お呼びですか?
「なんか思った以上に大当たりだったな…!」
アレンが興奮したように言うと、ガウリスもさっき終わったマジックショーに思いを馳せているのか、
「もう何をやっているのかさっぱり分からなかったですね…本当にあれは魔法ではないのでしょうか…?」
と静かに興奮しているけと、私だって興奮している。
マジックショーは今まで一度も見たことがないものばかりだった。
ある人は空の箱を客席に見せ、中に何もないですね?と全員に確認させた後、ハンカチをかぶせて一、二、三と数えた後にハンカチを取った。すると空だった箱の中にウサギが入っていた。
ある人は右手に持っていたはずの一枚のコインを知らぬ間に左手に移し、それも脱いでいないはずの靴の中から同じコインを取り出しもして、そこから全ての指にコインをバラバラと増やしてみせた。
あと女性が笑顔で等身大の大きい箱に入って、団長のヤツザリがその女性の入る箱になんのためらいもなく次々と剣を突き刺さしたのにはびっくりしたわ。
客席から悲鳴が上がってもヤツザリの剣を突き刺す手は止まらず、皆がシン…と静かに舞台を見守る中ヤツザリが箱を開けてみると中から女性が消えていたのよね。
同時に客席で勢いよく立ち上がる人がいたから全員がそっちを見ると、箱に入っていたはずの女性が何事も無いように皆に投げキスをしていて、手を大きく振りながら笑顔で舞台上に戻って…。
あとあれもすごかったわ、トランプを使ったマジック。
客の誰かに手伝ってほしいとの男性の言葉にアレンが颯爽と手を上げて舞台上にあがって、カードを一枚選択してくださいって言われて。
それでもカードを見てしまったらいけないからこれで私を目隠ししてくださいって男性はアレンに布を渡して、アレンは目隠しをした。すると、
「念のためもう一枚」
ってアレンはもう一枚布を渡されて…。そこでアレンにふざけ心が出たみたいで、鼻までふさいでるんじゃないのってぐらい下を覆ったのよね。それも思いっきりギチギチと…。はた目から見ていた限りでもあれじゃ隙間から下を見るのも無理でしょって思うくらいアレンはしっかり目隠していた。
そこで男性はアレンに背を向けアレンにカードを一枚選ぶよう指示を出して、そこから数字を言わず客席に数字を見せてと続けた。
アレンが引いたのはスペードの六。
皆カードを見たとアレンが伝えると、男性は目隠しをしたまま全てのカードの点を切ってしまったのよね。アレンが選んだカードもろとも。
そこでようやく男性は目隠しを取って、そしてカードを机の上に均等に並べてから腕を広げた。
「さて、これからアレン様がお引きになったカードをズバリ私が当てて見せましょう!さあこの三枚のうちのどれかに当たりがあります」
そう言いながらカードを三枚取り出して、左から順々にカードをめくっていったけど…。そこに出てきたのは全然違うカードばっかりで、ちっとも当たっていない。
アレンは舞台の上で「え…まさか失敗…?」と言いたげな感じで男性を見て、男性もアレンと目を合わせ「失敗…してしまった…!」みたいな雰囲気で頭を抱え首を振ったけど、そのタイミングでアレンを二度見して、
「あっ!ああ!すみませんここにありましたね!」
と言いながらアレンの襟元からアレンの引いたスペードの六をスッと取り出してみせた。
アレンはすぐ隣でずっと見ていたというのに、いつの間に襟元にカードが移動しているのかさっぱり分からなかったって。
他にも色々とあったけど…あっという間の二時間だったわ。
「本当にあんなに近くに居たのに何も分からなかったのかい?」
ケッリルがアレンに問いかけて、アレンも「いや本当に分かんねぇ」って首を横に振る。
するとサードが二人を振り向く。
「あれはアレンの引いたカードをずっと手の内に隠していたのですよ。そうやって手に隠し持ったままアレンの襟元に手を近づけ、あたかも襟元から取り出したように見せた…そんな所でしょう」
え、まさかサード、席から見ていただけでマジックショーの人たちが何をしたか分かったというの?近くで見ていたアレンですら分からなかったのに?
…でもそうなるとおかしいじゃないの。
トランプのマジックをやった男性はアレンが客席に向けてカードを見せた後、アレンからカードを受け取って残りのカードと混ぜてシャッフルしていたじゃない。もちろん目隠しはされたまま。
サードの言い分を信じるとあの男性はアレンの引いたカードが何なのか分からないままシャッフルして、それでアレンの引いたカードをその中から見つけ出して手に持っていたってことでしょ?
「ねえ、それならあの人どうやってアレンが選んだカードを当てたの?」
聞くとサードはかすかにニヤと笑う。
「トリックは知らない方が楽しいものですよ」
「…」
こいつ…気にさせるだけ気にさせといて、答えを言う気無い…!
