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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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首都からの脱出

どうやら魔導士連盟の人たちはもう自分たちだけで調べるみたいだから、さあお別れ…という雰囲気の時にふとミズリナが声をかけてきた。


「あ、そうだ。前々から気になってたんですがエリーさん」


「私?」


名前を呼ばれたから目を向けるとミズリナは私の前に近づいてきて、


「あなたの魔法ですが…」


と言うから、私の魔法が何か…と見返す。


「あなたの魔法は色々と噂が流れていますが、結局どのようなものなんですか?あなたが冒険者カードを作る際は自然を操る魔法だと説明したらしいですが…それはいわゆる精霊魔法ですか?」


「ううん。精霊魔法も最近使えるようになったんだけど、私の家系は自然を操るのが得意で…」


「例えばどのように?」


「こんな感じよ」


風を起こして、つむじ風で枯れ草や木の枝をその場でクルクルと浮かせてみせる。ミズリナはその様子を張り付けたような微笑みでじっと見ていて、不意に地面に指を指した。


「地面には雑草が生えていますね、しかし今は冬だから茶色く枯れています」


急に話題が変わったからつむじ風を止めて、ミズリナの言葉に素直に頷く。


「これを夏に生えているような勢いのある雑草にできますか?」


「…え」


そんなの今まで一度もやったことがない。けど私の魔法で木も一気に成長させられるんだし、もしかしたらできるのかしら?


大きくなれ~と思いながら足元に映えている雑草に杖を向けて力を込める。

すると雑草はぞろぞろと伸びて、あっという間に私の背丈を越えて低木かと思うほど立派に成長した。


「ではこの成長した雑草を枯らすことはできますか?」


「もちろんよ」


そういうなり雑草は水分が抜けてしおしおと茶色くなって枯れはてる。ディーナ家の周辺の雑草もこうやって枯らして手入れしたもの、簡単よ。


で、それが?と目線を向けると、ミズリナはあごに手を当てて何か考え込むような表情を浮かべると、ボソッと呟いた。


「…なるほど、このような魔法ですか…。長年魔導士連盟にいますが、今のような魔法は見たことがありませんね」


その言葉にサードからからピリッとした空気が流れて、


「そうなんです。うちのエリーは色々とできるのでうちのパーティの攻撃頭なんですよ」


と言いながら私の二の腕を掴んで、行くぞとばかりに引っ張る。それでもミズリナは私たちの前に回り込んで行く手を阻んだ。


「精霊魔法とも思えますがどうやらエリーさんの家系は昔から自然を操る魔法が受け継がれ、エリーさん自身は精霊魔法を覚えたのはつい最近。となればエリーさんの一族が使う魔法は我々ですら知らない新種の魔法ということになりますが」


サードは表向きの顔でいるけれど、これ以上質問すんじゃねえよ殺すぞと言いたげにイライラしているのがサードの手から伝わってくる。


…むしろ何で二の腕掴んでんのよ、肩を掴むとか肘の辺りを引っ張るとかあるでしょ…。


不愉快に思いながらも何となくサードと小競り合いしている場合じゃなさそうで黙っていると、ミズリナが聞いてくる。


「エリーさんの魔法を本部に報告してもよろしいですか?」


するとサードは何もかもを黙らせるような優雅な微笑みで、


「それはどのような目的があってですか?エリーの魔法は本部に報告するほど悪質な魔法だとでも言うつもりですか?この魔法で数々の人を救ってきたというのに?」


と、相手が思わず口ごもって黙ってしまいそうな言葉をチョイスして聞き返す。


かすかに勇者サードが不快になっているとミズリナの背後にいる人々は察して表情を強ばらせているけれど…当のミズリナは張り付けたような微笑みを崩さず、ゆっくりとサードに向き直りながら口を開いた。


「なぁに、新種の魔法の名付け親になりたいんです」


「…」


サードが少し表情を崩してミズリナを見返す。


「新種の魔法の名付け親になりたいんです。子供のころから私は新しい魔法を開発して名前をつけるのが夢だったんですがね、どうやら私は様々な魔法を同時に扱うことができても魔法を見つけだしたり開発したりするのは不向きなようでして…」


