このガキャア…
子供になったサードとミレル、そして少し若返ったケッリルを連れ出発してから数日たった。
三人と話して分かったけど、三人からはここ十年の記憶が消えているみたい。
ミレルはケッリルが出ていって一年くらいと言っていて、ケッリルも家から出て一年程度と答え、サードはフェニー教会孤児院に厄介になって一週間程度って答えていたからそれから考えて皆十歳程度若返ったんだろうって。
でもミレルとケッリルはともかくサードとのコミュニケーションがまず大変だった。だって簡単な単語しか理解できないし、普通に話すと分からなそうな顔をしているからまた別の言い方に変えてジェスチャーも交えて説明しないといけないしで。
それもいつもの表向きの微笑みをたたえたサードは私たちと物理的にも心も大いに距離を取ってろくに話もしない。
友達、仲間だと何度伝えてもサードからされるのはそのうち離れる関係みたいな上辺の会話だけ。
大人の時みたいに軽口を叩いて暴言を吐き毒つき皮肉を言うなんてことは一切ない、今の所朝のあいさつと何か質問がある時程度しかサードから話しかけられていない。
アレンは子供になったサードと仲良くしたそうに周りをウロチョロしてはよく話しかけて、サードはアレンと一つ二つ会話をしたあとは静かに距離を取っていく。
それでもガウリスには自ら頻繁に話しかけているのに私は気づいた。
さすがガウリス、サンシラ国でも子供たちからとても慕われていたものね…と思いながらもよくよく二人を見てみると、どうやらサードはガウリスを言葉を教わるのに最適な相手とみなしているみたいで、知りたいことを聞いて納得したらあとはさっさと離れていく。
アレンはそんなサードが物足りないのか、
「なぁサードぉ、寂しいよぉ、構ってくれよぉ」
といちいちちょっかいをかけに行っているけれど、サードからしてみたらそれがものすごく面倒臭いみたい。最近じゃ、
「ワタシ、コトバワカラナイ」
とだけ言ったあとはアレンを完全無視ししてものすごく距離を取っていく。
アレンは今日の朝ついに顔を覆って、
「サードがマジでつれない…毒ついてもくれない…」
とメソ…と泣いてた。
何ていうか…思った以上にサードは近づいてこない。これはシスターもパエロ神父も本当に手こずったことでしょうと同情してしまうわ。
夜になって宿泊したホテルで私、アレン、ガウリスでちょっと立ち話をして何となしにサードの話題になったけど、ガウリスは難しい、とばかりの表情を浮かべて、
「何と言いますか…拒絶はされないのですが、踏み込ませてくれませんね。初めて会った時のサードさんとは違って威圧して踏み込ませないのではなく、受け流されて踏み込めないと言いますか」
確かに。むしろ色々と毒吐いているほうがこっちだって色々と言い返しやすかったわ。…まぁ毒つかれるのは正直腹立つからやめてほしいけど…。
するとアレンは「うーん」と不思議そうに上をみあげあごをなでながら、
「でも俺、サードと会った次の日にはもうこっちで行くぞって裏の顔で蹴られたのにさ、何であんなに表向きの態度しか見せてくんないんだろ」
そう言われればそうだわ。私だって牢屋から救い出されてアレンと合流した直後からサードは隠す必要はもうないとばかりにあの通りの悪い顔をしていた。なのにどうして今は…。
そう思いながらふと背の高いアレン、そしてガウリスを見上げて気づく。
「…私たちが大人だからだわ」
「え?」
「サードと初めて会った時アレンも私もまだ子供だった。でも今私たちは大人だから警戒しているのよ。それも訳が分からないまま子供になっているから余計にじゃない?」
サードは元の世界で色々とあって人間不信に陥っている状態だもの。特に養父に襲われそうになったせいで大人の男の人に対する警戒心はものすごくあると思う。
それもアレンとガウリスの身長は大きいから余計サードは圧迫感を感じるのかもしれない。今のサードは私より背が低いし…。
二人はなるほど…と納得したけれど、ガウリスは少し困ったように、
「それでも私たちはこれからヤツザリさんたちを若返らせた山羊男のモンスターを討伐するつもりですから、私たちをずっと警戒されているとなるといざというとき危険です。…サードさんなら普段と戦闘は別と割り切ってその役目に徹するかとも思えますが仲間への信頼の差で人の一瞬の行動は変わります、もしサードさんが危険に陥った時私たちを信用せず単独で行動を取ってしまったら…」
