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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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船のチケット

私は目をキラキラさせて杖を思わず握りしめ、目の前の海を眺めた。


「これが…!海…!」


「そうそう、これが海」


「あれが…!船…!」


「そうそう、あれが船」


「これが…!潮の匂い…!」


「そうそう、潮の香り」


「これが…!海の風…!強い…!」


「そうそう、後で全身しょっぱくなるぜ」


感激の言葉を言い続けているとアレンが丁寧に返事をしてくれて、私は全身しょっぱくなると言われてパッとアレンを見た。


「うそ、体がしょっぱくなるの!?」


「うん。子供のころ一日中船の上にいたとき何となく服かじったらしょっぱかったぜ。風に乗って海のしょっぱさが来るんだろうなぁ」


「それは汗では…」


ガウリスはアレンの言葉に思わずツッコミを入れている。


まあそれは置いておいて初めて見る海…。

まぁ頭の中で思い描いていた砂浜じゃなくて船が停まるための港だけど、それでもザプザプと音を立てては石畳の壁に当たる波の音に興奮して、スキップしそうなくらい心がウキウキして足が落ち着かない。


すると前を歩いていたサードは表向き用の爽やかな顔で振り向いた。


「これから今日泊まる宿の手配と情報集め、船に乗るチケットの購入を同時に進めたいと思っています。

ガウリス、あなたはエリーと共にあなたの国へ行くためのチケットを購入してきてください。値段に糸目はかけません。高くても安全な船で、全員個室で鍵付き、できるだけエリーにはいい部屋をあてがうよう願いいたしますね」


「分かりました」


ガウリスもこの半月で馴れたもので、サードの表情と態度がコロコロ変わっても特に気にならないみたい。最初から裏の顔を見ていたから急に表向きの表情になった時には「え!?」って驚いてたけど。


「では私とアレンは情報を集めながら宿の手配をしてまいります。二時間後にまたここで落ち合いましょう」


サードとアレンは歩いて行くから私もガウリスを促して船のチケット売り場に歩き出した。


賑やかな人通りを歩いていくと次第に看板が多くなる。


『○○国行き』『格安!○○国行き』『豪華客船、一年の船旅ツアー受付中』…。


普通の移動手段としての船から旅行専門の船まで色々あるみたい。

あちこち見渡すけど、あまりにも数が多過ぎて目的のチケット売り場が探せない。


ガウリスもあまりの多さにこれは探すのが大変そうと思ったのか、


「私は向こうからグルッと見てきますね」


と歩き出して、それなら私は反対側にと思って歩いていく。


「えーと、ガウリスの国は…」


確かサンシラという国だったはず。


「えーと、サンシラ行き、サンシラ行き…」


呟きながら探していると、ガウリスと離れてすぐの所にサンシラ行きのチケット売り場を発見した。


「あった、サンシラ行き!」


こんな近くにあるならガウリスと二手に別れなくても良かったわと駆け出そうとすると、急に肩をガッと掴まれた。


ガウリス?


