お爺さんは森に柴刈りに、お婆さんも森に芝刈りに
それからもジルは私を連れてエーハに連れて行くようになった。
前より気楽に対応できるようになったジルだけれど、こうも毎日会ってあちこちにかけているとジルが友達みたいに思えてきてしまって困っている。
これ以上ジルと友情関係が構築されてしまったらどうしよう、戦えなくなるかもと思えてきて、何度もサードにせっついた。
「あなたの言う吉報ってまだ来ないの」
それでもサードは我関せずで呟くだけ。
「来ねえもんだなあ」
ある時キレて、
「それならとことんジルと仲良くなって今やってることをやめてもらったほうが早いんじゃないの?」
と言ったらサードもキレた。
「無理に決まってんだろ、あいつが今こんなことをしてんのはもう少しで自分が死ぬって分かってるからだぞ。それをあんな横暴な魔族がお前に言われた程度でやめると思うか?
…ああやめるかもな、お前が体を差し出して色々と好き勝手させて骨抜きにした状態で甘えるように『お願いやめて』って言えば何でもお前の望む通りになるかもなあ?やる気あんのならやってみろよゴラ」
私が先にイライラしていたのにサードはその倍イライラして、それもわざとらしく私の嫌がる話を交えてきやがって私もブチギレた。
それから数日たった今日もサードと口をきいていない。本当はいい加減あいさつぐらいしようと今朝思ったんだけど、おはようとあいさつしようと思った瞬間サードと目が合って、
「お前の性格楽しいかと思ったがやっぱり好きじゃねえ」
とか悪態ついてきやがったから変わらず無視した。
「サリア、あそこ入らねえか」
ジルの言葉に今朝の出来事から我に返って顔を上げる。
その先には例のパフェ屋があるけれど、とりあえず首を横に振って断る。
どうもジルはあの巨大な高さのパフェが気になっているらしいわ。まあ私も正直気になっているけれど、それでもあの絵を信用する限りジルと私の二人じゃ絶対に食べ切れないでしょうし、ガウリスとならともかくジルと甘い物を食べてキャッキャとはしゃぐ気にもならない。
敵だし。
ジルは軽く鼻からため息をついて空を見て日暮れなのを確認する。そのまま私を掴んで転移してバファ村の家の前にたどり着いた。
はぁ今日も終わった、やれやれと家に入ろうと歩くと「なあ」とジルに声をかけられたから振り向く。
「いい加減口ぐらいきいてくれねえもんか?」
非難がましい顔で言われるけど首を横に振る。
「それなら肩に手まわすぐらい…」
首を横に振る。
「…だったら手、手つなぐぐらいだったらいいだろ」
首を横に振る。ジルは両手で顔を覆い、イライラとした唸り声を出した。
「…ああーまどろっこしい…やりてぇ…」
…心の声が漏れてるけど。
軽蔑の目で一歩引くけどジルは自分が今何を言ったのか気づいていないみたい。顔を上げて私を恨みがましい顔で見つめる。
「本当はずっと一緒に居てえくらいなんだぜ、俺は。でも何で夕方には家に帰すか分かってんだろ?サリアから信用されるためなんぜ、俺は俺の考えをねじ曲げてまでお前が好きなんだぜ」
自分基準でさもあなたのためにみたいな言い方されてもなぁ…。
いいから帰ってよとばかりに手をシッシッと動かすと、ジルはショックを受けた顔をして悲し気な顔をしてから哀愁漂う背中を見せ、消えて行った。
最近になるとジルの哀愁ある姿を見ると心が痛くなるより意地悪心が湧いて、可哀想と思いつつちょっとおかしくて笑えてくる。アレンが脅えている姿を見ている時と同じ。ごめんなさい、でも楽しいのって気持ち…。
「あ、エリー」
そんなことを思っているとアレン本人が家から出てきた。
「アレン!」
久しぶりにまたアレンが帰ってきたんだわと腕を広げてパッと振り向くと、アレンも腕を広げて私にハグをしてギュッとしてくる。そのアレンの服は外に出かけるような服装。もしかして入れ違いでまたエーハに行っちゃうのかしら。
「また出かけるの?会ったばっかりなのに寂しいわ」
シュンと落ち込むとアレンはデレデレとしながら「違う違う」と首を横に振る。
「薪が少ないから拾いに行こうかと思ったんだよ」
「ああ…」
薪を法外な値段で私たちに売ってきた近所のあのおじさん。
