歴代最高の勇者
ジルが去って嫌な罪悪感にさいなまれながらソファーでウダウダしていると、コンコンコン、と玄関が叩かれた。
条件反射で「はい」と言いそうになったけれど、口は利けないんだと思い直して慌てて口をふさぎ、玄関に向かって鍵を開ける。
するとそこには玄関を塞ぐようにミセスが立ちはだかっていて、思わずビクッと肩が揺れた。
まさかケッリルの体が無いのに気づいて…?もしかしてあの小屋に入った人が分かるような、何かしらの魔法をかけていたとか?
ヒヤヒヤしながら黙ってミセスを見上げるけれど、ミセスは女の子二人に見せていたようなニコニコ顔のまま私の頭の上から家の奥を覗き込んだ。そのまま「あら」と頬に手を当てながら私に視線を移す。
「あなたのご主人様は?」
首を横に振っていないと伝えると「あらそう」と簡単に返して、
「あなた言葉は分かるのよね?」
と聞いてきた。
…とりあえず頷くけれど…もしかしてこれ馬鹿にされてる?奴隷の立場ってここまで馬鹿にされるものなの?腹立つ…。
内心ムカムカとしたけれどあまり外に感情を出さないよう黙っていると、ミセスは私に大きい封筒を渡してくるから受け取った。
「じゃあこれ、あなたのご主人様が戻ってきたら渡してちょうだい。ゾルゲ様からってちゃんと伝えるのよ」
ゾルゲから…?
とりあえず頷く。
私が頷いたのを見てミセスは「ではごきげんよう」と背を向けたから、見送り程度にその大きくて丸い背中と横に揺れるお尻を見ていると、ミセスがピタリと止まった。
「あなたたち、この村にきてからあちこちよく歩いているわよね」
そのままわずかに振り向いていつもどおりの微笑みで…ううん、妙に嫌な目つきで私を見てきた。
「…あっちの森の中に小屋があるの知ってる?」
その一言で私たちが侵入したとバレているんじゃないかと心臓がすくんだ。
それでもバレたらまずいと思って、必死でキョトン顔をしながら首を傾け何を言っているのか私さっぱり分からないって困ったような雰囲気をだすと、何となくミセスも「こいつに聞いても無駄か」みたいな顔つきで口をすぼめた。
そのまま元々のニコニコ顔に戻って、
「分からないならいいわ、変なこと聞いてごめんなさいね」
と帰っていった。
本当に今ので信じたのかしら、それとも疑いながらも様子を見るために放っておくことにしたのかしら。どっちなのか分からないけれど、それでも何とかやり過ごしたわ。
また大きく息をついてソファーに倒れ込む。
「…本当にウチサザイ国って疲れる…」
呟いていると玄関からガチャッと誰かが入ってきたから慌てて起き上がると、そこにいるのはサードとサムラ。
あ…よかった、二人か。
気が抜けてまたソファーにズルゥ…と伸びる。
「んだよ」
自分たちの姿を見てだれている私を見てかすかにサードはイラッとしたけれど、キョロキョロと家の中を見渡して、
「ジルは」
と聞いてきた。
ジルの名前を聞いただけでも私はゲンナリして、起き上がって首を横に振る。
「もうやだ」
サードはかすかに顔つきを変えて詰め寄ってきて、
「なんだ、何かされたか」
「そうじゃないんだけど…」
ため息をついて私は今の気持ちのままサードに訴えた。
「ジルは悪い魔族だって分かってるんだけど、最近すごく落ち込むのよ。そうやっていちいち落ち込まれるとすごく私の心が痛くなってきて…それがいやなの、もう心が疲れて精神すり減ってる感じ…」
それを聞いて、かすかに私を心配していたサードの顔がスン…と鼻白んだ顔つきになった。そのまま腰に手を当てて吐き捨てるように私に言葉をぶつける。
「心ゆくまで見下してへこまして精神的にいたぶってやれよ、どれだけの人間がジルのせいでジル以上に落ち込んでる状態になってると思ってんだ?」
「…分かってる。分かってるけど目の前で肩を落とされてガックリうなだれてる姿見てみなさいよ、すごく罪悪感しか湧かないわよ」
「俺はざまあみろとしか思わねえ」
…そうね、サードはこういう奴ね、そもそもの意見が合わないからこんな相談しても無駄だったわね。
フッと諦めの息をつきながらサードから視線を逸らしたらソファーの脇に何気に置いておいた封筒が目に入って、それをサードに手渡した。
