なんて察しの悪い男…!
「…で、服を買ってもらって、飯もご馳走になって、土産も買ってもらって帰された…?」
例のバファ村の拠点に戻って今日のお昼から今まであったことを伝えると、サードが私の言葉を一言でまとめるからその通りと頷く。
ロリータファッションなる服を買ってもらったあと…。…まあジルに買ってもらったこと事体はものすごくいい気分じゃなかったけれど、それでもこの服は店員さんが私に合うものを選んでくれたんだから服は悪くない。可愛いし。
あの後は引きずられるように外に出て…。しばらく引きずられるように嫌々歩いていた私はジルの隙をついて全力で逃げた。
このまま一緒にいたら最終的に性的暴力を振るわれるかもしれない、その前に確実に逃げなければとの決死の逃走だった。
でも私の足が遅かったのかジルの足が速かったのか…すぐに私は捕まって、転移の魔法で他の店にたどり着いた。そこはお高そうな料亭で、ジルは服屋に入った時と同じく帳場を蹴破り近くにいた店員の胸倉を掴み、
「おい、この店の一番高いフルコース出せ!それと一番いい部屋に案内しろ、今すぐ!」
と片腕で私を、片手で店員を引きずりズカズカと店の奥へと進んで行った。
で…ジルと対面しながらフルコースを堪能した。
正直ジルとの食事なんて嫌だったけれど、それでもロリータファッション店での店員さんたちの反応を見る限り食べるのを拒否したら今度はウェイターやコック、料理長がジルの被害に遭うかもしれない。そうと思うと食べないわけにもいかず、運ばれてくるものを黙々と食べ続けた。
その時のことを私は思い出す。
「うまいか?」
ジルにそう聞かれて私は心の中で返したわ。
そりゃあこれだけお高そうな料亭で出される一番いいフルコースが不味いわけないでしょって。
それと共にウンザリした。こんなジルなんかとじゃなくて一行の皆でこれを食べたかったなって。
まぁサムラは前菜のサラダと付け合わせの野菜しか食べられないでしょうけど…。
ともかく私は喋らなくてもいい立場だからひたすら黙って食事をしていると、じっくり私を見ていたジルはボソッと呟いたのよね。
「…奴隷のくせに随分綺麗に食うな…」
って。
あの言葉にはしまったと思った。
一応私は貴族。だから食事のマナーは子供のころ徹底的に使用人から叩き込まれた。
それでも旅に出て色んな人の食べ方を見ていたら、こんなにかしこまった食べ方だと逆に変じゃないかしらとわざと砕けた食べ方を心がけてきたけど…それでも無意識で食事をしていると貴族時代の食べ方に戻っちゃうのよね。
でもサードだって食べ方は綺麗。…表向きの時は。
フェニー教会孤児院の元々お姫様だったシスターから一流の所作を学んだみたいだから、私から見てもサードの食べ方はすごく綺麗だもの。…表向きの時は。
まだ三人で冒険していたとき、そうやって無意識に貴族の食べ方をする私とお城の一流の所作を繰り出すサードと対面していたアレンは、心の底からのため息をついて呟いたのよね。
「…俺、貴族とか城の子に生まれなくて良かった…食べんの面倒くさそう…」
あの時のアレンの表情と言葉を思い出して、ジルの目の前でも思わずムフ、と笑いが込み上げてしまって…。でもジルが見ていたからすぐ食事に戻って。
ついでにジルはグランみたいに人間の食事なんて食えるかと拒否することもなく、普通に食事をしていた。まあ百年近く人間界に居たんだから当たり前かと思っているとジルは顔を上げたから私は視線を下げると、
「なあ、普段どんなもん食ってんだ?ガリガリにやせ細ってねえからそれなりに食いもんは与えられてんだろ?」
「…」
「こんな飯食ったことあんのか?」
「…」
「どこの生まれだ?どこであの詐欺師と会った?」
「…」
ひたすら無言で黙々と食事を続けていると、ジルは軽く笑いを浮かべながら身を乗り出して、
「言っとくがなぁ、あの詐欺師は俺に伺いを立てにやってきたんだぜ?つまりお前の主人はあいつだろうが、俺は更にその上の存在ってこった。だから俺が許可してやる、なんか話せよ」
「…」
誰があなたの言うことなんて聞くものですかと、私はひたすら無言を貫いた。
それでもある程度甘く接しているジルがどのタイミングで「いつまで黙ってんだ」と急にキレて攻撃してくるかも分かったものじゃない。
いつまでも無言でいるのも得策じゃないような気もしたけれど、それでも口を開いてポロッと私たちの正体がバレるようなことを言ってしまったら…。そうと思うと余計口が開けなくて、ひたすらご飯を食べ進めた。
そんな私を見たジルは鼻でフッと笑うとナイフを持っている手で頬杖をついて、
「本当によく調教された奴隷だな」
と言いながら頬杖を崩してナイフをブラブラと揺らすと、ピタリとナイフの先を私の顔に合わせてに真っ直ぐ向けてきた。
「名前は?お前の名前はなんて言うんだよ?言えよ」
…脅されている。そろそろキレそう?