結局最初から私たちはあのおじさんから薪を買い続けていたのよね。私たちも細々と薪を拾ってはいたんだけど、それでも拾う程度の薪の量じゃあっという間に使い切ってしまうもの。でもそのおじさんはある時用事でエーハに出かけ…その後行方不明になって戻ってこない。
「チャンスだ、あのジジイの家から薪を全部かっさらってくる」
おじさんが行方不明で戻らないと知ったサードは私が止めるのも聞かず出かけて行ったけれど、イライラしながら帰ってきた。どうやら他の村人たちが薪どころか家財道具の全てをかっさらって行った後だったみたい。サードより先にかっさらうとか、この村にはサード以上に性格も手癖も悪い人が揃っているんだわと改めて思った。
「でもそれなら私も一緒に行くわ。一人より二人のほうがたくさん薪も拾えるでしょ?ちょっと着替えてくるから待ってて」
「うん」
着替えてからアレンと一緒に森に入って薪を拾っていく。
「アレンはエーハでどう?大変な目に遭ったりしてない?」
「んー、まぁ最初と比べたら歩き慣れてきたかなぁ。さすがに夜は一人で歩けないけどさ、夜に出歩いたら十分以内にスリと痴漢と暴漢に襲われるから。もう日暮れ後だと確実に十分以内にどれかに会うんだぜ、すごくねぇ?」
すごいとは思うけど、あんまりすごいとは言いたくない。
そんな風にアレンと雑談しながら薪を拾っては大きいカゴに入れ続けて、ふとアレンの声が遠くなってきたのに気づいて顔を上げる。アレンの赤い頭がかなり遠くの木の影で動いていて、色々と私に喋りかけている。ちょっと遠くて何言ってるのか所々しか聞き取れないけど、それでもアレンは一人で喋り続けている。
まあそれでも見える位置にお互いいるしと地面に視線を落としてせっせと薪を拾い続けた。
そうして次々と薪を拾っているうちに薪を拾う自分の手元が随分と暗くなってきたのに気づいた。顔を上げると本当に周りは真っ暗になっていて、アレンの姿も見当たらない。
「あら?アレン?」
ついさっきまでアレンの声が聞こえていたと思ったんだけど…どこ行ったのかしら。
まああっちからアレンの声が聞こえてきてたと思うから、そっちに行けばきっと居るわよね。
そう思いながらアレンが居るはずの方向に向かって、ついでに手頃な薪があれば拾って進む。
そうやって進んで行くうちに更に暗くなってきて、地面の凹凸すらろくに見えなくなって歩くのが大変になってきた。
「…」
キョロキョロと辺りを見渡す。周りは真っ暗、アレンが居ると思った方向に真っすぐ進んできたはずなのにアレンの姿もなければ声も聞こえない。
「アレーン!」
大きい声でアレンを呼ぶけれど、アレンからの返事がない。
思ったより私とアレンの距離ができていたみたい。…まさかアレンが森で迷子…。……ううん、アレンの方向感覚はすごいからきっと私が迷子だわ。
どうしよう、思えばここはどこ?今までこんな所に来たことない。それに地面に落ちている薪を探すために下ばっかり見ていたからどこをどう歩いてきたのかすらも全く分からない。
オロオロしながらあちこち見渡して、元の場所に戻ろうと引き返す…。
あ、あの人影…もしかしてアレンじゃない!?
「アレン!良かった私迷子になっちゃったかと思った…!」
ホッとして大声をだしながら駆け足で近づいたけれど…それはアレンじゃなくて、絡まって人っぽく見えるだけの木の枝…。うわ…不気味…。
更に引き返そうとするけれど、どこをどう見ても同じような暗い森が続いている。それでもアレンと見間違えた絡まった木の枝の近くに居るのは不気味だから少し離れたけど、それでもどこにどう行けばいいのか分からない。
ヤバい、本格的に迷った。
パニックになりかけたけれど、落ち着いて、と一人でウンウン頷く。
まずアレンと一緒にきたんだから、私が近くに居なくなってておかしいと思って探してるかもしれないもの。それなら変にウロウロしないで一ヶ所でジッとしていたほうがいいわ。
冒険をし始めた十四歳のころに「一人ではぐれた時はその場を動くな」ってサードに何度も言われたもの。
そう思ってその場でジッと立って…。ハッと気づく。
そうよ、今はちょうど夕食を作る時間帯なんだからあちこちの家から煙も昇っているはずだし、明かりも見えるはず、それならそっちに向かって歩いていけばいいじゃない!
