バファ村の村長
部屋に入って私たちだけになると、アレンは寒そうに身震いをしてチラチラと私を見て引っ付いてきた。
「エリーお願ぁい。俺をあっためてぇ」
頼まれるがままに私は「はいはい」とアレンに手を向けてリヴェルの力を抑えた魔法を使う。
「はー、あったけー…」
アレンは私の手に頬ずりしながら暖かさを満喫している。
「変態くせえぞ、てめえ」
サードは椅子に座りながら体をねじって見てきて、呆れた目になる。
とりあえずここに来るまでに手の平を自分に向けて存分に暖まってきたけれど、それまでずっと寒かったのに急に体が温まったせいか指とか耳先、足の指がしもやけになっちゃったみたいで今はものすごく体のあちこちがかゆい。
寒いよりはましだけど…。それよりアレン、いつまで私の手に頬ずりしているのよ。本当に変態くさいからそろそろやめて欲しい。
そこで視線を感じて首を動かすと、サムラが何か訴える目つきで私を見ている…。寒いのね?寒いのね?サムラ。
アレンと違って奥ゆかしい性格だわと思いながらもう片方の手を向けて力を使う。
「暖かい…暖かいです…」
サムラは暖炉にあたっているようなほっこりした顔で私にそっと寄り沿ってくる。…可愛い。頭なでなでしたい。
「待たせたな…」
その瞬間に人が入って来て、サードの後ろで私の手に頬ずりしているアレンと、私にピッタリ寄り添っているサムラを見て「んん?」という表情で入口で立ち止まる。
それと同時に私にくっついているアレンは「やっべ」という顔をしてサムラもハッとした顔をして固まった。
入ってきたのは白髪頭で髪もとかしてないんじゃないかってくらいモジャモジャした頭の…鷲鼻のお爺さん。
きっとこのお爺さんが村長なのよね?
するとサードは立ち上がって手を伸ばし、
「村長ですか?」
と握手を求める。
入っていきなりの光景に村長も呆気にとられたみたいだけれど、ひとまず中に入ってサードと握手をした。
「あ、ああ、このバファ村の村長をジル様から仰せつかっているゾルゲ・マーチスという」
サードは後ろをチラと見て参った、という顔をすると、
「後ろの者たちは奴隷なのですがね、女が一人しかいないので取り合ってるんですよ。全く卑しい連中で」
サードのあまりの言いようにサムラは恥ずかしそうな顔になってすぐにソソ、と離れたけれど、アレンは開き直ってそれならこのままくっついて暖を取っておこうと決めたのか顔に私の手を当てたまま離れようともしない。
奴隷と聞くと村長…ゾルゲは一気に呆れた顔になって椅子に座った。
「お前の統率力が足りないのでは?奴隷をここまで勝手に動かせるとは情けない…」
…何となくだけど、このゾルゲって人、サードとジルとはタイプの違った偉そうな態度の人だわ。何て言うか、嫌味臭くてネチっこそう…。
中年のメイドと同じくゾルゲはもう後ろの私たちには目もくれず、
「それで、お前たちはジル様の協力者だと聞いたが」
「ええ、これを」
ミラーニョから渡された紙を渡すと、文字に目を走らせたゾルゲはわずかに眉を動かして顔を上げる。
「ミラーニョ様からこの紙を受け取ったのか」
「ええ」
するとすぐさま苦虫を噛み潰したような顔になったゾルゲは、紙をテーブルの上に投げ捨てるかの如く飛ばした。
その反応…もしかしてゾルゲはミラーニョが嫌いなの?だからミラーニョもこの村長に会いたくなくてさっさと帰っていった?
