーリンだけはどうしてもこの国にとって邪魔だ。
…なら殺してしまおうか。そうですね、黒魔術を使えばあんな女簡単に殺せる…。
「この国のことでもう一つ頭を悩ませていることがあるんです」
サブリナ様の言葉にフッと頭を上げ、
「はいはい、なんでしょうか?」
ニカニカ言うと、サブリナ様は困ったという顔で腕を組む。
「先ほど言いました性病が国中に蔓延していることです」
「ええ」
「そう毒という病が蔓延しているのは国民の皆さんの知る所となりましたが、そうなると子を作る行為に躊躇するようで…出生率が心配です、子が産まれなければ国を支える未来の若者が居なくなります。どうやらそのそう毒は貴族の中にも発症している者がいるようで…」
おや?知らぬ間にサブリナ様に性教育の知識が…?あ、いや、いいんですよ、知識は大事です、そういうのもちゃんと頭に入れておかなければあの王家の三人みたいに大変な目に遭うんですから、知らないよりだったら知ってたほうがいいに決まってるってもんです、ええ。
面喰いながらも気にしないようにウンウン頷き続ける。それでも多少混乱して一瞬頭が真っ白になった瞬間、ふっと思った。
待てよ?魔力の強いタテハ国で作られた薬草を使えば、一年以上痛みで苦しんだというケッリルの足の不調が一週間やそこらでほぼ完治した。ならばタテハ国の薬草を調合すれば性病に効く特効薬も作れるのでは?
頭の中で様々な思惑や利害が交差して一本の道となる。うん、これは良い考えじゃないですか!
私はニカ、と笑って身を乗り出した。
「サブリナ様」
「はい」
「もしその性病を治す薬があれば欲しいですか?」
サブリナ様は目を見開いて同じように身を乗り出す。
「そんな薬があるのですか!?」
「いいえ、ありません」
肩を落とすサブリナ様に私は続ける。
「ですがきっと作れます。私が今いる国は非常に魔力が強く、その辺の雑草でも薬草になり、その地に住む部族の作る薬の効果も見ています。ですからきっと性病を治す薬も出来るはず。…そうなったらサブリナ様は欲しいですか?」
「それは…もちろん、欲しいに決まってます」
ふむよろしい、食いつきましたね。
「では商談に移りましょう」
「…へ?」
急な話にサブリナ様はキョトンとした顔をしますが、さっさと話を続けさせていただきます。
「私の今いる国は新しく発足した国です。その地に住む人々は視力が弱く、ほとんど文字が読めません。そして数十年もの間他国から侵略されていた状態でしたが、今ようやく自身の国を守るため皆が魔法に知識を学び、視力の改善に努めようとしています。が、残念なことにその全てを先導し教える者はたった一人の老齢の者しかいないのです」
サムラは部族の皆に武術の型に魔法、知識、文字を教え、そしてリヴェルという精霊の元に連れて行くための人材を選んでいますが…その全てを一人で出来るわけがない。
「ですから商談です。このエルボ国の魔法学、薬草学に詳しい学者、そして戦い方の基礎を教えられる兵士を私の今いるタテハ国に派遣していただきたい。
その代わりこちらからは交通費に国に宿泊する場所も提供し、現地の魔力のこもった物品、そして様々な薬をエルボ国に輸出しましょう。いかがです、お互いに悪い取引ではないと思いますが」
サブリナ様は戸惑った顔をしますが、それでもしばらく考え込んでから顔を上げました。
「しかしあなたはそう毒を治す薬は無いと先ほどはっきりと否定しました。作れるか分からない話に簡単に乗るわけには参りません。それにタテハ国は魔力のこもった物がざらにあるという話ですが、それも本当かどうかここでは分かりません。
いくらあなたのおっしゃることでも見たことも聞いたこともない確実ではないものに国王である私が即座に乗るわけにはまいりません」
ああ何て素晴しい否定!親しい感情を持っている相手の言葉であれ、このように疑いノーと突っぱねることが出来る者こそがトップの座にふさわしい!
