体を返せ
ジルに渡されたお菓子は全員で平等に分けて夕食後に食べた。
それでもサムラは食べられないから葉っぱを外から取って来てムシムシと食べていたけど。
でも今の時期だと落ち葉もほぼ地面と一体化しているから、木の葉っぱは冬でも生えている針葉樹のツンツンしたものしかないみたい。
サムラはそんな固そうなものをムシムシと食べ続けていて、食べ終わったらまた外に出ていってまた収穫してきてムシムシしてを繰り返している。
アレンはそんなサムラをジッとみて、
「…美味しい?」
と聞いた。サムラは、
「あんまり味は美味しくないですけど…保存食みたいなものですね、冬の間はこれでしのいでます。家にいたら葉っぱの漬物とかジャムとか色々秋のうちに作って備えておくんですけど。…食べますか?」
針葉樹のツンツンしたものを渡されたアレンは、おそるおそるムシャ…と一口噛む。
「クソ苦ぇ!」
アレンは絶叫を上げて針葉樹をブー!と口から吹き出しながら椅子から転げ落ちた。
アレン…あなた懲りないわね…。
呆れているとサードが私を見ているのに気づいて、何?と視線で返す。
「…お前、ジルと一緒なのが嫌だったって延々と言ってたわりにはジルから渡された服着たままだな」
「…それは…」
少し口ごもってから服をつまむ。
「ジルに買ってもらったってのは嫌だけど…服は悪くないもの。店員さんがあれこれ私に合うやつを選んでくれたものだし、冒険中だとこういうの着れないし…」
冒険している時にこんなドレスチックでフワフワモコモコの服で歩いていたら、絶対木の枝にくっつきやすい葉っぱ、ついでに虫も絡まって取れなくなりそうだもの。
この靴だってそう。こんなに靴底が薄くて平たいもので砂利道を歩いたらダイレクトに石のでこぼこが足の裏に伝わって痛いでしょうし、足も疲れやすくてすぐマメができるに違いないわ。凹凸が少ないから山道や岩場だと踏ん張りが利かないでツルッと滑って転んで怪我しそうだし。完全にこの靴は石畳のある町中でしか履けない靴。
「それにしてもエリーさんはドレスが似合いますね。…正式なドレスではないですが素敵ですよ」
「やっぱり貴族だもんな、すげー違和感ない。可愛いよエリー」
ガウリスとアレンに褒められて、照れ臭くなってモジモジと視線を下に逸らす。
けどサードは多少面白くなさそうな顔をしていた。今日ジルがしたような面白く無さそうなモヤモヤした何かを抱えているような不満気な顔…。
まあ多分「敵に渡されたものを着て褒められて照れてんじゃねえよ」とでも言いたいのね、きっと。
それでも何度も言っている通り服は悪くない。
「しょうがないじゃない、結局暖かいし、旅をしてない今しかこういうの着れないんだもん」
そう言い訳をしながら服から話題を変えた。
「ところでケッリルの体なんだけど、どうする?」
サードは話を変えやがったなこの女、という目をしたけれど、
「ケッリルの体の回収は後回しだ。ケッリルの体があるのを知ってるのはミセスっつーあのオバハンに女のガキ二人にエリーだろ?