成り行きが不安になってきて見守っているとゾルゲは表情を変えず、サードをジロリと見た。
「ミラーニョ様はバファ村まで来たのか」
「いいえ、村の手前まで案内していただきましたがそのまま去ってしまいました」
サードがありのままを伝えるとゾルゲは大きく息を吸って長々と吐き、ガッとサードを睨み上げてテーブルを叩きつけた。
「どうして引き止めずそのまま帰らせたんだ!この馬鹿者が!」
そのまま立ち上がるとゾルゲは頭をかきむしりイライラとその辺を歩き回り、
「色々と話し合いたいことがあるというのに…何でミラーニョ様はこの村に寄り着いて下さらないのだ…!こんなにもミラーニョ様のためになることをあれこれを調べているというのに…!」
歯をギリギリと噛みしめながらゾルゲは段々と悲しそうな顔になって膝をつき、
「こんなにも…こんなにもミラーニョ様のためを思って色々と調べているというのにぃ…!」
とおいおいと泣き出した。
偉そうな態度だった老人が急に泣き出して…あまりにびっくりしてサードを後ろからチラとみるけれど、サードも少し面喰ったのか動きが止まっている。でもそれも瞬きする一瞬程度のこと、サードはすぐに動き出してゾルゲを支えるように立ち上がらせる。
「申し訳ありません、そのような事情はよく分りませんでしたし、ジル様と同等の存在の方なので引き止めるなんてとてもとても…」
サードの言葉にゾルゲはおいおい泣いていた目をギンッと吊り上げ、唾を飛ばしサードに怒鳴りつけた。
「何を馬鹿な!ジル様…いや、ジルなんかとミラーニョ様が比べ物になると思ってるのか!お前はミラーニョ様と会って話したというのにその目は節穴か!ジルがミラーニョ様の足元に及ぶ存在だと本気で思っているのか!」
その言葉にサードの顔付きがふっと変わった。…ううん、私たちに分かる程度にしか顔つきは変わっていないと思うけれど、私には分かった。
サードはゾルゲを利用できるかどうか見定めようとしているって。
サードは胡散臭い笑顔を浮かべると、言っていいものやらという素振りを見せて、
「そりゃ…私とてジル様よりならミラーニョ様の方が思慮深く聡明な方だと思います。確かにジルの力は強いでしょうが…」
そう言うとゾルゲは見る見るうちに嬉しそうな顔になって、
「そう、そうだ!ジルは確かに力は強いだろう、だが頭は悪い。その場その場だけで先の事を全く見据えていない!」
ゾルゲは立ち上がってサードに座りたまえと手で促すから、サードもその言葉に従って椅子に座った。ゾルゲは椅子に深く腰掛けて指を組み満足気に笑う。
「しかしミラーニョ様は違う。ずっと先の事を見据えて考えていらっしゃる、それも失われた記録を引っ張り出し、慣れない人間界の言葉、それも黒魔術すらも翻訳して自分のものにし、ほぼ失われた儀式ですら復活させ、それを駆使してこのように人間を集めて魔力のある人間をいともたやすく世界中から集めてしまった…」
ゾルゲの目には尊敬と憧れに満ちた少年のような光が宿り、
「それをたった百年ほどで一人でやってのけてしまったのだ。素晴らしいお方だ。ミラーニョ様は私より随分年下だが、それでも尊敬に値する」
「年下…!?」
思わずアレンが口を開いてしまい、慌てて口を押さえて下を向く。ゾルゲは「ああん?」と喧嘩でも売ってるのかというほどの眼光でアレンを睨み、サードもアレンを睨みつけてから視線を前に戻してニッコリ微笑み、
「後でお仕置きしますので、どうかご容赦を」
と簡単にとりなしながら身を乗り出して聞く。
「しかしミラーニョ様も百年は生きていらっしゃるとのことですが…それならあなたは長生きな種族なのですか?」
するとゾルゲはモジャモジャの髪の毛の両脇を手で押さえた。その手の隙間から長い耳が飛び出ている。
「私はエルフだ。偶然にも私の隠棲する地にミラーニョ様がお越しになり、会って話して…興味が湧いた。黒魔術なんぞとっくに廃れたものだというのにあっさりと扱い、それも黒魔術を駆使して人を集めている…。
そして興味の赴くままここに来たころに先代の村長が死んでな、その流れで長命の私が村長の座についたのだ。まあ結局力も知識もこの村一番だからな、私は」
話の途中で中年のメイドがノックして入って来て、ゾルゲとサードの分のお茶とお菓子を出してそのまま去っていく。中年のメイドが去ってからサードは、
「エルフとは神聖な…神寄りの存在だと思っていましたが、それでも黒魔術やそれに関するこの村に興味をもったのですね?」
ゾルゲはお茶を飲みながらおかしそうに笑う。
「私は元々大学で魔術を人間相手に教えていた学者だが、失われた数多くの魔術に酷く関心があった。その中の一つに黒魔術もあったな。だがどうも私の興味のあるものは倫理観念がどうのこうのと周りがうるさくなるものが多くて人間社会で暮らすのが面倒になった。
だから一人であれこれと文献を集めまとめていたが…。そんな中、ミラーニョ様は失われた黒魔術を復活させ駆使し、それも失われた儀式すらも復活させようとしている。…素晴らしいお方だ」
ゾルゲは再び尊敬の目で宙を見つめて、
「私はただ文献を集めまとめるだけで手いっぱいだったのに、ミラーニョ様は百年足らずだ、百年足らずで私が今まで集められなかった知識を集め、それも人間界の文字に慣れ親しんでないのに訳し自分の物にして実践で使っていて…それを百年ほどで一人でやってのけた」
…とりあえず、このゾルゲはミラーニョのことを随分とリスペクトしているみたいね。ひたすら同じことを言って褒めたたえているわ。
サードは身を乗り出し、
「そういえば先ほどミラーニョさんのためになることを調べておいでだとお聞きしましたが…どのような事をお調べになっているので?」
サードがどれだけ役に立つことを調べているのかと探りにかかろうとしている。
…もしかしてだけど、ミラーニョがジルに冷遇されているのを知ってそれをどうにかしたいとか?そうよ、もしかしたら道連れの術のことを知ってそれの解除の仕方を探しているとか?
そんな期待を胸に浮かべながらゾルゲの言葉を待っていると、ゾルゲはニヤッと笑った。
「反魂法」
…何それ?
