あの子が欲しい、相談しましょ、そうしましょ
「…あ"?」
サリアを寄こせと言ったジルに対してサードからガラの悪い声が出る。
するとジルは話し始めた。
「どうせお前も俺の傘下についたようなもんだ、それなら広い目で見りゃ俺のものってことだろ?だがサリアはどうもお前に義理立てて一言も喋りやしねえ。それならお前がサリアをお前の所有物から外して俺が代わりに主人になれば俺のもんになる」
「何言ってんだ、いつ俺がお前の傘下に入ったって?」
サードがジルの言葉を遮る。
「あくまでも俺とお前はギブアンドテイクの仲だ。お互い対等、対等つってもあのタテハ山脈の取り分はお前に多くくれてやるつって譲歩してんだぜ?そのうえで俺の物も寄こせだと?ふざけんな、あれほど魔力の強い女をわざわざくれてやるかよ」
サード…!いつもあれこれとイライラすることもあるけど、いざとなったらこんなにしっかり守ってくれるのね…嬉しい。
ジーンとしているとジルは、
「魔力の強い女を手放したくねえってことか?それだったらこのバファ村にいる女どもは全員力が強いぞ。ゆりかごに入ってるガキから明日には墓に入りそうな婆まで揃ってるし色んな種族が入り乱れてんだ。サリアを寄こす代わりにこの村の女全員を奴隷にして好きにしてもいい、俺が許可する」
「体がもたねえよ」
サードの言葉にジルはブッフォッと吹き出して大爆笑しながらガンガンとテーブルを蹴とばす音が響く。
ひとしきり笑いって少し落ち着いて…でもまだ笑いをにじませながらジルは、
「ならどれくらいでサリアを売る?」
そんなジルの言葉と共にジャラジャラと硬貨が床に散らばる音がする。
それもその音は止むことはなくどこまでも続いているけれど…ちょっと、そのお金どこから出してるの…!?見えないけれど、硬貨が山積みになっているんじゃない?
うるさい硬貨がぶつかり合う音がようやくやんだ。
「誰が売るか」
…そんな風にサードが即座に断ってくれると思っていたけれど、それでもサードは何も言葉を口にしない。しばらく待っても無言のまま。
まさか、山積みにされたお金を前にして欲に目が眩んでるんじゃ…やっぱりサードは仲間よりお金なの?お金に目がくらんだの…!?
ヒヤヒヤとしていると長い長いサードのため息が聞こえてくる。そのため息が終わると、そっとサードが口を開いた。
「お前まさか…サリアに惚れたのか?体目的じゃなく本気で?」
サードの言葉にジルのいる辺りからガタッと椅子から傾いたような音がして、
「…は?そ、そんなわけねえだろ、魔族の俺が?人間界の女に惚れた?あるわけねえだろうが、馬鹿言ってんじゃねえ」
って妙な早口で否定するけれど、サードは何も言わない。サードが何も言わないからジルも何も言わない。
微妙に気まずくなったような雰囲気の沈黙が続いて、ジルは疑いの声を出した。
「…お前、まさか魔族…」
「んなわけねえだろ、てめえの態度見てりゃアホでも分かる」
ジルの言葉にサードが簡単に突っ込む。ジルが黙り込んだからまた沈黙が続くかと思ったら、ジルはため息をついて、椅子に座り直す音が聞こえた。
「…あんなに俺の思い通りにならなかった女は初めてなんだ…。魔界でも俺は乱暴者ってことで通っててな。同じ階級の女は俺に媚びてきたし好きにできた。
人間界の女はあんまり興味ねえが…サリアは何か違う。魔族の俺をちっとも怖がりやしねえし、平気で反抗してくるし、平気で嫌そうな顔を向けてくるし…」
ジルはまたため息をつく。
「お前、サリアに良い服買ってやったことあるか」
「…まあ成長の度に何回かは」
そこは嘘をつく必要がないと判断したのか素直に言うと、ジルはまたため息をつく。
「今日、服を買ってやったんだ…。そうしたら嬉しそうな顔で鏡に映してスカートを広げたりしててよ…。それまで嫌そうな顔しかしなかったのに、あんな嬉しそうに喜んでる顔見たら…」
ジルはそこで言葉を止めてため込んで、一気に吐き出す。
「…ダメだ、反則だろあんな顔…惚れちまうだろうが…」
…惚れ…?私に?ジルが?