そう言いながらもまだ警戒しているサードを見たミズリナは頭をかき、


「どうやら勇者様も我々魔導士連盟のことを誤解なさっているようで。我々が目を光らせている危険な魔法は自分の手を汚さず、そして証拠も残さず人を殺せるようなもの…人を操れる精神魔法に今回のような黒魔術ですね。そのようなものが主なんです。

確かにエリーさんの魔法も色々と駆使すれば証拠もなく人を殺すことも可能でしょうが、雑草を復活させるだけでいきなり低木ほどにしてしまう大雑把さを見る限りでも陰湿で手の込んだ細かい作業をしていないのはわかります。

それにこんな変わった魔法を扱う人にいちいち目を光らせていたら本部がパンクしてしまいますよ、世の中に魔法を扱える人はどれだけいると思ってるんですか?」


「…」


じゃあさっき雑草を巨大化させてなかったら私どうなっていたの…?


そう思って軽くゾッとしているとミズリナは改めた口調で、


「という訳です。私はただ新種の魔法の名付け親になりたいんだけなんです。まあ勇者さんとエリーさんが了承していただけるのなら、ですが。…それでも…」


ミズリナの張り付けたような微笑みが崩れて段々とブラックな表情になっていく。


「私よりもっと真面目で几帳面な者が相手だったらエリーさんの家系の話を何代もさかのぼって根掘り葉掘り聞かれ長い間拘束されますよ。私は名付ける特権をいただけるのならそんな面倒な…。失敬。一行の貴重な時間を奪うようなことは一切いたしません。

ただこちらでいいように内容をまとめ本部に報告するのみに留めますが?一度このような魔法があると報告し登録したのならあとは誰も突っ込んで聞いてくることもありませんよ?」


サードは表の爽やかで優雅な表情をしながらもミズリナを警戒しているような、それでも微かにニヤと笑っているような表情になった。


「そういうことでしたら私は構いません。エリーはどうです?」


了承すると同時にサードが私の腕から手を離して、私も頷く。


「私も別に…大丈夫」


だって私の家系をさかのぼって聞かれたら偽名で旅をしているのも、髪の毛が純金になるのも、新種の種族だっていうのもバレて大騒ぎになりそうだもの。…そんな戦争の元になったことが明るみになって世間に広まっても困るし。


「だったらあれも名前つけてもらったら?あの自然の無効化のやつとレンナとリヴェルの魔法のやつ」


アレンが私に声をかけるとミズリナはすぐさま反応する。


「それらは一体どのような魔法で?」


…言っても大丈夫かしら。


サードの顔を見るけれど、別にいいだろ、とばかりの顔をしていたから私は伝えた。

私は炎や水など自然に関する魔法を無効化して使えなくさせることができること、それと精霊二人からもらった魔法のこと…。


ミズリナはフムフム頷いて、


「それなら自然を操る魔法はサブマジェネシス、自然の無効化はイリニブラカーダという名前にしますか。ちなみに精霊魔法の名前はもう決まっていましてね。水辺の精霊の力はリーヴァプネブマ、火山性の精霊の力はオルケーノプネブマと言います。これは一般の本にも載っていますのでね。よければ本をお読みください」


…名付けたいと言っていたからしばらく悩むかもって思っていたのに、あっさりと名前をつけるわね。


「その名前って何か意味あるの?」


アレンが聞くとミズリナは、


「まぁ昔の古い魔法と古語のもじりみたいなものですよ。自然を操る魔法は『まるで天地創造のような奇跡』、自然の無効化は『なんて平和的な自然の無効化』、まあ私は名付けられたら満足なので使うかどうかはそちらにお任せしますが」


「へーいい名前じゃん」


アレンは納得したようなそんな声を出すけれど、私はある疑惑が湧いた。


だって私の自然を操る魔法が「天地創造のような奇跡」って…。それってもしかして神と魔族が戦った後、荒れた地上を神様が創造したっていうのから取って名付けた?