そのうえで体を回収してあのオバハンが騒いで、その剣幕に押されたガキが素直に喋ったりしたら…最悪俺たちに足がつく。この家にケッリルの死体を隠す場所もねえしな…」
「死体じゃない」
そこはしっかり訂正しておく。
それとサードに言われていたバファ村を壊滅させられる情報収集だけれど、それは私がケッリルを発見してジルに連れ回された今日の一日で大体揃ったみたい。
まず公開処刑で殺され晒されている人の死体から始まって、人骨が小さい山のように重なっている場所。
あとは死体を切り刻む人々、加工するためにパーツになったものを運ぶ人々、パーツを煮込む人々、それをパッケージ詰めにする人々…。
もう十分すぎるくらいこの村には害しかないっていう証拠が集まったって。
…けど皆の話を聞いて思ったけれど、こうなってみると私はジルに連れ回されて逆に良かったのかもしれない。皆少なからずグロテスクなものを見てきたみたいだし…。
まあ一番酷いの見てきたのサードだけどね。あれこれ話しかけて人が加工される手順を最初から最後まで見てきたっぽいから。
よくもまあそれで普通の顔してご飯が食べられるものだわ。
「だがなぁ…」
サードがボソリと声を出すから、やっぱりグロすぎるものを見すぎてサードも参ったかしらと視線をサードに向けると、サードはそんなに参ったような顔はしないでソファーにもたれて同情的な顔つきで天井を見上げている。
「ケッリルも今まであのオバハンにどんな悪戯されてきたことやら…顔が良すぎるのも問題だな、可哀想に…」
「…」
…そういうことは何も言ってないのに、サードにバレてる。
するとアレンもサードの一言でケッリルの体がケッリルの知らない所で大変な目に遭っていると気づいたみたい。
「やっぱ早めに助けてあげようぜ、ケッリル可哀想だよぉ」
アレンはサードの隣に座って腕を掴んでゆすっている。
ガウリスもそれはあんまりだと思ったのか眉をひそめて、
「そうです、いくらケッリルさんの意識…というより魂が抜けて体は空の状態だとしてもケッリルさんの性格上、そのようなことは望んでいないはずです」
もちろん二人だけじゃなくてサードもケッリルに同情的な顔はしている。でも回収した後のことを考えると今は動かない方が得策、って考えているんじゃないかしら。
「んなこと言われたってな…」
と小さくボヤきながら二人から視線を逸してふと私を見る。すると私を見たサードは何か思いついたように目を軽く見開いて、
「ん」
とソファーから身を起こした。
「…何?」
警戒しながら聞き返す。
その声と表情からするに何か思いついたのは分かったけれど、私を見てからの「ん」だったからどんな企みを思いついたんだか分かったものじゃないもの。
するとサードは何も言わず立ち上がって暖炉のあるリビングから消えていった。それですぐ何かを手に持って戻ってくる。
その手に持っているのは…私の大きいバッグだわ。
するとサードはその大きいバッグをズイッと前に出して、
「これにケッリルの死体を入れる」
「ちょ、ちょちょちょちょ!」
すぐさま私は立ち上がって大きいバッグを奪い返した。
「何言ってるの!これに生き物は入らな…」
言ってる途中で、ハタと言葉が止まる。
この大きいバッグは人や動物の誘拐防止のために生き物…虫一匹が入っただけでも機能が停止するって説明された。
それでも魂が抜けた状態の体は?
それは生き物の範囲に入る?入らない?
…まあその部分は哲学とか宗教とか医学の込み入ったややこしい話になるから深く考えるのやめとこう。
私はサードにそっと視線を向ける。
「ケッリル…入ると思ってる?」
サードは軽く頷くと、大きいバッグのチャックを開けて全開にして、
「これだけの幅があればケッリルの肩もギリギリ入るだろ。入らないなら押し込めるまでだ」
「バッグの口の大きさの話じゃなくて」
