お別れ
ギューッとしばらくハグされた状態でミレルにしばらく拘束されていたけど、ようやく離れたミレルは私の手を握った。
「それじゃあエリリン、元気でね。また会おうね」
「ええ、それまでミレルも元気でね」
出発となった今日、ケッリルとミレルとビルファが村の入口まで見送ってくれて、最後のお別れとばかりにミレルと長いハグを交わしたところ。
こんなにも長い間一緒だったから離れるとなると寂しくて、お互い手を握りしめながら手をブンブン上下に振り回す。
すると視界の端に何かが映ったから視線を横にずらすと、アレンが良い笑顔でミレルに対して腕を広げている。表情から察するに私が受けたようなミレルからの長時間のハグを期待しているんだと思う。
私だったら何を馬鹿なことしてるのよ、と知らないふりをしてそっぽ向くかもしれない。でもミレルは素直にギューッとアレンにハグをした。
「アレンも元気で」
「ミレルも元気でな。ザ・パーティまた俺買うから」
私はケッリルとビルファとも握手をする。ケッリルと握手をした時はその暖かい手にドキドキした。でもミレル以上に一緒だったケッリルとのお別れも…やっぱり寂しいものだわ。
「元気で、君たちの無事を祈ってるよ」
ケッリルにそう言われて私も微笑み、
「私たちもケッリルたちの幸せを願っているわ。これからはミレルにビルファにヤリャナに…皆を守ってあげてね。ケッリルが居るだけで皆心強いはずよ、私たちだってそうだったんだから」
「何を…。私は勇者一行の君たちにおんぶに抱っこをしていただけだよ」
何でこんな最後の最後まで勇者一行には敵わないってスタンスでいるのよ、サードを一人でホールドできるくせに。
おかしくて思わず笑っていると、ケッリルは何で笑われたのか分かってなさそうに私を見ている。
「ではそろそろ行きましょう」
サードの声に私たちはまた皆で握手をして立ち去ろうと背を向けると、向こうからドヤドヤ歩いて来る人たちがいる。見た感じ旅人かしらと思っていると、
「あ!勇者御一行様!」
親しい人に声をかけるような感じでそのまま駆け寄られ、私たちは全員でその人たちを見た。見たところ全員が年配の見た目の人たちで…ええと、どこかで会ったことがある人たちかしら…見たことがあるような無いような…。
すると不思議そうにしげしげと見ていたサードはふっと顔つきを変えた。
「もしかしてあなた方は、マジックショーの…」
そう言われてハッと気づく。
そうよ、年配の見た目だけどよくよく見たらマジックショーのあの人たちの面影はしっかり残っているわ。
でも何でここに?確かこの人たちと会ったのはもっと遠い国だったはずだけど。
元の年齢に戻った団長のヤツザリは目じりにしわをため、メタボのお腹を苦しそうに弾ませながら頭を何度も下げる。
「あの山羊男を倒してくれたのでしょう、本当に、本当にありがとうございます!」
正確にはレーシカという愛と美の神によって骨抜きにされたサタラナゴートが魔術を解いたんだけど…まあこんなミレルたちに見送られている最中なのに立ち話しながら長々と説明するのはちょっとはばかられるから、私たちが倒したってことにしておいていいか。
するとサードは警戒するように腕を組んで、
「このような所まで来て、また何か妙なことに首を突っ込んだのではないでしょうね」
と言うとヤツザリはとんでもないとばかりに首を横に振った。
「我々もあのことは非常に後悔しているんです、そして周りに迷惑をかけていると知りつつ知らないふりをして、とんでもないことになってしまった…」
ヤツザリは申し訳なさそうに視線を落としたけど、顔を上げる。
「ともかくお礼と現状をお伝えしたくて、勇者御一行を探してここまで来たんです」
「現状?」
何よ現状って?
聞き返すとヤツザリは舞台に立っているかのような笑顔に切り替わって、ハキハキとした喋り方で背筋をのばし、
「よくぞ聞いてくださいました!」
とパチンと指を鳴らした。
すると後ろにいた団長の奥さん、ギャザともう一人が誰も立っていない場所に大きい布をバッと広げ、そしてその横でドルルルルルル…と他の人が口でドラムロールを真似た声を出す。
そしてテェン!とシンバルの音も声で再現されると同時に広げられていた布がパッと放され、その布の裏から現れたのは手を繋ぎ高く掲げている若い男女…。
…誰?
