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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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吹雪の中で

『シビルハンスキー


一部の冷寒地帯に生息していたシビルハンという犬種が突然変異で巨大化したモンスター。動物のシビルハンと区別を図るためモンスターはシビルハンスキーという名前になっている。

動物が巨大化した型のモンスターは通常攻撃性が高く狂暴であるが、シビルハンスキーは主人と仰ぐ存在がいれば通常の犬と同様に良く懐く。ただし人間社会から離れ生活を送るものに関しては野性味が強く、目をつけられたらその巨体に有り余る体力、家畜をくわえ軽く引きずる力、雪道や氷上など足場の悪い所も楽々走るなどの特性があり戦うのも逃げるのも非常に困難。

だが空腹時や子育て時でない限り人型の者に自分から攻撃することのない個体が多いため、出会っても慌てずそっと離れるのをお勧めする。犬の特性と同じく走って逃げると追いかけてくることがあるためあくまでもゆっくりと逃げよう。

飼育を望むなら弊社出版『シビルハンスキー飼育法/シビルハンスキー愛好会・著』を読むのをお勧めする。


攻撃…鋭い爪に牙が特に危険。一噛みで牛の首の骨を砕いたという例がある

防御…毛皮は固く筋肉もあるため切れ味の悪い剣や並の棒だと攻撃は全く効かないが、それでも通常攻撃、魔法攻撃共に有効

弱点…方向感覚が他の犬型モンスターより劣っているので遠くへ単独で行くと元の場所に戻れないことが多い』


モンスター犬はシビルハンスキーっていう名前だった。


でもモンスターを倒すために存在するようなモンスター辞典なのにモンスターの飼育本を紹介してるし、シビルハンスキー愛好会なんてのも存在しているみたいだし…。

顔は怖いけど大人しくフレンドリーな性格の子が多いからか人から好かれているみたいね。


「お前とはここでお別れかぁ」


その日泊る町までそりを引っ張ってくれたシビルハンスキーの鼻面元をギュッとアレンが抱きしめて、犬もピスピス鼻を鳴らしながらされるがままになっている。


「やだぁ、ずっとこの子といるぅ」


ミレルも離れがたいのかシビルハンスキーの胴体にヒシッとしがみついて顔をうずめ寂しそうに目をウルウルさせているわ。


最後までこのおじさんとシビルハンスキーと国を横断する形になるんだと思っていたら、どうやらこの町でお別れみたい。

おじさんが言うにはこうやって短い町と町の往復でシビルハンスキーの疲弊を防ぎ、いつでも万全な状態で走れるようにしているんだって。


その話を聞いたサードは、ふーん、と言いながら呟いた。


「まるでエキですね」


そのサード言葉にガウリスが「エキ?」と聞き返すとサードは説明する。


「私が元々いた世界の本土に主にあったものです、大きい町と町があって、その間を行き来する馬がいて、その馬のいる場をエキと言っているんだと」


ガウリスは感慨深い顔で頷く。


「世界は違えど同じような制度はあるのですね…」


「結局効率の良い方法を突き詰めるとどんな状況下であれ同じような考えに行きつくのでしょう」


「なるほど、面白いですね」


…サードとガウリスってそういう話だと盛り上がるわよね。


するとおじさんは振り返って、


「でもここからが山道が厳しくなってモンスターも増えるんでね、不安ならボディーガードを…」


おじさんはそう言かけたけど、アレンとガウリスとケッリルを眺め、


「要らない世話ですか。まあ、お気をつけて、私はお客を探しに行きますのでこれで」


と言うと歩いていこうとするけど、シビルハンスキーにミレルを引っ付けたまま行ってしまいそうになっている。すぐさまケッリルがミレルをベリッと回収すると、


「ああ~…あの子と一緒にいるぅ…」


ってミレルは悲しそうなウルウルした目でケッリルにおねだりするように見上げるけど、ケッリルは完全に目が合う前にスッと視線を逸らして知らないふりをしていた。


そうしてその日は次の日に乗る乗り合いソリの受付を済ませてから宿泊。次の日出発、乗り合いソリで山道を進んで「私たちはここまで」とソリの御者に降ろされた町で次の日に乗る乗り合いソリの受付を済ませてから宿泊、次の日出発…とどんどん進んで行く。


