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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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例の三匹

「まず僕はこの国の内部を直接見てこようかな。それから本当にこの国をダンジョンの拠点にするか決めよう」


そう言い残してリッツは去っていったけれど、それから数日後。アレンとガウリスがいない夜に再び訪れた。


「国の中をグルッとみてきたが、やはり首都が一番守るに固そうだからダンジョンは首都に構えることにした。ここにダンジョンを置くと魔王にも報告してきたよ」


その話に私は嫌な予感を感じて、


「もしかしてジルとミラーニョのことを伝えた…?」


「まあね。どうせ黙っていてもいずれ魔王の耳には届くことだったから伝えたよ」


黙り込む私の表情を見たリッツは続ける。


「だがわざわざそんな小物のために魔王は時間を割きたくないようだ。そいつらは僕の好きに始末しろとしか言わなかったから魔王の前に引き出されることはない」


「…それでも、それって二人を殺すってことでしょ?」


「まあね」


「けどリッツが二人のことを任されたって言うなら別に殺す必要は…」


「魔王には始末しろと言われた。ここでの始末の意味は理解できるか?魔王と違って僕なら苦しまず一瞬で楽に殺してやれるよ」


そんなピントのずれた優しさなんて要らないのよ。


そう思っているとサードが声をかける。


「で、てめえは何の用だ?わざわざ魔王に話付けてここにダンジョンを置く程度の話をしに来たわけじゃねえだろ?」


「まあね。たいしたことじゃないが一応君たちはロッテの知り合いだから知らせに来た」


何を、と聞こうと思ったけれど、全員立った状態だったから「まず座りましょう」と促して私、サード、サムラ、リッツの全員がそれぞれ椅子に座る。

座ってからリッツは水色の瞳をゆったりと私たちに向けて話を切り出す。


「首都にダンジョンを構えることにしたが、そうなると人間が多すぎて邪魔だからいずれこの首都に住む人間を全て消そうと思う。僕がそうする前に君たちは早々にここから去ってくれ、ここも一応首都の範囲内なのだろう?」


「ちょ…!たいしたことある話じゃないの!」


思わず立ち上がるけど、対するリッツは何をそんな驚いているんだとばかりの顔。

その顔に私は続けた。


「本気で首都の人たちを全員殺すつもりなの?エーハにどれだけの人が住んでると思ってるのよ!?」


「首都なのだからそりゃあ人は多いだろうね、千人はいるかな」


首都でそんなに少ないわけないじゃない。少なくとも一万から十万単位で人は住んでいるはず。それを一気に消すとか…。

むしろこの国の人たちもできれば救いたいって何度も言ったのに私の話聞いてたの?もしかして聞いていても人を救いたいって考えに同調できなくて聞いてもすぐ頭から抜けていっていたとか?


どうであれ私の考えはリッツに軽く流されていたんだわ。


そう分かるとイライラしてきた。


「あなた本当に残虐非道の前魔王の血を受け継いでいるようね」


これは言ってはいけないやつ、とすぐ思ったけれど、それでもイラついた勢いで言ってしまった。

すると思った通りリッツは今の言葉に顔を歪め目をつり上げる。


「死にたいか?君」


あからさまに脅されているけれど、それでも私だって腹が立っている。


「は?言っておくけど私たち何度も魔族を倒してんのよ。その意味分かってんのよね?」


するとリッツはブハッと笑った。でもその見開いた目は完全にキレているし私を睨みつけながら、


「僕に対してそんな口をきく奴は魔界でも中々いないぞ」


と言うから私も、


「何言ってるの?魔界でのあの力だって六割程度の力しか出してなかったんだから。本気じゃないんだからね、それが分かって言ってんの?」


「それを言うなら僕だって自分の力を本気で出したことなんてない。今ここでその力をみせてやろうか?どうなるのかは僕にも分からんぞ」


お互いに睨みあっているとサードのフッと笑う声が聞こえて、リッツと私の視線がサードを向く。


サードはおかしそうに笑っていて、


「まあ落ち着け、お互いに」


と言いながら私に向き直る。


「リッツはダークサイド寄りの場所でずっと軟禁されてたんだぜ?魔界事情にも疎いのに人間一般の考えを理解してくれってのがまず無理なんだ。ボンボンってのは世間的に感覚もズレるから余計だ」


