大人のお姉さん
サードたちが子供になってしばらく。私たちは山羊男が現れた国に向かっている。
山羊男や山羊男が現れた国については神様に近くて魔族関係の災いは全然効かないガウリスに詳しく聞いてきてもらった。
でもヤツザリたちからしてみればガウリスと何度近くで話そうが全然見た目が変わらないから、逆にこの人は何者なんだと不気味がっていたみたいだけど。
…でもガウリスって死なせるのは勿体ないって神様に言われるくらい愛らしい子供だったらしいから、ガウリスの子供姿はちょっと見たかったかも…。ううん、ダメよ、仲間が迷惑事に巻き込まれるのを期待するだなんて良くないわ。
ともかく山羊男のいるその山はもう少し北東にある、デベル国のサンイズ町。
花の咲く山は普段町民の憩いの場として子供からお年寄りまで登れって自然を楽しめるなだらかな山。でも今年はその花が咲いたから来年の春までは登らないようにとの看板があるって。それに今は冬で雪も積もっているから余計登る人なんていないだろう、って聞いた。
私はミレルと手を繋いで歩くケッリルをチラと振り返る。
ミレルはまるでお父さんとお出かけみたいなウキウキした歩き方で、ケッリルはミレルがあちこちに興味を持っていきなり走り出してしまうから目をミレルから離さず手をしっかり握っている。
この数日、ケッリルが旅に出る原因になった黒魔術をどうやって解決したかをあれこれと話しておいた。
「…そんな危険なことがたくさんあったのに、君たちのおかげで私もビルファも助かったんだね…本当にありがとう」
ケッリルは心から感動して感謝しているとばかりの目を向けてきたけれど、その少し涙ぐんだ目で真っすぐ見つめられたら色々とヤバかったから視線を逸しつつ、
「ケッリルが武術を色々教えてくれたおかげでもあるのよ、私たちだけの功績じゃないわ、ケッリルの力もあって解決したようなものよ、だってケッリルは本当に強いもの」
って伝えるとケッリルは落ち込んだ表情で、
「何を…私が勇者御一行である君たちに敵うわけないじゃないか…私は弱いよ…」
…と、ケッリルの卑屈すぎる面倒くさい対応も最初に戻ってしまった。
それでもケッリルは本当に私たちに感謝しているみたいで、
「ぜひ事が終わったらうちに遊びに来てほしい。そこまでうちも裕福じゃないが、お礼を兼ねてできる限りもてなしたい」
と言ってくれて、ミレルも、
「エリリンたちうちに来るの?やったぁ!」
って大喜びでつま先立ちで両手を上げながら可愛く小躍りし出して…。
その喜びの小躍りをちょっと見ただけでもミレルって踊りが上手なのねと思えるくらいの身軽さだった。
それとサードは自分の本当の性格をミレル以外知っていると分かった時からミレルがいない時は裏の顔のまま過ごしている。
それでも口調は丁寧なままで、やっぱりまだ心を開いていないのかなと少し寂しく思っていたけど…。それは違った。
裏の顔を私たちが知っているとサードに伝えた次の日。
サードは子供には似つかわしくないバイオレンス小説を露天商から何冊か購入すると時間があればそれを読み、読めない文字に分からない文法はガウリスに聞き、ガウリスは内容が暴力的すぎると他の本を勧め、サードはそれを無視しバイオレンス小説を全て完読して最後の一冊をパンッと閉じると、
「っし、これでかったるい喋り方とおさらばだ。シスターからは敬語みてえなもんしか習ってなくて今まで砕けた話し方ができなかったんだよな」
といつも通りの流暢なガラの悪い喋り方に戻った。
それもガラの悪い喋り方たけじゃなく、ガウリスを観察してその丁寧な喋り方を真似していたのか表向きの言葉遣いすら完璧になって…。
冒険の合間に小説を読んでガウリスの喋り方を観察して真似する程度で片言レベルからここまで喋られるようになるとか本当に凄いわ…ロッテから昔の文字を習っている時も凄いと思ったものだけれど、改めてサードって凄いと感じる。
