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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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儀式と横やり

「いいからとっととやれ、そのガキを殺せ」


ジルの言葉でサードがガウリスに「やれ」とあごを動かす。ガウリスは頷いてミラーニョが用意していたナイフを持つと、サムラを促し魔法陣の中へ連れていく。


…これからやるのはただの儀式の真似事。別にサムラに危害は与えない。

それでもこんな死臭漂う暗い地下室で…真似事とはいえ人の命を奪う儀式をするとなると妙な緊張感だわ。サムラも大丈夫と分かっていてもナイフを持つガウリスの横でどこか不安気な顔をしているもの。


…でも思えば今更だけれど、ガウリスは神様を呼ぶ儀式のやり方を知っているのかしら。前にガウリスは自分に魔力がないから聖魔術の儀式は準備の手伝い程度しかやったことはないって言っていたけれど。

だったらそれっぽくやるとか?でももし適当すぎたらおかしいって突っ込まれるんじゃ…。


急に心配になってガウリスとサムラをヒヤヒヤしながら見守っていると、魔法陣の中に入ったガウリスはサムラと向き合う。


そしてスッと口を開いた。


「シフミヨカーアムアイヨーイプシロン…」


…聞き取れそうで聞きとれない言葉…。呪文?適当に唱えているの?でも淀みなくガウリスは唱え続けている…。


するとサードが私と横並びになって他の人には聞こえないくらいの小声でボソッと伝えてくる。


「ホテルにいるだろ?聖魔術使える奴らが。これはれっきとした聖魔術のリトゥアールジェムを使った神を呼び出す儀式の呪文だ。…ま、現代の人の命なんて使わねえやり方のもんだが、まずそれっぽく見せられればそれでいいからな」


あっ。そういうこと。そうか、アレンはたまにバファ村に戻って来るけどガウリスは全然バファ村に戻って来なかったのはホテルでずっと聖魔術を習っていたからだったの。


…それにしてもガウリスは魔力が無いから聖魔術は使えないって散々言っていたけどやっぱり使えるってことじゃない。


サードは隣でニヤニヤしながら、


「どうやらこの短期間で死ぬ気で聖魔術を覚えてきたようだ…」


「てめえ、サリアに近すぎねえか?」


サードが喋っている途中でジルがのっそり後ろから現れ、サードにヘッドロックをかける直前みたいな感じで腕を引っかけて私から引き離す。

やめろとサードはジルの腕を頭から振り払うとゾルゲがいるから表向きの声色で、


「この者は私の奴隷ですよ?主人が近づいてはならないとでも?」


睨むサードにジルも睨みつけて、


「だからって近すぎなんだよ、離れろ、サリアの隣には俺がいる」


ムリムリとジルはサードを押しのけ私の隣に並んだ。

でも…刻々とジルを倒す時間は近づいている。サードが聖剣を抜いたら一斉攻撃…。

ジルは完全に私たちのことを協力者だと勘違いしているからきっと背後からの聖剣の一振りで全て終わるだろう、それでもお前らもすぐさま攻撃するようにとサードに言われている。


サードだってジルに斬りかかるのに丁度いい位置に下がったし、聖剣はいつでも引き抜けるようずっと手にかけている…。


…こんなすぐ隣でジルが倒される所は見たくない。


一歩二歩とジルから離れると、サードが後ろからケッケッと笑いながら、


「これのどこがなびいているように見えたんでしょうねえ?私には嫌がっているようにしか見えませんが」


離れる私にジルはどうして、と言いたげな目を向けながらもサードを睨みつける。


そんなやり取りをしている間にもガウリスの呪文は続いていて、ガウリスに視線を移して黙ってみていたジルは次第に腕をさすり始める。


「…妙に肌がビリビリするな…」


するとゾルゲから逃げるようにミラーニョも前に進んできて、


「やはり本職の神官が行っているからでしょう。いつもと空気感が全然違いますし…」


と答える。


ガウリスは呪文を唱えながらリトゥアールジェムを取り出して魔法陣の真ん中に置く。そして周りに水…もしかして聖水なのかしら?それをリトゥアールジェムやサムラにも軽く振りかけた。