「…」
アレンも私も無言になる。
だって以前のサードは「俺が全て決めて管理する、俺の言うことをお前らは聞いていればいい、俺の言動に間違いがあるか、指図すんな命令すんな何様だてめえ殺すぞ」みたいな感じだったじゃない。
もしサードがそんな性格に逆戻りしているとしたら、いざって時私たちの意見なんて聞きそうにない。ただでさえ今は大人の私たちから距離を取っているのに…。
「…それなら私がサードを少しでも説得してみる。ちょっとサードの部屋に行ってくるわ」
「私も行きましょうか」
「俺も行くぜ」
二人はそう言ってくれるし、会話の上手な二人がついてきてくれるなら私だって心強い。
でも…。
私は首を横に振って、
「サードは大人の男の人のこと警戒しているみたいだからとりあえず私だけで行ってみる」
まぁ確かにそれなら私に任せていいかも、と頷く二人と別れて私はサードの部屋をノックする。
「ねえサード、エリーよ。入ってもいいかしら」
少ししてからサードは鍵を開けて、私を見上げるとニッコリ微笑んだ。
「どうぞ、廊下寒いです」
子供になってから数日、サードの話し方はまだぎこちないけれど、私たちの会話を聞いているからか大体何を言っているのか理解できるようになっている。
優秀で利発な子よね、今のサードは。
でもこの利発さで私たち大人の対応を全て受け流す、踏み込ませない、信用しない。
けど警戒心が人一倍あって、人の考えもすぐ読んでしまうようなサードにどう言えば今より信用してもらえるかしら…。
「どうぞここに」
サードはベッドに座ると、私に微笑みかけながら隣にお座りなさいと優雅な手つきで促してきたから、促されるままに隣に座ってサードと目線を合わせる。
…今のサードって、本当に細くて小さい。余分な肉は一切ないっていうか、小さすぎて十歳程度よりもっと子供に見える。
冥界でハチサブローはサードのことを吹けば飛びそうな体だったのにでかくなりやがって、と言っていたけど、あれって冗談じゃなくて本当にサードは吹けば飛びそうな体格だったのよね。
「…あなた、何か私に言うありますか?」
「え?」
「あなたこの部屋に来た時、何か言うしようしてました。私そう思いました、違いますか?」
「…」
いけないいけない、サードが私の表情からとっくに考えを読んでる。さっさと言わないと警戒されるかも。
「あのねサード」
「はい」
…あのね、とは言ったけど…どう伝えよう。えーと、えーと…。
「えーとね…実は私たち、あなたの本当の性格を知っているのよ!」
「…」
サードは一瞬黙り込んでから、今まで以上の優雅な笑みを浮かべる。
「何のことです?私分かりません」
ああああああ!しまった、心のガードが強くなったーーー!
あわわわ、と慌てて、
「ご、誤解しないで!私たちは何年もサードと一緒にいたから、あなたが本当の自分を隠しているの分かってるって意味で別にそれが悪いとかじゃなくて…いや悪いっていうか私たちのこと全然信用してないから信用して欲しくて…だって戦いの時に信頼がなかったら危ないじゃない?ねえ?」
「…」
サードの微笑みは崩れない。何となくだけど…私の今の言葉でもっと警戒されて心の溝が広がったような気が…。
「聞いてもいいですか?」
微笑みながらサードは私に身を寄せて、
「大人の私、皆とどんなコミュニケーションとってたか教えて下さい」
「よくアレンを蹴っ飛ばして殴って殺す気かしらって思うほど全力で戦ってたこともあるわ。ガウリスのことはいいようにあごで使っていたし、ケッリルには急に剣で切りかかって…ミレルは被害に遭ってないわね。
私はよく手をねじりあげられてたし、うるせえブスってよく怒鳴られるわ悪態つかれるわ馬鹿にされるわ…一回サードの顔を引っぱたいたらすぐさまグーで顔を殴り返されたこともあって本当に痛かったわ、しばらくの間喋ったり笑ったりするだけで顔が痛むんだもの、大変だった、女の顔殴るとか何考えてんのよ本当ふざけないでよ女の顔殴るなんて最低よ」
…あ、いけない。あの時のこと思い出したら段々と腹が立ってきてつい文句を言ってしまった。今のサードはあの時のことを知らないのに。
