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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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団長たちの話2

ヤツザリの話はまだまだ続きそうだったから私たちも黙って耳を傾けた。


* * *


明らかに目の前にいるものは天使なんかじゃない、モンスターだと私たちは絶叫し、背を向け逃げ出しました。

それでもどう移動してるのやら、目の前に立ちはだかったあいつはニヤニヤとこっちを見て言うんです。


「そんな醜い争いをする者は大好物…おっと、大好きだよ」


…うう、今思い出しただけでも震えが起きる。大好物と言うのですから、これから私たちは食べられるんだと全員がガタガタ震えました。

でも何とか隙をみて逃げられないかと、私はこう、ごまをすりながら話しかけました。


「いやー、まさかこのような所で神の使役するモンスター様にお目にかかれるとは…」


とりあえずそう言うとあのモンスター…山羊男とでも呼びましょうか。山羊男はムッとしたように横に伸びている瞳孔(どうこう)を狭めて、僕は神に使役なんてされてない、魔界に住むモンスターだとかぬかすんです。


もう普通のモンスターよりタチ悪いって思いましたよ、何で魔界のモンスターが人間界にいるんだって。


山羊男は私たちの考えを何となく察したんでしょう。ニヤニヤと語りだしました。


「今まで僕が言ったのは全部ウソ。この花は神なんてもんに命じられて作ってなんかないよ。ここは人間界の時間で十年に一度たまたま魔界とうっすら繋がる場所なんだ。僕はそれを狙ってここにいるだけ。

僕はね、この魔界の薬草になる花目当てで近寄ってきた人間たちを食うためにここにいるんだ。この花が咲く時期になると噂を聞きつけた欲深い人間が一人や二人はやってくるからね。

んふふ、そんで神に使役されてるとか言って一つだけねって言って人間の出方を見るんだ。相手のために自分が引く善良系の人間はさっさと殺して、欲深い醜い性格の人間は殺さないで取っておくためにさ」


…それから山羊男は舌なめずりをして言うんです。


「醜い性格の人間は美味いんだ、なんて言うのかな、善良な人間は食べると舌がビリビリ痺れて腐ってる味だけど悪人の肉はまろやかで魂も美味しいんだよねぇ。魂は最後に取っておくんだよ、最後にヂュルッと一気に飲み込むのがたまらなくいいんだ。

まずはお腹を食い破るよ、それから骨の周りについてる肉を歯でこそぎ落としながらしゃぶるよ、骨についてる肉っておいしいんだよ。その時はまだ人間は生きてるんだ、痛い痛いって呻きながら泣いてるよ」


…そんな想像したくもないことを言いながら山羊男はジリジリ近寄ってくるんです。これから全員腹を食い破られて死んでいくのか、そんなの嫌だ。ただ黙って死んでなるものかと私は立ち上がりました。


でも魔界のモンスター相手に戦えるわけありません、何の考えもなく私は立ち上がって…それでも自分にあるのはやはりマジックしかないって無理やり笑顔を作って手を広げて、ものすごくどもりながら声を張って言いました。こんな風に、


「そ、そそそそそれなら食う前に私にお得意のマジックをやらせてくれないか?これで命が終わるなら、せめて最後にマジックをやってあんたという客を楽しませてから散りたい!」


って。


山羊男は少し考えた素振りを見せましたが、それならやってみせて、とその場に膝を抱えて座り、マジックを見る姿勢になりました。

その素直に観覧する様子を見て、あれ?意外と話が通じる奴か?それならもしかしたらマジックで楽しませたら見逃してもらえるのではと少し希望が湧いて、マジックを演じてみせましたよ。


手に何も持っていないのを確認させてから際限無く手からバラバラとカードを放り出して、カードが全部無くなったと手振りしてから、オエッと吐きそうな真似をして口からカードをバラバラと雪崩のように取り出してみせました…。


どんなものか?こんな感じです。ほら、オエー。


…本当にカードを口に入れて出しているのか?ハハ、そこはご想像にお任せしますよ。もう一度見てみます?ほら、オエー。…ふっふふ、これ子供にやると特にウケがいいんですよ。


