貞操の危機と命の危機
サードとジルが握手したことで話合いが上手くまとまったみたいと私はホッと息をついた。
嘘をついているのがバレて、それもサードの言葉でジルが何度もキレてどうしようと何回思ったことか…。
するとジルはガウリスを指さしながら、
「だが何で神官なんてもん奴隷にしたんだ?こいつらは気位が高くて神経質で説教垂れてくる面倒な奴が多いからな、扱いにくいだろ」
ガウリスに対してなんて失礼な。
そう思ってムッとしているとサードは、
「なぁに、俺の手にかかればこの通りだ。今じゃ俺の忠実な下僕も同然だぜ、なぁ」
ガウリスは困ったように微笑みながら軽く頷いた。ジルはガウリスの隣にいる茶色いカツラをかぶっているアレンに目を向けて指差す。
「その隣の茶髪は」
「あ?パシリだ」
サードの素っ気ない一言にアレンはブッフと吹きだしたけど、慌てて下を見て笑いをこらえている。
まあギリギリくしゃみを小さく抑えるために下を見たように行動だったからジルもそこまで突っ込むこともなく私とサムラの前まで歩いてきて立ち止まる。
「で、この黒髪の女と金髪のガキが魔力が強いと…」
そう言いながら私とサムラをジロジロと見下ろしてからサードを見た。
「しかし黒魔術の洗脳にかけられて俺を訪ねてきたもんだと思ったが…てめえみてえな人間が釣れるとは思わなかったな」
「俺もハミルトンなんて小悪党からここまでの大悪党にたどり着くとは思わなかったぜ」
「おいおい褒めんなよ!」
ジルは腰に手を当てて誇らしげに大笑いしている。やっぱり悪いと言われた方が魔族にとっては誇らしいのかしら。
「ま、ともかくてめえもこっち側の人間になったんだ、とことん協力させてやる」
何度聞いても恩着せがましいわね…。
呆れていると、ジルは私とサムラに親指をクイと向けた。
「こいつらはどんな魔法が使えるんだ?」
「自然に関わるものだな。風に水、火に土…」
「…つーか何でこいつら喋らねえんだ?口きけねえのか?」
「俺が喋ってもいいって言うまで喋らないように調教してんのさ、勝手に喋らせておくとうるせえからな。特にそこの茶髪が一番うるせえ」
…その茶髪のカツラをかぶってるアレンがまた笑いを必死に堪えてうつむいている…。サード、あなたアレンを笑わせようとでもしているの?こんな笑っちゃいけない状況でアレンをいじるのやめなさいよ。
「ふーん」
しかも質問したわりに興味がなさそうなジルの棒読みの返しにアレンが余計笑いそうになってる…!お願い、耐えて…!
ヒヤヒヤしてアレンを横目で見ていると、ふと目の前にいるジルのバキバキの胸筋と腹筋が目に入る。
ジェノはジルは無駄に筋肉があって…っていっていたけれど、確かにこれは無駄と言えるぐらいの筋肉だわ。
ガウリスの筋肉は外で訓練して鍛えてたら自然につきましたって感じの実戦的な筋肉だし、アレンも私の近くで普通に着替えたりするからたまに視界に入ってしまう時があるけど、ここまで触ったら固そうと思えるほど腹筋は割れていないわよね、筋肉質ではあるけど。
むしろアレンは私の傍で着替えるとき普通にパンツ一丁になるの本当にやめて欲しい。別の場所で着替えてよ。
そんなことを考えていると、スイッと頭を触られている感覚がして、反射的に顔を上げた。
すると頭にかぶって顔を半分まで隠していたフードがジルの手によって取り払われていて、バッチリとジルと目が合った。
うっ。
思わず視線を下に逸らすと、即座にあごを掴まれて上にあげられる。ジルは私の顔を確認するようにあごを右に左にと動かして、
「人間にしてはいい面してんな」
「顔だけはいいからな、そいつ」
サードの言葉にムカッとして睨みそうになった。それでも奴隷という立場でジルに紹介されたのにそんなことをしてはいけないと即座に判断して目をつぶり、無理やりにでも怒りを落ち着けようとする。
「お?んだ目なんかつぶって。俺にキスしてほしいのか?」
その言葉にガッと目を見開いて拒否の意味を込めてジルの目を全力で見返す。
するとジルの手が私の腰に回って引き寄せられて、ジルの体に私の体が密着する。
「俺は構わねえぜ、本当は魔族の女がいいが、ここにゃ人間しかいねえからな。てめえで我慢してやる」
そうなりジルは顔を寄せてくる…!
イヤ!