一瞬ポカンとしたけれど、すぐさまゲンナリする。
だって世界のどれだけの人々がジルのせいで直接的にも間接的にも苦しんでいるの?そう思うとそんな好意を持たれてもものすごく迷惑って感情しかないわ。
ゲンナリする私とは対照的にジルは声を高らめて、
「それも飯食ってる時に急に意味ありげに微笑んだり…」
それは…お城と貴族の子に生まれなくて良かったって言うアレンの情けない顔を思い出して笑っただけよ…?
「急に俺の手を引っつかんで、指で手の平をなぞって誘惑してきたり…」
それは文字で意思の疎通を取ろうとしただけよ…!?
「なんだかんだ嫌ってる素振りをみせても俺とスキンシップ取りてえんだ、あいつ。可愛いじゃねえか、なあ…」
…頭痛くなってきた。なんて自分に都合の良いように考える男なの、あいつ…。
ゲンナリしながら額を押さえて隣のガウリスにチラと視線を移すと、ガウリスは思ったより深刻な状況じゃなさそうと思えてきたのかどこか気の抜けた顔になっている。
他人事だと思って…!とガウリスを睨み上げると、私の視線に気づいたガウリスは少し顔を引き締めつつもまあ落ち着いてと肩を優しく叩いてくる。
「…そういうわけだ。だからサリアを寄」
「断る」
ジルの言葉にサードがいい含ませるようにゆっくり強く言う。
「…ああ?」
ジルがここにきて初めて怒りのはらんだ口ぶりになって、
「てめえ、こっちが下手に出てやれば…」
いや、あなた全然下手に出てないけど。
心の中でそう突っ込んでいるうちにもジルは怒りに任せて早口でまくし立てる。
「ふざけんなよ、協力者だからある程度抑えてやってんだこっちは。てめえなんて俺が本気出せば一瞬で殺せるんだぜ?それでも話し合いに来てやってるってこと忘れんなよ」
そんなジルの脅し文句にサードも早口でまくし立てる。
「俺が死んだらタテハ山脈にある金や鉱石がどこにあるのか分かんなくなるぜ。それにあの神官もお前より俺の言うこと聞くから儀式に手も貸さねえ。そのことも忘れんなよ」
良く言うわ、その金や鉱石は嘘の話のくせに。
だってサムラに「本当にそんなすごいものがタテハ山脈の下に埋まっているんですか?」って聞かれたサードは鼻で笑いながら言っていたもの。
「嘘に決まってんだろ。ただ本当にタテハ山脈の下にお宝が眠っていそうなのは事実、だが本当にあるか無いかは誰にも分からねえ。はっきりしねえからジルにも俺の嘘は見抜けなかった、それだけの話だ」
って。
…すると、チッと明らかに面白くないとばかりのジルの舌打ちが響いた。
「ぶっ殺してやりてえ、いいや、全部終わったらてめえをぶっ殺してやる。その上でサリアを俺のもんにする」
「俺だって元神官と神に祝福されたサリアの二人がいるからこそ避けたこともあるからな。それに…」
サードはそこで一旦言葉を止めて含み笑いをした。
「いつお前の考えがコロッと変わって俺を殺そうとするか分からねえ。それにお前のサリアに対する気持ちも十分に分かったから今まで以上に手放せなくなった。あいつにはお前を抑制させるための切り札としてこれからも俺の隣にいさせることにする」
「…」
ジルは何も言わない。それでもイラついてるのか、テーブルをガスガスと蹴り飛ばす音が連続で聞こえて、ついにはテーブルの足がガキンと折れてガタガタと机部分が床に倒れた音が響いた。
「どうあっても俺に反抗するってんだな?」
「これは反抗とは言わねえ、身を守るための策だ。魔族と違って力のない人間だからこうでもしねえと魔族から身なんて守ってらんねえんだよ」
ジルはしばらく無言で、たまにテーブルをガスガスと蹴り飛ばす音が聞こえて…。吐き捨てるように口を開いた。
「あー、ぶっ殺してやりてぇ…てめえが魔族だったら今この場所で爆発させて屋根の上までぶっ飛ばしてるところだ」
「そんなことしてみろ、俺は死ぬぞ」
…それ脅し文句のつもり?