ちなみに乗り合いソリの旅はどうかと言うと…。


まず寒さは装備のおかげでちょっと寒いけど耐えられるくらいで何とかなっている。

それでもやっぱりソリは各自の手作りみたいな簡素な作りだから正直乗り心地はあんまり良くない。

何より道も整備されていないから、雪が盛り上がって固まったところにソリがガンッと乗り上げて体が数センチフワッと浮いてからドスンと落ちたり、道の急なカーブでグーンとソリが道の外側の斜面にほんの少しはみ出て斜めになって落ちかけたり、木の幹にぶつかりそうになったり、細い枝がビシビシと当たってきたりとかなり危ない。


多分これ体を固定するベルトが無かったらあっという間にソリから放り出されてしまうわ。

だとしたらこんな手作り感満載のベルト一本に自分の身の安全がかかっているのかと思うとやっぱり不安になってくる。今の所どんな酷い揺れでもベルトが外れたなんてことは起きていないけど…。


むしろサードは縦横無尽に動き回るソリの揺れで五分もしない内に酔ってしまって、私がすぐさま無効化の魔法、イリニブラガータを使って酔いを止めておいた。それでも激しい景色の動きを目で追っていると気分が悪くなるようで、ソリに乗っている間は基本ジッと目をつむっている。


「サード大丈夫?」


ソリから降りて聞いたら、


「エリーが酔いをどうにかしてくれるので助かっています」


とサードは言っていたけど、それでも降りてしばらくはグッタリしている。私の魔法で酔いは抑えられても、体感で感じる激しい揺れと目を開けると映る目まぐるしい景色の移り変わりで気疲れが起きるみたい。


「そう?俺は結構楽しいけどなぁ」


基本ジッと時が過ぎるのを待つサードと違って、アレンは危ないって状況でも「ドヒャー」って叫びながら楽しそうに笑っているのよね。

ついでにガウリスは木の幹にぶつかりそうになったら槍で小突いてソリの軌道修正をして、ケッリルはミレルが妙な行動を起こさないようにしっかり肩を抱いている。


それでも普通に歩くよりはかなり素早く移動できているのは間違いないわ。


新雪が降って普通に歩くと足が埋まって歩きにくい中でもこのソリだと楽々と山道も通り抜けできるし、歩くとしたらゲンナリするぐらいの吹雪の日でも土地勘のある御者が「この程度なら大丈夫」と出発して、ちょっとやそっとのことじゃビクともしないシビルハンスキーが吹雪も山道の斜面も何のそので走っていく。


それでも乗るソリ全ての御者は私たちに同じことを言ってきた。


「あれ、大体いつもだとここら辺にモンスターが出るからシビルハンスキーを使って撃退してるんですけど今日は全然遭わないなぁ。いやぁお客さん、ついてますね」


シビルハンスキーは敵に回すとものすごく厄介な上級冒険者向けのモンスター。逆に味方であればものすごく心強い相棒になる。それも寒さに強いから冬限定の雪や氷系のモンスターが出たら御者の指示で攻撃して倒したり追い返したりして通り抜けているみたい。


そんな強いシビルハンスキーだけど、個体差があってもどの子も基本、人にフレンドリーなのよね。


撫でると尻尾を激しくブンブン動かしながら寄ってきてくれるし、木の枝を放り投げると何度もくわえては戻って来て、また投げて、と言いたげに私の足元に木の枝をポトリと置いてきてと可愛いったらありゃしない。


最初はシバッと勢いよく前足を広げて「ガルル…」と低く唸ってくる姿を見て、威嚇されてる…怖い…って思ったけど、御者曰くその唸り声はシビルハンスキーが遊びに誘う時の最大限に甘えた声だった。


そう聞いたらもう可愛さが爆発してキュンとしてしまって、それからは時間の許す限りシビルハンスキーと遊んでは可愛がっている。


でもそんな私以上にシビルハンスキーにメロメロになっているのはミレル。ことあるごとに、


「ねぇお父さん、この犬欲しい~」


ってケッリルにねだっては、


「ダメダメ」


と首を横に振られている。


「可愛いけど飼うの大変だよ~?一日の運動量も数時間は必要だし寒さには強くても暑さに弱いし食欲も旺盛だから餌代もかかるし元々モンスターでこの巨体だからちゃんとしつけないと下手したら喉元食い破られちゃうよ~?飼える~?」