それと共に思った。
サードからその文字の覚え方を教わったら私も古代文字をサッと覚えられるんじゃないかって。
そんな期待を抱いた私はサードに、
「ねえ、サードってどうやって言葉とか文字を覚えてるの?できれば教えてほしいんだけど…」
と近寄ると、サードは大人の時と違って面倒くせえと言うでもなく、
「読める文字があったらそのまま読む。分からなかったらすぐ人に聞くか調べる。そんで意味の分かった言葉を何回か言葉に出して読み方と綴りを覚える。あとは覚えたもんを組み合わせていけば大体読めるってわけだ。簡単だろ?」
「…言葉に出して綴りを覚えるって…普通に言うだけ?」
「おう。文字に綴り、文法は文字を見ながら二、三回口に出したら覚えられるもんだからな」
「…」
サードなりに自分の覚え方を優しく教えてくれた。でも全然参考にならなかった。
そんな今までのことを思い出しながら歩いていると、アレンは地図を見てから私たちに視線を向けてくる。
「とりあえず雪の状況にもよるだろうけど、普通に歩いていったら二週間くらいで行けるかな」
「私にもどの道を通るのか教えていただけますか?私の位置から地図が見えません」
ミレルの前だから表向きの表情をしたサードが声をかけて、そんなサードにほっこりしながらアレンは腰をかがめて地図をサードに見せる。
「今ここ、これからこのルートを通って…」
ひとしきり説明されたサードは色々考えている顔でアレンに視線を上げる。
「冬の服は大丈夫ですか?ありますか?」
「ん?まあある程度はな。欲しいんだったらエリーの荷物入れに入ってるけど…」
サードは首を横に振る。
「違います。冬の山を登る服に靴、帽子などです」
「あ」
アレンが「そっかー…」と頭をかく。
「雪山を通ることも考えないといけないんだ…今まで冬は雪のない地域に行ってたから考えてなかった…」
そこからアレンはあれこれと頭の中で計算しているのかしばらく黙り込んで帳簿を見て呟く。
「んー…。軽く見積もっても銀貨六枚分は飛んで行くな…」
「うそ、そんなに高いの?」
驚いて聞き返すとアレンは私に視線を移して、
「俺らが今着てる装備と同じようなものだったとしたらその倍は飛んでくけど。それに冬山用の装備の値段も分かんないからまず一般よりちょっといい装備で考えて、それでこの人数分をかけたらそんな感じ」
アレンはそう言ってから自分の言葉の所々を理解していないサードの表情を見ると、銅貨に満たないコイン、銅貨、銀貨、金貨を取り出して、
「この銅貨に満たないコインが百枚で銅貨一枚。そんでこれが銅貨、これが銀貨、これが金貨。銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚…」
とってお金の数え方について教えだす。
サードも頷きながらアレンの話を聞いて納得したのか、そんなに山登り用の冬服は高いのか…とわずかに顔をしかめたけどそれでもすぐに顔を上げた。
「しかし冬の山では装備をしっかりしないと死にますからね、致し方ないでしょう」
…いつもの大人のサードが言いそうな言葉だわ。
それでも確かにサードとミレルはもう少し防御力のある服を買ってもいいかもしれない。
サードは聖剣だけは持つと言い張って身につけているけど背丈が縮んだから勇者サードのトレードマークの紺色の鎧も装備できなくてごく普通の旅行者用の子供服を着ているもの。ミレルも元々着ていた服は中級の冒険者が着ているような装備をつけていたけれど右に同じくの理由で旅行者程度の服しか着ていないし。
まあ町の外を歩いていたらモンスターが襲ってくることなんてよくあるから旅行者用の服でも一般的な布の服と比べると頑丈な造りにはなっているけどね。
