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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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雪原には

「町の人から聞いた話だとあそこら辺の開けた場所が例の白い花の咲く原っぱだって」


アレンの声を後ろから聞いて、白い息を吐きながらまだ日の昇らない暗い中を遠くまで目を凝らす。確かに一面には木々がなく開けていて、なだらかなアップダウンの斜面が遠くまで続いているわ。


それにしても冬の山だからどれくらい大変かと思ったけれど、プリンとパフェの二匹がやってきてサードとミレルが小競り合いしたこと以外は特に何事もなく花の咲く場所までたどり着いちゃった。良かった、と思う反面、あんなに心配していたのにすごく呆気なかったわと肩透かしをくらった気分。


けど原っぱ…とはいっても雪景色の広がる一面はとても広くて、プリンとパフェみたいな巨体の二匹でも余裕で駆けまわれそうなぐらい。


チラとプリンとパフェの二匹に視線を動かす。


すると二匹もこの開けた場所をウキウキとした顔で見ていて、私と目が合ったパフェなんて私に向かって、まるで「走っていいの?いいの?」と言っているように足をパタパタ動かして尻尾をブンブン振っている。


…可愛い。


でもここには魔族に近いモンスターが居るかもしれないんだから、好きにしていいわよ、なんて言えない。だから厳しい顔を作って、めっ、と無言で(いさ)めるとパフェはキュンキュン鳴いてションボリした顔になる。


その姿はまるで眉をションボリさせて落ち込むアレンみたい。あまりにそっくりでおかしくて、思わずクス、と笑ってしまった。


そうやってクス、と笑った瞬間。


パフェの目が突然見開いて、鼻にしわを寄せて私に向かって牙を剥き出し低く唸りだした。それにつられるようにプリンも私を見ると急に唸りだして、私に向かって伏せに近い状態になると前足にも後ろ足にも力を入れて今にも飛びかかってきそうな体勢に…。


「えっ」


私は思わず引いた。


ど、どどどどうしよう、私が笑ったから?笑われたのがそんなに嫌だった!?別に馬鹿にしたわけじゃないのよ、可愛くてつい笑いが漏れただけ…!


ビクビクしているとアレンが私の後ろに目を向けて、「エリー」と呼びながら私の腕を引っ張って指先であっちを見てと指し示す。


その動作につられるようにそっちを見ると…居た。


少し離れた木の後ろに上半身が裸で下に白い布をまとった姿の金髪の男が。


あの姿はヤツザリたちが言っていた姿と同じ。まさかあれがサタラナゴート?こんなあっさり見つけられるなんて…。


皆に緊張が走る。


その緊張が木の後ろのサタラナゴートにも伝わったのか、かすかにジリ、と下がり始めた。

逃げられると別の緊張が走ると、サードが表向きのにこやかで爽やかで優雅な物腰で話しかけた。


「あなたがここに居るという神の使いですか?」


サタラナゴートは緊張を解かず無言で木の影から様子を伺ってきている。


「神に仕えるあなたに会えたこと、ここに感謝いたします。私たちはなんて幸せ者なのでしょう、こんなにあっさりと素晴しい存在のあなたに会えるなんて!」


サードは大げさともとれる声付で言いながら少しずつサタラナゴートに近づいていく。


そんな風にサードが好意的に近寄るのを見て、ミレルはどこか混乱の顔で私にコソッと聞いてきた。


「あれ敵じゃねえの?」


「シッ、黙ってみてて」


サードはこうやって褒めたたえながらへりくだって近づいて、油断したところで倒そうとしているに違いないから。


それでもサタラナゴートはサードが近づくのにものすごく警戒して、逃げだそうとした。


「何を逃げることがあるのですか?我々はあなたのような天に近い方がいるという噂を聞きつけてここまで駆けつけてきた、あなたの信者になりえる者だというのに」


サタラナゴートはそれを聞くとかすかに足を止めて、別の木の影にサッと隠れてサードをジーッと見ている。


「冒険者だよね?」


「そうです」


あっさりと肯定するとサタラナゴートは数を確認するようにサードの後ろにいる私たち、それとまだ唸って攻撃態勢に入っているプリンとパフェを見る。


「ちなみにどこで僕のこと聞いたの」


「いえ、花が咲く時期にこの山に入ると戻る者はいないと地元の者に聞いただけです。しかしその花は体のいかなる不調も治すものと聞きました。それならばきっと花は神が人間に与え給うたもの、そしてあなたのような天の者に愛されて人々は戻りたくなくなったのだろうと考えたのです」