だとしたらミズリナは私に神様の血が混じってるのに気づいている…?いやまさかね…?それにしても天地創造とか大げさな名前をつけられたわ…。


するとミズリナが張り付けたような微笑みで私を見ているから思わず見返す。ミズリナは一歩私に踏み出した。


「言っておきますが、あなたの魔法はあなたが思ってる以上に多様性があります。風を操れるなら雲を動かせる、雲を動かせるなら雨を動かせる、雨が動かせるなら水を動かせる、水を動かせるなら土を動かせる、土を動かせるなら山を動かせる、山を動かせるなら国や国境も動かせる。

この世の中はあなたの思った通りに新しく作り替えることも、滅ぼすことも可能。それを天地創造と言わずなんと言うのです」


滅ぼす?何それ、私が何かを滅ぼすとでも思っているわけ?


思わず顔をしかめてすぐ言い返す。


「そんな何かを滅ぼすなんて私はやらないわ。あまり勝手な妄想を膨らませないでくれる?それともやりそうだって疑ってるわけ?」


すると半ばブラックな表情になっているミズリナは微かに笑い、


「申し訳ありませんね。我々みたいな出先の者は人に危害を与える魔法を摘発することが多いのですぐ最悪な結果を考えてしまうんですよ」


そして張り付けたような微笑みに戻ると、


「ではエリーさんの魔法は新たな魔法としていいように登録しておきます。ご協力感謝いたしました」


と一礼して、全員を引き連れバファ村の中央に歩いて行った。

その様子を眺め、遠くなったミズリナたちを指さして思わず私はサードに聞く。


「あのミズリナって人…怪しくない?私色々言って大丈夫だった?」


「…。あれは…ただ腹黒いだけの人物です。これ以上関わることもないのだからこれ以上気にする必要もないでしょう」


そのままサードは裏の表情に戻ると、


「リッツがいつエーハに攻撃を加えるか分かったもんじゃねえからな、俺らもさっさと首都から抜けるぞ」


と元来た道を引き戻してエーハの町中に戻った。

このあとはイクスタとミラーニョと合流して、それからタテハ山脈のサムラの家にいるケッリルの元に向かう。


まずはミラーニョのお店にミラーニョとイクスタを迎えに…。…あ、あれはジルに連れられて入ったロリータファッションのお店…。


ジルのことを思い出したら胸がズキッと痛んで、何とも言えない罪悪感が込み上げてくる。


…どうやらお店は閉店しているみたい。きっとあの女性の店員たちはすぐに逃げて行ったんだわ。


そう思いながらお店の前を通り過ぎて中を覗く…。うわぁ、ドアが破られて荒らされている…酷い、私の屋敷が荒らされた以上の酷さだわ。床板と壁板すらもはがされているじゃない。ええ、ここまでするう?


「そういやスリとか痴漢とか全然こなくなったなぁ。前はあんな酷かったのに」


「我々が勇者一行だとすぐ分かって警戒して近づいてこないんだと思いますよ」


「あ、そっかぁ。ラッキー」


お店の荒らされようにショックを受けている横でアレンとガウリスがそんな会話をしている。確かにそういう犯罪紛いのことをする人は来なくなったけれど…私は首都の中を見まわして呟いた。


「それでもまだ随分と人が残ってるわね…」


サムラの魔法で首都に住む全員を殺すとしっかり脅した日から日にちもたっているのに。


「ねえ、もう一回サムラに精神魔法でリッツを出してもらって逃げるように言う?」


するとサードは人前だから表向きの顔で振り向いて首を横に振った。


「何回やろうが逃げない者は逃げませんよ。目の前で城が破壊され、城の関係者は殺され、明らかに天使の見た目の存在が殺すと宣言しても動かないのならここに残った者たちは逃げる機会を見失いました。

ここに居るのは数日の猶予(ゆうよ)もあったのに無人になった家や店を漁るような…自身の命より目の前のわずかな欲にしか目が向かない者たちなのです」


「でも」

「エリー」


私が何か言おうとするとサードが押しとどめて、


「本当にここに残っている人間を救いたいのなら神が動くはずです。実際にここで信仰されていた神は未だにあちこちに存在しているのです、我々が気づかない中でも周りからこの国の様子を伺っているはず。人事はつくしました、あとは天に任せましょう」