そんな内容を聞かされたサードは少し顔を強ばらせて…でも微笑みをたたえたまま無言になった。このピンチをどう切り抜けようか考えているんでしょうけど…。
でも何の事情も知らない…子供のサード相手に感情的になって文句を言ってしまったのは良くなかったわ。
反省して、改めて伝える。
「それでも私たちはそんなことをするサードと仲間としてずっと冒険をしてきたのよ。だからそんな風にニコニコ微笑んで距離を取って欲しくないの。これから危険なモンスターと戦いにいくんだから、私たちを信用してほしいの。ガウリスも言っていたわ。信頼されていないといざっていう時危険だって」
「…」
まだ無言で考え込むサードを黙って見ていると、サードはそっと私の手を取る。申し訳なさそうに落ち込んでいる表情でサードは私を見上げて、
「大人の私が…すみません」
と謝ってきた。
サードがこんなしおらしく謝るなんて今までなかったからむしろ私のほうが驚いてしまって、慌てて首を横に振った。
「う、ううん。むしろ何も覚えてないあなたに文句言っちゃって…ごめんなさいね」
「どっち殴りました、私」
「こっち…」
頬を指さすとソッとサードの手が伸びてきて、私の頬に手を添える。
「あなたの美しい顔殴った、信じられません。今の私絶対そんなことしない」
いやそれは嘘よ。きっと心の底から怒りが湧いてカッとなったら殴るわよ。
…そう考えると本当サードってとんでもない男よね。仲間としては何度もピンチから救ってもらっているから信頼してるけど、恋愛とか結婚相手としてはこんな暴力的な男、絶対にごめんだわ。
「…あなたと私、二人で話す初めてです」
「まあそうね」
だってサードから距離を取っていたんだし、距離を詰めすぎるアレンには塩対応だったから私も距離を測りながら接してたし…。
するとサードは私の頬から手を離すと、手をキュッと握ってふっと視線を私からずらす。
「私、怖い」
「…何が?」
サードが滅多に言わないセリフが出てきて、内心何を言われるのかドキドキしながら聞き返すとサードは、
「私、私が怖い。私何も分からない、でも皆知ってる…」
…ああ、やっぱりサードはこんな状況になってまだ混乱しているんだ。…でもそうよね、仮に私が十四歳の時に見知らぬホテルで目が覚めたと思ったら大人のサード達がドヤドヤと部屋に押し寄せて、
「あなたは覚えていないかもしれませんがフロウディアは今エリー・マイという名前で勇者一行として私たちと冒険していて、それも本当は大人なんですが今はモンスターの力で子供になっているんですよ。さあ原因の山羊男のモンスターを倒しに行きましょう!」
って連れ回された挙句私の知らない大人の時のエピソードをあれこれ語られたら意味が分からないし怖いし混乱するわよね…。
…それにそっか、サードはまだ十歳かそこらの年齢の子供。今まで私たちは大人のサードに接するように対応していたけれど…きっとそんな中でもサードは一人不安を抱えていたんだ…。
「…抱きしめてもいい?」
冥界でもサードは心が落ち着かない時、私にしがみついてきた。あの時と同じだったら…少しでもサードの恐怖が落ち着くなら私はいくらでも抱きしめる。
腕を広げて、おいで、と促すと、サードはそっと私に体を預けて軽くしがみついてくるから、私も包み込むように軽く腕を回す。
「一人で寝るも怖い、お願いです一緒にベッドで朝まで…」
「さすがに同じベッドじゃ眠らないわよ」
「私子供ですよ」
「でも男でしょ。ごめんなさいね」
…でも子供のサードってこんな素直でしおらしい所もあるのね、何か可愛い…。
そう思いながら頭を撫でていると、フッとつまらなそうな感情がサードの目によぎったのが見えた。
まるで目論見が外れたって言いたげで今にも舌打ちしそうな…。あれ…今の、いつも通りの裏の表情…。
するとサードは私の腰に強くしがみついてきて、
「お願いします、一人寝るの寂しい」
とさっき一瞬よぎった裏の顔なんてなかったかのように訴えるように見上げてくる…。
少し戸惑って無言になってふっと今の現状に気づいた。
夜のホテルで、私とサードはベッドに座ってて、サードは一緒に寝ようって誘ってきてる…。
…もしかしてだけどこれ…手出そうとしてる?
