オレはやるぜ、オレはやるぜ
「見てたわよ!凄い踊りだったじゃないの!」
ホテルに戻って全員が集合したところで、私は興奮しすぎて思わずミレルとケッリルの服を掴んで激しく揺らしてしまう。
「でしょー、私踊り上手だったっしょ」
ミレルは褒められて当然とばかりの自慢げなドヤ顔でフン、と鼻息も荒く言っているけど、ケッリルは心から疲れている表情で、
「私は…目立ちたくなかった…」
「あ、アレーン、お金ありがとー。お父さんにたくさん物買ってもらったしいっぱい美味しいの食べたし弟のお土産も買ったんだ。お母さんのクレープは後で買うの」
「そっかーよかったなぁ、けどあれケッリルの金だぜ」
ミレルはケッリルのぼやきなんて耳に入っていないのかコロッとアレンに近寄って、ケッリルは本当にこの子はもう…!と言いたげなやるせない表情でミレルを見ている。
…親子なのに性格が本当に違うわよね、ケッリルとミレルって。
でも二人の踊りは本当に凄かった。
サードが不意にはぐれてしまったから探しながら歩いていたら、通りかかった舞台近くで急にざわめきが起きた。
何が起きたのと思わずそちらを見ると、ミレルが舞台に飛び乗ってコートを男らしく脱ぎ捨てたと思ったら、ニコ、と笑顔になって身軽に踊り出していて…。
あの時は舞台袖からミレルを回収しようと祭り関係者らしき人が舞台に一歩踏み出していたけれど、そのミレルの満面の笑顔を見ただけで「あ…いっか」という顔で引っ込んで、観客全員が一瞬でミレルに魅了された。
もちろん私も、アレンも、ガウリスも。
そういえば後ろで踊っていた男の人たちは誰の眼中にも入っていなかったわよね、あれ。
だってミレルが動けば全員がミレルを目で追っていたもの。今から思えばちょっと可哀想だったかも…。でもしょうがないわ、ミレルの踊りはそれくらい目が離せなくなるほど可愛くて、見ているだけで楽しくなってしまうんだもの。
ケッリルの踊りもそう。レイスの状態の時に武術を踊りに組み込んだっていう動きをしたことがあるけど、さっき見た踊りはあれとは全然違った。
ミレルの踊りとは全く違う力強く高いジャンプ、膝で着地して膝で回転しているのと思ってしまうような低さの連続ジャンプ…どう考えても人ができる動きの範囲を超えていて、観ている全員から「おおお…!」ってどよめきが起きていたわ。
そのあとは後ろで踊っていた男の人の一人がミレルを殴るような素振りを見せたらケッリルが反射的にその人を倒して、全員がケッリルを取り囲むように殴りかかっていたけどケッリルはただ踊っているだけで全員をほぼ一瞬で舞台に沈めビシッと決めポーズをすると、即座にミレルを抱えミレルのコートを持って舞台上から恥ずかしそうにそそくさと逃げた。
一流のパフォーマーから急に一般人になったような行動に客席からは笑いも漏れていたけれど、それでも絶賛する声に口笛に拍手が飛び交い続けて、そのままケッリルたちは人混みに紛れて見えなくなったけど…。
でもミレルって子供の姿でもあれくらい人の目を惹きつけて離さないくらいの踊りをするんだから、大人の状態で踊ったらどれくらいの華やかさになるのか…。ああ、見てみたい!