ムッカァとしているとミレルは、
「えー勇者様、あれのやり方見抜いたの?教えてよ」
と言いながらサードの腕を掴んでグラグラと揺らすけど、サードもっとニヤニヤ笑う。
「知ってどうするんです?つまらなくなるだけではないですか」
「ケチぃ、勇者様のケチぃ」
ミレルがサードの背中をポカポカと叩き始めるとケッリルがやめなさいとミレルを引っ張り引き離した。
サードはおかしそうに笑いながら歩き始めるけど…むしろサードって私があんな風に叩いたらすぐさまキレて報復してくるくせに、ミレルが叩いてもそんな怒りやしないんだ…?それどころかちょっと楽しそうじゃない?ふーん、へー、ほーう。
「勇者御一行様!」
後ろから女性に声をかけられて全員が振り向くと、アレンが「あっ」と声を上げる。私もその人をみて、あ、と思った。
声をかけてきたその人は、剣を突き刺されたけど知らぬ間に箱から脱出して客席に座っていたあの女の子…。
女の子はアレンの前にトトト…と寄っていき、
「本当に仲間の皆さんを連れて来てくれたんですね…!それも勇者御一行だったなんて…!感激です…!」
とウルウルとした目でアレンを見上げると、
「ええ~、まあ約束したからぁ」
ってアレンは頬をかきながらどこかデレデレとしている。
じゃあこの子がビラ配りをしていた女の子だったのね。…あんなにすごいことをしてのける一員なのにビラ配りしてたなんて…きっと働く人が少ないんだわ…。
するとミレルはすぐさま女の子に迫っていく。
「ねえ、あの剣で刺されたのどうやって逃げたの?」
女の子は目の前に迫るミレルを見て、ハッと顔つきを変えた。
「え…、ま、まさかあなた、ザ・パーティの読者モデルのミレル・ファーレーナ…!?」
「うんそう」
「キャー!勇者御一行とミレルが一緒にいるぅ~!」
女の子は黄色い声を上げながらミレルと握手をして、ミレルは握手をしながら真面目な顔で、
「ところでさっきの剣のあれ、どうやって逃げたの?」
って前のめりで聞く。
「それは言えないですぅ~」
女の子もそれはそれとミレルの質問を流しながら全員に視線をグルリと向けて、
「うちのヤツザリが勇者御一行様に来ていただいてくださいって言ってたので、少しお時間よろしいですか?お茶とちょっとしたお菓子も用意してますので」
皆の視線がサードに集中する。こんな時の決断は大体サードがやるから。
サードは一瞬考える素振りをみせたけれど、別に断る理由もないって思ったみたい。
「では少しお邪魔させていただきましょうか」
サードの言葉に私たちは女の子について行って、さっきまで舞台に上がっていた人たちが集まる場所に入っていく。舞台の上に居たマジックショーの人たちは皆テンション高めで笑顔だったけれど、今はまさに一仕事終えたばかりって感じで、肩の力の抜けたくつろいだ雰囲気で出迎えてくれる。
「やあやあこれは勇者御一行様方!よくぞ足をお運びいただけました!」
それでも団長のヤツザリだけはまだ舞台の上に立っているようなハキハキとしたテンションの高い口調で近づいてきて、全員と次々に握手を交わした。
「どうですか、我々のマジックショーはお楽しみいただけましたか?」
「ええとても」
そつなく返すサードとは正反対にアレンは興奮気味の顔で、
「もう本当に魔法使ってんじゃねってくらいだった。すっげー楽しかったよ!」
と言うとメンバーの人たち全員が嬉しそうに笑っている。
「それにしてもよくあのようなものを考えつきましたね、魔法を使わないマジックショーなど…」
ガウリスの言葉にヤツザリはふふん、と笑った。
「魔法を使ったショーは数多くありますが、魔法を使わないマジックショーという奇をてらったもの面白いのではと思いましてね。
それでもまだまだ我々の名前も世間に通っていませんし、マジックショーというだけで最初から避ける人もいるので実入りはそこそこです。それでも見ていただいた方には非常に満足していただいてると自負しておりますよ!」
「そうよね、本当にすごかったもの」
私もそう言うとヤツザリは「そうでしょう、そうでしょう」って本当に嬉しそうに笑っている。
「まあ椅子にお座りください、お茶とお菓子もとっくに用意しておりますから」
と私たちに座るよう手で促しながらヤツザリは私の座る椅子を引いて、私が席につくと気取ったように手を動かしながら深々と頭を下げる。
「それにしても今日のお客様方は疑り深い方が多く非常にやりにくい出だしでしたが、エリー様のおかげで場の流れが変わって皆楽しめる状況になりました。本当にありがとうございます」