振り向くと、そこには見知らぬ中年のおじさんのにこやかな顔がある。驚いているとおじさんは、


「姉ちゃん、サンシラに行きてぇのかい?うちの船は高速船だから普通一ヶ月半かかるところをなんとその半分で行っちゃうよ!どうだい!」


と声を張り上げて声をかけてくる。


その言葉に周りをうろついている人々も私に顔を向けた。


「姉ちゃん、サンシラ行きてぇんだったらこっちの船のほうがいいよ!可愛いからまけとくよ!さあ!」


「いやうちの船は全部個室で頑丈な鍵もついてて安全やで!レディース割引もついとるで!値段も勉強しまっせ、どや!」


「こっちの船は食事は有名どころのシェフが料理し、くつろぎの空間を味わいながら船旅の冒険ができますよ!いかがですか!」


まるでうちの船を選べとばかりにワラワラと近寄って来る圧の強い人々に、内心「ヒィィィ」と悲鳴をあげる。


いつもこういう交渉や対話はサードとアレンが前に出て対応して私は後ろで話がまとまるのを見ているだけだから、こうやって囲まれるとどうしたらいいのか…。


「あ、あの私…もう決まった船が…」


しどろもどろに断ろうとすると、


「いやいや、うちの船はいいよ!まず内容だけでも見てって!」


「いやいやうちの船を先に見てってや!」


「絶対後悔させません!うちにどうぞ!」


おじさんらにぐいぐいと引っ張られて、そのおじさんらを見てさらに呼び込みの人たちがワラワラと寄ってきて、うちにうちに、と至るチケット売り場に引っ張りこまれそうになる。


ヒィィィ、とパニック状態でいると、ふっと影がさした。

泣きそうな顔で見上げると、ガウリスが立っている。ガウリスの巨体に周りの人たちが一瞬言葉を無くして、何人かはそそくさと去っていった。


「女性をそのように引っ張ってはいけませんよ」


ガウリスが落ち着いた声で周りのおじさんたちに声をかけると、おじさんたちはそろそろと私の服から手を離していく。


「あちらにおすすめのチケット売り場があると聞きましたので行ってみましょう」


ガウリスに肩を軽く押されながら勧誘の集団から抜け出して、ホッと一息つく。


「ありがとう、ガウリス。助かったわ」


ガウリスは私を見た。


「大丈夫ですか?随分と引っ張られていましたが…他に痛い目にはあっていませんか?」


「ええ私も服も大丈夫、服は丈夫な装備品だからおじさんに引っ張られたくらいじゃ何ともないわ」


ガウリスはわずかに眉をひそめ、自分が傷ついたような顔でうつむいた。


「勇者御一行の女性なのにあんなに雑に扱うなんて…」


「…」


他人のことなのにこんなに落ち込むなんて…ガウリスって本当に良い人だわ。心配されて嬉しいけど、それよりもそんなに落ち込まなくてもいいのに、って笑いがこみあげてくる。


「三人一緒だと勇者一行だって囲まれやすいけど、バラバラだとそうでもないのよ」


私たちの存在は世間に広く伝わっているようだけど、私たちは雑誌とか新聞には顔を一切出していない。


それは自分の顔が無駄に広く知れ渡るのをサードがとにかく嫌っているから。

どうせ三人揃ったら勇者御一行って騒がれて顔も見られるんだから、別に今更顔が広く知れ渡ったってどうでもいいような気もするんだけどね。

それでもサードはできる限り自分の存在を世界に広めたくないみたい。


そうやって自分の正体をとにかく隠そうとする所も過去に薄暗いものがあるからなのかなーって思えるのよね。


まあ私も身を隠すために故郷から出ているようなものだから、顔が知れ渡って私が偽名を使って勇者御一行になっているのがバレたら騒ぎになりそうっていうのもあるのかもしれないけど。


とにかく黒髪の紺色の鎧をつけた剣士サード、金髪で白いローブをまとった女魔導士エリー、赤い髪の高身長の武道家アレンの三人が揃った時・名前を聞いた時に勇者御一行だと分かる人がほとんど。

特にアレンの燃えるような赤い毛が目立つから、私とサードの二人だけだと勇者御一行だってほぼ気づかれない。


でも思えばアレンも一緒でこんなに人が多い町なのに不思議と勇者御一行ですよね、って囲まれなかったわ。何でかしら、いつもはすぐ囲まれるのに…。


あれこれ考えてふと隣を歩くガウリスを見る。


…もしかしてガウリスも交じって四人で行動しているから、「勇者御一行かな?でも三人じゃないから違うか」ってスルーされていたのかも。でもまぁ囲まれないならそれでいいけど。