サムラはこうやって断ることができない。だから隣でノーと突っぱねるイクスタが、そしてサムラたちの純粋な目に弱いイクスタにノーと突っぱねろと小突く私のような存在が必要だとあの勇者は見抜いていた。
しかしサブリナ様、私も突っぱねられたままでは終わりませんよ。タテハ国にとってもエルボ国にとっても、これは悪い話ではないのですから。
「それなら魔力のこもった実物をその内ここに送りましょう。きっとこの国にいる学者たちはそれを見たら私のいる国と貿易関係を結んで欲しいと願うはずですよ、それほど質の良い物が揃っているのですから。
きっとその良質な薬草などを見たら他国に逃げた学者も戻ってくるでしょう、そして国の流通も進んで今より豊かになり、国の復興にも大きく拍車がかかることと想像できます」
サブリナ様は無表情で口をつぐむ。
しかし魔族の血が入っている私には分かっていますよ。今の言葉にかなり心が動かされていますね?今すぐ頷きたい、でもここで確実じゃない話にすぐ喰いついてはいけないと口を引き結んで耐えていますね?
私はニカニカ笑いながら、
「後ほどそう毒について改めて教えてください、国に戻ったら早速そう毒を治す薬の開発を始めますから。…ああしかし、ろくに知識のないタテハ国の皆に新しい薬の開発などできるものでしょうか。
あーあ、薬の開発にこの国の頭のいい学者たちが関われば特効薬も早くできると思うんですがねえ!それでもやはりサブリナ様も発足したばかりで本当に魔力が強いかどうかも分らない国に人を派遣して貿易するなんて、そんなのはやっぱりお嫌ですよねえ!ねえ!?」
白々しい言葉の数々にサブリナ様は無表情を段々と崩して笑いだした。
「断れない場所に言葉で追い込むのはおやめくださいませ」
「おや断ってもいいのですよサブリナ様。別に私は何も困りもしません」
「そうしたらそう毒について何も解決しないではないですか。全く人の足元を見て…」
サブリナ様はおかしそうに口角を上げながら、
「本当に、その特効薬とやらは開発できるのですか?」
「ええ、きっとできます。あの質のいい魔力のこもった薬草、部族の薬の知識、それにこの国の学者の知識が重なれば必ず」
「…」
サブリナ様は指をもてあそびながら黙り込んだが、それでも顔を上げた。
「兵士を三十人、学者を十人、大臣かその代わりになる立場の者一人をあなたにつけます。本当にそちらと貿易を結んでいいものか、そして本当に質の良い物があるのか確認してからあなたの返事に応えましょう。それでもまずは大臣たちに意見を聞いてからです。
…あなたとあの方の部屋を用意させましょう、こちらの話し合いが終わるまで待っていただけますかしら」
自分一人で決めず周りの意見も聞こうとするその対応もとても素晴らしい。
「色よい返事を期待しておりますよ、私の小さな娘のサブリナ様」
手紙に書いてあったものを参照し言うと、サブリナ様は吹き出して口を押さえて肩を震わせている。
「はい、お待ちくださいませ。私の大事なお父様」
「…」
いけない、冗談で言われてるのに泣いてしまいそうだ。
ふふ、と笑いながらうつむくとサブリナ様は「ところで」と身を乗り出した。
「あなたは先ほどから私の居る国とおっしゃっていますけど、もしかしてそれは道化師としてではなく大臣の立場におられるのですか?」
「何を、私は世界にまたがり悪いことをし過ぎて国に幽閉の身になっています」
「また…」
真実を語るとまたサブリナ様は笑う。
…でもいい、こうして笑っていただけるのなら私だって本望です。
一つの店だろうと部署だろうと国だろうと、NOと突っぱねる面倒くさい人は一人必要だと思ってます。
皆イエスマンでトップが変なノリになって変なことにさっさとゴーサイン出したら、その変なこと押しつけられて奔走して尻ぬぐいして大変になるのは最下層にいる私たちですからね。というずっと下層部で働いてきた者からの意見。
昔、何にでもNOと突っぱねる人が上層部に邪魔だとクビにされた瞬間から形態がブラック化した職場にいたから私は分かる。まともなNOが言える人は必要。