「そういえばゾルゲからこんなのきたけど」
「ゾルゲから?」
面倒くさそうな顔でサードは封筒を手にとって中身の紙を取り出した。カサカサと紙を開いて文字を視線で追って…驚いたように軽く目を見開く。
「何かあったんですか?」
サムラが聞くとサードは紙から目を離さないまま、
「ゾルゲが反魂法に成功したから見に来いってよ」
「え!?できたの?この前まであんなに苦戦していたのに…」
そう言いながら、そっとサードに聞く。
「…で、見に行くの?」
「まあ行かなかったら行かなかったで面倒臭そうだからな、あの爺…。ここにいる間だけは奴に嫌われる行動を取るのは得策じゃねえ、無駄に目つけられたら嫌がらせしてきそうだ」
そりゃあゾルゲの性格に問題あるとは思うけど、そこまで性格悪くはないんじゃない?…でも確かにこういう農村だとご近所付き合いって大切だものね、ただでさえこのバファ村って閉鎖的なんだし。
でもサードは行くと決めても紙を見ながらあれこれと考えているような顔つきをしているわ。どうしたのかしら。
不思議に思っているとサードは、
「これ読む限りゾルゲからは好意的だがな。あんな野郎はいつどこでどう裏切って人を陥れるか分かったもんじゃねえ。下手にのこのこ家に入ったらその蘇らせた奴を使って急に攻撃してくる可能性だってあるわけだ」
「…そこまで私たちゾルゲに嫌われてはいないと思うけど…」
「今はな。家に入ってからの返答次第ではどう変わるかは分からねえよ」
…警戒してるわね、でもサードがここまで警戒するんだからゾルゲってそれくらいの人なのかしら。今のところゾルゲはミラーニョのためにジルを殺そうとしていて、ミラーニョを世界のトップに立たせようとしてる程度でそこまで悪い人って感じはしないけど。
「念のためだ、お前らもついて来い」
サードの言葉に私とサムラは頷いて三人連れだってゾルゲの屋敷までたどり着くとすぐさまミセスが「まあこんなに早く」と出迎えて、
「旦那様はこちらでございます」
とニコニコと案内する…。
さっき私に質問してきたことももはやなかったかのような感じだわ。ホッとするような、それでも不気味なような…。結局誤魔化せたのかしら、さっきので。
案内された所に向かうと、こちらの足音を聞きつけたゾルゲがイライラとした表情でバンッと扉を開けて飛び出してきた。
「来たか!遅い!」
ゾルゲは早く部屋の中に入れと踵を返して促すけれど少し緊張する。
だってこの部屋の中はカーテンが閉められていてほとんど真っ暗なんだもの。仮に反魂法で生き返った人が潜んで待ち構えていたりしたら…?
いや多分そんなことは無いと思うんだけど、サードの警戒ぶりを見るとちょっと嫌な考えで不安になってきているし。
サードも警戒の表情でドアの外から薄暗い部屋の中を一通り確認している。でもどう見ても部屋の中で動いているのはゾルゲだけと見たのか聖剣を軽く引き抜きながら中に入った。
まあ何もないとは思うんだけど…私も一応何かあればすぐ攻撃できるようにしておこう。
ゾルゲは振り向いてまだ私たちが入口辺りにいるのをみて、イラッとしつつもう待ち切れないとばかりにさっさと話しだした。
「昨日の夜に新しい手法を思い付いたんだ。今までは黒魔術でアンデッドのような状態で生き返らせていたんだが、それだと新鮮な死体が手に入らんといかんし何となく成功てもゾンビに近い状態で知能が著しく低下してまともに話もできん。
お前の言う通り人の見た目は保っていても何を言ってるかさっぱりな状態だったのだ。だが私の考えついた新しい手法は違うぞ、まず従来の反魂法に必要だった死体を使わず土で…」
「ちなみに誰を生き返らせたんです?」
話が長くなりそうと思ったのかサードが途中で話を遮って質問した。もちろん気持ちよく話しだしていたゾルゲはムッとしたけどサードはニッコリ微笑み返しす。
「申し訳ありません、ですが私とてあなたの努力と知恵の結晶を早く見たいのです」
「…ふん」
ゾルゲは不満げな顔ながらもそう言われると怒るに怒れないみたいで、部屋の中の…暗い真ん中辺りを指さす。
「歴代最高と言われた勇者インラスだ」
インラス?サードが持っている聖剣の元の持ち主の勇者インラスがこの部屋にいるの?