サードはそう言うと片膝をついて神に祈るかのように指を組むと、うっとりとした口調で続ける。


「我々は冒険をしてきてほとほと人の世が嫌になりました。もうあなたがたのような天の者に愛されどこか別の世界へ行って楽になってしまいたい。そう思いここまでやってきました、そこであなたのような存在に会える私たちは何て幸運なんでしょう、これも神のお導きあってのこと」


…普段のサードからは出ないような神様への信仰深い言葉、それに他力本願で依存的な言葉がポンポン出てくる…なんて流暢(りゅうちょう)な語り口なの、やっぱり大人だろと子供だろうとサードってこういう性格よね。


私は呆れたけど、どうやらサタラナゴートは今の言葉で心が動かされたみたい。

木の影でまるで自分は神だと言わんばかりに大げさに優雅な動きで手を天に向かって大きく広げる。


「よろしい。そんなに僕の信者になりたいなら許してあげよう。でも今すぐ武器を全部そこに捨てて。あと後ろの犬型のモンスターもどっかに追いやって。話はそれからだよ」


「分かりました」


サードの言葉に全員が、えっ、という顔をしたけれど、サードは腰から聖剣を取り外して軽々しくポイと雪の上に捨てる。貴重な聖剣をサードはあっさり手放してからこっちに引き返して来て、


「さあ皆さんも手に持っている武器を全て捨ててください」


と言いながら唸り声をあげているシビルハンスキーの傍に近寄り、


「ノース、ダー!」


と言うと二匹は唸り声をあげている声をピタリと止める。


「ハ、ミード、ニスタ!」


そう言いながらサードはグルリと遠くに指をさすと、二匹はサタラナゴートを警戒するような素振りをしながら後ろを向いて走り去っていく。


「何、なんて言ったの!あいつらどこに行ったの!」


木の影からサタラナゴートが警戒の声で叫ぶとサードは振り向きながら、


「あっちに行け、戻ってくるなと言っただけです」


すると今度はミレルが悲痛な声を上げる。


「なんで!連れてくって言ったのに!」


サードは素知らぬ顔でミレルの言葉を無視してガウリスを見上げ、軽く足を蹴り飛ばした。


「さっさと武器を捨てなさい!駄目な男ですね!ちょっとそこにしゃがみなさい!」


急にサードに罵倒されながらそこにしゃがめというジェスチャーをされたガウリスは、そんな…という顔をしながらも槍と盾を脇に置いてから雪の上に膝をつく。


「あなたはいつもそうやって周りから一歩遅れますね!全く」


サードはそう言いながらガウリスの胸倉を掴んで軽く揺らして文句を言いながらも、ボソッと何か呟いた。ガウリスはそれを聞いて何事もない顔で軽く頷いている。


「あなたもですよ、何をボーっとして突っ立っているんですか。あなたもそこにしゃがみなさい!」


今度はケッリルに絡んで文句を言い始めたサードだけれど、今のガウリスへの対応を見ていたケッリルは素直に膝をついて、サードはぶつくさと文句を言うように見せかけ何か伝えて、ケッリルは聞こえるか聞こえないかの小声で分かったと返した。

ケッリルへの指示は近くにいたミレルにも聞こえていたのか、去っていったプリンとパフェの方向を悲し気に振り返りながらもそれ以上何も言わないでジッと黙っている。


だったら私たちにも何か指示がくるかも、でもその前にどんな罵倒をされるのやら…。


ヒヤヒヤしながら待っていると、サードは何を言うでもなくチラと私とアレンを見て、さっさと武器を捨てろとジェスチャーだけをして目を逸らした。


…私たちには何の指示も無し?それじゃあガウリスとケッリルの二人でどうにかするつもりなの?