そのままサードはリッツを見て、


「こいつは人をイラつかせる天才なんだ、いちいちこいつの小言に突っかかるのは時間の無駄だぜ。流せ流せ」


私とリッツは同時になんだと、とサードに向き直ったけれど、これ以上話をこじらせたら大変と思ったらしいサムラが立ち上がって手をわたわたと動かして話題を変えようとする。


「で、でもリッツさんはいつそんな怖いことするつもりなんですか?僕たちまだしばらくここにいるんですけど…!」


リッツもとりあえず不満げな顔でイライラしながらも、


「まあ君たちがことを終わらせるまでは待つつもりではあるが。しかし早めにダンジョンを作りたいから最低でも数ヶ月以内には出て行ってもらいたいね」


私もイライラしながら言い返す。


「でもそれだと首都に居る良い人も死んでしまうじゃない。そうやって無差別に大虐殺するのやめてくれないかしら」


「良い人?」


リッツはそういうと私に向き直って問いかけてくる。


「その良い人の基準はなんだ?」


その問いかけに少し戸惑って一瞬口を閉じたけど、すぐに続ける。


「良い人は…良い人でしょ。性格とか考え方とか…」


少なくともイクスタ、イクスタのホテルで働く従業員、大人から一度もハグされたことのないバファ村に住む女の子二人、それとショップの店員、ミラーニョが働いている喫茶店の従業員、その常連客…その人たちはこんな悪いことばかりする人たちに囲まれても正気を保って必死に生きてきたんだもの。

あの人たちが殺されるなんて絶対にダメ。


するとリッツからイライラした感情が抜けて、鼻で笑う。


「なるほど?つまり君の言う救いたいというものは、君の善悪の基準で人の生死をより分けたいという意味か。それはまた随分と傲慢な考えだね、僕は嫌いじゃないが」


「え…違う、そんなこと言ってな…」


「何が違う?君は今良い人を殺したくないと言った。つまり君の気に入らない悪い奴は僕が殺しても差し支えないということじゃないのか?」


リッツはそこでゆったりと頬杖をついて話を続ける。


「仮に君の善悪の基準で人を分けるとしよう。だが君は魔族のように性格の良し悪しを見抜くことができるのか?そして見抜けたとして君はどうやって性格の良い人間どもを救うつもりだ?」


「…それは…」


魔族があなた達を死に追いやろうとしているから逃げてって首都で皆に伝えるとか…?

でもウチサザイ国の人って心根の悪い人たちはきっと裏があるはずだってすぐに疑いにかかって手を払いのけてくるし、まともな人は全て無理でしょって最初から何もかも諦めている後ろ向きな人が多いのよね。

そんな人たちにいくら危ないから逃げてって訴えても、素直に聞き入れて逃げる人なんてそうそういなさそう。


それにミラーニョとジルも助けたいけどリッツは殺すつもりだし…。だったらミラーニョとジルにはリッツが居るからって言い含めて逃がす?でもそうすると悪い心持ちで黒魔術を使うバファ村の人たちが野放しのままになっちゃう。

それに魔王も二人の存在を知ってしまったんだから二人が生きてるのが分かったら今度はリッツが魔王に睨まれる…?