…思えば子供のころによく聞いた昔話があったわ。
昔々、ある町に隣町に遊びに行こうとした子がいた。でも隣町は近いから大丈夫と周りの大人の言葉を聞かず武器も防具も身につけないまま町の外に出たら、あっという間にモンスターに囲まれて殺されてしまったって話。でも殺された子に送られた言葉は同情の声じゃなく、
「馬鹿だねえ、武器も防具も身につけないで町の外に出るなんて。モンスターに殺してくださいって言ってるも同然さ」
って呆れられた声だけ。だから町から一歩でも外に出るなら武器と防具はちゃんとしていきなさいっていう教訓話。
町の外を歩くだけでもそんな感じで警戒しないといけないんだから、特に山にはしっかりした装備で行かないと危険。特に冬の山は普通の山より数倍は危険。
雪や氷に覆われた山肌は夏よりも滑落しやすく、一度雪が吹き荒れたらその場から動けなくなって死ぬ可能性だって十分にある…って前にサードから聞いた。
…まあ私は冬山なんて登ったことないから実際はどれくらい危険なのかよく分からないけど…。
「じゃあこれくらいの値段の服を全員分一式買うってことでいいな?」
アレンが聞くとサードはしょうがあるまいとばかりに渋々頷いたから、それ以降は通りすがりで見つけた冒険者用の服を販売している店で全員分の装備を一式買い揃えて、冬山を登る用の防寒具類は必要になるまで私の大きいバッグに入れて預かっておくことにした。
「エリリンの荷物入れすげー!」
全ての荷物を大きいバッグに入れ終えるとミレルははしゃぎながら帳場に手をついてピョンコピョンコと高く跳ねていて、ケッリルは、
「こら、後ろに迷惑だよ」
と言いながらミレルを後ろから抱きしめるようにホールドする。
ミレルはホールドされるとプッと頬を膨らませたけど、それでもすぐにケッリルを見上げて「へへ」と笑って、ケッリルもその屈託のない笑顔に微笑みながら頭を撫でている。
…ああ、何だか二人を見ていると子供のころの私とお父様を思い出す…。お父様、元気かしら。
かすかに郷愁に駆られていると、ふっとサードが視線に入った。
サードは…醒めた目つきでミレルとケッリルを見ている。
気持ち悪さと憎しみが交じっているような…まるで、体触られて気持ち悪くねえのか?信じられねえと今にも毒つきそうな、そんな目つき…。
そんなサードをジッと見ているのに気づいたのか、サードは私をフッと見た後は完全に表向きの優雅な顔つきに戻った。
…見てる限りサードはケッリルとも普通に接している。でも何となくぎこちないっていうか警戒しているような気がするのよね。
多分だけど、それはケッリルが父親という立場の大人の男の人だからなのかもしれない。きっと父親という立場のケッリルを見ると過去の嫌な記憶が蘇ってくるんだと思う。
だって今まで見ている限りでもサードはミレル自らがケッリルに抱き着いて、抱っこをせがんで膝の上に乗ったりする姿を嫌悪を感じているような雰囲気で見ているもの。その表情は表向きでも、端々から正気か?気持ち悪いと言いたげな感情が漏れてるし。
「どうしました、エリー?」
どこまでもジロジロ見過ぎたせいかサードが声をかけてきた。
「あ、ううん。ごめんねジッと見ちゃって」
「構いませんよ。私を見るということは興味があるのでしょう?嬉しいです、あなたから興味を持たれるなんて」
「…だからね、そういうのやめて…」
「おや、何度もそう大人のエリーが子供の私の言うことを本気に取るということは、もしや私は男として見られているのですか?それなら私も対応を変えないといけませんね」
「…」
何でサード、私にこういう口説いてるともとれるようなこと言ってくるようになったの…?大人の時私に対してはこのアマ、ブス、馬鹿、アホしか言わなかったのに何で…?