そう感じてジルの様子を観察した。
でもミラーニョとのやり取りを見た限りジルがキレて攻撃するのは突発的だった。今はニヤニヤと馬鹿にした顔をしているから…多分完全に怒ってはいない、これはまだからかっている部類だわ。
サードだってこんな感じでニヤニヤとからかってくる時は機嫌がいいもの。
しばらくお互い相手の出方を伺って、私はジルの目を真っ直ぐ見据えた。
するとジルはしばらく私と目を合わせていたけれど段々と目を瞬かせて、ニヤニヤ笑いを引っ込ませて何度か視線を外したり合わせたあとナイフの先を下に向けて視線を逸らした。
「チッ…何だこれでも喋りやしねえのかよ…」
ブツブツ文句を言ってからガツガツと食事を口にかきこんでから身を乗り出して、
「なあ声を聞かせてくれよ、どんな声してんだよ、その面にふさわしい声なのか?案外低い声だったりしてな。その大人しい面に反して腰にくる色っぽい声だったら最高だけどよ」
そう言ってから後ろにずっと控えていたウェイターに「酒を用意しろ」と振り返って、ウェイターが居なくなるとさらにテーブルに身を乗り出したジルは、
「なあ頼むよ、何か言ってくれよ」
と少し声色を高くして甘えるように言ってきて…。
あんな筋肉ゴリゴリでずっと偉そうで乱暴な態度の魔族に急に下手に出られて甘えられるようなことを言われて、思わず胸キュンポイントにハマりかけそうになった…けど、ジルのせいで世界中が、ミレルの家が、この国の中がどれだけ悲惨なことになっていると思っているの?
そう思うとどうしても胸キュンしたくなくて必死に首をブンブンと横に振った。
するとジルは私が喋るのを全力で拒否したと思ったみたい。すぐさま面白くなさそうな表情で睨みつけてきた。
でもキレた顔じゃなかった。
私に対して怒っているんだけれど、キレるっていうより何かモヤモヤとしたものを抱えているような、そんな感情に陥っていること事体が面白くないような、そんな顔…。
そんなジルを見て、サードもふとした瞬間にあんな面白くなさそうな顔で私を睨むことが度々あるわねと気づいた。
それとそんな表情になった後は大体機嫌の悪さがしばらく続くって。
さすがにこれ以上だんまりを続けるのは得策じゃないかもと思えてきて、でも話せないしどうしようと悩んだ私はふと思いついた。
そうよ、筆談って選択肢があるじゃないって。
それに気づいた私は一旦フォークとナイフを下におろすと、ジェスチャーで伝えた。
右手にペンを持つ仕草、それと左手で紙を押さえる仕草をしながら文字を書くふり。
これなら十分に筆談なら会話オッケーって伝わるでしょ。とっさに思いついたことだけれど良いことを考えついたわ、筆談なら嘘をついているかも見破られないでしょうし。私すごいと内心自画自賛した。
そのままドヤ、とジルを見たけれど…ジルは怪訝な顔で私を見ていて、
「ミミズ…?ミミズが食いたいのか…?」
違う。
「…お前普段どんなの食ってんだよ…」
だから違う。
「生か?焼くのか?煮るのか?」
違うってば。
さっきので十分文字を書いているように見えるはずなのにと不満に思いながら、とにかく筆談なら会話に応じるって意思を伝えようとジェスチャーを続けた。
空中で四角く形を作って紙を表わしたり、ペンのキャップを取って紙に文字をサラサラと綴る動作を丁寧にしてみたりとあれこれやってみたけれど、ジルの顔は最初から最後まで「???」と訳が分かっていなさそうだった。
段々ジルより私の方がキレそうになったわ。なんて察しの悪い男なの、サードだったら最初の仕草だけで何が言いたいのかすぐピンとくるはずなのに。本当に頭悪いのかしらこいつって。
もういい加減分かってよと私はテーブルの上に乗っているジルの手をグイと引っ張ると手の平を無理やりこじ開けさせて、その手に、
「筆談なら!応じる!」
とグリグリと指で文字を綴ってからこれで分かったでしょと顔を上げると、ジルはどこか真面目くさった表情でジッと私の目を見つめて…ゆっくり自然な動作で私の手を握ってきた。
え。やめて触らないでよ気持ち悪い。
そんな悪態を心の中でつきながら私はすぐさま手をバッと引いた。