「ねえミレル。大人に戻ったらあなたの踊りをまた見せてくれる?」
その言葉にミレルはパッと笑顔になると、
「うん、エリリンのためならいくらでも踊ってあげっし!」
って軽くジャンプしながら私の手を握ってくる。
「…」
可愛い。
可愛すぎてギューっと抱きしめるとエヘヘ、と笑いながらミレルもギューっと抱きついてくる。
「これからですが」
サードの声に振り向いた。
「これからもっと山は道が険しくなります。夜のうちにもう一度食べ物と服、武器の確認をして必要なものがあれば朝のうちに購入してそのまま出発したいと思います。天気によって進む町も二つから三つほど変わりますが大丈夫ですね?」
「うん、そうだな大丈夫」
アレンが頷くとガウリスは続けて、
「ここら辺の方に聞いたのですが、今のところ天候は安定しているようです。それでも山の方は天候が変わりやすいとのことではっきりとしませんが…」
山の話題が出て、そういえばと続ける。
「お祭りで歩いているときに聞いたんだけど、山には冬の時期だけ現れるモンスターが出るみたいよ」
私の言葉にサードは真剣な目を向けてくる。
「モンスター?どのような?」
…こういうわずかな情報も聞き逃すまいって真剣な表情は子供のころから変わらないのね、サードって。…でも裏を返せばこんな小さいうちから色んなことに警戒して自分の身を守ろうと気を張るような人生を送ってきたのよね…。
思わず手が伸びてサードの頭をポンポン撫でる。
サードは一瞬黙って私を見上げていたけれど、ミレルが私の背後からピョコピョコ頭を見せて、
「ねえエリリン。サードってエリリンの顔が好…」
って何か言い始めるとフッと顔つきを変えて、
「やめてください、今私は子供ですが本当は大人なのでしょう、大人のように扱ってください」
と後ろに下がって私の手から逃げた。
「あ…ごめんなさい、つい」
「…まあ、別に…」
私から目をそむけてごもごとサードが何か言ってから顔つきを元の真剣なものに戻して、
「ともかく、どのようなモンスターが出るのです?」
って聞いてくる。
「えーとね、冬限定のモンスターだから雪から発生するらしいわ。氷細工みたいなモンスターとか、口から吹雪を吹くモンスターとか、雪だるま型のモンスターとか…」
「雪だるま!?」
ミレルが雪だるまの一言に反応する。
「雪だるま動くの!?すっげぇ見てぇし!」
ピョンピョン跳ねて喜ぶミレルに、ケッリルは少し呆れた顔をしてその頭を撫でている。
「ミレル。相手はモンスターだからお友達にはなれないよ」
「でも雪だるま動くのめっちゃ見たい」
どうやらミレルの頭の中はファンシーの世界に染まってしまったみたいで、目がとってもキラキラ輝いている。
サードはそんなミレルを無視して、それで、と私に目で話の続きを促してきた。
「でもリヴェルから貰った力…火山の精霊の力でオルケーノプネブマって言うんだけどね、それさえ使えば雪とか氷系のモンスターは大体倒せると思うからそういう冬限定のモンスターは心配しなくてもいいと思うの」
「油断はいけません。でも頼りにしていますからねエリー」
私は少し驚いてから今のサードの言葉をゆっくり噛みしめる。
頼りに…している…。
今までこうはっきり頼りにしているって言われたことあったかしら。普段サードってそういうこと言わないから何か嬉しい。
それに子供だろうが大人だろうが性格にぶれの無いサードがそう言うんだから、きっと大人の時のサードも私のこと頼りにしてるって思っているに違いないもの。
どうしよう、そう考えたらすごく嬉しい。
思わず頬と口元が緩んでウフフ、とはにかみながら笑うとサードは私をジッと見てくる。
ん?と見返すとサードはふっと我に返った顔でフイッと視線を逸らした。
「…ところでさぁ、サード…」
アレンが改まったような口調でサードの隣に近寄るとサードは、
「何か」
と早口でバッとアレンを見る。
「もう少しで隣の国に行くじゃん?そんで隣の国に乗り合いソリってのがあって、それに乗ったら雪道とか割とスイスイと進めるらしいんだけど…どう?」
「のりあいそり…」
「調教されたモンスターの犬が引くものでさ、雪で人が歩けないぐらいの山道の斜面もバリバリ走って連れてってくれるんだって。どう?それだと歩くより早く進めるけど…」
アレンはお得感を出すようなことを言いながらサードに伺いを立てるけど、サードは即座に返した。
「お金はいかほどかかりますか?」
アレンはかすかに、クッ…という顔になる。