我ながら良いところに気がづいたわと辺りを見渡してみる。でも木が密集していて遠くはろくに見えないし、それに合わせて高い木の枝も密集していて空も見えなければ煙も見えない。そもそもこんな明かりの無い森の中で煙が見えるわけ無かった。
「…」
どうやらここら辺に家は無いと判断して再びジッと立つ。もしかしたらアレンの足音と声がするかもと目をつぶって耳を澄ませる。
でも聞こえてくるのは風が木々の間を吹き抜けていく寒々しいヒョオオ…という音と、たまに動物が動くような素早いカササッという音とバサッという音だけ。明らかにアレンじゃない。
一段と強い風が通り抜けて、身震いして肩をすくめた。
「ううっ…!」
アレンが想像した通り、このウチサザイ国はタテハ山脈から風がよく吹きおろしてくるみたいでいつでも風が冷たい。それも今までずっと動いて体も軽く汗ばんでいたからその分冷たい風で体が冷やされていく。
冷える手足をこすり合わせ、地団駄を踏むように足踏みをして寒さを誤魔化していると、ベキベキベキッと枝を盛大に折りながら地面に何かが落ちてきた音がした。
急に聞こえた大きな音にビクッと肩をすくめて思わずそっちをチラと見ると、数メートル先の木の後ろに人影らしきものが…。
…こんな夜も更けた森に一体誰?むしろ上から落ちてきたわよね?何で上から?何、何なの?いくらなんでも一般の人が上から落ちてくるなんてないわよね?何、何なの?怖い。
脅えて声も出さず様子を伺うようにジッとしていると、上から落ちてきた人?は身を起こして立ち上がって私のほうへ歩いてくる。
…ちょっと待って、こっち来るんだけど何?何なの?何が目的?
意味が分からな過ぎてサードの言いつけを守ってる場合じゃないと私はそっと背を向けてそろそろと逃げ出した。
すると逃げ出す私に向かって後ろの人?は早足になって近づいてくる。
ウッ。明らかに私を追ってきているじゃない。
なるべく早足でその場を離れようとするけれど、地面がろくに見えなくて木の根っこと地面の凹凸で足がいちいち突っかかって早く進めない。そうしているうちに後ろからはどんどんと足音が近づいてきている。
ウッ。どうしよ、もう追いつかれそう…!
それと同時に嫌な考えが浮かんでくる。
思えば私たちはジルの協力者ってことになっているけれど、一番の重要人物はサード。で、私は奴隷って立場でものすごく下に見られているような感じじゃない?だとしたら…変な意味で襲われる可能性だってあり得なくはない…!
で、でもでもジルに何かされそうになったら魔法を使って撃退してもいいってサードに言われているんだから、魔法を使って後ろの人?を撃退しても…でも後ろの人って何が目的で私を追いかけているの?もしかして後ろの人も道に迷って私に何か聞きたいとか…でもどうして上から落ちてきたのよおかしいじゃない。
グルグルと考えが回っていると肩に手をかけられた。
「ひぃ!」
私は息をのんで自分を中心に風をゴッと放つ。
大体の人だったら叫びながら吹っ飛んで行くレベルの強さ…のはずなのに後ろの人は吹っ飛ばない。私の肩に手を添えたままグルリと私の体を回転させる。
「な、何よ!何かするつもりなら許さない…」
怒鳴りながら睨み上げて…でも目の前にあった顔をみてふっと口をつぐむ。
相手は私の頬を片手で掴むようにして顔を上にあげて、お互いに目が合う。目が合った相手は私の顔を確認したらもう十分とばかりに手を離した。
「やっぱり君か。どこかで会ったことがあるような気配がすると思った」
艶のある声、暗闇に浮かび上がるような白く血色のいい肌、肩までのふわふわのブロンドの髪、一目見ただけだと女性かと思ってしまうような中性的な見た目、一番特徴的な背中から生えている純白の天使みたいな羽…。
間違いないわ、目の前にいるのは残虐非道な前魔王の息子の…。
「リッツ…リッツよね?」
―今日は勇者御一行であるエリー・マイさんをお招きして対談します、よろしくお願いします
エリー・マイ(以下エリー)「よろしくお願いね」
―エリーさんは今まで薪を買って今回薪を拾いに行きましたが、思えば魔法で生えている木をバキバキに乾燥させてバラバラに分解すれば薪なんてすぐできたのでは?前に木のモンスター相手にやったんですよね?
エリー「あ。…っていうかそれ今の今まで作者が思いつかなかっただけ…!」
―へっへっへっへっ(笑)今まで薪に無駄にお金使っちゃいましたね、へっへっへっへっ(笑)
サード「てめえのせいだろ」(殴る)
―ぎゃへいっ。…殴られたので対談を終了します、ありがとうございました