インラスに会えるかもと思うと緊張と興奮で髪の毛を整えた。
でもそのインラスはゾルゲの手先として蘇ったってことで、ゾルゲへの対応次第で敵に回るのかもしれないんだと気づくと興奮よりどうしようという感情が強くなる。思えば今ろくな装備つけてないし。
サードもインラスと名前を聞くとそれ以上奥に進むのをやめて「ほう」と言いながら立ち止まる。
確かにゾルゲの指さす辺りに人影があるわ。…でもピクリとも動かないまま黙って立っているだけで、一言も話もしない。何か様子がおかしいような…。
するとゾルゲは軽くため息をついた。
「まずゴーレムを作る要領で土で体の土台をつくり、そこにシャーマンの知識を用いてインラスの魂を呼びよせるまでは成功した」
えっ、魔術で魂を呼び寄せるなんてこともできるの?…まぁアンデッド系のモンスターを作るのと似たような感じなのかしら、私はそのやり方よく分からないけど。
「思えばカーテンが閉まりっぱなしじゃないか、ミセスとミスターめ、開けに来ないとは気が効かん」
ゾルゲはブツブツ言いながら閉めていたカーテンをシャッと開ける。
明るくなった部屋の中に現れたのは、腰に手を軽く当てて寛いだようにゆったり立つインラス。
肩までの金髪を一つにまとめて繋いでいて、体どころか顔にも紋章なのか魔方陣みたいなものが刻まれている。
精悍、それでも優雅、そして優しそうな笑みを浮かべた顔立ち…ナタリカやミレイダから聞いていたような特徴をもったインラスの姿…。
…でも一目で分かる。生身の人間じゃないって。
だってどう見ても肌も髪の毛も服も粘土を焼いて作られたような質感だもの。何かしらのアーティストが作った作品って感じ。
もしかしてこんな見た目で動くとか?でもさっきからピクリとも動かないのよね。
しげしげと見ているとゾルゲはインラスを指さし、
「今はこのような等身大の人形同然の見た目だが、昨日の夜に土で大雑把に人の形を作りインラスの魂を呼びよせた。そうしたらただの土くれだったものがこのようにインラスの見た目になって立ち上がったのだ!」
自慢げに大声で叫ぶようにゾルゲは伝えてくるけれど、すぐさまサードは突っ込む。
「しかし今は動いていないようですが」
ゾルゲはグシャグシャと頭をかいて舌打ちして怒鳴ってくる。
「そうだ、今は動かん!こいつが蘇ってから私は伝えた、今まで反魂法で生き返らせた者と違い対話もできたからこの部屋に招いてな!ミラーニョ様の素晴らしさとミラーニョ様を世界の頂点に据えさせるために力を貸せと!
そうしたらこのインラスめが、私を馬鹿にするように鼻で笑って、そんなものに興味はないと言ったあとはこのような土人形の如くの姿になってこのざまだ!どうやら勝手に魂がこの体から抜けていったようだ!せっかく生き返らせてやったというのに!あの馬鹿が!」
ゾルゲは怒りながらインラスの腕をコンコンコンコンと執拗に叩き続ける。
っていうことは…ゾルゲが新しく開発した反魂法はゾンビみたいなのと違うんだわ。魂を呼び寄せた人を主人と仰ぐことなく、あくまでもその人自身の考えで動く…。
だとしたら歴代最高の勇者と呼ばれているインラスだもの、急に呼び寄せられてそういうことに力を貸せと言われて「はあ?」って思って馬鹿臭いと魂が抜けていったのかも。
だってそう言われてよくよく見てみればインラスの口元は優しく優雅に微笑んでいるけれど、その目はどこか人を見下げてバカにしているような冷ややかさだし。
…けどそれだったら勇者・英雄と呼ばれてきた力のある偉人たちはゾルゲに協力なんてするわけないわ。それが分かっただけでホッとした、何より歴代最高の勇者インラスと敵対なんてしたくないし。
「…それでもこれは勇者インラスの見た目そのままなのですね?」
サードの質問にゾルゲは頷く。
「恐らくな。今はこのような成りだが魂が入っている時は人間そのものだったぞ」
サードは動かないなら大したことねえとばかりに人形姿のインラスに近づいていく。
もちろん私とサムラも興味津々で近づいてしげしげと眺めた。