多分アレンは子供になったサードならまだ交通機関にお金を割くかもしれない、それなら楽して進めるかもって考えていたんだと思う。
でも子供だろうが相手はサードよ。お金にがめつい所が変わってるわけないじゃない。
「お金は距離次第なんだけどぉ、一人だとこれくらい…」
アレンは紙に軽く計算したものを書いてサードに見せる。サードはその金額を見てから地図を確認し、アレンに視線を向ける。
「そのソリはどこからどこまで乗れますか?」
「ここが出発地点、それから乗り換え乗り換えで最後はここまでだから…国の端から端まで横断できるな。冬限定の乗り物で…犬だぜ?そりを引く犬、可愛いぜ?」
アレンはどうにかサードの興味を引こうとしているけど、サードがそんな言葉で釣られる訳ないじゃない。
「普通に歩いて進むのと乗り合いソリ、どちらがより安いですか?」
サードは表向きの顔ながらも嘘はつくなよとばかりに厳しい目でアレンを見据え聞いている。
アレンはやっぱ無理そうだなぁ…と残念そうにしながらも頭の中でチャキチャキと計算をしているらしく、少し黙り込んで隣の国の情報誌らしい紙を広げてから顔を上げた。
「んーまぁ同じくらいかなぁ。晴れ続きだったら歩きで行ったほうが格実に金はかかんねぇ。でもこっちより隣の国の雪の降りが酷いみたいでさ、雪のせいで足止めくらって先に進めないってこともざらにあるみたいだぜ。
歩きで仮に宿泊予定のあらゆる町で一日二日の足止め喰らった時の全員分の宿泊費と、乗り合いソリでずーっと進むのを考えると最終的に同じくらい」
サードは口をつぐんで軽く考え込む顔になる。
「乗り合いソリの安全性は」
「操縦者は土地に慣れてる人だから変に突き進むことはしないと思う。ただ壁と屋根のない吹きっ晒し状態だから俺らに必要なのは寒さを完全にしのぐ装備品」
なるほど、とサードは頷く。
「それならソリを使っていいかもしれませんね」
アレンは、やったぁ楽に進める!って顔全体で嬉しさを表していて、ミレルは、犬!犬触る!と今にでも犬を求め走り出しそうな目で鼻息を荒くしていた。
…二人とも考えが顔に出やすいわよね…。
* * *
「…え、勇者御一…」
アレン、ガウリス、そして私を見た乗り合いソリの受付の人がそう言いかけたけれど、それでも肝心の勇者サードが見当たらないし子連れだからか途中で口を閉じた。
ここは乗り合いソリに乗る申し込みをする場所。
ガウリスは受付の人に、
「六人なのですが大丈夫でしょうか。まずは次の乗り合い場までお願いしたいのですが」
と言うと受付の人は「六人ね…」と言いながらガウリスにアレン、ケッリルを見る。
「あなた方みたいにガタイのいい男が三人もいて他の人も乗せると手狭になるから、まとめて六人で行ってもらってもいいですか?」
チラとガウリスがサードを見ると、サードは、
「構いません」
と答えた。あとはさっさと手続きが進んで料金は先払い、それと乗り合いソリについての諸注意をされた。
ソリは壁がなく吹きさらしだからちゃんとした防寒具を着こんでいくこと、途中で凍え死んだとしても自己責任だということ、ソリを引くモンスターの犬に殺されても自己責任になるから下手に挑発するようなことはせず調教者の言葉に従うこと…。
「ではあちらにどうぞ、今すぐ出発できるソリが待機しています」
まあそう案内されなくても向こうに犬がいるのは最初から知っていたけどね。だって受付にたどりつく前から犬の吠える声が聞こえていたし、犬らしい獣臭がずっと漂っているもの。
そして今まさに人々を乗せた数頭の群れの犬が、冷えた風を切って目の前を颯爽と走って行った。
「うわぁ~!犬!でっかい犬!」
ミレルは大喜びで飛び跳ねて、ケッリルがミレルの手を握ってそのソリの後ろを追いかけないように引っ張って連れて行く。
「どうぞ、空いてます」
御者に声をかけられて、私たちはそのソリに近づく…。…。でも御者でいいのかしら、乗るのが馬車だったら御者だけどソリだと御者でいいのかよく分らない。受付の人はモンスターの犬の調教者って言っていたから調教者なのかしら…うーん。
少し悩んでいる間に御者?調教者?のおじさんはさっき受付で言われたのと同じようなことを繰り返し説明している。
「先ほど説明されたと思いますが念のためもう一度説明します。これは吹きさらしなので防寒具をちゃんとしてください、まあ皆さんくらいの服装でしたら大丈夫ですけどね、途中で凍死んだとしても自己責任、まあその程度の服なら大丈夫ですけどね。