…ううん、そんなわけない。こうやって戦う時は大体いつも全員で一斉攻撃ってサードは言うもの。もしかしたらガウリスとケッリルに出したのは特別な指示で、私たちはいつも通りやれってことかしら。


いつも通りだとこんな時の私の役割は後方からの全力の魔法攻撃…。でもモンスター辞典にサタラナゴートは何かあればすぐ逃げるって書いていたんだし、逃げ出した所を周りの木でがんじがらめにするとか、雪で押し固めて捕まえるとか?


色々な可能性を考えながら魔法の杖を捨てて、アレンも(じょう)を捨てる。


私たちが武器を捨てたのを確認したサードは丸腰の状態でサタラナゴートの近くに寄っていく。


「あなたの言う通り武器も捨てて犬も遠くに追いやりました。さあこれであなたの信者にしてくれますね?」


自分の言う通りに動くサードと私たちを見てサタラナゴートもようやく安心できたのか、木の影から出て来て近づいてきた。


「でも冬にこんなところまでよくきたねぇ。大変だったでしょ」


「これくらい冷えた朝だと雪もしまっていて歩きやすかったですよ」


サードとサタラナゴートはお互い手も届きそうな位置まで進んで立ち止まった。


「それで?僕の信者になって別の世界に行きたいって?」


「ええ、我々全員で」


「ふーん」


サタラナゴートは私たちをじろじろと眺めてから満足気に腰に手を当てて微笑む。


「いいよ、本当は花の咲く時期に来た人限定なんだけどね。君たちがあまりにも哀れだから特別に望みを聞いてあげる。君たちだけなんだからね、こんな特別なことをするのは」


その舌ったらずな喋り方と柔和な顔で言われると心を許してしまいそうだけど…でもやっぱりダメ、柔和に見えるその目はいいカモがやってきたと馬鹿にして喜んでいる目だもの。ウチサザイ国でも散々見てきた目だわ。


…でもそう考えるとサードってそういう、いいカモがやって来たっていう薄暗い目を隠していつも優雅に爽やかに微笑んでるのよね。私たちは長年一緒にいるからほんの少し何考えているのかわかるけど…。

そう考えるとやっぱりサードが一番の危険人物だわ。


するとサタラナゴートはあごに手を当て、うーん、と言ってから続けた。


「それでもだねえ、今すぐ連れて行くのは無理なんだ。人間の世界が春になるくらいかな?その時僕は元々居た場所に戻れるから、君たちもその時に一緒に連れて行ってあげる」


「あなたは春までここにいるのですね?」


「うん、帰れる時期を逃したらしばらくの間戻れなくなっちゃうからあんまりここから離れられないんだ。人間の世界って気づいたらあっという間に時間が過ぎちゃうから」


サードの念押しのような言葉にサタラナゴートは頷く。

っていうことは、ここが魔界とわずかに繋がっているのは春になる辺りまでなのね。だからサタラナゴートも人間が来なくて実入りが少なくてもここに留まっていたってこと。


サタラナゴートはニコニコと…でも目尻はニタニタと笑いながら、


「だから春になったら君たちを連れて戻るよ。そうしたら神に愛されるようにしてあげるからね。だから楽しみにしてて。そうなったら君たちは永遠に神と幸せに暮らせるんだ」


連れて行くのは魔界でしょうに、平気な顔で嘘をついてくるわ。


呆れているとサタラナゴートは色々と企むような目つきでニヤニヤしながら視線と体を横にずらし、


「せっかくだし春まで君たちには僕の信者になる人を増やしてもらおうかなぁ…そうだなぁまずは…」


と呟いている途中、サードは目に止まらぬ速さでサタラナゴートの裾を引き上げて山羊の形状の足を掴むと上にあげ、目に映らないほどの速さでサタラナゴートの下半身を切り裂いた。


飛び散る血を見て驚く。

切り裂いたと思ったけど、切り裂いたって一体何を使って?聖剣はさっき投げ捨てて…あ、いつも持ってるクナイ…?