そのままサムラの頭に手を当て、手で空中に魔法陣を描くような動きをして…。


…ガウリス、惚れ惚れするくらい本職だわ。すごく様になっているし手際もいいし…。場所がこんな嫌な臭いのする暗い地下室じゃなくて柔らかい陽射しの降り注ぐ下だったら、思わず拝みたくなるくらい神聖な光景だったんでしょうね…。


皆で見守っていると、段々とガウリスの動作がおかしくなってきた。


呪文を唱える声はしどろもどろになってきて、私たちの方にチラチラと視線を何度も向けてくる…。


もしかして儀式のやり方をド忘れしちゃったのかしらと思ったけれど、少しずつ察した。


もしかしてそろそろ生贄となる人…サムラをナイフで刺す所まできているんじゃ…。


チラチラと後ろにいるサードにこれからどうするのよ、ガウリスが困ってるじゃないのと視線を送るけれど、サードは微笑み腕を組んで黙っているだけ。

もしかしてこのタイミングで攻撃しようとしているのかと思ったけれど、それでも聖剣に触れるては全く動かない。


ガウリスは言葉をゆっくりと言いながらナイフを上げてはゆっくりと下げて、時間稼ぎでゆっくりと同じ言葉を繰り返して…明らかに時間稼ぎをしているわ、ものすごく困っている…。


さすがにジルも何かおかしいと感じたみたいで、


「おいどうした、さっきから同じ言葉繰り返してるだけじゃねえか!まさかやり方忘れたとかいうんじゃねえだろうなあ!?とっとと殺れ!」


喧嘩腰のジルに怒鳴られて、ガウリスはものすごく困惑した顔でサードを見る。


私も思わずサードを見ると…薄ら笑っている。


「どうしたんですか?ほら続けてください」


その言葉にガウリスは一瞬身を強ばらせて…でも何かサードには考えがあるのか、それならナイフを振り下ろす素振りだけでも見せなければと覚悟を決めた顔付きになると、サムラの肩を掴んでナイフを上にあげる。


ナイフの切っ先を向けられてサムラも一瞬体が強ばったけれど、それでもきっとこれは何か考えがあるはずと思ったのか、すぐに体の強ばりは解けた。そのままサムラの目はガウリスを信用していますとばかりに真っすぐに見上げて微笑んでいる。


そんな人を信用する真っすぐな目で見上げられたらガウリスは弱い。攻撃するふりだけでもためらってしまって、見る見るうちに攻撃する気が失せた悲し気な顔になるとナイフをゆるゆると降ろした。


「…もう無理です。これから先は、できません」


ガウリスはこちらを見ず向こうを見て申し訳ないとばかりの声を絞り出す。


「おい、ざけんなよ!」


ジルは怒鳴るけれど、ガウリスは攻撃するふりだけでももうこれから先はやりたくないとばかりに首を横に振る。


するとサードから乾いた笑いが飛び出て、全員の視線がサードに集中した。


「いやはや奴隷同士で妙な絆が発生してしまったようで」


サードはそう言いながらジルに視線を移す。


「残念ながら今回は失敗ですね。でもそれなら代わりの者を見つけてくればいいだけの話。実はうちの奴隷以外でもちょうどいい生贄が居るんですよ、ただ遠い国にいるので今回は諦めたのですが…」


「…どこのどいつだよ」


失敗したことでジルはイライラしている。それでもとりあえず他に仕える生贄の話を聞こうとすると、サードは真っすぐにジルを見ながら、ハッキリと言った。


「エルボ国現国王、サブリナ・レ・ローラ・エルボ」


その言葉に私たちどころかミラーニョまでもがギョッとした顔でサードを見た。


「エルボ国現国王の…サブリナ?」


ジルが誰だそりゃとばかりのたどたどしさで繰り返すとサードは続ける。


「やはりこのような術を使う際の生贄は力の強い清らかな女…特に汚れを知らない純粋な心を持つ子供であるとなおいい。サブリナは現在十一歳で成人もしていない子供ですし、なんせ魔力の強い者が多く住む地域を治める国王となっています。このような生贄にはもってこいの人材…」