あとソリを引くこの犬は調教していますがれっきとしたモンスターなので変にちょっかいかけたら遊びながら殺しにかかってくることもよくあります、ですので触る時は念のため私の目が届いている所でお願いしますね」
受付の人とは違う緩い雰囲気で説明をしてから、ソリにどうぞと促された。
ソリは手作り感が満載な雰囲気だわ。大きい木を長方形に切って、その内側をえぐって人を十人ぐらい乗せて運べるように下にスキー板のような足をつけられた箱型のソリ。そのソリの中には端々にベルトがつけられている。
多分ソリから振り落とされないようにするためのものなのでしょうけど…そのベルトもものすごく取って付けたみたいな手作り感があって…本当にこのベルトで大丈夫かしら…。
まあソリに乗ろうと歩き出すとモンスター犬がスカスカと地面の雪の匂いを嗅ぎながら移動してきて、私が乗ろうと近寄った場所の近くにデン、と座ってしまう。
…どうしよう、乗りたいけど近寄るの怖い…。この犬に殺されても自己責任って何度も言われてるし、やっぱりモンスターだから普通の大型犬と比べてかなり大きい。座ってるだけで私の背丈を軽く越しているじゃない。
横を通りがかって急にガアッと牙を向けられ襲い掛かられたら…。
軽くゾッとしながらもう少しモンスター犬の様子を伺ってみる。
…顔…怖い…。
シュッと締まった体格のせいで威圧される所もあるけど、何より顔が怖いわ。青く透き通った瞳の真ん中の瞳孔が黒々としていて鋭く厳しく見えて、その鋭い瞳を強調するような目の周囲の模様が余計怖さを引き立たせている…。
犬ってもうちょっと黒目がちで柔和な顔をしてヘハヘハワフワフ舌を出して笑っているような顔だと思ったんだけど…やっぱりモンスターのせいなのかしら、顔が怖い…。
するとモンスター犬がグルリとこっちを見てきて、思わずビクッと肩が揺れる。
そのままモンスター犬がスッと立ち上がってスカスカと私を嗅ぐように顔を近づけてきて、ちょっとした緊張感で体が固まる…。
すると調教者のおじさんは笑った。
「見た目は怖いですけど人が好きな大人しい子だから大丈夫ですよ」
「触っていい?」
大人しいと聞いたミレルが即座に言うとおじさんは簡単に頷く。
「いいよ~」
ミレルは微塵の躊躇もなくモンスター犬にタックルする勢いでガッシリしがみついた。
「結構毛固い~」
そう言いながらミレルはよじよじと毛を掴みながら背中によじ登っていくけど、それは流石に嫌がって怒るんじゃ…。
ヒヤヒヤしながら見るけどモンスター犬はミレルを少しスカスカ嗅いでから黙ってされるがまま立ったまま…むしろ尻尾を振っているわ。
「本当に大人しいんだなぁ、よしよし。エリーも触ったら?」
触っていいとなるとアレンも寄ってきてモンスター犬を触っている。
…でもまぁ、本当に大人しいみたいだから…。
そろそろと手を伸ばして背中に手を触れる。確かに毛はゴワゴワと固い…それでも暖かい。
ふと顔を上げると、ミレルはモンスター犬の背中にまたがってご満悦な表情をしている。鋭い目をしてキリッとした怖い顔のモンスター犬にキリッとした顔のミレルが乗っている図はアンバランスで何だかおかしい。
「ミレル、ソリに乗らないと出発できないよ」
「やだー、こっち乗るー」
ケッリルの言葉にミレルはイヤイヤ、と駄々をこねてシカッとモンスター犬に引っ付いた。
「最初のひとっ走りで振り落とされるよ。その高さから落ちて首を骨折した人もいるからね」
でもおじさんにそう言われてミレルは渋々と諦めてモンスター犬から降りてソリに乗り込む。それにならってアレンも私もソリに乗ろうとモンスター犬から離れる…。
するとピスピスと音が聞こえるからふっとモンスター犬を見ると、モンスター犬は私とアレン、ミレルをピスピス鼻を鳴らし、何度も左、右と振り返って見てきている…。
「皆一気に離れたから寂しくなったかぁ」
おじさんがそう言いながら首元をわしゃわしゃと撫でているけど…皆離れたから寂しくなった?…何それ可愛い…。
「エリー」
サードの声にハッとした。気づけばソリに乗っていないのは私だけになってる。
慌ててソリに乗ってベルトを腰回りに固定させると、おじさんは馬車とは違って後ろに立ったまま乗ると、掛け声を出した。
「ゴー!」
その瞬間、グンッとソリが引っ張られ雪の上を私たちは滑走した。
タイトルで内容を察知した勘の鋭い人もいるはずだ
……君みたいな勘のいい人は好きだよ