「まずやってみねえと分かんねえだろ、魂が抜けた状態の体が入るか入らないか判断するのはこのバッグだ。これでもし入らないとしたらケッリルの体は可哀想だが後から回収する」
と言いながら私に問いただしてくる。
「それとも自分のバッグに人の体入れるのは反対か?」
ケッリルの体は助け出したい…でも正直あんまり賛成したくない。バッグに人を入れてその辺を歩き回るとか不気味だもの。
それに、と私はサードに聞く。
「さっきサードも言ってたじゃない、ミセスが騒ぎだして疑いの目がこっちに向いたら大変だって。そうなったらどうするつもり?」
「地の利もない場所で物を隠すのは難しいがな、この荷物入れの中に隠せるなら取り出せるのは俺たちだけだ」
取り出せるって…本格的にケッリルの体を荷物扱いしだしたわこの男。言い方に気をつけなさいよ。
呆れてわずかに睨んでいるとサードはニヤニヤと笑って、
「それにどうあっても俺らはこの国の王より偉いジルの協力者なんだぜ?騒ぎ立ててこの家まで探しに来れるもんなら来てみろってんだ」
…本格的に証拠が見つからない方法を見つけたらものすごく強気になったわ、この男…。
それでも皆もケッリルの体を早めに救出できるのなら、と助け出す気満々になっているし、アレンなんて、
「夕飯も食い終わったし、行く?」
と外に出る用意をして上着を羽織っている。
どえやらケッリルの体の救出は決定したみたいだから、私も部屋に一旦戻っていつもの服に着替えて皆の所に戻る。
「あれ、エリー着替えたの」
アレンの言葉に頷いた。
「だってあの服、葉っぱとか木の枝とか絡みそうなんだもの」
「随分とあの服を気に入ったもんだな」
サードが妙にトゲのある言い方をしてくる。
「だからああいう服って冒険をしていたら着られないんだもの」
「…ふーん」
サードは気のない返事をしてから案内しろとあごで指図してくる。
何よ、とかすかにイラッとしたけれど場所を知ってるのは私だけなんだものね。サードのことはまず無視して、
「こっちよ」
と歩き出した。
そのまま女の子たちに連れられた場所を通って小屋に向かうための獣道を探すけれど、あの獣道が暗くてどこにあるのか見つけられない。
あれー?確かこの辺だったと思ったんだけれど…もっとあっちだったかしら、まさか通り過ぎてないわよね?
ウロウロして獣道を探していると後ろから、
「目印に枝を折るか布でも巻き付けるかしとけよ」
サードがボソリと後ろから毒づいてきた。イラッとしたけれど、全くもってその通りだから言い返せない。
「しょうがありません、こんなすぐに助けに入ると思わなかったのです」
ガウリスが横からフォローしてくれてアレンも、
「それにミセスも何か目印つけてるはずだぜ、今は冬だからこうやって地面も見えやすくなってるけど夏だったら獣道なんて見えないだろうし」
と辺りをキョロキョロと見渡して何かないかと探し始めたからサムラも地面をキョロキョロと見て、私も見覚えが
ないかどうかあちこち見渡す。
「ガウリス、夜でも普通に見えるんだよな?何か見えたりしねぇ?」
アレンが声をかけるとガウリスはキョロキョロ上を見渡しながら、
「木の枝しか見えません、今のところは」
と返した。
そうやって夜に森の中をゴソゴソ動き回る怪しい集団と化しながら皆であちこち探っていると、サムラが「ん」と顔を上げた。その言葉に皆が動きを止めてサムラに目を向ける。
「見つけた?」
アレンの言葉にサムラはキョロキョロとしながら、
「今目の端が光った気がして…」
「えー?どこ?」
アレンはそう言いながらサムラの指さす方向を見ている。私もサムラが指さす方向を見ると確かに一瞬チカッと光った気がする。
こっちなのかしらと思いながら進んで行くと、ちょうど自分の通る身長の木の枝が所々妙な方向に折れていたり曲がっていて…。
もしかしてこれって、私が通った跡?