そんなことを考えながら私たちはチケット売り場にたどり着いて、列に並んで順番を待つ。


次の方、と言われて私とガウリスは前に出た。


「サンシラ行きをお願いします。少々値がはっても良いので最も安全な船で四名。鍵付きの個室、この方には良い部屋をお願いしたいのですが」


ガウリスがサードに言われたことを余すところなくチケット売り場の女性に伝える。


女性はパンフレットのようなものを取り出して、カウンターの上に並べた。


「その条件ですとこの二つになりますが。こちらはサンシラ行きの商船、商船ですのでサンシラに行くまでに至る港町に立ち寄るので少々到着には時間はかかります。そしてこちらがサンシラへ直行する船。一度荷物の揚げ入れで港には寄りますが、商船ほど時間はかからないでしょう」


「値段はどうなの?」


さっきの勧誘のおじさんらに絡まれた件で、私もこういうことに少し慣れないといけないと痛感したから、手始めに値段を聞いてみた。


「商船は一人金貨一枚、直行型は一人金貨三枚になります」


き、金…?きん、金貨…?金貨なんていつも泊まるホテルでも使わない…。


耳を疑い思わず尻込みしたけど、一ヶ月半も乗りっぱなしだから妥当なの?…よく分からない。


金貨は一応私の財布にも入っている。でもこういう値段に関することも全部サードとアレンに任せきりだったから、一般的な値段が本当にさっぱり分からない。

値段に糸目はかけないとサードは言っていたけど、いざ購入してチケットを見せてから、


「何だこのクソ高え値段は!もっと考えて選べねえのかよボケ!」


って怒鳴られたりしないかしら…。


ガウリスをチラと見る。ガウリスも神殿で金貨とあまり関わりなく過ごしていたのか、金貨の言葉に口をつぐんでしまっていて、この値段で即決で買ってしまっていいものかと悩んでいるみたい。


「ちなみにお二人は冒険者…ですよね?」


売り場の女性が私とガウリスを見て聞いてきて、ガウリスは返答に困った顔をしたけど私は頷いた。


「こちらの直行型は冒険者プランがありまして、それだとお一人様で金貨一枚と銀貨五枚になりますが…」


ガウリスには当てはまらないけど、それだと半分も割引になるみたい。


「じゃあこれがいいのかしら」


商船のほうが安い、それでもサードの無駄を嫌う性格を考えると真っ直ぐ目的地まで向かったほうがいい気がする。


私の呟きを聞いた売り場の女性は説明を続けた。


「しかしこれには条件がございまして、割引く代わりにモンスターや海賊が襲ってきた際には優先的に前線に立って戦ってもらい、避難の際は一般のお客様の避難確認後に冒険者の皆様が避難する形になります。ですから安全を第一に考えるのなら商船をおすすめしますが」


そう言われて私は考えた。


割引こうが定価で行こうが勇者御一行の肩書を持つ以上、モンスターや海賊が襲って来たら部屋でのんびり船旅を満喫、ということは許されないはず。


『どうせ安くなるなら安いほうにしとけ』


そんなサードが言いそうな言葉が脳裏に流れてきたから、


「それならこの冒険者プランでお願いするわ」


と人数分のお金を出した。


女性は分かりました、とテキパキと処理を始めて、チケットを準備する。


「このサンシラ行きは明日の朝七時から乗船開始、十時には出発となります。乗り遅れてしまった場合こちらで返金などはできませんので、あらかじめご了承ください」


「しかし安全というわりにモンスターや海賊が襲ってくる場合があるのですね?」


気になったのかガウリスがそう聞くと、


「そうですね。頻繁(ひんぱん)にはありませんけど、(まれ)に現れることがあるんです。しかしこの船はお客様の安全を第一に考えた装甲船にもなっているので丈夫ですから、心配するほどのことはありませんよ」