…ああすいませんついマジックをやってしまって…。あの山羊男もこのマジックには大笑いして手を叩いて喜びましたね。


そうやって喜ぶ山羊男を後目に私は全員に目くばせをしました。花を巡って初めて殴り合いの喧嘩をしましたが、それでも長年連れ添ってきたメンバーです。

私の言わんとすることは分かってくれたようで、各自自分が得意なマジックを山羊男に披露しました。


そう、あの山羊男をを喜ばせて、どうにか見逃してもらおうとしたんです。


ジックなんてすごかったなぁ、あんな食い殺されるかもって時でいつもより手がブルブル震えていたのに、いざマジックをやり始めたら急に手の震えが止まって…。

そうです、今日舞台でやったあんなマジックをしましたよ。少しも近づいてもいない山羊男のツノの後ろからカードを取り出して驚かせていました。


山羊男は大いに喜んで、私たちと会話を楽しみました。…まぁこちらとしてはご機嫌取りに必死で会話を楽しむ余裕なんてありませんでしたが、山羊男は終始ご機嫌でしたね。


それから一つため息をついて、しみじみと言うんです。


「こんなに面白いのを見たのはこれが初めてだよ。なのに人間たちの中でもこんなショーをしてるのは君たちだけなんだって?勿体ないね、ここで僕が君たちを食べてこの世からなくしちゃうのは」


これは見逃してもらえる流れだとホッとすると山羊男は立ち上がって、


「でも君たちの年齢じゃ数十年で結局死んじゃうよね、それも勿体ないなぁ。それならどうにかしてあげないと」


と言うと…こんな感じで片手の人差し指を上に、そしてもう片手の人差し指を下に向けて呪文みたいな言葉を呟くと、上にあげている指の先からデロデロとした液体が出てきて、その液体を下に向けた指とくっつけたら固まったんです。

そのまま固まったものをパン生地のようにコネコネと丸め、一口大の大きさに千切って私たちに渡してきて言うんです。


「これを食べて。そうすれば皆がなりたい年齢まで若くなれるよ。そうしたらもっと長い間ショーが続けられるよ」


…でもそんな訳の分からないもの口に入れたくないでしょう?

皆が躊躇(ちゅうちょ)していると「食べないなら僕がそれごと皆を食べちゃうよ」とふざけたように脅してくるから慌てて口に入れましたよ。

もうちょっとで見逃してもらえるのに最後の最後で食い殺されたくありませんからね。


そうして飲み込んで…すぐこんな見た目になって、同時に体のあちこちの不調も全部消えたんです。


皆大喜びですよ。もしかしてこの山羊男、実はいいヤツなのではとも思いましたが…まあ、そんなことはありませんでした。山羊男は喜ぶ私たちに言いました。


「それじゃあ早く後継者作ってね、じゃないとその面白いの残らないでしょ?あと皆が死んだら僕が皆の魂をもらって魔族様に献上するからね」


え?ですよ。ポカンとしていると山羊男は、


「僕たちの種族は下っ端の魔族より力が強いのに完全な魔族じゃないってだけで格下扱いなの。それなら面白いことをする人間を魔族に献上したら僕だけでも魔族の末席に入れてもらえるかもしれない。

ついでに君たちを介して人間界に混乱を発生させるよ。そうしたら余計に褒められて目をかけられるかもしれないからね。それじゃあ誰かが死んだら僕はすぐに駆けつけるからね。そのあとは永遠に魔族を楽しませるんだよ。よろしくね」


…一方的にあれこれ告げられたあとは、あっという間に山のふもとの山への立入禁止の看板がある場所に戻されていました。


急に周りの景色が変わったのでもしや今までのことは夢だったのではと皆の顔を見渡したましたがこの通りの姿です。

しばらく皆無言でしたが、それも若くなって舞い戻れたと大喜びでハグしあいましたよ。……。最後に山羊男が言った言葉なんてその時すでに忘れました、生き残って戻れた喜びでいっぱいで山羊男が最後に言った言葉なんて頭から抜けました。


………。


いえ、正直に申します、聞かなかったことにしただけです。山羊男の言葉はしっかり覚えていました。でも若返ったうえに生きて戻ってこれたんだと…知らないふりをして元の生活に、マジックショーを行う日々に戻りました。


