お久しぶりね、あなたに会うなんて
「お姉さんの手、本当にあたたかい」
「お風呂に入ってるみたい」
女の子二人は特に私が喋らなくても気にならないみたいで、あれこれと普通に話しかけてくる。
たまに大人の村人も見かけるけど、女の子二人と手を繋ぎ連れられている光景をみて特に何も言う人もいなくて横目でチラと見送るだけ。
村の子と一緒のせいか私たちの顔も立場も伝わっているからか、見たことがない顔がいるって変な目をする人もいないわね。
まあこの村ってほぼ他の国からの移住者みたいだし、新しい顔がいきなり増えてもあんまり気にならないのかもね。
通り過ぎる人とかを見ても色んな服装の人、何の種族の人か分からない緑色の肌の人、それにリザードマンや動物の耳が頭から生えている獣人とか色々な種族がいるみたいだもの。
だとしたら本当に黒魔術は世界中…それも色んな種族にまたがって広がっているのね。
…それにしても女の子二人の言う秘密の場所にはまだ辿り着かないの?もう村から出て森の中にまで入っちゃったけど…。
それにしてもどこからか妙な臭いがするわ。一体なんの臭いなのかしら、あまり嗅いでいたくないようなこの異臭…。冬だっていうのに小バエもちょこちょこ飛んでいるわね。顔の前に来ないでよ。
なるべく鼻で息をしないように、それと小バエを顔から追い払うように首を動かして歩いていると、女の子たちは普通の道を少し逸れて獣道に容赦なく突入していく。
ウッ!ウッ!枝…!枝が顔に当たる…!
女の子たちは自分の手で枝を寄せて歩いていくけれど、私の両手は女の子たちの手でふさがってて枝が払えない。容赦なく枯れ枝がビシビシと顔やら体に当たってペキペキとへし折れていく…!
待って、顔は辛い顔は…目が危ないのよ。
必死に枝を避けて、たまに細かい枝を顔でへし折りながら進んで行くと、女の子二人はある場所でピタリと立ち止まって手を前にかざす。
「開け、ゴマ!」
すると目の前に地響きと共にズズンと小さい小屋が出現した。急に現れた家に驚いて目を見張る。
今まで目の前にはここに来る時と変わらない草木があったというのに…。
私の驚いた顔を見た女の子たちはニパッと笑った。私を驚かせたって満足したみたい。
そのまま女の子たちはドアを開けてさっさと中に入っていく。
「ここはね、ミセスの隠してる家なの」
…ミセス?誰?
悩んでいると女の子の一人が、
「村長の家のメイドよ、あの人はミセスっていうの」
「その旦那の召使いはミスターって言うのよ」
ああなるほど…。…っていうよりそれが名前なの?敬称とかじゃなくて?それとも偽名?
そう考えているうちに女の子たちに手を引っ張られて中に入る。
「ミセスはこの家を隠してるのよ」
「誰にも内緒にしてるの。でも私たちは知っているのよ」
手を引かれて中に入ると簡素な机に食事用の食器とカップが二つずつ乗っていて、向かい合わせに椅子も二つ…。
ということは、この小屋はミセスとミスターの二人が暮らす小屋?でもそれにしてはあまりに生活感が無さすぎだわ。
テーブルに乗っている以外の食器も、食器を入れる棚も無ければ水を入れる甕もないし、水回りもかまども、食事に使う食べ物も全然見当たらない。本当にここでミセスたちは暮らしているの?
妙すぎる部屋の中を見渡していると、女の子二人は私の手をまた引っ張る。
「この部屋に面白いものはないわ」
「面白いのはこっち」
玄関から二、三歩くらいの右側の壁に歩いて行くと、木製の壁とほとんど一体化しているドアがあった。ドアノブが無かったらドアがあることすら気づきもしなかったかも。
けどこの先にある面白いものって何なの?こんな魔法で隠された生活感のない家の、壁と一体化したようなドアの向こうに一体何が?