私は困惑したけれど、俺は死ぬぞ、のサードの言葉にはイラついていたジルも思わず詰まった笑い声を出した。
しばらく喉から絞り出すような笑い声を出していたジルだけれど、
「…人間でもここまで俺と対等に渡り合えるのもいるんだな」
と改めてサードに対する見方を改めたみたい。
「ったりめえだ、俺は特別なんだよ」
「冗談でもなく心から本気でそう思ってやがる、ふざけんなよこの野郎」
怒ってるような口調だけれど、その言い方はとても楽しそう。どうやらジルの機嫌はかなり良くなったみたいだわ。一瞬ジルがキレるかもしれないと思ってハラハラしたけれど…。
するとサードも改まった口調で口を開く。
「だがまあ…それでも俺はお前とは協力体制にあるのにてめえの提案を全部突っぱねるってのも申し訳が立たねえな」
…ん?
「とりあえずサリアはお前にはやれない。だがサリアを真っ向勝負で口説いて、俺よりお前の元に行きたいってサリアが言ったなら俺はサリアを手放そうじゃねえか」
え…?ちょ…私抜きで何を勝手なこと言っているの!?
思わず部屋に飛び込もうとするのをガウリスが慌てて押さえて、ドアから引きずり離す。
「何だ、そんな簡単な条件でいいのか?」
ジルはサードから出された提案に即座に食いついて、喜びに満ちた声を出している。
「ああ」
サードもあっさりと返したけれど、すぐに続けた。
「だがサリアは貞操観念がひっじょうーーーーーに、強い女でなあ。神に祝福された辺りから男に対する警戒心も嫌悪感もすげえ強くなった。上着の紐を男に外されるのも許せねえレベルだ」
ジルはしばし無言になって、ヘラヘラと笑いだした。
「おいおいそんな女がこの世の中に居るのかよ、都市伝説だろ」
「いるんだよ、それがサリアだ」
ジルのヘラヘラ笑いがやんで、静かな間が流れた。
「言っとくがサリアは男にベタベタと触られるのも、性的な笑い話や冗談を聞くのも嫌いだ、お前にとって軽い冗談でもあいつはすげえ嫌がる。今日一日お前に肩に手を回されただけでも不愉快そうだったぜ」
するとジルから戸惑った声が聞こえる。
「嘘だ、あいつは今日俺の手を握って指で…」
「『お前なんて嫌いだ、家に帰せ』って人間界の文字で書いてたんじゃねえの」
そのサードの言葉にハッとした。そういえばジルって人間界の文字が分からないんだっけ。
そうか、いくら筆談なら応じるって手の平に文字を書いても人間界の文字が分からないなら理解できるわけが無かったんだわ。
失敗したぁ…と後悔しているとサードは続けて、
「先に忠告しとくがサリアを落とすのは骨が折れるぜ。元々は良い所のお嬢様でプライドも高いからな。てめえの今のやり方だったら今まで通り最低の評価からは抜け出せねえだろうよ」
「最低…!?んだ、俺はそんなに嫌われてんのか!?嘘だろ!?」
ジルが驚いたように声を上げるけれど、当り前じゃない。あんなにセクハラ紛いのことをし続けて好かれるとでも思ってたの?馬鹿じゃない?
そう思っていると私の気持ちを代弁するようにサードは返す。
「そりゃあなあ。貞操観念が強くて男に嫌悪感もあるのに初対面の男に下半身押しつけられて襲われそうになった挙句体を触られ続けられながら町中連れ回されたらなぁ」
「…」
ジルは無言。
「ま、そのことを踏まえたうえでサリアを口説き落とすんだな。じゃあ俺はそろそろ寝るからお前も帰れ」
サードの言葉にジルが力なく椅子から立ち上がる音がする。と、ノロノロと玄関に向かうジルの足音がピタリと止まった。
「…サリアが好きな男のタイプは…てめえ分かるか?」
その言葉にサードは一瞬口をつぐんで、
「強いてあげるなら無自覚な天然タラシだな」
「…んだそりゃ」
ジルはそう言うと玄関から出ていった。
ジル
「はぁ…。なあミラーニョ」
ミラーニョ
「はい?」
ジル
「お前…本気で恋したことあるか」
ミラーニョ
「…………何自分に酔ってんだ、気持ち悪い(いいえ)」
あまりに混乱して心の声とセリフが逆転したミラーニョ。この後ボコられた。