私としてはあんな目立つところになんて行きたくなかったけど…それでもこうやって皆の前で仰々しく感謝されると文句も言いにくい。
そう思っているうちにヤツザリは席について、いつの間にか手に持っているコインを一枚指の間に挟んで、私たちにチラチラと見せびらかすように動かしたかと思うと一瞬手を握った。そのまますぐ指を広げたけど、さっきまで指の間に挟まれていたはずのコインが消えている。
「何それ、どうやったの!?」
皆がガタタ、と立ち上がって前のめり気味にヤツザリへ詰め寄る。ヤツザリはハッハッハッと笑いながらもう一度手を握って広げると消えたはずのコインが現れ、そのコインを上に投げ飛ばしてキャッチしてすぐさま手を広げると、コインが二枚に増えてる。
「う、うわあああ!何、どうやったの、今コインどこ行ったの、どこから現われたの、何で増えたの、本当に魔法使ってんじゃないの」
アレンが興奮気味に早口で質問し続けるけれど、ヤツザリは質問には答えずただニヤニヤしながら手を握って軽く上下に腕を動かして手を広げると二枚だったコインが五枚に増えてる…。
ヤツザリが魔法を使えないのは私自身が確認済み。だけどどう見ても魔法を使ってコインを移動させて増やしているとしか思えない。
「すごい…こんなに近くで見てるのに訳が分からない…本当に転移の魔法使ってるんじゃないの?」
目の前で何が起こっているのかさっぱりでそう呟くと、ヤツザリの手つきを見ていたサードは、
「もしかして、こうですか?」
と言うなりヤツザリの手からコインを一枚とると自分の手の平に乗せて、その上をかするように手を水平に動かす。するとサードの手の平にあったコインが消えた。
「おおっ」
私たちどころかヤツザリも驚きの声を漏らす。そのまま指先からスルリとコインを出現させたサードはそのままヤツザリに手渡した。
コインを受け取ったヤツザリまいったなとばかりの顔で苦笑して、
「早々に見抜いて完璧にやってのけないでくださいよ、これだって結構な技術がいるんですからね。…でもすごいなぁ、こんな一瞬で見抜いて真似できるなんて…後継者に欲しいくらいです」
褒められているのにサードはどうってことないって顔で一口お茶を飲んでからカチャンと皿の上にカップを置くと、顔を上げた。
「それで、何か依頼ですか?」
その言葉にその場にいる全員…私たちだけじゃなくて、マジックショーの皆も顔を上げる。
でも私たちは「え?」っていう顔をしているけれどマジックショーの人たちは…見透かされているってどこか張り詰めた顔つき…。
え、じゃあただお茶に招かれたとかじゃなくて、依頼があって招かれたってこと?
視線をヤツザリ動かすとヤツザリは「あちゃー」と言いながらシルクハットを脱いで頭をかく。
「こんなすぐにバレてしまうなんて、マジックをする者としては減点行為ですね。そんなに私たち、勇者御一行様あてに依頼を出したいって表情に出てました?」
「いいえ。ただここに入ってきた時の皆さんの視線がもてなすためというより私たちが来たことにホッとしたような雰囲気でした。私たちが帰らずここにやって来たことに安堵する、それはつまり何か引き受けてほしい頼み事があるからかと思っただけです」
え、そんな雰囲気出てた?舞台の上より皆落ち着いてるくらいしか思わなかったけど…。
するとケッリルはスッと軽く腰を浮かす。
「私とミレルは席を外したほうがいいね。ミレル…」
ミレルを促し立たせようとするケッリルにサードは、
「いいえ構いません、お茶も用意されているのですから座っていてください」
と手で座るよう指示を送る。ケッリルはそんな勇者あての依頼を聞いていてもいいのだろうかという顔をしたけれど、強く反発もしないで座り直す。
けど私はすぐ分かった。こいつはごく自然にケッリルたちも依頼に巻き込もうとしているって。
と、ヤツザリは身を乗り出し、言いにくそうに口を開いた。
「実は…」
私はマジックやってる人々の中には本当に魔法を使える人が数人は紛れ込んでると思っている。米国人がそのうち地球に火星人が攻めてくると信じてるくらい思ってる。割と本気でそう思ってるってこと。
そんなアメリカ発の火星人が攻めてきた小説で、火星人が近くにいるのに一緒に隠れている男の精神が錯乱してワーワーうるさくて、そこで主人公(男)のとった行動は殴って黙らすでした。
火星人がいなくなり殴って黙らせた男はピクリとも動きませんでしたが、主人公はそれを後目にその場を去っていきました。
「これがアメリカ…ゴクリ」そう思った中学生時代。