と感情のこもっていないこなれた返答が戻って来た。


いつも同じようなことを言われていつも同じように返答しているのね、多分。


「どうぞ、こちらチケットと船の案内のパンフレットになります。一部屋だけランクが上の部屋を手配しました。無事の船旅をお祈りしています」


女性が事務的にチケットを渡してくるとガウリスは女性の手を軽く掴み、


「ありがとうございます。あなたにも神の愛と祝福を」


と手を額に近づけてからチケットを受け取った。


さすがにこの対応は普段されていないようで、女性は硬直して目を泳がせ、


「は、はあ…ありがとうございます…」


とモゴモゴと口を動かしてから手を引っ込める。


戸惑う女性の様子を見ているとガウリスからチケットを渡されたから、私は荷物入れにしっかりと入れてからガウリスに聞く。


「…あれっていつもやってるの?」


「あれとは?」


「あの、手を取って手の甲を額に近づけるの」


ガウリスは、ああ、と頷いてから微笑んだ。


「航海の無事を祈られたので私も感謝を込めてあの女性の幸運を願ったのですよ。感謝する時にはいつもやっています」


そのまま返答が終わったような雰囲気になったけど、ふと何か思い当たったような顔つきになったガウリスがかすかに心配そうな顔で私に聞いてくる。


「もしや迷惑になっていますか?」


迷惑っていうか、手を取って額に近づける行為を見ていると妙にこっちも気恥ずかしくなるっていうか…。


「そういうわけじゃないんだけど…ちょっと聞いてみただけ」


「私は何事にも感謝の心を、と教えられてまいりました。神殿に訪れた人にもあのように感謝の言葉を告げるのが一般的なことでしたので…」


じゃあ手を取り額に近づけるあれはガウリスにとってあいさつ程度のものなのかしら。

でも確かに神殿にいる時あんな風に「あなたに神の愛と祝福を」と祈りの言葉をかけられたら何となく良いことありそうで嬉しいかも。


「神殿の者たちは頻繁にやっていたのでつい祈りを捧げていましたが…。確かに神殿の外でやると少々妙でしょうか、神殿内ではありませんし私も神官の服装をしていませんし…」


ガウリスは、そうか神殿の外でやると妙なものかもしれないと納得した顔になって、ふと顔を町の中心にある時計に目を向けた。


「早めに終わってしまいましたね」


私も目を時計に向けると、サードに指定された時間にはまだまだ早い。

時計からわずかに視線をずらすと、ガウリスの喉元の光る鱗が見える。


場所的にネックレスとかチョーカーだって言われても違和感のない場所だけど、私の身長から見上げると喉元の鱗がとてもよく見える。それも一度気になったらどこまでも見てしまう。


もし私くらいの身長の人で思い切りのいい性格の人がガウリスを見上げたら、躊躇(ちゅうちょ)なく喉の鱗を触ってしまって、ゲキリンに触れるとかそんな状態になってガウリスが怒って暴れだすかも。

まぁそれが本当かどうかは分からないし、ガウリスが暴れる姿なんて想像できないけど。


そこでフッと頭に考えが浮かんだ。


「ガウリス、買い物に行かない?」


声をかけるとガウリスは時計から私に視線を落とす。


「何か入用ですか?」


「どうせ時間も余ったんだし、ガウリスの体に合う服がないか探してみましょうよ。港町は人も物も多いってアレンも言っていたからもしかしたら見つかるかもしれないわ」


「ありがとうございます。貴重な時間を私に割いてくださるエリーさんに神の…」


ガウリスは私の手を取って額に近づけそうになってから、ふと表情を改めてかすかに笑う。


「っと…、控えようと思ってもついやってしまいますね」


もう体と口が勝手に動いてしまうくらいガウリスは頻繁に感謝してきたのねと私も笑いながら、


「気にしないわよ、じゃあ行きましょ」


と歩き出した。

値段勉強しますよ、って言葉が何か好き。

口下手で交渉苦手だけど何か好き。


デスロールの言葉もなんか好き。

パンみたいで美味そう、ネオデスロールフ○パン♪みたいな。

バターロール食いてえ。


あとここ数年でなんか好きになった言葉は

「外交的ボイコット」

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