そこでジルも我に返ったようにハッとして自分が取った行動に驚いたような顔をすると、手をそのままズボンのポケットに突っ込んでそのまま慌てたように下を向いてガツガツと食べ物を口の中に放り込んでいく。
…ポケットに片手入れながら食べるとか…行儀悪う…。
うわあ、と思わず見ていたらチラとジルが目線を上げてこっちを見てきたから私はスッと視線を逸らす。
いちいちこんな男と目を合わせたくない。
あとは食べ終わるまでお互い無言で、でもいちいちチラチラとジルがこっちを見てくるのが視線の端に映ってすごく鬱陶しかった。
食事も終わって支払いの段になるとジルはお見送りしていた料亭の主人らしき人の手にジャラジャラとこぼれるくらいの金貨を乗せて、主人は、「ええ…!?」とショップの店員さんとと同じくまさかお金が支払われるなんてと言いそうな顔で驚いていたわ。
その後は肩に手を回され引きずられるように町中をブラブラと歩いて、ジルがふと立ち止まった。
逃げるチャンスかしらと思ったら、
「…俺にはドレーって妹がいてな…」
と話し始めるから逃げそびれてジルに視線を向けると、ジルはまっすぐあるお店を見ていたからそっちをみた。するとパフェを専門的に取り扱ってるお店があって、そこを見ながらジルは、
「ドレーはあそこの菓子屋が好きだったんだ、お前もああいうの好きか?」
と聞かれた。
まぁパフェは嫌いじゃない。お店や国によっても使われる甘いものや果物に個性が出る食べ物だから見てるだけでも楽しいし食べると美味しいし。
…でも表に飾っていたメニューを表わす絵のポスターには一メートル近い高さのパフェの絵があったんだけど結局あれって誇張だったのかしら、それとも本当に一メートル近いパフェが出てくるのかしら…。
あの時もそう疑問に思いながらパフェ専門店をジッと見ていると、
「気になるか?入るか?」
って聞かれたけれど首を横に振った。あの一メートル近いパフェのポスターにはすごく心ひかれたけれどフルコースには美味しいケーキのデザートもついていたし、お昼を食べ終わったばっかりで満腹だったし、ジルと一緒に食べたくなかったし。
そうやって断ったあともジルはあちこちを歩き回って、あの店は、この店は、何か欲しい物はとあれこれ話しかけてきたわ。
隙をついてどうにか逃げようとしたけれど、段々と一言も喋らない相手とよくもまあこんなに長くいられると少なからず感心した。まあ私としてはとっとと解放して帰してほしかったけど。
そうして日も暮れかけたころ、ジルはある建物に指を向けて、
「あれが何か分かるか?」
って聞いてきた。
そのお店はお洒落な外観の建物。まあ何かしらのお店なんだろうなとは思っているとジルは続けた。
「ラブホテルだ」
「…」
「入るか?」
即座に首を横に振って断った。
ついにこの男は性的暴力に移ろうとしている、きっと力づくか転移でこの中に引きずり込まれるわ。
もうこれ以上はサードの頑張りが無駄になるとか考える段階じゃない、完全にヤバい、魔法を使って逃げよう。
そう思って身構えて魔法を使おうとしたけれど、予想外にもジルからそれ以上無理強いする気配はなくて、かすかに「だよな」とため息をつくと私の顔を覗き込んできた。
「なあ、一日こうやって一緒に居たんだぜ?少しくらい口きいてくれよ」
無理強いする雰囲気じゃなさそうだったけれど、それでも信用できないからいつでも魔法を放つ心構えをして、最大限に身を引いて目を逸らした。
するとジルはまたため息をついて私の頬をビタビタと叩くと、その辺のマーケットみたいなお店に入っていくつか箱に入ったお菓子を買うと、私の手に押し付けてきた。
「これでもくれてやる、あの詐欺師の男に見つからねえように隠れて食え」
そこで気づいたら周りはマーケットの帳場の前からバファ村の拠点にしている家の前に移動していて、ジルは私の頬をビタビタと叩きながら、
「だからミミズは食うなよ」
とだけ言うと転移で消えていった。
あっさり家の前まで送られたことに正直肩透かしをくらったけれど、それでも何事もなく皆の元に戻れたからずっと張っていた緊張が解けてフウッとその場に崩れ落ちて、その音を聞きつけたサードが家の中からドアを開けて…冒頭の昼から今まであった事を伝えたシーンに戻る。