御者の中にもうちの子自慢みたいにデレデレと話す人もいたけど、飼うならちゃんと飼える状況かどうか判断してからね、とミレルを諭す人もいた。

どうやらシビルハンスキーは人から大人気みたいだけど、飼うのはかなり難しいみたいね。まあそりゃあ元々はモンスターなんだからそりゃ難しいわよね…。


そうして今日もシビルハンスキーの引く乗り合いソリで移動中なんだけど…。


「今日は随分と吹いてるわね…」


雪が顔に当たると痛いからローブのフードを深くかぶって防寒具のマフラーで顔を覆って目しか出していないけれど、それでも隙間から雪がフードの中に入ってきてチリチリとした冷たさが出ている目の周りや耳を襲ってくる。


初めてだわ、こんな酷い吹雪は。

エルボ国も冬には雪が積もっていたけれど、何回かに分けてズンッと雪が積もったら春まで雪がそのまま残ってる程度で向かいに座っているアレンの顔すら見えないぐらいの吹雪が起きるなんてことはなかったもの。


チラと前を走るシビルハンスキーを見る…。


するとダイレクトに向こうから吹いてくる雪が目に猛スピードでズヒュッと入って来た。


「イ"ヤ"ァアア…!目が、目がぁあ…!」


「目を細めないと雪が目に入るよ」


目を押さえているとケッリルがそう声をかけてきた。

目を擦ってから薄目にしておく。すると鼻の上まで覆っているマフラー、それとフードから外に出ている髪の毛が私の吐く息で凍っている。


ああ…ウチサザイ国からちょっと離れた北側に来るだけでこんなに雪が多いし寒いなんて…。

いつも越冬で向かっていた地域はこんな厚着の防寒具なんていらないくらいなのに。


「今日は大事を見て次の町で終わりにしてもいいよな?この先は山道が多いんでこの吹雪の中だと危険なんだよ」


こんな大吹雪の中でもソリの後ろに立っている御者が吹雪の風音でもかき消えないぐらいの大声で伝えてくる。


「俺らはそれでいいぜ、すげぇ吹雪だもんな」


吹雪でろくに姿が見えないアレンが大声で返事をすると御者も「本当に、今日は酷い」って独り言みたいに言ってからシビルハンスキーの制御に戻る。


薄目のまま御者からシビルハンスキーに目を向けた。


まあ見たって吹雪の合間に黒い尻尾がチラチラ見えるだけだけど、こんな前も横もろくに見えない状況でもシビルハンスキーは全力で走り続けているのよね。シビルハンスキーにはこの先にある道が見えているのかしら。もしかして山道から逸れて走ってやしないわよね…まさかね…。


そう思いながら雪の中にチラチラ見えるシビルハンスキーの尻尾を見ていると、その黒い尻尾がヒュッと妙に横に逸れる動きをした。


ん?と思った瞬間、ゴッとソリが岩にぶつかったみたいな衝撃が走って、今までであり得ないほどソリが空中に飛び上がる。それもソリはそのまま落下するどころか段々と横になって…。


横転する!


