勇者を褒めれば魔族来る
ケッリルの肩から聞こえた鈍い音に皆の表情が思わず固まった。それでもサードは皆の反応など気にせず反対側の肩と腕に繋がる関節を掴む…。
「サード!サードストップ!」
アレンが思わずサードの手を取って止める。サードは止められたのが煩わしいとばかりにアレンの手を振り払って、
「入らねえんだ、しょうがねえだろ」
「だって折った!折っただろ今ケッリルの骨!」
アレンがケッリルの体を指さし騒ぐと、サードは「うるせえー」と耳を抑えて、
「折ってねえよ、肩の関節外しただけだ。ケッリルの魂が体に戻る前に関節入れたら問題ねえだろ?」
「その関節を入れたら痛みもないんですか?」
サムラが質問するとサードは少し口をつぐんでサムラの目をチラと見て、
「…そりゃあしばらく痛えだろうなあ…」
と他人事みたいに返す。サムラは不安そうな顔で私たちの顔を見渡した。
全員が全員何か言いたげな顔をしたからか、サードはイラッと表情を歪める。
「だったらこのまま事が終わるまであのミセスってババアに体いじられるがままにしとけばいいのかよ、てめえらがケッリルの立場だったらこのまま体を放置されんのと両肩を外されてでも安全な所に隠されるのとどっちがマシだ?あ?」
「…俺はどっちも嫌だな…」
アレンは素直な意見を言う。もちろん私だってどっちも嫌よ。
でも少し考えてみる。
私がケッリルみたいな立場になっていたら?
…とりあえず口の周りを見知らぬでっぷり太ったおじさんにベロベロされるのは本当に嫌だわ。いくら自分が気づいていないからって。
それを考えたらやっぱり助けたいけど…でも両肩を外されたら痛いわよね、あんな鈍い音がするくらいなんだから。でも肩が外れるってどんな状況なの?サードは入れるっていっていたけれど。
私はサードに顔を向けて質問する。
「肩が外されたのを入れたら痛みってすぐ消えるの?」
「…」
サードはニヤニヤしたまま黙っている。何楽しそうにしてんのこいつ、それってつまり痛いってこと?
皆と顔を見合わせてどうしようと困った顔をすると、皆も困ったような顔をしている。
「…。迷うくらいならやっちまえばいいだろ面倒くせえ」
サードはケッリルの反対側の肩をつかむと、あっという間に怖い音を出して外してしまった。
あああー!この鈍い音が怖い…!
「おら、お膳立てしてやったぞ、入れろ」
サードはそう言うと、あとはお前らがやれとばかりに後ろに下がった。
皆が痛ましい顔でケッリルを見つめて、それからおそるおそる腫れ物に触るかのようにケッリルの肩をバッグに入れていく。
でも結局のところ肩から二の腕、胸板の厚さで中々入って行かない。それでもさっきよりは少しずつでも入って行くけれど…。
せっせと皆でケッリルの胸まで入れた時、ガウリスがふっと動きを止めて呟いた。
「両腕を上にあげた状態で入れればこんなに苦労しなかったかもしれないですね…」
皆が「あ」と動きを止めたけれど、でもここまできて今更…とばかりにそのまま進めた。
だって一番の難関の肩から胸までもうほとんど入っちゃったし…。それにもうお腹から下は肩程広くないから、あとはスルスルと大きいバッグに入っていった。
ケッリルの体が全て入った大きいバッグをそっと持ちあげてみる。
力の入っていないケッリルの体はとても重くて頭を持ち上げるのも苦労したのに、大きいバッグは「そんなに重い物入れました?」とばかりにヒョイと持てた。
…人が一人入っているのにこんなに軽いなんて…不気味だわ。それにバッグに人の体が入っているのも落ち着かないし、何か怖い…。でもこれはかくまうためだから不気味とか思っちゃいけないわよね、正直不気味だけど…。
とにかく、ウチサザイ国のあれこれが終わって魂の状態のケッリルと合流するまでこの大きいバッグは大事に扱わないと。
そんな気持ちでよし、と肩からかけると、サードが私の大きいバッグをジッと見ていた。
その無感情の目を見て、
「何よ」
と聞くと、サードはボソッと呟く。
「人殺してもその中に入れれば完全に証拠隠滅できんだなって…」
「おいやめろ」
「サードさん、いくらなんでもそれは考えついても言ってはいけません」
サードの薄ら恐ろしい言葉をアレンとガウリスが即座に諫めた。
* * *
ケッリルの体を保護して皆で拠点にしている家に戻って…あとはもう夜だし他にやることもないと寝ることにした。この家に時計が無いから今が何時なのか分からないけれど、まあ九時から十時ぐらいにはなっているかしら。