「ふざけるな!」


急に聞こえた怒鳴り声に全員の視線がサードから声の聞こえて来た方向…ミラーニョに動く。ミラーニョは怒りで肩と腕を震わせ、目を見開いてサードに掴みかかった。


「貴様、何を…何をこことは関係のないサブリナ様の名前を、所在をジルの前でペラペラと…!」


「サブリナ()?」


ジルが怪訝(けげん)な声で聞き返すと、ミラーニョはわずかに顔を強ばらせ、それでもサードの服をギリと締め上げながらジルを睨みつける。


「サブリナさ…サブリナはこの男が言うほど大した人間ではありません、サブリナはろくに力もなく処世術も一人で見いだせない国の厄介者、ただの鼻つまみ者です!」


いつもヘラヘラ接してくるミラーニョが怒り混じりなのにジルは少し目を見張っていたけれど、それでも今のミラーニョの言葉にニヤァと口端を上げる。


「それ全部嘘だろ。ってことはサブリナってのはお前がそこまで認めた力のある人間だってことだな?だとすれば生贄に使うにはもってこいの…」


ミラーニョはカッとなった顔でサードから手を離し、ジルを殴り飛ばした。ジルは吹っ飛びこそしなかったけれどわずかによろけて、ギュルッと瞳孔を狭めてミラーニョを睨む。


「てめえええええ!何俺の顔殴ってんだゴラァアアアア!」


わずかに(ひる)んで肩をすくめ腕で頭をかばうミラーニョだけれど、それでも恐怖の顔で身をすくませながらもジルを睨んで肩をいからせる。


「な、なな、殴ってやる!サブリナ様を守るためだったらいくらでも、いくらでも殴ってやりますよ!」


ジルの手からゴッと炎が湧いて、ミラーニョはヒッと息をのんでその場に尻もちをついた。


するとサードは私の腕を引っぱって、


「どうどう」


と言いながらジルとミラーニョの間に割り入った。ジルはミラーニョの前に立つ私を見て喉の奥で唸り声を上げながらわずかに後ろに退く。


サードはニヤニヤと笑いながらミラーニョに視線を移した。


「いい加減あなたも兄の奴隷としてではなく、自分の人生を生きたらどうです」


サードはそう言うけれど、サードが何を考え急にサブリナ様の名前を出してこんなことを言ってくるのか理解できないのか、ミラーニョもどこか混乱した顔つきでわずかにサードを睨みつけている。


「…あなたは、何が目的で…」


「心から守りたい者がいると人は強い者に立ち向かえる。魔族はどうか分かりませんが、それは人間の強み、半分人間のあなたにもある強みです。さて私はサブリナの情報をジルにくれてやりました。あなたが本気で阻止しなければジルはサブリナを生贄に使おうとするでしょう」


「まさかこうやって無理矢理私をジルから離脱させようと…!?」


「私の計画にはあなたが必要なので、まずジルの呪縛から逃げていただかなければ」


そう言いながらサードは懐から封筒…イクスタが持ってきた吉報のうち、サードが唯一開けなかった綺麗な封筒を取り出してミラーニョに差し出す。


「これであなたの気も変わることでしょう。変わらないのならあなたは守りたい者のために動きもしないただの臆病者だったとサブリナに伝えておきます」


「…?」


封筒を手に訳が分かっていないミラーニョにサードは付け加えるように言った。


「それはあなたの大事なサブリナ様からあなたに宛てた手紙ですよ」


ミラーニョは目を見張り、差出人を確認してまた目を見張る。

封蝋を破って中の手紙を取り出し手紙を広げて文字を目で追って…次第に心打たれたような顔で目に涙をにじませ、読み終わるころには膝から崩れ落ちて手紙を額にこすりつけて泣きだした…。