キョトンとしているとサードは「…反魂法?」と小さく驚いた声をだして、
「反魂法…とは、死者を生き返らせる術ですね?」
と聞き返す。ゾルゲは当たり前だとばかりにサードを馬鹿にするようなため息をついた。
「そうだ、名前の通り死者を蘇らせる魔法だ」
「それがミラーニョ様の役にどう立つのですか?」
ただサードは聞いただけなのにゾルゲは批判されたと感じたのか、目を吊り上げギロッとサードを睨み、
「役に立つに決まってるだろう!」
と唾を飛ばしながら立ち上がって宙を掴むかのごとく手を動かす。
「いいか私はな、今まで生きてきた歴史上の中で強大な力を持つ魔導士、知略の働く者、武術に通ずる者たちを秘密裏に、大量に生き返らせる!
そしてミラーニョ様の配下につかせてそいつらと共にジルを殺し、ミラーニョ様をこの国の…いいや、世界の頂点に据え新世界の魔王としてこの世に君臨させるのだ!」
フハハハと高笑いして、ゾルゲは人差し指を天井に向かって突き立てている。
そんな楽しそうなゾルゲとは正反対に私は心からガッカリした。
だってそんな新世界の魔王だなんてミラーニョは望んでもいないでしょうし、ゾルゲはジルを殺したらミラーニョも死ぬってことすら分かっていないじゃない?
で、そういうことも知らないってことはミラーニョとゾルゲはその程度の仲ってことで、ゾルゲの考えはミラーニョの気持ちを無視した独りよがりのものでしかない。
ミラーニョがゾルゲに会いたくない理由がよく分かった気がする。ゾルゲはミラーニョに心酔しているけれど、そんなゾルゲの熱意がミラーニョにとってものすごく迷惑なんだわ。
そうよね、こんなにジルより自分を持ち上げる人に付きまとわれたらジルに睨まれる可能性もありかもしれないものね…。
するとサードは色々と考えた顔つきで、
「しかしどのように歴史上の人物を生き返らせるのです?体はもうないでしょう」
と聞いた。ゾルゲは、
「まあ手っ取り早いのは死人の肉で代用してゾンビのように生き返らせる方法だな。まずネクロマンサーの術を駆使して…」
ほう、とサードは頷く。
「そのやり方では秘薬の粉や人骨は必要ではないのですね?」
サードの言葉にゾルゲは話すのをピタリと止めて、目を大きく見開いてサードをジロジロと見据えた。
「そんな方法があるのか?…いや、それよりまさかお前、そのような魔術に詳しいのか?」
サードは口をつぐむと、ニッコリと微笑んだ。
「おとぎ話で見たのですよ。ある男が人骨を集めて術を用いて人を生き返らせたという話を。ですがあくまでもおとぎ話です」
「そのおとぎ話では生き返った人間はどうなった」
ゾルゲが身を乗り出し、目を爛々(らんらん)と輝かせて聞いている。
なんだかその目は…さっきミラーニョについて語っていた時とは違う輝きだわ。どこか薄暗い…背筋に鳥肌が立つような…。
そんなゾルゲをサードはジッと観察するように見てから微笑む。
「人を作ることはできました。でもどうやらやり方に間違いがあったようで、人の見かけを保っていても顔色は悪く何を言っているのかさっぱりだったそうです」
ゾルゲはサードに頭突きするつもりかと思うほど身を乗り出した。
「どんな間違いをしてそうなった」
サードはただ微笑んだ。
「さあ」
ゾルゲはそんな一言で終わらすサードに不満の顔を向け、
「そこが重要な所だろう、思い出せ、何でそんな風に失敗した?どこに間違いがあった?」
「一応言っておきますが、これはあくまでもおとぎ話、作り話です。そこまで詳しく書かれていませんでしたよ。恐らく人の命を軽く扱えると思うなという戒めの物語だったのでしょう」
サードがそう言うとゾルゲはピタリと口を閉じ、椅子の背もたれにゆっくりともたれてからあごを撫でて面白くなさそうにサードを見据えた。
「大学に居る人間どもも同じことを言っていたが…。私に説教でもするつもりか?」
「いいえ。ここまで作り話に食いつかれると思っていなかったので、これ以上は知らない、教訓的な物だったのだろうという私の考えを言ったまでです」
サードはあくまでも表向きの爽やかな微笑みを浮かべてそう言い、
「それより我々の住む場所はあるのでしょうか?後ろの奴隷たちも一応私の手足として使っているので風邪をひかれると非常に迷惑なんです。ですから適当に入れる部屋がいくつかあればいいのですが」
お前との話は終わりだとばかりにサードは話題を変えた。ゾルゲはまだ話し足りないという顔をしているけれど、
「…そうだな、部屋数の多い空き家は何件かある。召使に連れていかせよう、好きな家に入るといい」
と立ち上がった。
ゾルゲって名付けておいて、次第になんかのアニメにゾルゲってキャラ出てる気がしてググってみました。
映画のスパイ・ゾルゲでした。映画ならいいやと思ってそのままにしました。