そう思うと妙に不気味で、かすかに鳥肌がたった。
すると女の子の一人がドアノブに手をかけて私を見上げてくる。
「この向こうに何があるか気になる?」
「何があると思う?」
二人はクスクス笑いながらお互い目を合わせて笑い合って、
「分からないわよね」
「そうよね、人が居るなんて」
「ああもう、見せる前に言っちゃダメ」
「やだごめん、言っちゃった」
二人はキャイキャイはしゃいでいるけれど、人が居るって言葉を聞いた私の全身にはゾワッと一気に鳥肌が立った。
こんな魔法で隠された生活感のない家の、壁と一体化したドアの向こうに人…!?もしかして誘拐されて監禁されてる…!?
だとしたら早くこのドアを開けて向こうの部屋に居る人を助けないと…でもドアの向こうにいる人ってどんな状況で今居るの…?
…どうしよう、もし開けてすぐそこでほとんどミイラ化してピクピク動いていたり、拷問でも受けて見るも無残な姿だったり、うじ虫がわいて呻いてる状態だとしたら…。
そんな感じだったらどうやって助ければいいの?私、そんな状態の人を触ってここから連れ出せるかしら…!?怖くて触れない気がする…!それでもこんな所に放って置くなんてこともできないわよね、無視なんかできないものね。でも、でも…!
「開けるわよ」
「入るわよ」
あああ、待って、まだ心の整理が…!
女の子二人はさっさとドアを開けて中に入って私も引っ張られて行くから、もうどうにでもなれとやけっぱちの気持ちで私も部屋の中に目をつぶりながら入っていく。
そのままソッと目を開けると、中には窓とベッドが一つだけ。窓からは冬の日差しがベッドに差し込んでいるけれど…ベッドの膨らみで今立っている場所からじゃ横になっている人の顔も状態も隠れてい見えない。
「…」
これで近寄って頭が無かったらどうしよう…。
そう考えている間にも女の子たちは容赦なく私の手を引っ張って近づいていくから結局心の準備が整う前にベッドの脇に移動して、横たわっている人を見る羽目になった。
恐る恐る横になっている人の顔を見て…えっ、と息を吸い込む。
横たわっているのは男の人、少し苦悶の表情を浮かべながら眠っている?
茶色に近い黒髪の少し陰鬱そうな…でもその憂いや哀愁の漂う雰囲気が異性を惹き付けるような男の色気を放ってて…。
それよりちょっと待って、これって…この人って…!
「ケッリル!?」
思わず女の子たちの手を振り払って、バッとベッドの脇にかがんでケッリルの両頬を挟む。
確かにこの人はケッリルだわ。
髪も整えられていつも見ていた旅行者みたいな服装じゃなくてどこかの貴族が着るような質のいい服を着ているからぱっと見だと別人に見えるけど…。
それにしても頬から手に伝わるこの感触…冷えていて少し固い。あまり考えたくないけれど、まるで死体を触っているような…。
それでも完全に冷たくはないわ。冷たいけれどじんわりと温もりは感じられるし、肌に弾力もあるしゾンビみたいな死臭もしない。…むしろケッリルからのこの匂い…頭が痺れるようないい匂いだわ、…どうしよう、何かドキドキしてきた…このままケッリルの胸に頭をもたれたい…。
体が勝手にケッリルの胸にもたれようとしつつある中、視線を感じてハッとして動きを止めた。
あっ…!しまった、後ろに女の子二人がいたんだ…!なのに私は声を出して、それも「ケッリル!?」ってさも知り合いみたいに名前も呼んだあげくに胸に頭をもたれようとして…!
慌てて頭を持ち上げてそろそろと後ろを振り向くと、女の子二人の視線がジッと私に集中している。
そのまま女の子二人の瞳だけがゆっくりお互いの方に動いて、視線を合わせた。
「喋ったわ」
「喋っちゃった」
「あの黒髪の人からおしりペンペンされるわ」
「だからお姉さんくらいの年齢だと意味合いが変わっちゃう」
…どどどどうしよう、どうやって喋ったのを誤魔化そう…!でももう喋っちゃったんだから…。
「あ、あのね…!」
声をかけると女の子たちの大きい目が私に注目する。
「あ、あ…え、あ…と…」
幼い女の子二人の視線を一身に受けて思わず口ごもりながらも必死に手を動かしながら何か言わなければと頭の中をフル回転させた。えーと、えーと…あ、そうだ!