天に任せよう、とのサードの言葉に私の肩から力が抜ける。


「…いいの?それで」


「神に任せず全て自分がやりたいのですか?」


「だって…この国はどうにか変えたいし、少しでも人を救わないとって、ずっと思っていたから…」


ああでも、やることはやったんだからあとは天に…神様に任せることもできるんだ。


まるで他力本願みたいな考え。でも天に任せようって言葉で、ずっと私がどうにかしなきゃ、でもどうやってと答えの見えない迷路から抜け出したような…肩の荷が降りたような気がした。


そうよね、この国にはヤーラーナも居るし悪い神様だと思っていたけれどヤーラーナと対の存在のオーディウムだっている。その気になれば人を何人も一気に救うことなんて二人にとって容易(たやす)いはず。


するとアレンがサードの隣に並んでからかうように、


「サードも随分と神様のこと信じるようなこと言うようになったよな。フェニー教会孤児院じゃパエロ神父には宗教なんて全然信じてないって言ってたのに」


サードは軽く鼻でフッと笑い、


「いくら私だってヤーラーナのように時間の流れを無視するような出来事をされたら信用しますよ。目に見えて匂いがして言葉を聞くなど、実際に会った神に限りますがね」


そんな会話をしているうちに私たちの姿を見つけたらしくミラーニョのお店からイクスタとミラーニョが出て来て合流した。

そこで私はミラーニョのお店を見て、ふと気になってミラーニョに聞く。


「そういえば従業員のあの女の子たちは?」


「ああ、とっくに逃がしましたよ。売上金を等分にして信頼できる常連客をボディガードにしてね」


ミラーニョはそう言いながら娘を見送る父親のような顔で遠くを見て、


「ついでにこの国は客が少ないから他国でお店でも開くつもりだそうです」


するとアレンも気になったのかイクスタのホテルを指さして、


「ところでイクスタもだよ、このホテルと従業員どうすんの」


と聞くとイクスタはあっさり答える。


「廃業だ。あのヤベェ魔族がダンジョンを構える場所にホテルなんざいらねえだろ。ミラーニョと同じく金を渡して従業員は首都から逃がしたよ。この国のトップも全員死んで城の近くにあった公安局もその爆発に巻き込まれて全部吹き飛んで公的機関が全部ストップしてる今なら脱国し放題だしな」


ガウリスはそれを聞いて、


「こんな時は大公であるイクスタさんのお父様がトップになるのでは…」


と聞くと、イクスタは顔を横に振った。


「屋敷で眠ってる時に使用人たちに殺されたってよ。お袋もだ。まあそんな最期だろ」


それを聞いてガウリスは悲しそうに顔を歪めるけれど、イクスタはそんな悲しそうなガウリスを見てかすかに笑う。


「そんな顔するような奴らじゃねえんだぜ?親父は人の腹を割いて苦しんでる姿を見て興奮する男だったし、お袋は使用人の目の形が気にらねえってハサミで目の端を切って笑うような女だった。殺されて当然だ」


「…」

初めてイクスタが親の話をしたけど…そんな両親だったの…。


イクスタは私の表情を見て余計なことを言ったという顔になって、


「俺の話なんてどうでもいいんだよ、いいから行こうぜ」


と歩き出す。私も気を取り直してサムラに、


「サムラの家まで案内お願いね」


と声をかけると、サムラもかすかに落ち込んだ顔からハッと顔を上げて大きく頷く。


「はい!目が見えるようになって初めての故郷なので…帰るのが楽しみです」


どこか嬉しそうな雰囲気のサムラを見ていると、エーハであったあれこれが全てかき消えていくような…そんな感覚で頬がほころぶ。


「多分こっちが近道だぜ、裏道だけど今なら危ない人も近寄ってこないし大丈夫だろ」


アレンがそう言いながら今まで通ろうともしなかった裏道を歩いて進んでいく。他の大きい通りを何度か通り過ぎ左に曲がって…ハッと立ち止まった。


そこに見えたのはいちいちジルに誘われて、そしてその都度断っていたパフェ屋さん。そのお店ももぬけの殻で、そして荒らされた後。


『なあサリア、あそこの店入らねえか?』


そんな親し気に声をかけてくるジルの言葉、それと夢の中で会話を交わし巨大なパフェを食べた記憶が脳裏によみがえってきて、一気に胸が締め付けられた。そのまま鼻の奥がツーンとしてきて、涙が出て…目からこぼれていく。