ミセスの小屋を探すのにも手間取ったし、ケッリルの体をバッグに入れるのに結構苦労したし…。
「ではおやすみなさい」
いつも八時過ぎぐらいには眠りにつくサムラが目を擦りながらリビングから去っていく。サムラも今日は頑張ったものね。
手を振り見送るとアレンがウキウキとした顔で、
「なぁー、多分時間もまだ早いし酒飲まねえ?」
って言うけれど、サードがリビングからの去り際にアレンを睨みつけた。
「寝ろ、薪がもったいねえ」
アレンはそう言われると渋々と「じゃあ寝る…」と去っていって、ガウリスも「おやすみなさい」と皆に声をかけてアレンと一緒に去っていく。
…この家に入って暖炉の薪をどうしようとアレンが騒いでいたけれど、薪の問題はすぐ解決した。
この家に入ってミスターが帰った直後、食料に暖房用の薪が無いだろうとやって来たおじさんがいたのよね。
わあ嬉しい、こんな村でも村人同士の助け合いがあるんだわ…と感動したけれど、有料だった。
しかも薪がないと生活できないって分かりきっているから人の足元を見て値段は高めで、それもおつりをちょろまかそうとした。
あの時はサードが値段をほぼ半分以下まで値切っておつりのちょろまかしも防いだけれど…。
あのおじさんは「薪はたくさん備蓄してあるんで、よければ薪が無くなるころにまた来ますよ」ってニヤニヤと去っていったから、薪はあのおじさんから買うしかないのかも、地味に痛い出費だとサードがぼやいていたわ。
ちなみにこの家は玄関のドアを開けると小さな風除室があって、その風除室のドアを開けたら暖炉のあるこのリビングにたどりつく。寒さが直接家の中に入ってこないようにするための一工夫ね、エルボ国でも雪が降るし寒いからこんな造りが一般的だったわ。
この家は一階建て。リビングから右に行くドアがあって、それぞれの部屋に行ける廊下に出る。屋根裏もあるのをアレンが一番に発見したけれど、前に住んでいた人の物が雑多に置かれているだけで、足の踏み場はほとんどないのよね。
まあそんなに長居するつもりはないから片付ける気もないけれど…。
ま、私も寝ようかな。私も今日は色々とあって疲れたし…。あ、でも私が最後か。それなら一応暖炉の火がちゃんと消えてるか確認しておこう。
火かき棒を手に持って暖炉に屈もうとすると、去っていったと思ったサードが戻って来て、テーブルの上にあれこれと物を広げて椅子に座った。
「何かするの?火つけ直す?」
声をかけるとサードは、
「いらねえ、すぐ終わる」
と素っ気なく返してくる。
フーンと言いながら近寄ると、テーブルの上には便箋、それとペンと封筒…。
「手紙?こんな国からどこに手紙を送るつもりなの」
「色んな所だ」
「…」
へえ、全然手紙を書かないサードが手紙ねえ…。
少し興味が湧いて、でも手紙の中身を見ないよう少し離れた位置に座って話を続ける。
「でもこの国から手紙を出すと中身確認されるわよ」
「イクスタが居るだろ」
ああ、そっか。イクスタに頼めば未開封のまま外に出してくれるわね。
手早くガリガリと文字を書き綴るサードの様子を頬杖をつきつつジッと眺めて、普段から思っていたことを呟く。
「サードって色々なことをすぐに覚えて上達するけど、字だけはいつまでたっても汚いわよね」
どうひいき目に見てもサードの文字は上手とは言えない。普通に読めるけれどお世辞でも綺麗とは言い難いレベル。多分性格の悪さが文字に出ているんだわ。
するとサードはムッと顔を上げて、
「このペンってのと横書きの表記が書きづらいんだよ。鉛筆も万年筆も全部使いづらい」
と文句を言いながらブチブチと続ける。
「サドじゃあジューショクだの他の大人たちの代筆で手紙書くぐれえの腕前だったんだぞクソが、その時の俺の文字も知らねえで好き勝手に言いやがって…」
「ええ!サドじゃ字が上手だったの!?性格が悪いから文字も汚いんだと思ってた!」
驚きのあまり心に秘めていた言葉を言ってしまって、言ってしまってからそれはあまりにも失礼だと慌てて口を塞ぐ。
サードは殺してやろうかと言いそうな目で私を睨んでから、
「こうやって椅子に足を投げ出して座って前かがみになって、腕もテーブルにつけて、こんな固い芯で左から右に横に字を書き綴っていくんだぜ?書きづれえだろ」
それが普通の手紙を書く姿勢じゃないの。
…あれ、でもそう言われればサードって自分用のメモを取る時は基本右から、それも上から下って縦に書いているような…?