「ギヤアアアアアアアア!」


そんなことを考えている間にもサタラナゴートからつんざく絶叫が飛び出して逃げようと全力で跳ねて暴れ回る。それでも小さい体のサードのどこにそんな力があったのか。逃がさないようにありったけの力でふんばりサタラナゴートの足を掴み続け、そのまま足をねじった。


同時にゴキ、と鈍い音がしてサタラナゴートの山羊の足が取れ、その足をサードは遠くに投げ捨てる。


「イヤ"アアアアア!いだい~!いだいよ~…!」


サタラナゴートはヒンヒン泣きながら下半身を隠していた布を赤く染めて、股関節を押さえてうずくまってもがいている。目の前で急に起きた出来事に驚いたのか、ミレルは絶句していてわずかに腰が抜けたのかケッリルにもたれかかるようにしがみついていた。


「…おい、サードお前まさか足と一緒にあれを…!?」


アレンがゾッとした顔で股を押さえ内また気味になるとサードは何言ってんだこいつ、という顔ながら表向きの顔でアレンを向く。


「鹿の足は筋を切ったらすぐに取れますから足をもぎ取っただけですよ。山羊の足も似たようなものだろうと思ったので。こうすれば走って逃げるのは抑えられますからね」


サードの言葉を聞いてサタラナゴートは瞬時に私たちが敵だったと認識して、騙されたんだと気づいたのか憎々し気な顔で涙を流し歯を食いしばりながらサードを睨みつけて聞き取れない言葉を呟く。


すると切り落とされ投げ捨てられたサタラナゴートの足がズルッと動いて元々あった場所へと戻っていく。するとすぐさま立ち上がったサタラナゴートは「いだいよ~」とヒンヒン泣きながらも、呪文のような言葉を唱え始めた。


と、雪原の雪がモコモコと盛り上がり始める。


…これ、雪を使って攻撃しようとしているわね?させないわ!


バッとイリニブラカーダを発動して自然に関する魔法を封じる。

するとモコモコと動いていた雪は少し盛り上がった状態のまま動かなくなって、サタラナゴートは「ええ?」と絶望的な声を出しながら同じ呪文を唱えるけれど、それはもう効かないわ、だって私が居る限る封じ込められるもの。


絶望的な顔をしていたサタラナゴートはフッと私を見て、魔導士の私が何か自分の術を封じたんだってすぐに察したみたい。それと共に自分ではもう敵わないってことも察したような…。


「………」


ブツブツとサタラナゴートは何かを呟いているけれど声が小さいのと雪に音が吸収されているので何の呪文を唱えているのか分からない。


今度は何の呪文?


睨みつけて次の攻撃に備えると、うっすらサタラナゴートの体が透明になり始めていく。そして痛みで涙を流しながらも勝ち誇った顔ではやし立ててきた。


「バーカバーカ!これは転移の魔法だ、お前らなんかに絶対に捕まらないからな!ザマァみろ!」


え!転移魔法!?

どうしよう、転移を阻めるような魔法は私にない…!ないけど…!


「だったら逃げる前に倒すまでだわ!」


そう言って攻撃しようとするとガウリスが叫ぶ。


「待ってください、まだ倒してはいけません!もしかしたらサードさんたちを大人に戻すためには本人が術を解かなければいけない可能性もあるのです!」


「え!?」


何それ、倒すだけでどうにかなるんじゃないの!?


するとサタラナゴートは今の短い会話でどうして冒険者の私たちがここにやってきて、どうして自分が狙われているのか線が繋がったみたい。


「そうか、君たちあのマジックショーの人間たちの近くに長く居て、都合が悪くなるぐらい若返っちゃったんだ…?アッハハハ!だったらそうだよ、僕が解除しないと若返った差分の年齢は元に戻らないよ!だって僕が別の場所に保管してるからね!」


そう言いながらどんどんとサタラナゴートの姿が薄くなって今にも消えそうになって、舌を突き出し馬鹿にしてくる。


「けど誰が返してやるかバーカバーカバーカ!一生困れバーカバーカ!」


あああどうしよう、もうサタラナゴートが消えてしまう…!

各宗教の悪魔は大体がメソポタミアの神々・精霊だと本で見た時には興奮しました。だからソロモンの72柱の魔神と西洋の悪魔がこんなに被ってるんだ!あれ同一人物だったんだ!って。

でもこれだけ世界中に広まったんだからメソポタミアがどれだけ周囲に大きく影響を与える存在だったのかよーく分かりますよね。

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