「ヒューイ、ありがとー!」
「いえー!拍手ー!」
いや、誰?
私たちの困惑なんて気にせず、二人の若い男女はテンションも高く自分たちでパチパチと手を鳴らして一回転する。すると女の人の後ろにはキョトンとした顔の赤ん坊がおんぶされていているのが一瞬見えた。
「え、もしかしてその赤ん坊って」
アレンが何か分かったような顔をして指差すと、ヤツザリはウンウンと頷く。
「私たちに弟子入りをしようとして、そして赤ん坊が消えてしまった…あの夫婦です」
奥さんの女の人は幸せそうなホクホク顔で背負っている赤ん坊を揺らし、
「この子が居なくなって数ヶ月もたって、もう見つからないかもって諦めかけてたんだけど、この前目覚めたら腕の中に戻っていたの」
「なんだったんだろうなぁ、何かの魔法でもかけられてたのかなぁ」
旦那の男の人も不思議そうにそう言いながらもすぐに笑う。
「でもこれでこの魅惑のマジックショーの一員になれるから良かった良かった!」
…どうやらヤツザリたちはこの夫婦に自分たちのせいで赤ん坊が消えたことは伝えていないみたいね。
それでも消えた赤ん坊が無事に戻ってきたのなら、夫婦はそれでいいのかも。それに関しては本当に良かった。
私たち全員がどこかホッとした雰囲気で、ヤツザリは反省しているような自虐的な笑みを浮かべる。
「…若返りたい気持ちは正直まだあります」
そんなことを言うヤツザリにガッと視線を向けた。
まさかまだ若返るために何かしようとしてんじゃないでしょうね!?
するとヤツザリは慌てて手を動かしながら、
「あ、いえ、本当に反省しているんです、そんな気持ちがあってももう一度あの山に行こうとかそんなのは全然思っていません!」
ギャザも広げた布を畳みながら何とも言えない顔で笑う。
「結局あの占い師が最初に言ったのを素直に聞いていればよかったのよ。若いころの自分と比べても何も始まらないんだから、今を受け入れてできることをやるっていうのを…」
そういうと手が震えているジックも苦笑いした。
「結局あの山羊男の言う事も聞くことになっちまうが…俺たちがこれから出来るのは後継者を作ることだ、これ以上体がどうにかなる前に、俺たちのマジックを後の世に残すこと、それだって分かった」
「その後継者が俺たちってことですね!」
若い旦那がキラキラ輝く目で前のめりで聞き返し、ヤツザリも腰に手を当てながら頷いた。
「そう!君たち夫婦には期待しているからね!なんてったって期待の新星なんだから!」
夫婦はヒャッホウ!と喜んで飛び上がる。
それでもサードは…何か言いたげな雰囲気でいるわね、多分だけど心の中で「何が期待の新星だよ、そいつらしか後継者がいねえだけだろ」とでも毒ついているんじゃないしら。何となく。
そこでヤツザリは舞台に立っているような雰囲気を消し去って、改まった様子で私たちに向き直る。
「ともかく、お礼とこの夫婦一家のことを伝えに馳せ参じたのです。…勇者様に最初見捨てられたのが、人として最低だと見下げられたのが恥ずかしくて…。元に戻ったら絶対に直接謝罪とお礼をと思っていたので」
「…ところで」
ケッリルが不意に口を開いて、皆の視線がケッリルに移る。そしてフードで顔を隠していないケッリルの顔を見たギャザに若い夫婦の奥さんはハワッと口を手で押さえてポー、と見とれてしまっているわ。
そんなことに気づいていないケッリルはギャザに近づき、
「あなたは以前占い師に会ったといっていたが…その占い師は紫色の髪の毛で黒い肌、口紅をつけていて金の飾りをジャラジャラとつけた男では?」
「え、ええ、そうです…そんな人でした…」
ケッリルに話しかけられたギャザはポワーンと頬を染めフラフラと近づいて、その後ろを若い奥さんもフラフラついていく。
それを見たヤツザリは慌てて「これ」と引き留めて、若い旦那も自分の奥さんを引き止め、慌ててヤツザリに向かって、
「団長、そろそろ準備を始めないと今日の夜の興行に間に合いませんよ!」
するとヤツザリも、
「そ、そうだな!では勇者様方御機嫌よう!本当にすみません、そしてありがとうございました!」
ケッリルの魅力に捕まってしまった女性陣二人を引っ張り、すごくグダグダな感じで話を締めてからマジックショーの皆は素早く去っていった。