え…ちょっと待ってよ、もしかしてサードってこんな片言の時から女の人にちょっかいかけてたとか?しかも思えば最初っからベッドにどうぞって自然に私をベッドに促して座らせて…うわぁ…別の世界からこっちに来て一週間程度のこんな年齢なのにこの手馴れたやり口…うわぁ引く…。
思わずドン引きしてしまったら私の顔にもその感情がもろに出てしまっていたようで、私の表情を見たサードは私からスッと身を引いた。
「…すみません、あまりに怖くて…忘れてください…」
…ああー、これ今までもよく見てる。ちょっと口説いてみて女の人が明らかに脈無しだと判断したらスッと引いていくやつ…。
でもそう思ったらおかしくて思わず大声で笑ってしまった。だって、子供でも表向きでもどうであれサードはサードだって思えたから…。
「もう。本当に大人だろうが子供だろうが変わらないのねサードって」
「…何が?」
「んー?そうやって女の人口説いて相手がその気じゃなければすぐに引いていくって所。そのまんまサードだわ。まあ私はサードに口説かれたことないけど」
えっ、とサードは驚いた顔で私を見る。
「どうして…」
「タイプじゃないんでしょ」
「…」
何か言いたげにしげしげとサードは私を見てくるけど…。
「それより、大体信じてくれたかしら?私たちは…まあミレル以外はあなたの隠してる本当の姿を知ってるって。だから私たちに対してはその笑顔をしなくても大丈夫よ、いつも通りのサードでいて?」
「…」
サードは私から視線を逸らして無言で天井を見つめた。そのまま軽く息を吸ったかと思うとスッと私に視線を向けてくる。
その顔は眼光鋭い裏の顔…。
「分かりました、けど良かった、一日中ずっと笑う疲れます」
…顔からは表の表情が取り払われたけど、口調は丁寧なままね…。まあほんの少しでも心を開いてくれたならいいわ。
するとサードは質問してくる。
「聞きたかった。あなた…エリーはどうして冒険者しますか?」
「サードに連れ出されたのよ。私の髪の毛は抜けたら純金になるからそれ目当てで」
するとサードは目を丸くする。
「髪の毛が金になる」
「ええ。サードは純金のために朝起きた時と夜寝る前に私の髪の毛を丁寧にとかして、頭を洗う時も純金を集めるためにお風呂で私の頭を洗って…」
それを聞いたサードは顔付きを変えて早口で聞いて来た。
「私がgwvieeir頭fmommglですか、私とエリーが一緒にお風呂入るしますか」
「…」
なんか興奮して元の国の言葉が出ちゃってるけど…。おかしい、サードだけど反応がいつもと違う。
思わずクスクス笑うとサードもフッと我に返ってかすかにバツの悪そうな顔で、ソファーに深く座り直す。
「すみません、私、女の人あまり近づかないので」
嘘つき。
余計おかしく思っていながらも、一応訂正はしておく。
「言っておくけど一緒にお風呂には入らないし、私は服を着てるわよ。サードは頭を洗うだけだから」
サードはチッとつまらなそうな顔をしてから、
「それならエリーの髪の毛、やってみます」
と自分の荷物入れから私の髪の毛の手入れ用品が入っている袋を取り出し、櫛を手にした。
「これずっと何かと思ってました」
そう言いながら私の後ろに回ったサードはベッドの上で立ち膝になると、おぼつかない手で私の髪の毛をとかし始める。
…こういう手馴れないサードって新鮮だわ…。
でも今思いだした。サードに髪の毛をとかされた最初の辺りはバリバリと力任せにとかされてすごく痛かった。けどサードが怖くて痛いと言えなくて、アレンにメソメソと訴えたらアレンがサードに伝えてくれて改善されて…。
そんな思い出に浸っていると、サードの両方の指先が髪の毛の生え際から耳の後ろをなぞるようにスー…と滑っていって、わずかにゾワッとした感覚が頭を中心に走る。
サードの指先は耳の後ろをなぞり、首筋を這い、そのまま服の襟元を押しやって肌をなぞりながら服の内に侵入…。ってか待ちなさいよコラ。
サードの両手をガッと掴んで鎖骨の辺りで行く手を阻む。
すると耳元でサードは囁いた。
「大人の私、どうしてあなた声かけない、不思議。あなたとても綺麗。顔も、髪も、肌も…」
「…」
軽くプツッと私の中の何かがキレた。
「…あのねサード」
「ん?」
私はリーヴァプネブマ…レンナからもらった精霊魔法を発動してドンッと部屋いっぱいに巨大な水の塊を出現させた。急に現れた巨大な水の塊にサードの指先がビクッと揺れるのを感じる。
そうよね、この世界に来たばっかりのサードはこんな魔法を見たことはないわよね。
私は服の中に侵入しかけている手を引き離してサードに向き直り、膝をベッドにギシッと乗せ威圧するようにサードに顔を近づける。
「これ以上こんなことしたら怒るわよ…?本気出した私には敵わないって、あなた何度も自分で言ってるんだからね…?」
腹からのドス声で詰め寄るとサードはわずかに硬直して、でもニコッと表向きの顔になって微笑んだ。
「大人の小説の真似です、子供の言うこと大人が本気しないでください」
「…」
口の減らないサードだわ。
サード
「(こいつ大人しい顔しておっかねえー…ガキ相手にいきなりあんなの出して脅すかよ普通…)」(ドキドキ)