それじゃあサードが元々居た世界と、ここの世界じゃ文字の書き方が違うのかしら。
「サードの元々居た世界の文字の書き方ってどんなものなの?こっちとそんなに違う?」
「…」
サードは靴を脱いで椅子の上に足を折り曲げ座ると、背筋をビッと伸ばして右腕を軽く宙に浮かし、左手は手紙の端に軽く沿えてペンの真ん中をぶら下げるかのように持つと、便箋にペン先を向ける。
サードはその状態でしばらく黙っていたけれどフッと自嘲気味に鼻で笑って、
「…筆とスミだったらな…。ペンでこんな書き方したって今以上に汚ねえ文字になるだけだ」
自分で自分の文字は汚いと理解しているのね。
そう思っているとサードは椅子に座り直して手紙を書く作業に戻る。
それにしてもちょっと聞いただけなのにわざわざサードが元々の世界での文字の書くポーズをするとは思わなかった。
きっと以前のサードだったら「どうだっていいだろ、つーか手紙書く邪魔だ、寝ろ」とか睨んで話を終わらせていたはずだもの。
サードの性格丸くなった?ってロッテに聞かれた時より、サードの性格は更に丸くなっているのかも。まあもちろんイラッとすることはかなり多いけれど。
それにしても…サードの元々の文字を書く姿勢って。
「すごくカッコいいわね、今の文字を書く姿勢」
真っすぐ伸びた背筋、キッチリと手紙に添えられた左手、文字を書く際の引き締まった表情…何というのかしら、カッコいいというより文字を書く時の所作が綺麗ねって言ったほうが正しかったかも。
「…」
私の言葉にサードはしばらく私を真っすぐに見返してきたけれど、ふいに視線を逸らして長々とため息をつく。
「褒めたのに何でため息つくのよ」
「…別に」
サードは小さく言い返して、また手紙を書く作業に戻る。
何となく話しかけるなオーラがサードから出始めている気がして、それならそろそろ立ち去ろうと席を立った。
するとドンッドンッと玄関のある方向から大きい音が聞こえた。
その荒々しい音に私とサードの同時に緊張感が走って、サードはテーブルの上に広げられている手紙類を一気にまとめるとテーブル越しに私に押し付けてくる。
「これ持って部屋に戻れ」
「何言ってるの、一人じゃ…」
「お前の今の服だと奴隷って立場が通らねえ」
思えば冒険する時の値の張るいいローブを着たままだわ、私。
「…それでもドアの向こうにいるから。何かありそうだたらすぐ駆けつけるからね」
「いいからとっとと行け」
サードにシッシッと追い払われてともかく手紙を持ってドア向こうへと去って、聞き耳を立てる。サードが危険になったらいつでも飛び出せるようにドアノブも握って…。
すると今の音に気づいたガウリスが部屋から槍を持って隣にスッと並んだ。
「誰が来たのですか?」
小声で聞かれたけれど、分からないと首を横に振る。
するとドアが蹴り破られそうな音と共に乱雑な足音を鳴り響かせて誰かが侵入してきた音がする。
「とっとと開けろよゴラァ!」
この声…ジル…!?