そう思った瞬間にはもう私の魔法は発動されて、風を吹かせてグリンッとソリを元の状態にすると雪の上に何度かバウンドしながら着地した。ソリはそのまま走り続ける。


急な出来事に驚いて心臓がドックンドックンいっているけれどそれは皆も同じみたい。いつもだったら「ドヒャー」ってはしゃぐアレンですら何も言いやしない。


すると、またガンッと岩にぶつかって跳ね上がるような感覚でソリが浮かぶ。


「岩ですか!?」


サードが怒鳴るように聞くと御者は、


「ここにこんな岩なんてない!何だ!?」


って御者も半分パニック状態でとにかく手綱を持ってシビルハンスキーを一旦止めようとするような動きで手綱を引っ張ろうとする。

でもその動きをしたのもつかの間、アッと御者が何か思いついたように叫ぶと手綱を緩めて再びスピードを上げて走り出した。


「何!?何なの!?」


アレンもパニック半分でで質問すると、御者が口を開くのももどかしいという早口で、


「モンスターだ!この辺りに出る雪だるまの…!」


「雪だるま!?どこどこ!見たい!」


雪だるまの言葉にミレルが反応してはしゃぎ出すけど、御者はこんな状況なのに無邪気にはしゃぐミレルの声にイラッとしたのか怒鳴った。


「危険なんだぞ!その雪だるまに触れたら凍ってそのまま死ぬ!さっきのも凍った氷の塊をわざと置いてたんだ、奴らは山の中で体温の高い生き物を見つけると集団で寄って来てあの手この手で凍らせて食おうとするんだ!分かるか、俺らを殺そうとしてるんだぞ!」


その言葉に私は驚いた。


だってまさか雪だるまのモンスターがそんなに危険なモンスターだったなんて!?


きっと鼻はにんじんで目は木炭。ニコニコした枝の口元でピョコピョコと飛び跳ねては人に「えーいやっ」とダイレクトアタックして「ウフフ」とスタコラ逃げていくいたずらっ子系モンスターだと思っていたのに…そんな愛らしいモンスターじゃなかったなんて…。ああ、こんな状況だけど何かショック…。


「あんたら冒険者なんだろ!?雪だるまが現れたらどうにか応戦してくれ!俺は次の町まで全力で駆け抜ける!ヤー!」


その掛け声と共にシビルハンスキーの速度がグンッと早くなって、そりの揺れがガタガタと激しくなる。

それにその雪だるまの置いている氷の障害物のせいなのか何度もソリはバウンドして何度もひっくり返りそうになって、私は風を起こして真っすぐ着地すりょう直すけどあまりにもキリがない!


「もうエリーの魔法でこっから先の雪全部溶かしちゃったら!?」


「そうね、いいわよね!」


アレンが絶叫してきたから私も手を前に向けてイリニブラカーダを発動しようとすると、サード私の服を引っ張って叫んだ。


「雪が無ければソリ滑りません!やめる!」


「…」

サードも焦ったのか口調が変になった。…何かその変な言い方が可愛くてこんな状況なのにキュンとなる。


それでも確かに雪が無いとソリは走らないんだわ。でもそれだったら次の町までずっとこんな状況が続くの?次の町まであとどれくらい?


「尻いたいー」

「ミレル我慢しなさい」


ミレルはこんな時でもゴーイングマイウェイで、ケッリルも焦ってるのか焦ってないのか…。


「どわああ!」


すると御者が絶叫して、何事と前を見ると走ってたシビルハンスキーが急に横に逸れて止まった。私たちの乗るソリはそのままグーンと振り回されるまま大きく前に動いて…そんな吹雪で真っ白い中、フッと何か丸いシルエットが浮かび上がって見える。


その瞬間目の前の動きがスローモーションになって、吹雪の隙間から道の端から端までを塞いでいる雪だるまたちが見えた。


え、全然ファンシーな見た目じゃない。氷でギラギラ光る目、ギザギザした氷の牙が目立つ裂けた口元、それなのにその体は想像していた通りの丸いフォルム…。フォルムは可愛いけれど顔が凶悪すぎて不気味という感想しか出てこない。


それもソリはまだ止まらないでグーンと動いて雪だるまの方向へ突き進んでいっている。


目を見開いた。


このままソリが進んだら雪だるまに当たって凍る…!

雪道は怖いです。私は特に地吹雪、ホワイトアウトが怖いです。去年の地吹雪は本当に酷かった。

想像してください。隣を通り過ぎる対向車すらろくに見えず一メートル先を走る車のハザードランプすら吹雪で見えなくなり車が真っ白な景色に覆われ自分が今どこをどう走っているのかさっぱり分からなくなった時の絶望感。(後ろからの追突防止のため大体の車がハザード点灯しながら走っていました)

高い位置に運転席があるトラックは地吹雪の影響が少なくいつも通り走っていくので後ろをついていけば安心なんですが、その時はトラックすら覆う地吹雪だったようで安心のトラックですらちょっと進んでは止まってを繰り返していました。

しかもそんな天候だから出勤してもお店にお客さんほとんど来ないっていうね。

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