「今ね!私の…主人がね、喋ってもいいって遠くから私の頭の中に伝えてきたの!」
今のところ奴隷だからサードのことをご主人様と言えばいいのかともチラ思ったけれど、そこまで持ち上げたくないから主人と言った。
それでも主人って言ってから気づいた。この言い方だとまるで自分の旦那みたいな言い方だわって。何かそれも嫌だ。
ともかく信じてくれたかしらと女の子たちの様子を見てみると、私の挙動不審な行動と苦しい言い訳を聞いてもサードみたいに疑いの目で見てくることはなく、そうかそういうことかと素直に納得してくれたみたい。
「じゃあもう話せるのね」
「良かったわね」
…良かった誤魔化せた。
ホッとして、そしてもう喋れるからベッドに寝ているケッリルを指差しながら女の子たちに聞いてみた。
「この男の人は何でここにいるのか分かる?」
最悪、ケッリルの体は魂が抜き取られた後…捨てられたか煮込まれたか腐ってしまったかでもう無くなってると思ってた。でもミセスの家だっていうこんな所で立派な服を着せられて髪も整えられた状態できちんとベッドに寝かせられているんだもの。
どうして?って気持ちにもなるわ。これを見る限りだと丁寧な扱いをされているとしか思えないじゃない?
すると女の子の一人がケッリルを指さし言った。
「だってこの人はこの通りの見た目だもの」
「運ばれてきたこの人を最初に見つけたミセスが自分の物にしたのよ」
「あとは体が悪くならないよう魔法をかけてこの人とおままごとをしているの」
「二つのコップに二つのお皿。それを使ってここで夫婦ごっこをしてるのよ」
ああなるほど…。女心をくすぐるこの見た目のおかげで本当ならあれこれに活用されるはずだったケッリルの体は無事だったってことね。
だからミセスはこんな風にケッリルの髪も整えていい服も着せて…。…でもちょっと待って、良く見たら何?この服…。
布団を足元までめくってみる。
現われたのはスパンコールの入ったキラキラ輝く真っ赤な上着、それと原色の紫色のテラテラと光り輝くサテンのズボン…。
うわあ…ミセスの服の趣味悪すぎ…。ケッリルの見た目でギリギリ服の悪趣味さがカバーされている状態だけど…。…ううん、やっぱりケッリルぐらいの魅力でもこの服の悪趣味さはカバーしきれてない。これは酷い。
…でもまあ、服装は酷いけれど体は無事だったみたいだから、まず服は別に…。
とにかく皆にこの事を伝えてからケッリルの体をどうするか考えよう。できればこのまま連れ出したいけれど私一人の力じゃ連れていけないし、まずケッリルの体がいる場所も無事も分かっただけで十分よね。
ともかく今回はケッリルの魅力が高くて良かったわ。そのおかげでこんな風に体が無事だったんだもの。
そう思いながら布団をソッと肩までかけ直す。
「けどこの人は災難よね」
布団をかけて元の状態に戻していると、女の子の一人がクスクスと笑いながらもう一人の女の子に声をかけると、その女の子もクスクス笑って二人は顔を寄せ合う。
「そうね、ミセスに口の周りを犬みたいにベロベロ舐められて。私だったら嫌だわ」
「…」
でっぷりとしたミセスがケッリルに覆いかぶさってそんなことをしているのを想像して、何とも言えない感情に襲われる。
ケッリル…!ああケッリル…!魅力の高さがそんなことに…!
このことは本人にも仲間の誰にも言ってはいけないわ、ええ絶対に。…でもケッリルの口の回りを綺麗なハンカチで拭いておこう…。ああ、ケッリル、可哀想に…。
そのころケッリル
ケッリル
「(サムラくんの家が本格的に見つからない…もう頂上近くまで来てしまったが…。あ、人だ)」
ケッリル
「すまない、ここら辺にサムラという者は…」
どう見ても少女
「ああ、サムラなら私の近所に住んでたけど…今は居ないわよ、魔法の眼鏡屋さんを見つけに行くって言ったまま…まだ戻ってこないの…。無事に戻って来れるようにとお守りを渡したんだけどサムラは病弱だったから…心配だわ…」
ケッリル
「…!(ようやく見つけた…!)」←思わずガッツポーズを決めるテンション上がったおじさん




