ミレルと
ホテルに戻って、ケッリルの部屋をノックする。
これから久しぶりに親子が対面する。ミレルも少し緊張した顔をしていて、つられて私も少し緊張する。
ガチャッと扉が開いてケッリルが出てきた。その瞬間目の前にいるミレルを見て大きく目を見開いて、ミレルも目の前に現れたケッリルを見て目を見開く。
「お父さ…」
「ミレル…!」
「お父さん…!」
ケッリルはもう離さないとばかりに大事そうにミレルを力任せに抱きしめると、ミレルも感極まったのか涙を浮かべケッリルにしがみつく。
「ずっとお父さんから手紙無くて、ずっと心配してて…!」
「…すまない」
二人ともずっと抱きしめ合っていて、それを見ているとエルボ国でお父様とお母様、使用人と再会した時の私と重なってしまって、ジン…と胸に来る。
だめ、泣いてしまいそう。
思えばあの時サブリナ様は自分のことはいいから家族で話しなさいな、と離れた場所に座っていたわ。きっとあれは久しぶりの親子の再会を邪魔してはいけないと気を使っての行為…。だったら私たちも久しぶりの親子の再会を邪魔しちゃいけない。
そっとガウリスの腕をつついて、
「私たちはあっちに行きましょう?」
と声をかけるとガウリスも頷いて、
「積もる話もあるでしょうし、私たちは席を外しますね」
と二人の邪魔にならない程度の声かけながら背を向けようとする。するとケッリルはバッと顔を上げてガウリスの服をガッと掴んだ。
ガウリスは驚いて立ち止まって、ケッリルは何とも頼りなさそうな顔で私たちの顔を交互に見てくる。
「…いかがしました?」
服を掴まれっぱなしのガウリスが声をかけると、ケッリルはわずかに目を伏せ、そしてどこか照れくさそうな顔をして視線をもっと下に落とす。
「…年頃になった娘と…それも久しぶりに会った娘といきなり二人きりになったら…恥ずかしいし何を話せばいいのか分からなくて…。一緒に居てほしい…」
その言葉と照れくさそうなケッリルの顔で心臓をズカンと貫かれた私は「ウウッ」と胸を押さえてその場に膝をつく。
「何が恥ずかしいの、普通に今まであったこと話せばいいっしょ」
泣き笑いの顔でミレルはケッリルの肩を容赦なくベンベン叩いてからギュッとしがみつく。
どうやら娘のミレルにはケッリルの魅力は通用しないみたいね…それにしてもどうしよう、立ちあがれない…!
一人悪戦苦闘しているとガウリスが腕を引っ張って立たせてくれて、そうしているうちにケッリルもどこか照れ照れとしながらもミレルの頬に手を添え、頭を撫でて抱きしめて可愛がっている。
何となくだけどケッリルは久しぶりに会った娘にちょっと照れ臭さを感じているだけじゃ…。だったら私たちは別に一緒に居なくてもいいような。
そんな目でガウリスを見ると、ガウリスもまあ大丈夫そうと思ったのか私を支えつつ立ち去ろうと…。
「…!」
立ち去ろうとした瞬間ケッリルが行ってしまうのかとばかりに眉を垂らしてオロオロしながら私たちを見てきた。
何、その見捨てられる子供みたいな目…!
胸がキューンとして立ち止まるとガウリスも立ち止まってケッリルを振り向く。
…何となく見捨てられたような雰囲気のケッリルをみたらガウリスも立ち去れなくなったみたいで、結局私たちはケッリルの部屋にミレルと一緒に入って親子の再会を間近で見守ることになった。
それでもずっと話しているのはミレルで、ケッリルは黙ってミレルの話を聞いているだけ。
ケッリルは何を話せばいいか分からないって言っていたけど、むしろミレルがケッリルに話す隙を与えないぐらい話し続けているじゃない。やっぱ私たち、いなくても大丈夫だったんじゃ…。
そうは思っても今更立ち去るのも変だから私たちもミレルの話を聞いていた。
でも話の途中で思わずギョッとした。
だって私がミレル宛に送った手紙…ウチサザイ国に黒魔術を使う村があるらしいからそっちに向かうって内容の手紙を読んだミレルは、単身ウチサザイ国に乗り込もうとしたとか言うんだもの。
きっとウチサザイ国がどれほど危険な国かろくに分かっていない時、ロッテから聞いた内容をそっくりそのまま書いて送ったやつだわ。
でも各地のダンジョンに赴く仕事のザ・パーティには世界各国の情報も集まっているみたいで、一人ウチサザイ国に行こうとするミレルをマロイドが、
「ダメダメ!ウチサザイ国はすごく治安が悪いからダメ!あそこはうちの編集部も絶対行かないことになってるから!ウチサザイ国はNGなの!絶対ダメ!」
って大いに引き止めてくれたみたい。