マジックショーの人々の姿が見えなくなったころ、ガウリスはケッリルに聞く。
「先ほど言っていた占い師というのはケッリルさんのお知り合いですか?」
するとケッリルは首を横に振って、
「知り合いという仲ではないが…一度会ったことがある占い師かもしれない。以前に団長の妻が言っていた占い師の喋り方の特徴があまりにも似ていたからもしやと思っていたが…まさかこんな所で繋がるとは」
アレンは「へー」と言いながら、
「会ったって、いつ?俺らと一緒になる前だよな?」
「そう、黒魔術関係の情報を集めていた時だ。中々目的の村の情報が手に入らないまま十年近くたって…。さすがに十年何の進展がないと心が折れてしまってね…でも何の手掛かりもなく帰ることもできないと毎日悩んでいたんだ」
いや、普通の人だったらその半分の五年程度でとっくに心が折れていると思うけど。
「そんな時にその占い師に声をかけられたんだ。今日でこの町を立ち去るつもりだからこの町最後のお客ということでタダで見てあげましょうと」
ケッリルはそう言いながらその占い師のことを思い出しているのか、ボソボソと呟くように、
「思い返せば思い返すほど怪しい見た目の占い師だった…確かに当たる占い師ではあったが怪しかった…」
「そんなに?」
ミレルの言葉にケッリルは頷いて、
「見た目が一般的に頭に思い浮かべる占い師そのものだったんだよ。深い紫色のベールに身を包んで、そのベールと同じ色の紫色の長い髪の毛で目は隠れているし、金の飾りを首と手首にジャラジャラとつけていて…。それにタダで見てやるってその言葉が一番怪しかった」
「でも見てもらったんだ?」
「うん、まあ…。普段は占いなんて信じないが、あの時は心が折れてしまっていたからつい…」
「で、その占い師に何言われたのさ」
ミレルの言葉にケッリルは頷き、
「見つけたいものが見つからないみたいですネ?と言われた。…私の今の言い方は似ていないが、占い師の口調はあの団長の妻が以前に真似したのと全く同じだったよ。それと共に西北の方向に行くといいと言われた」
そしてケッリルはつらつらと続ける。
「占い師はこう言った。『西北に向かうとあなたの命が危険にさらされる、一度死ぬような目に遭うかもしれない、ただし決して希望を無くしてはいけない、あなたの頭の左側にキラキラしたものが見える、それは希望を持っていれば希望を背負った者からの援助を受けられる兆しに私は思える。はい終わり、でもどうするかはあなた次第なのであとはお好きにどうぞ』
まあとりあえず言うことを聞いて西北に向かった先の宿屋で、ウチサザイ国のバファ村に捕まって命からがら逃げた旅人と会って、あとは一気にウチサザイ国にたどり着いた。…偶然と言われれば偶然とも取れるが、それでも死ぬような目にも遭ったし君たちみたいな希望を背負った勇者御一行からの援助も受けられたし…思えば全てがあの占い師の言葉通りになったな…」
「覚えていなさいだって」
急にビルファがそんなこと言うから全員の視線がビルファに集中する。ビルファは私たちをニッコリ微笑みながら見上げて続けた。
「きっと君たちに必要になるからその占い師を覚えていなさいって、レーシカが言ってる」
それを聞いたケッリルはギョッとした顔で、恐る恐る聞いた。
「居るのかい…?おじいさ…レーシカが?どこに?」
「さあ?どこにいるのか分からない。多分ずっと上、けど近い所」
さも当然のように言うビルファを見て、ケッリルはどこか感心したような呆けたような顔で、そうか…と空を見上げていた。
上杉謙信は毘沙門天を信仰し、自分は毘沙門天の生まれ変わりと称していて、何か配下に毘沙門天像の前でやらせる約束事(儀式?)をしなければならない時、あまりに切羽詰まっていたので、
「ああもう時間が無いから自分の前でやって!いいから!」
と言ったエピソードがあります。
自分が毘沙門天の生まれ変わりだからって自分の前でやれとかwみたいなお笑いエピソードとして伝わっていますが、毘沙門天の何かしらの儀式を通過したら毘沙門天と一体化できるそうですね。(※あれこれ勉強し修行した坊さんに限るので中二病の人は勘違いしないように)
つまり上杉謙信の「自分の前でやっていい」は「自分と共に毘沙門天いるからギリオッケー」的な意味だったんだと思います。