ああもう、リッツも魔王に素直にベラベラ喋らなければよかったのに…。でも黙ってても魔王に二人のことは知られていたかもしれないんだし…。けどこのままだとミラーニョにジル、この首都の人たち全員がリッツの手にかかって死ぬことになるじゃない。


どうしよう、助けたいのにどう助ければいいのか分かんなくなってきた。


うーんうーんと考え込んでいる私にサードは深々とため息をついて身を乗り出す。


「俺も何度も言ってるだろ、人を動かしたいなら納得できる考えの一つや二つ出してみろってよ。考えなしにああしたい、こうしたいじゃ誰も納得もしねえし手も貸さねえよ」


「今考えてるんだからちょっと黙っててよ」


「それ答え出んのか?」


「…分かんない。頭こんがらがってきて…」


頭を押さえて苦悩していると、サムラがハッとした顔で私の肩を揺らした。


「エリーさん良いこと思いつきました!あの三匹のネズミたちに聞いてみましょう!」


「ネズミ…?」


頭が回んなくて一体サムラは何を言っているの?と思ったけれど、すぐにふと思い出した。


三匹のネズミって、ペルキサンドスス図書館や吸血鬼のリギュラのいたキシュフ城で力を貸してくれたあの三匹のネズミのことよね?困っている人がいればその脇を通りる時に問題解決の糸口を伝えてくれるキャラクター…。


そうよ、あの三匹だったらきっと今の私に何か現状突破できる考えを教えてくれるかも!


サムラが力を込めると同時にテーブルの上にラン、シン、タンの三匹が現れた。


でも三匹は現れた瞬間にリッツを見て「ギャー!」と絶叫をあげて飛び上がると、ピャッと逃げ出して私の体を駆けあがって背後に逃げ込もうとする。

すると私の後ろから、


「待て、フードがない!」


「ギャー!」


「シンが落ちた!この人でなし!」


と各自のパニック状態に陥っている声が聞こえてくる。


「落ち着いてください!リッツさんは魔族で怖いことも言いますけどいい人ですよ!」


サムラはパニック状態の三匹に声をかけるけど、三匹は即座に返した。


「何がいい人なものか!」


「どう見ても危険人物だ!」


「しかもあの城に居た吸血鬼や魔族とは比べ物にならないほど恐ろしい魔族!」


三匹はシャカシャカと動き回って私の髪の毛の裏側に逃げ込んで縮こまっているみたい。でもなんとなくプルプルと震えているのが伝わってくる。ものすごく脅えているわ。


するとリッツは呆れたような表情をサムラに向けた。


「僕は良い人でもなんでもない。これが一般的な正しい僕への対応だよ」


「でも…リッツさんは怖いことも言いますけどすぐ力任せに動かないでこんな風に話合いをしてくれるじゃないですか。それに嫌われて怖がられるよりなら好かれたほうが嬉しくありませんか?それとも魔族って嫌われたほうが嬉しいんですか?すいません僕よく分からなくて…」


サムラの質問にリッツは軽く口をつぐみ、表情を陰らせて視線をゆるゆると横に向けた。


「…魔族だろうが遠巻きにされるのは…。寂しいものだよ」


魔界で他の魔族たちからあまり関わりたくないと遠巻きにされていた日々を思い出したのか、リッツの表情が魔界の屋敷で見た時のような沈んだ顔つきになる。

でもすぐに昔を追いやるように表情を変えて私を見た。


「で、そのネズミが何だって?」


「あのネズミたちは絵本のキャラクターなんです。困っている人がいればその脇を通りる時に問題解決の糸口を伝えてくれるんですよ。作者が精霊の影響なのかすごく出しやすいんです」


サムラがそう説明すると、絵本のキャラクターが外に出て動くってことにリッツは「ほう」と少し興味を持ったような声を出す。

そんな時でも三匹のネズミたちは首筋のあたりでモソモソとかすかに動いているからかなり気になるしくすぐったいわ。


すると私の首筋から三匹の非難がましい声がする。


「我々は何でこんな危険な所に呼ばれたんだ?」


「できるなら早めに帰してくれるとありがたい」


「そうだそうだ、用があるのならさっさと言ってくれ」


本当は通りすがりにあれこれ言っていくだけのはずなのに、自ら何があったのか聞いてくるなんて…。そんなにリッツの傍に居るのが嫌で、さっさと物事を済ませて帰りたいのね。