今日の半日の間ずっと隣で聞いていた声なのだから間違いない、この声はジルだわ。
何でジルがこんな時間に?まさか今日一日のことを思い返して段々と腹が立ってやってきたとか?
それよりこれってサードが危なくなっても奴隷的な立場の私たちは助けに行けないじゃない、どうしよう…。
「こんな夜更けにどうしたんだよ」
突然のジルの来訪に驚きもしない落ち着いた態度でサードが声をかけると、ジルの足音は遠慮もなくズカズカとリビングに入ってどっかりと椅子に座る音が聞こえる。
「てめえの反抗的な奴隷のことだ、女の」
…やっぱり腹が立ったんだわ、一人になって段々と怒りが湧いてきたんだわ。どうしよう、服屋の女の人たちに言われた通り少しぐらい愛想を振りまいた方が良かったのかしら…。
青ざめるけれど、サードはごく普通の会話のテンションで返す。
「ああ。あの女がどうした」
「名前はなんていうんだ?あいつは俺が話してもいいつっても一切口をききやしねえ。てめえより俺の方が格が上なのに今日の半日…半日だぞ、半日ずっと隣に居て一言も口をききやしなかった」
ジルは段々とイライラした口調で、
「どれだけの調教をあの女に施したんだか…。それでもてめえをどこか信頼してる素振りもある。奴隷のくせに、あんなボロしか着せられてねえしミミズが最高の飯みてえなのに…てめえ普段何与えてんだよ、クソか?」
「…あ?ミミズ?」
サードが何言ってんだこいつとばかりの声で思わず聞き返したけれど、それでもサードの言葉なんて知らんとばかりにジルは自分の話を続ける。
「で、あの女の名前は?ねえなら俺がつけてやってもいい」
するとジルは薄ら笑いを浮かべているような声色で笑い始める。
「魔族が名前のねえ人間に名前をつけてちょっとした術をかけたら、その人間は魔族の所有物だ」
するとサードのよく通る声が即座に響いた。
「サリア」
ジルの笑い声はピタリと止まって、言い聞かせるようにサードは繰り返した。
「あいつの名前はサリアだ」
サリア…それは私の本名、フロウディア・サリア・ディーナのミドルネーム。
まあミドルネームなんてあって無いも同然のお飾り的なものだけれど、それでも本名なのは間違いないから嘘を言っているわけでもない。やるわね、サード。
「サリア…サリアか」
ジルはサリアという私のミドルネームを感慨深そうに繰り返して、
「いい名前じゃねえの、お前がつけた…わけねえな、てめえがそんな洒落た名前つけるはずがねえ」
「当たり前だ、あいつが生まれたころ親につけられた名前だろ」
正確には両親じゃなくて名付け親からつけられたものだけどね。
それよりジルは何をしにここに来たの?そんな名前を聞く程度のことでわざわざ来るはずないし…。
「それで、何の用だよ、あいつの名前聞きにわざわざ来たなんてことねえだろ」
私が考えていたことと同じことをサードが聞くと、ジルは軽く勿体ぶったようにフー、と息をついて、ギッチラギッチラと椅子を軋ませ傾けている音が聞こえる。その椅子の軋む音が止まったと同時にジルは口を開いた。
「あの女…じゃねえ、サリアを俺に寄こせ」
いつだったかの芸能人格付けチェックで、間違えちゃって小さい入口からくぐって入ってね、という屈辱的?な事をする際、着物姿の女性がまるで茶室に入るかのごとく綺麗な所作でスッと両手で扉を開け、たおやかな動きで裾を抑えながらスタジオの中に入り、次に入る女性がそれを見てアワワ…と真似しようとしてもできなかったのを見て、
「人は…綺麗な所作さえできればどんな状況下になろうとも一流として生きていける…!」
と思いました。
自分語りですが私はラウンドワンに行った際、ゲームで銃を構える姿勢とアーチェリーで弓を引く姿勢がキマってるぅ、と言われたことがあります。全然当たらないけど。