「けどエリー、無事でよかった…!」
アレンが泣きそうな顔でヒシッとしがみついてギュムギュムと締め付けてくる。
苦しい。でも…これくらい心配していたんだわ。
見るとガウリスも心の底から安堵した顔で上を向いて、
「神よ、あなたに感謝します」
と祈っていて、サムラも泣きそうな顔でヒシッと私にしがみついてくる。
サードは…どこか気の抜けた表情で、私の無事が分かるとジルに渡されたお菓子の箱を一番先にカポッと開ける。
「…普通の菓子だな」
「ちゃんとしたお店のお菓子よ、お店から買ったのは見てたから食べても大丈夫よ」
サードは一旦ふたを閉めてから私に視線を移して、
「で、一日ジルと居てどうだった、何か目新しい情報でもなかったか?」
「…何も…だって喋られない設定になっているし、喋ったら色々バレるって思ったし」
するとサードは苦々しい顔でため息をついて、
「使えねー、嫌でもそんな状態になったんなら情報の一つでも持ってこいよ」
…何それ、私が今日のお昼からどんな目に遭ってたかも知らないで…!
キレそうになる私をアレンが落ち着けとばかりにポンポン肩を叩きながらしがみついてくる。そのまま「ハッ」とアレンは何かに気づいたような声を漏らした。
「…エリーの着てる服、モコモコで温かい…!」
真剣な口調でアレンがロリータファッションのモコモコのファーをモコモコしている。そんなアレンの言動に体の力が抜けてサードへの怒りも消え失せて、改めてアレンにお昼のお礼をした。
「あとねアレン、ジルが来たときにかばってくれてありがとう」
するとアレンは何とも言えないように頬をかいて情けない顔になった。
「でも俺、何もやってない上にエリーに助けられただけだよ…」
「魔族の前で嘘をついてまで助けてくれたじゃない、それも俺のだって」
ふふ、と笑うとアレンは「え?」と顔を驚かせて、
「あれ嘘じゃないよ、エリー俺のだもん」
「へ?」
予想外の言葉に私から間の抜けた声が出る。アレンはそんな私を見て、え?とさらに驚いた顔をして、
「違うの?」
って言ってくる。
…え?もしかしてこれ告白されてるの?こんな皆の前で?ちょっと待ってよいきなりなんなのよ。
混乱して突然のことで顔がジワジワと熱くなりながら、
「アレン、ちょっとそれどういう意味…」
最後まで言い終わる前にアレンはニコニコと私と自分を交互に指さして、
「俺はエリーのもの、エリーは俺のもの。お互い好き同士」
…ん?
アレンの言葉に違和感を覚えて、改めて聞いてみた。
「あのねアレン、それってどういう意味で言ってる?」
「え?言葉通りだけど。…えっ、エリーもしかして俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないけど、アレンの今の言い方だと愛の告白そのものなのよ、今の告白だったの?違うの?」
するとアレンは驚いたように、
「ええ!?違う違う!俺エリー好きだけどそんな意味で言ったんじゃないよ!」
と慌てて否定してくる。
「…」
思わず額を押さえた。
だから言い方…!そういう所が昔から紛らわしいのよアレン…!
初恋を手ひどく踏みにじられた記憶が蘇って腹が立ってきて、ツンとそっぽ向く。
「私は嫌い」
アレンはどうして!?とばかりにショックを受けた顔でションボリ肩を落としながら、
「…でも俺はエリーと相思相愛のつもりでいたんだけどな…俺エリーのこと好きだしエリーも俺のこと好きなんだろうなって…」
だから言い方…。ああでも悔しい、アレンの情けない顔でそう言われると胸キュンポイントに入ってしまうのよ。アレン、あなたって最悪な男だわ。下手したらサードより女の人生狂わせるような男だわ。
ジルの「うまいか?」の部分、入力をミスってたらしく「うまか?」になってたので、私の中でジルは博多の男になりました。修羅の国。
Twitterまとめにて、博多のおもちゃ売り場で昔懐かしのおもちゃが並んでいるおはじきの場所に拳銃のおもちゃがぶら下がってる写真を見た時には大爆笑しました。