そうやってミレルがウチサザイ国に行きたいという度にマロイドは防波堤となってミレルをせき止めてくれていたらしいんだけど、ミレルも引き下がらずどこまでも私は行くと言い続けて…するとマロイドは何かの報告書を持ってきてミレルに渡したって。
それは昔ウチサザイ国に行って一日で逃げ戻った現地調査隊の報告書で、そのたった一日の報告書の一ページ目を読んだミレルはウチサザイ国に行くのはやめようとようやく諦めたみたい。
…そこに何が書かれていたのかミレルは言わなかったけど、実際に行った私たちは何が起きたのかとてもよく分かる。
それにしても…。
「ごめんなさい…!私がそんな国の名前を書いて送ってしまって…!」
私は自己嫌悪して項垂れた。
だってそこでマロイドがミレルを強く引き留めていなかったらと思うと心からゾッとする。
読者モデルとして活躍する美貌を持つミレルがウチサザイ国なんかに行ったら…絶好のカモでしかなかったもの。
「しょうがない、私だってウチサザイ国があそこまでの国だとは思っていなかった」
ケッリルは責めることなく私を慰め、ミレルは「それでねそれでね」と続けた。
それからしばらくしてケッリルから私たち勇者一行と一緒に居るって手紙が届いて、ミレルは文字通り飛び上がってケッリルの無事を喜んだって。
そこでミレルは再度マロイドに相談した。
ウチサザイ国には入らないけど、無事なケッリルの姿をいち早く見たい。だからウチサザイ国の近くの国でケッリルを待っていたいって。
それにはマロイドもオッケーを出したみたいね。
ミレルはお金のためとずっと働きづめだったんだし、何よりお父さんを探すために冒険者の資格を得て各地を回ってきたんだからって。
で、今は一緒にいないけれど実は途中までハロッソと一緒だったみたい。
でもここに来る途中にハロッソの故郷があって、実家に帰りたそうな名残惜しい顔をしていたから、帰りに合流しようってことで途中で別れて、ミレルはウチサザイ国の隣の国にたどり着いたって。
それにしてもミレルぐらいの見た目の女の子が一人で行動するなんて…。ああ、ウチサザイ国じゃないから一人で歩いてもまだ平気なのね。
そう思っている間にもミレルの話は続く。
ウチサザイ国にたどり着いたミレルはウチサザイ国方向に私たち勇者一行が向かったとの話を聞いた。そこでケッリルと共に私たちの無事を祈りつつウチサザイ国の動向を数日おきに探っているうち、首都で何か起きたという話を聞いた。
まあウチサザイ国は国内の情報が流れるのを厳しく取り締まっていたからいくら情報屋に聞こうがろくに情報は無かったらしいんだけど、ある日いきなり王家の住む城が破壊された、それはウチサザイ国の悪質さを見かねた天使によってなされたものだ、ってにわかに信じられない話が飛び込んできたんだって。
流石にこれはフェイクニュースだろうと情報屋も噂話程度にミレルに笑いながら話して聞かせたらしいけれど、ミレルは確信しって。
きっとその天使とは私で、私の魔法で城を破壊したって…。
「違う!」
話の途中だったけれど即座に私は否定した。
「違うの?なーんだ、エリリンが正義の鉄槌を悪い国に下したんだと思ったのに」
つまんなそうにミレルは口を尖らせているけれど、一体私を何だと思っているのよ。
まあそんな情報屋もフェイクニュースだと思っていた情報が流れたその日から、ウチサザイ国から外に逃げ出す人々が一気に増加したって。
それでも隣国はウチサザイ国の人を国内に入れたくないからウチサザイ国の人たちを一人一人厳しく取り締まったみたいね。偽造の通行手形を使っていないか、犯罪歴はないか、何か違法な物は持っていないかに加えて、どうしてこの国に入ろうとしたのかを。
そしてそこで全員の口から語られた内容は全て同じ。
夜中に天使が現れ王家の城を破壊し、首都に住む者も城に住む王家と同じように殺すと宣言した。神に目をつけられその使い走りに滅ぼすと宣言されるような国には未来が見えない、だから逃げてきた…。
そこでフェイクだと思われていた情報が本当だったと人々は知ることになって、ウチサザイ国が外に流れないようにしていた情報も国外に逃げた人々から全て漏れた。
魔族がいたこと、その魔族が国の頂点から牛耳っていたこと、国の王家から貴族階級には黒魔術を扱う者が多くいたこと…。
その事実に隣国の人たちは震え上がったって。単に治安の悪いキナ臭い国と思っていた隣の国で、この百年もの間にそんなことが起きているだなんて誰も気付かなかったみたいだから…。
同時に、
「だから勇者御一行がウチサザイ国に向かったんだ」
「魔族がはびこる悪い国をどうにかしようとしたから神や天使が動いてこうなったんだ」