…この前服の中に手を突っ込まれそうになったからリーヴァプネブマで脅した次の日でも、サードはこんな感じで近寄って来たのよね。
私としてはあの時のことものすごく反省したんだけど。
だっていくらセクハラされたからって、大人を信用していない子供のサードを力で脅すとか…ものすごく最低な行動をとってしまったって…。
ずっと鬱々としながらろくに眠れもしないまま朝になって、髪の毛をとかしにきたとサードが部屋にやってきたから即座に、
「昨日の夜は怒ってごめんなさい…!」
と謝った。でもサードは特に気にしていない表情で、
「怒ってるの隠す人、私怖いです。静かに恨む人、私怖いです。言葉に出して怒る人、私はいい、分かりやすいです」
と言っておぼつかない手で髪の毛をとかし、
「私の生まれた国、髪の毛おろしたままの人いません。だから髪の毛下ろしてる女性、色っぽい。あなたもそうです」
「…。だからそういうのやめてって…」
「子供の言うことです、本気しないでください」
…そう言われたらそれ以上何も言えなくなって黙るしかなくなるのよね。
うーん…何で子供と化したサードにそんな風に言われるのか分からない。今まで散々けなされてきたのに今更褒められてもねぇ?大体にして心の底からの「このブス」を何度も聞いた後であんな言葉囁かれても全然嬉しくないし。
「ってわけで、何か微妙な気持ちになるのよ。今までサードに言われたこと思い出すと本心じゃないって分かってるし、むしろ今までブスブス言ってたくせに何よ今更ってイラッとする。でも子供のサード相手じゃあんまり怒れないし…」
夜、ホテルでアレンとガウリスが廊下で話し合っているのに合流して、サードがからかうように口説いてくるようになってきて困っていると愚痴をこぼすとアレンは笑った。
「それ多分、エリーが大人のお姉さんだからだ」
「大人の…お姉さん…?」
「だって俺サードが女の子に声かけてるの見て思ってたもん、サードが目つける女の子って皆年上の大人のお姉さんだなぁって」
「私が…大人のお姉さん…?」
…まあ…年齢的に考えたら私のほうが年上の大人なんだから間違ってはいない。
でも大人のお姉さんって…何かこう、セクシーな人って感じがするじゃない、私が…私がそんな大人のお姉さんの一員…?何か違和感…。
釈然としない気持ちになっているとガウリスが口を開いた。
「それでもそうやって心を開こうとしているのですよ。それだけを考えるといいことではありませんか?」
「うーん…まあ、確かに嫌われるよりはいいけど」
怒ったあとは体にわざとらしく触ることもなくなったし、口説いていると取れることを言ってもすぐにスッと引いていくし、何より受け流されて踏み込ませないっていう最初のころよりは本当に話しやすくなったもの。
するとアレンはうんうん頷いて、
「そうだよ、俺とガウリスはまだ警戒されてるけどエリーは警戒されてないし、多分今一番サードが懐いてるのエリーなんだぜ?いいじゃん、サードに懐かれるなんて激レアだし」
…そう言われると…あの誰にも心を開かないサードが私に一番懐いているんだと思うと満更悪い気分じゃないわね。
「…まあ、そうね。それなら私がもっと広い心で接したほうがいいわね」
「ええ、それがいいですよ」
二人と話して、サードに口説かれているような言葉を言われて内心モヤモヤしてイライラしていた気持ちが晴れた。
私は二人と別れて部屋に戻る。
それならもう少しサードに優しくしよう、大変な子供時代を送ってきたサードを存分に可愛がって愛情をかけよう。そうしたらサードが大人になった時、周りに対する態度が変わるかも…。
そう思いながら部屋の鍵を開けて中に入ると、サードがすぐそこの椅子に座っていた。
ビクッと体を揺らしているとサードは櫛を見せてくる。
「今日の夜の分だ、座れ」
「…鍵、どうしたの?」
聞いてみるけど返ってくる答えは大体想像がつく。サードはニヤッと笑うとピッキング用のあれこれを見せびらかすように揺らし、
「これで開けたんだ。使い方なんてろくに分かんなかったがどうにか開けてみせたぜ。どうだ、すげえだろ」
「んんんだからそういうのもやめてよおおおおお…!」
ひたすら可愛がろうと思ったけど、出鼻をくじかれた。
本編とは関係ない
リンデルス(アポロン)
「父よ!勇者が少年になりました!残念ながらガウリスは大人のままですが、そんな能力をもつモンスターにやられたようです!」
ゼルス(ゼウス)
「何ぃ!?ひねくれて何の可愛げもないあの勇者が!?モンスター、グッジョブ!見に行くぞ!ちょっとでも初心い姿を遠くから愛でてやるんだ!」(ダッ)
リンデルス
「ひねくれた所はそのままらしいですよ!しかしお供しましょう!」(ダッ)
バーリアス(ヘルメス)
「何それめっちゃ面白そう!俺先行ってる!」(ビュンッ)
ファリア(アルテミス)
「…(馬鹿か?)」