へえ、これがインラスの姿…。インラスは絵画のモチーフとしてよく描かれているけれど、絵に描かれたものはムキムキで、いかにも伝説の勇者って感じの風貌だった。でも実際は細身なのね。顔にも紋章みたいなものが彫られているし。身長はサードより少し高いくらい、ミレイダとナタリカから聞いた通りの爽やかで優雅で優しい雰囲気…。
まあその目つきはゾルゲとの対話のせいか人を見下げたような冷ややかさだけれど、それでもインラスと間接的にでも会えたような気がして少し感動する…。
「どうだすごいだろう。本当はインラスが動いた時に反魂法を知っているお前に伝えておこうと思ったんだが…。まあインラスはこのザマだったが、新しいやり方での反魂法は成功した。これから他の者どもでも試してみるつもりだ」
「それは素晴しい。まさかおとぎ話で聞いていたものを実際に成功させるのですからさすがですね」
その言葉にゾルゲは自慢気にのけ反って笑っている…。でも今のはサードのリップサービスよ。だってサードの顔からは「いくら蘇らせたって歴代の名だたる勇者英雄がてめえに賛同して動くわけねえだろ」って言わんばかりで興味が失せているもの。
「今からインラスの仲間を…」
ゾルゲが話している最中だけれどゾルゲの言葉を遮るようにサードは、
「では私たちはこれにて」
と踵を返した。
えっ、とゾルゲが振り返る。
「正気か?これからインラスの仲間を蘇らせ…」
ゾルゲは引き留めるけれどサードは首を横にふりながら私とサムラの肩を押しグルリと回転させて背中を押しながら歩き出す。
「いいえ、この奴隷二人は無駄に力が強いのでその反魂法のやり方を見て覚えたら勝手に過去の勇者英雄を呼び出し私に反逆を起こすかもしれませんので」
「だったらそいつらを置いて戻ってこい」
「ありがとうございます、しかし…」
サードは振り向いて爽やかに微笑む。
「あなたが極めたそのやり方を最初に私が見てもよろしいのですか?それをまず見て感想を述べるべきは私ではないのでは?その方法とてミラーニョ様のために編み出したのですからミラーニョ様にまず見せるのが筋だと私は考えるのですが」
そう言われてゾルゲもはたと動きが止まって、それもそうかと納得したように動きが止まる。
納得したゾルゲを見てサードはさっさと歩けと私とサムラの背中を小突くから部屋から廊下に出ると、ちょうどよくドアを開けたミセスとぶつかりそうになってお互い入口で止まる。
「あらお茶を用意しましたのにもうお帰りですか?ミスターもお菓子を持ってきますわよ」
「ありがとうございます、しかしそれはまた後の機会に」
そういうとサードは入口を塞ぐミセスの脇をすり抜けて、そのまま屋敷の外に出る。
外に出た瞬間サードは鼻で笑った。
「良いこと思いついても悪事はそうそう上手くいかねえってこった」
年がら年中悪事ばっかり考えてる奴が何か言ってる。
呆れつつもゾルゲの屋敷を振り向く。
けどゾルゲはインラスの仲間を蘇らせるとか最後に言ってたわよね、確か。…サードは興味なさそうだったけど、私はちょっとインラスの仲間見たかったな…。
そりゃあ死んだ人を蘇らせるとかあんまり良くないと思っているし分かっているけど、それでも歴代最高の勇者の仲間は見てみたかったな…。
ジル
「おいミラーニョ」
ミラーニョ
「はい?」
ジル
「人間界の魔術ってのも効き目あるの多いんだろ?」
ミラーニョ
「そうですね。やはり人間はジルのように魔力が強くないので工夫して効果のある魔術を作り出していますから」
ジル
「じゃあこの中から効き目ありそうなの選んで俺に教えろ、エーハの本屋にあった魔術書だ」
ボンと投げられる本、それを拾うミラーニョ
ミラーニョ
「(なんだこのピンクのファンシーな表紙は…なになに?『満月の晩に好きな人を想って小指に赤いマニキュアを塗るの☆そうしたらあっという間に両想い』…。
………。『お風呂に入る時に好きな人の想ってピンクのバスソルトを相手の名前と同じ文字数だけお風呂に振りまくの☆そうしたら次の日に好きな人が話しかけて…』)」
ジル
「絵を見る限りだと好きな奴を手に入れる人間の魔術なんだろ、どうだ、良さそうなのあるか」
ミラーニョ
「…(笑わせようとしているのか?笑わせようとしているのか?笑わせようとしているのか…!?)」←下を向いてプルプルしながら必死で笑いを押さえている