「さすが勇者御一行、神や天使も味方する高潔な人たち…」
…って、ウチサザイ国の悪い話と共に私たちの株がものすごく上がる話が広がっているみたい。
うーん、まあ実際所々違うんだけど…。でも本当のことも言えないし…。
ともかく魔族を倒したらしいと察したミレルはいつケッリルが私たちと一緒にやってくるかと待ちわびていたみたいだけど、残念ながら私たちは大川を突っ切ってミレルのいる場所から遠ざかってしまった。
それを知ったミレルは貸し馬を使いながら慌てて追いかけて来て…。
「現在に至る」
ミレルの今までの話は終わったみたい。
それでもその顔は未だにケッリルに会えて嬉しいとばかりにウキウキしていて、ケッリルもそんなミレルを父親の表情で微笑みながらじっと見つめている。
…私だったらあんな至近距離から優しい微笑みで見つめられたら耐えられないでしょうけど、ミレルにはケッリルの男の魅力が本当に何も通用しないのね。やっぱり親子だからかしら。
そう思っているとミレルは嬉しそうに「んふふ」と笑いながらケッリルの首に腕を回してギュッと抱きついて甘えていて、そんなミレルの肩にケッリルは手を回して、頬を軽く撫でながらそっと頭を寄せ、二人目を合わせる…。
…え?あ、ちょっと、キスするわけじゃないわよね?何かそんな雰囲気出してるけど、違うわよね?
あれえ?私だってお父様からこんな風にハグされてほっぺを撫でられることだってあったけど…。もっとこう「よしよし可愛いね」って感じでこんな「愛してる…」「私も…」って言いだしそうな濃密な雰囲気じゃなかったはずだったんだけど…あれえ…?
人の目を惹きつける高い魅力を持つ二人のせいでそう見えるだけかしら…でも急に目の前で男女がイチャイチャし始めた感じでいたたまれない。
視線を逸らすとどうやらガウリスも黙って見ているのが気まずくなったみたいで、視線をあっちにこっちに逸らしていた。
やっぱり私たち、ここに居合わせなくてもよかったわね…。
* * *
「ミレルぅ!」
「アレン!」
ホテルに戻ってきたアレンが手を広げ、ミレルも手を広げてお互いがしっかりとハグをしあっている。
「マジ久しぶり!」
「うん久ぶり、でもまた会えるなんて思ってなかった!」
二人とも手を取り合って軽くジャンプし合っていて、ミレルはサードに目を向けて、
「勇者様も久しぶりー元気だった?」
と手を振っている。サードは「ええ」と表向きの顔で軽く頷く。
とりあえずケッリルの身の上に起きた出来事もあれこれ伝えて…まあケッリルの身の上にはあまりにも色々起きすぎたせいで伝えるのに時間がかかったけれど…それを大体伝え終えた辺りでアレンとサードが帰ってきた。
「それでね、ミレルも私たちと一緒に故郷に行くって言っているの。別にいいでしょ?」
勇者としてのサードだったらこんな状況かで「ノー」は言わないでしょうけど一応聞いてみる。
すると思った通り、
「それはもちろん。構いません」
と了承して、すぐさま考えを巡らせる顔つきになる。
「それならミレルさんの部屋も確保しなければなりませんね」
そう言いながらフロントに向かおうとするサードにミレルは「あ、待って」と声をかけて、私の隣に座る。
「要らない要らない。私エリリンと一緒に寝るし」
「…そうですか?」
サードは「それでも一応部屋をとりますよ」と無理に言わない。一人分の宿泊費は増えるけど、部屋代が増えないならそれでいいと思っているのかも。
「うん、私エリリン一緒に寝ることになってっから」
いいとも悪いとも私は言っていないんだけどね、もうミレルの中では決定しているみたい。
まあべつにいいけど…と思っていると、ミレルは私の隣に座り直して手を握って顔を見合わせてくる。
「ね。前も同じベッドで朝を迎えたもんね、うちら」
「…あのね、そういう言い方よしてくれる?」
「何で?もうお互いの体温を確かめあった仲じゃん」
「…ミレルぅ…」
軽く睨みつけるとミレルはおかしそうに笑って、
「やっぱエリリン真面目に返してくれるぅ。変わってなくて嬉しいー。何かウチサザイ国抜けた人って性格変わる人多いみたいだからちょっと心配してたんだ」
だからってもう…そういう冗談あまり好きじゃないんだからよしてよね。
頬を膨らませて視線を逸らすと、サードと目が合った。
その目は微妙に裏の表情がにじみ出ているけど…でも瞬間的なアイコンタクトをしようにもサードが何を考えているかよく分らなかった。それ…どんな感情なの?
サードは何を考えていたのか…ミレルの含みのある言い方でちょっと興奮した