でも特に何が起こることもなく過ごしていたある日のことです。町中で迷子の女の子を見つけ、公安局に連れて行きました。


しかしどうやら女の子は旅行中の子で公安局は両親を探すのに手間取っているらしいし、私たちが立ち去ろうとすると女の子が泣きそうになるしで、しょうがなく最後までつきあうことにしたんです。


とにかく私たち全員で女の子の前や隣を入れ代わり立ち代わりしてマジックをあれこれ見せて楽しませていたんですが…女の子に異変が起きているのに気付きました。


……どんな?それは……最初はささいな変化でした。

何だか女の子が小さくなったな?服がさっきよりブカブカになっているような?


…そう思っているうちに…七歳程度の見た目だった女の子が…言葉もろくに喋られないほどの赤ん坊になってしまったんです。

その辺りで女の子の両親が現れ、混乱の顔ながらも赤ん坊になった女の子を引き取って行きましたが…。


* * *


「…え?何で?何が起きて女の子赤ん坊になったの?」


アレンが訳が分からないとばかりに聞き返すけどヤツザリたちは申し訳なさそうなバツの悪い顔で何も言わないで私たちを見てくるだけ。


それでもサードを見るとどこか引きつった顔をしていて、表向きの上品な顔ながらかすかに眉間にしわを寄せヤツザリたちを睨みつけた。


「まさかあなた方…」


サードがそれ以上言う前にヤツザリは立ち上がってテーブルの上に額をガンとぶつけた。


「本当に申し訳ない!でも、でもこうでもしないと勇者御一行様たちも嫌がって依頼を受けてくれないと思って…!」


「なになに?どしたの?」


ミレルも訳の分かって無さそうな顔をして皆を見渡しているけれど、それは私もガウリスもケッリルも同じ。


するとサード以外話が見えていないと感じたらしいヤツザリは、それは情けない顔で下から見上げてくる。


「我々が気づいた異変…それは私たちの近くにいる者が時間をかけてゆっくりと若返っていくというものです。ほんの少しすれ違う、舞台上と客席ぐらい離れているなら何も変わりないのですが…テーブルを挟む程度の距離だと…特に体に触れる回数が多ければ多いほど若返るのが早くなるようで…」


そこでヤツザリたちとテーブルを囲んでいる私たちは言葉を失った。


そしてハッと気づいた。私はさっきのショーの時ヤツザリに魔力があるか無いか調べるために握手したし、全員がヤツザリと握手をしたじゃない…!


それもこんな長い話をテーブルを挟んだ近い距離で聞いて…つまりヤツザリたちは、私たちが依頼を断れないようにするためにここに招いたってわけ…!?


思わずサードを見ると、サードは見下げた目でヤツザリを見下ろしている。


「…随分とせこいやり方で依頼しようとするのですね、そのようなことをするから魔族に近いモンスターに良いように操られたのでしょう」


勇者として普段言わないようなセリフがサードから出て、ヤツザリはグッと言葉を詰まらせてまた額を強くテーブルにぶつける。


「本当に、その通りです…!それでも齢をとるならまだしも、若返るならいいじゃないかと軽く考えていました。でも間違っていました、私たちは…あの山羊男からの災いの力で、人を殺しました…!」


「殺した!?」


不穏な言葉にギョッとして聞き返すとヤツザリは慌てたように、


「ち、違います直接手にかけた訳では…あ、あの山羊男の力で勝手にそうなってしまったんです、私たちが悪いわけじゃ…」


「は?自分たちは悪くないと?人を殺したと懺悔(ざんげ)した端から被害者面ですか?」


サードの毒の含まれた責め立てる言葉にヤツザリは思わず口をつぐむ。

サードは小馬鹿にするように鼻を鳴らし、


「あなた方はそのよく当たるという占い師の命を守るためのアドバイスを軽く考え無視したからそうなったのでは?その後の食事のために金をケチらず冒険者を雇っていれば、そして山羊男の言葉に最初から耳を傾けていなければそんなことにはならなかったのではないですか?」