急に立ち止まって泣き出した私に気づいたサードが、サムラが、アレンが、ガウリスが、イクスタにミラーニョが立ち止まって私を見る。


「どうした?エリー」


アレンが心配そうに近寄って来て、でも声にならなくてパフェ屋さんをただ指さした。アレンは指さす方向を見て、私に視線を戻す。


「…泣くほどあの店に入りたかったんだな?」


何言ってんのふざけないでよ。


アレンをスパンと叩き、


「あの、あのお店に、ジルによく入らないかって誘われてたの、でも私、いっつも断って…。でも、でも、こうなるんだったら、一回ぐらい一緒に入って、一緒に何か食べればよかった…」


サードが遠くから何を泣きじゃくりながら言ってるんだという冷めた目つきで見ているのが見える。その顔を見て余計哀しくなってきて、


「夢の中にジルが出てきて…一緒にあの大きいパフェ食べたの、それで好きだって言われて目が覚めて、でもそんな夢の中じゃなくて実際に一緒に食べればよかった、友達としてならジルとはいい友達になれたと思うし、でもジルは悪いことをした魔族だし、でも友達としてなら…絶対仲良くなれた…」


考えがまとまらなくて言いたいことを言い続けていると、アレンがガッと私を抱きしめて、よしよしと頭を撫でてくる。


「分かる、分かるよ。俺だってリギュラとは仲良くなれそうだったし死んだときはすっげー悲しかったよ。友達になれそうな奴と敵対して死なれると辛いし寂しいよな、分かるよ」


アレンはそのままよしよしと私の頭を撫で続けて、


「でもリギュラはヤーラーナが迎え入れてくれたんだしさ、ジルも…今頃ランディキングが迎え入れてくれてるよ。大丈夫」


「…地面に戻っでないのおぉ…、空中に消えでいっだのおぉ…」


涙声で泣きじゃくりながらもアレンにしがみつきつつ突っ込むと、アレンはよしよしと撫でてあやすように私の体を軽く揺らしている。


すると、フンと馬鹿にするように鼻を鳴らす音がきこえたから顔を上げると、ミラーニョが何とも言えない顔で私を見ていた。


「まさかジルが死んで悲しむ者がいるとは思いませんでしたね」


「…ごめんなさい、あなたがジルに散々な目に遭ってきたのは分かるの、でも…でも…」


言葉を選んでいるとミラーニョはふっと表情を落ち着かせて、


「ジルはあなたと会ってから自分の自由にならない存在に戸惑い、それはあなたの心を開こうと苦心していました。人間の少女が好みそうなキラキラした恋占いの本を持って来て良さそうな術を選んで教えろとジルがすごんできた時には思わず笑いそうになりましたよ」


その言葉に私以外の全員からかすかに笑いが込み上げたけれど、それでも泣いている私の前で笑うに笑えないと思ったのか全員が顔を背けて必死に笑うのを押さえている。


ミラーニョは続ける。


「ジルは本当に馬鹿だったようです。…あんな一直線の馬鹿だともっと早くに知れたなら私も…あんなに脅えるばかりでなく、もっと違った形で兄として接することができたかもしれません。そしてあなたは最後までジルになびかず、ジルはそんなあなたにどんどんとのめり込んでいった。

…人間なんて金と力で言うことを聞かせられるとジルは思っていました。魔族はそんなものですが、あなたはそのジルの思い込みを砕きました。恐らくあなたと会ってから初めて暴力や金では解決できないものがあるとジルは分かったんです」


ミラーニョの言葉を私は黙って聞いて、ミラーニョは私を真っすぐに見た。


「半分魔族の私がこんなことを言うのも何ですがね、ジルはあなたと会って初めて愛情というものが分かったんですよ。私がサブリナ様を自分の子と思うような愛情を感じたように、あなたはジルに対等の関係の愛情を教えたんです。…いいじゃないですか、夢の中であれあんな暴力的なジルが最後に好きという言葉を残したのなら…」


その言葉に収まりかけていた涙がまたせりあがってきて、ボロボロと涙がこぼれた。

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