「…なんだ、てめえそのサブリナと仲でも良かったのか?何が書いてんだ、よこせ」


ミラーニョのもつ手紙をジルが無造作に奪い取ろうとすると、ミラーニョはすぐさま手紙をバッと体で隠し、涙を流しながらジルを睨みあげた。


「お前なんかに読ませる義理はない!サブリナ様は…サブリナ様はてめえみてえに親を見捨てる最低な野郎と関わらせるわけにはいかないんだ、クソが!」


ミラーニョは初めて口汚い言葉遣いになり、ジルに指さす。


「私は!私は何が何でもサブリナ様を守る、てめえの下らねえ考えにサブリナ様を巻き込ませやしないぞ、サブリナ様をどうにかするっていうのなら…私は自分から命を絶つ!いやむしろ今すぐにでも殺してやる、私が死んだらてめえも死ぬんだからな!」


二人の道連れの術はもうとっくに解けているんだけれど、それでもそれを知らないミラーニョからしてみたらそれは最大級の脅し文句で、その脅しにジルも一瞬ひるんだ。


それでもすぐに憤怒の表情になってミラーニョの胸倉を掴む。


「ざっけんな!そんなことしたらてめえブッ殺…、……んだゴラアアア!」


ブッ殺す、と言おうとしたけれどミラーニョを殺したら自分も死ぬとまだ勘違いしているジルは、言葉が続けられなくなったのかミラーニョに頭突きする勢いでガンを飛ばして怒鳴って威圧している。


すると後ろに居たゾルゲがフラフラと前に出て、素晴らしいとばかりに目にうっすら涙を浮かべて両手を広げた。


「流石ですミラーニョ様!そうです、あなたの言う通りです、殺しましょうジルを、そしてあなたがこの世界の頂点に立つべきなのです!」


そしてゾルゲはそもそもジルとミラーニョが道連れの術なんてものをかけられていたなんてことは知らないし、今そんな話を聞いていたはずなのに自分の都合のいい所だけ聞き取って頭の中でまとめあげたみたい。


「んだこのクソ爺!いきなりうるせーぞ!」


怒鳴りつけるジルにゾルゲは儀式が始まる前にしていた淀んだ目で、悪どい顔で笑う。


「やかましい!今まで黙っていたが貴様よりもミラーニョ様がトップに立つのがふさわしいのだ!いいか、貴様は我々が殺す、殺してミラーニョ様をトップに据えこの世を我々のものにして見せる!」


そう言うなりゾルゲが聞き取れない呪文を唱えると、ゾルゲの周りが輝きだして床に魔法陣が浮かび上がった。そこから現われるのはたくさんの人、人、人…。


その大勢の人の先頭に現れたのは茶色の髪の毛に口ひげを生やし、首周りに毛皮のついた赤いマントを羽織った国王のような姿の年配の男…。


その姿をみて、エッ!?と驚いて慌ててサムラを見た。もしかしてサムラが精神魔法を使ったのかなって思ったから。

だってどうみても一番前に立つ国王のような男の人は絵本「りっぱなおうさま」に出てくる主人公の王様なんだもの。


でも私に視線を向けられたサムラも「ええ!?」と驚いた顔をしていて、目の合った私にむかって思いっきり首を横に振る。僕じゃない、僕じゃない!と必死で行動で示している。


王様みたいな男はニヤと笑いながら剣を引き抜きジルに剣先を向けた。


「我がマジェル国を好き勝手にしているようだな!このジルという魔族めが!」


マジェル国…は、ウチサザイ国の一つ前にあった国…。けど我がマジェル国って…どういうこと?


混乱していると立派な王様はジルに剣先を向け、ゾルゲと同じような淀んだ爛々と光る眼でジルを見据える。


「我が名はマジェル国第十一代国王、ハリスト・ジェンド・ラ・マジェル!我は神をも殺した男だ、この国を貴様がごとき魔族が乗っ取ろうなどと百年早いわ!」

マジェル国第十一代国王、ハリスト・ジェンド・ラ・マジェル


吸血鬼リギュラの父ちゃん。『りっぱなおうさま』という絵本の王様のモデルになったウチサザイ国の一つ前の国、マジェル国の実在の人物。

女として生きたかったリギュラを男として育て、神を殺し、リギュラの初恋の大臣を八つ裂きにして城門に見せしめとして張り付けるなど残酷性の際立つ性格。

最期は吸血鬼と化したリギュラの手によりベッドの中で首をねじ折られるという変死を遂げた。

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