「…あの」


「もうここに長くいたくもありません、しかしここまできたのです、あなた方が何をしたのか全て話してもらいましょうか。手短にお願いします」


ヤツザリからは舞台上のハキハキ喋る姿は完全に消えて、委縮しながらボソボソと話し始めた。


「…数週間前のことです、私たちのショーに感激して弟子にしてくれと夫婦が現れました。その二人には子供もいたんです、生まれたばかりの新生児が…」


「…」


全員が無言。でも何となく皆、赤ん坊に何が起きたのか分かっている、そんな表情。


「で?」


それでもサードはお前の口から話せとばかりに言わせようとして、罪悪感に蝕まれているようなヤツザリはうなだれ顔を覆いながら、


「詳しくは分かりません、ですが赤ん坊は…忽然(こつぜん)と姿を消しました…!どうなったのか分かりません、私たちの近くにずっといて朝になるころには…跡形もなく消えてしまったんです…!」


ヤツザリは次第に泣き声になっている。


「若い妻は半狂乱になって赤ん坊を探し回りました、若い夫は妻をなだめながら私たちにも探すのを手伝ってほしいと頼んできましたが…見つかるわけないと我々は思ってました。もうそうなったら夫婦も我々の弟子入りどころじゃありません、町に残って子供を探すと早々に別れました。

そこで私たちがどれだけ周りに被害を与える存在になっているのかようやくはっきりと認識したんです、それと共に…死んだら魔族の元に送り込まれて永遠に囚われるんだと」


ヤツザリはそこで顔を上げて指を組んで拝んでくる。


「ですからお願いです、あの山羊姿の男をどうか倒してください…!」


ヤツザリどころか全員が訴えるように身を乗り出してそれぞれがお願いする姿勢を取っているけれど…それでもサードの視線はどこまでも冷たい。


「で、あなた方はどちらの気持ちが大きいのですか?」


「どっち…?」


ヤツザリが聞き返すと、サードは続ける。


「その夫婦に悪いことをしてしまったという感情と、死んだら魔族の元に永遠にとらわれるという感情。どちらが強いのです?」


「…」


口ごもるのをみたサードはまた鼻で笑った。


「即答できない、ですか?まあ正直だと言っておきましょう、誰しも他人より自分の身が一番可愛いのが本音でしょうから。見た所夫婦に悪いことをしたとは思っているようですが、それでもやはり助けて欲しいのは自分たちなのでしょう?

あなた方の現状は自業自得ですね。あとはご自分たちで上級冒険者を雇うかもう一度占い師に占ってもらったらどうです?では皆さん帰りますよ、さあ早く立って」


帰ろうと促すサードにヤツザリは慌てて立ち上がった。


「ま、待ってください、それでもあなた方は私たちに触れてこうやって同じ空間で時を過ごした、明日になればあなた方は若返って旅を続けるには苦労するはずです!」


サードは振り向く。


「言っておきますが私とアレンは十二歳と十三歳、エリーは十四歳から旅をしていますし、ガウリスは年端もいかぬ子供のころから一人でサバイバル生活をしていました。多少若返ったからと言って支障はありません」


サードはさっさと出るぞと手を動かす。私たちもこれ以上ここに長くは居られないと立ち上がってサードに続いてその場を去ろうとすると、


「お願いします、どうかお願いします、あの山羊男を殺してください、お金ははずみますから…!」


とマジックショーの皆が助けを求めて叫ぶように声をかけてくる。


…可哀想、どうにかしてあげたい、それにこのままヤツザリたちを放置したままだと子供…特に赤ん坊に被害がでるかもしれない。…それでもこんな罠にかけるようなやり方で依頼されるのはいくら何でも酷すぎるわ。

…どうであれサードは乗り気じゃないんだし、私がどうこう言うことじゃない。可哀想とは思うけど、こんな依頼のされ方はやっぱり腹が立つもの…。


「お願いします、どうか、どうか考え直していただけるのならまた戻ってきてください、お願いします…!」


後ろから聞こえる助けを求める声は続くけど、それを振り切るように私は首を横に振りながら早足でサードの後ろに続いた。

私はね、永遠に気持ちは14歳だよ。


そう友人に言ったらフ~ウ、若いねぇと言われたけど、違う、違うんだ…。気づいて…。

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