「ここかも!私両手がふさがってて木の枝がはらえなくて顔に凄く木の枝が当たってたの!」
そうやって進んで行くと目の所々にチカチカと光が入ってくる。その光を頼りに進み、チカッとした光は見えなくなった。
ここら辺なのかしら、それとももう少し下がった方がいいかしらとわずかに後ろに下がって、
「開け、ゴマ!」
と言うとズズン、と小屋が現れた。
「うおお!すっげー!」
アレンははしゃぎながら私を見て、
「けど何で分かったの?そんなに何か光ってた?」
「目が動く度にチカチカ光ってたわよ。見えなかった?」
聞くとアレンは首を振る。
「分かんなかった」
「もしかしたら魔力が強い人だと分かりやすいのかもしれませんね」
ガウリスの言葉にそうなのかもと私は頷いた。だって最初に見つけたのはサムラだし、私も魔力が強いし。
ともかく扉を開いて中に入って、ケッリルのいる部屋に入る。ベッドに近寄るとケッリルの体はお昼に見た時の姿勢のまま。
私は布団をめくってから横にずれて、
「ほら見て、ケッリルよ。生きてるみたいでしょう?死んでないのよ、これ」
するとサードは軽く鼻で笑い、
「故人の顔を最後に拝むみてえだな」
「そういうの冗談でもやめて」
サードをいさめているうちに皆がワラワラとケッリルを覗きこんでいく。
「本当だケッリルだ」
「本当に死んで…ないんですよね?大丈夫なんですよね?」
「息はしてませんが…確かに体は少し暖かいですね」
「つーか何だこの服、ダセェ」
上からアレン、サムラ、ガウリス、サード。
皆がそれぞれ好き勝手に言っているけど、とりあえず大きいバッグにケッリルが入るかどうか試してみよう。いつミセスが来るか分からないんだし。
「試してみるわね、入るかどうか」
言うと皆が私に場所を譲るから、大きいバッグを広げてケッリルの手を入れていく。
もしこれでダメならすぐ肘が入りきる前にバッグの底に指先が当たるはず…。
バッグをどんどんと上に動かしていく。
すると手首が入って、腕の関節が入って、そのまま二の腕まで上がって腕全部がバッグに入ってしまった。
どうやらこの大きいバッグは魂の抜けた体は生き物としては認識しないみたい。
皆に視線を移すと、皆もかすかに「やった!」って感じで頷いている。
それなら手早くケッリルをバッグの中に…。
そのままグイグイとケッリルの肩から頭にバッグをかぶせて入れようとするけれど、口が狭くてケッリルの肩でつっかえて頭まで届かない。
それを見ていたアレンがブフッと笑った。
「エリー、さすがに斜めに入れたら入らないだろ、一旦バッグ外して頭から入れようぜ」
「そうなるって見りゃ分かるだろ、馬鹿が」
アレンは優しく別の方法を提案して、サードは即座にけなしてくる。
サードにイラッとしながらもアレンの言う通りバッグを腕から外して頭にバッグをかぶせ少しずつ下にずらして…皆もケッリルの体を持ち上げたり動かしてくれるけれど、ケッリルは肩幅があって胸も厚くてつっかえちゃった。
どうしても肩から下が入りそうにない。
「もうちょっとバッグの口広げられねえ?」
アレンがそう言うけれど私は首を横に振る。
「あんまり広げ過ぎたら壊れちゃうわ。壊れたら中に入ってるの全部取り出せなくなるわよ、皆の貴重品とかラーダリア湖の宝石とか夏物の服とか色々…」
「…しょうがねえな」
サードはそう言うとケッリルの肩を掴んだ。
「上手く入れられる方法でもあるのですか?」
ガウリスが、さすがサードさん、すぐに他の方法を思いつくと言いそうな明るい顔をすると、サードはケッリルの肩と腕に繋がる関節の部分に力を入れる。
と、ゴキンッとケッリルの肩から鈍い音がした。
…!?
ちょ、サード…?サード…!?今何をしたの!?サード!?
アレンの言った「クソ苦ぇ!」の元ネタ…へうげものの蒲生氏郷
エリーの言った「生きてるみたいでしょ?」の元ネタ…有名だから何も言わない
タイトルの元ネタ…ミレー作「種蒔く人」の絵をろくに知らない芸人とアナウンサーのどっちがよりうまく説明できるか的なテレビ番組のコーナーで、アナウンサーが絵のタイトルを言う際に強い口調で言ったセリフ。
「タイトルは…『子供を返せ』!」
未だにこれが忘れられなくて種蒔く人を見るたびに「子供を返せ」が出てくる。