それなら早速と説明を始めたけれど、色々と事情が込み入っているから手短に説明できなくて、結構長くかかってしまった。


それでもネズミたちはリッツを警戒しつつ最後まで私の話を聞いてくれて、話し終えると同時に私の説明をまとめてくる。


「それなら君はこの性格の悪いのが揃っている国の中でもいい人物もいるから救いたいと」


「しかしそれをするには難しいし、そこの危険な魔族が首都に住む人々を滅ぼそうとしていて話は平行線」


「魔族の二人も助けたいが、それもそこの危険な魔族が殺すのが一番の救いだと言っていると」


そうそう、と頷くと後ろからネズミたちは首の後ろからチョロッとだけ顔を出した。


「首都に住む人間を救う手立てはあるさ」


「そう、比較的簡単にね」


「それなら君の基準ではなくその者自身の考えで助かる者と助からない者と分かれる」


その言葉に私はろくに見えない三匹に視線を向けて聞く。


「それってどんな方法なの?私にもできる?」


三匹は「まあ」「まあ」「まあ」と輪唱のように言葉を重ねて、


「やろうと思えばできるだろうさ」


「少し面倒だがね」


「それでもやらないよりは助かる人は増えるさ」


今まで黙っていたサードが聞いた。


「そりゃどんな方法だよ」


…サードも人を助ける方法を思いついていなかったのね。あ、違う。サードはそもそも人を助ける気がないから考えもしてなかっただけだわ。


ネズミたちはサードに応えるように説明をする。


「まず紙を大量に用意する」


「そこにいついつまでに逃げねば死ぬという事項を書く」


「それを空からエーハという首都にばら撒き宣伝する。以上だよ」


サードはそれを聞いて新しい視点が開いた、みたいな顔になる。


「…なるほど、空からの宣伝か…魔法のねえサドじゃまずできねえ方法だな」


するとリッツも納得したみたい。


「それを見て比較的素直な人間は逃げ、何を馬鹿なと信じない奴はそのまま死ぬというわけか」


リッツが口を開くと三匹のネズミはシュバッと私の髪の毛の裏に逃げこんでモゾモゾ動きながら、


「ついでにお勧めできないが、もっと確実に人を多く逃がす方法があるよ」


「あまりお勧めできないが軽く町中を攻撃して人々を恐怖に陥れてから宣伝するんだ」


「やるかやらないかは君たち次第だけどね、お勧めもしない」


…それってどんなに優しい言葉をかけても分からない人には脅してでも言うことを聞かせるみたいな方法ね。サードの国の、性格の悪い人に対応する神様みたいなやり方…。

でも軽く脅す程度で助かる人が増えるのならやってみよう。まずは紙をたくさん用意して…何枚くらい紙は必要かしら。


「それと魔族の二人を助ける件だがね」


その言葉に考えるのを中断して耳を傾ける。


「先に言っておくが二人を完全に助けるのは無理だね」


「ただ何となく、勇者は何か考えをまとめている気がするんだが」

エリーとリッツが言い合いしている時のサードとサムラの心情


エリー

「何言ってるの?魔界でのあの力だって六割程度の力しか出してなかったんだから。本気じゃないんだからね、それが分かって言ってんの?」


リッツ

「それを言うなら僕だって自分の力を本気で出したことなんてない。今ここでその力をみせてやろうか?どうなるのかは僕にも分からんぞ」


サード

「…(やべえ、こいつらが本気で激突する姿見てみてえ…!)」


サムラ

「(二人が喧嘩しそうなのに何でサードさんはそんなにワクワクして見守ってるんですか…!?止めないと…!)」


サード

「(…ん、でもこの至近距離じゃ俺も危ねえな。仕方ねえ止めるか)まあ落ち着け、お互いに」

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