首を横に振って最大限に首を後ろに背けると、ジルの口はスカッと空を切った。
「逃げんなよ」
ジルは私のあごを掴んで顔を近づけてくるけど、私はジルの額とあごに手を当ててケッリルから習った護身術でグリンと顔を背けさせる。
「お、なんだこの女。思ったより反抗的だな」
怒るかと思いきやジルはゾクゾクと興奮した顔になって舌なめずりをした。その顔にゾワッと鳥肌がたつ。
助けてとばかりに皆に視線を向けるけど、サードはジルの影になっていて見えない。
両隣のガウリス、アレン、サムラは目を見開いて動かず、ただただ黙って見ているだけ。
どうにかしないと、でも動けないっていうその皆の顔を見て、私もふと気づく。
・誰かがジルを止める→ジルが不機嫌になってサードの取り付けた話が無しになるかも
・皆でジルをボッコボコにする→頑張れば倒せるかもしれない。でも武器を持ってるのはサードだけ、全員の装備は最弱、寒さで体がかじかんで皆いつも通り戦える保証もない
・私がケッリルから習った護身術や魔法でジルを引き倒す→ジルが怒ってサードが取り付けた話が無しになるかも
私の頭からスゥ…と血の気が引いていった。
え…何これ、もしかしてこのまま私、最後まで…!?
「随分体が冷えてんな…これくらいの寒さでも人間には辛いか?ん?」
呆然としている間にもジルがゴソゴソと私の服をまくり上げていて、ギャアアア!と叫びそうになるのをどうにか堪えつつジルから体を離して服をひたすら下におろしていく。
「黙ってろよ、今から俺があっためてやる」
そう言いながらジルはジーンズのベルトを外しにかかっていて、それを見てギョッとして首がもげそうなほどギュンギュン横に振りジルの体に手を突っ張ねて離れようとする。
するとジルの肩に手が置かれて、わずかにジルの体が後ろに引かれた。
「あんたほどの魔族が手ぇ出すほどの人間でもねえだろ」
サードが後ろから声をかけてジルを止めようとしてくれている。
サード…!助けてくれるのね、サード…!
心底ホッとして泣きそうな目をサードに向けた。
するとジルはニヤと笑って、
「いいや、俺はこの女が気に入った。大人しそうな顔して反抗的な所もいい。お前は俺に取り入ろうとしてんだし、こいつは奴隷なんだ。俺が好きにしたっていいだろ」
「…」
その言葉にサードも思わず何も言い返せなくなったのか、一瞬黙り込んだ。
それを見て私は焦る。
ちょ、サード、嘘を見破られそうになっては次々とまくしたててたさっきの勢いはどうしたのよ…!
その間にもジルが迫ってくるからとにかく腕と肘で頑張ってジルの首とあごを抑えて一定の所で防戦するけど、ガタイのいい男相手じゃこれ以上無理…!
「どうしても…その女に手ぇ出すか?」
サードが絞り出すようにそんな言葉を出した。
「ったりめえだ、ここまできてやめる馬鹿はいねえ。別にそこで見てたっていいぜ、俺は気にしねえ」
「…」
サードはまた黙り込んでしまった。
ちょっとサード、とジルの肩越しにサードの顔を見るけれど、その顔は全て諦めたような…そんな表情にみえた。
もしかして今、サードはもう助けられないって諦めた?まさか、ウソよね?こんな状態のまま黙って見届けるとかしないでしょ…!?
恐怖で体が強ばっていると、サードは全て諦めたような顔のまま、軽く首を横に振る。
「一つ…あんたに黙ってたことがある…」
サードは沈鬱な声を出すけれど、ジルは私の耳元で吐息をはきながら、
「なんだ、手短に言え」
「その女、神から祝福受けてんだ」
サードの言葉にピタリとジルの動きが止まった。そのまま私から離れてサードを振り返る。
「は?」
サードは軽く首を振りながら目をつぶり、
「それを言ったら気持ち悪いって受け入れてくれねえだろと思ったから言わないでいたんだが…そいつは元々神を信仰してた普通の女だ。そしてある時…神自らに祝福された」
ジルの顔が嫌悪の色に染まって、サード、私と見てからまたサードに視線を戻す。
「だが神つったら二百年間地上に来てねえんじゃなかったのか?」
「どうやらあんたがそいつに興奮したように神もそいつに興奮したらしくてな…その流れで、神に祝福されたんだ」
その言い方だと色々とあったみたいじゃないのと内心イラ立ったけれど、それでもジルの中で私は神に手を付けられた女って認識されたみたいで、興奮はほぼ一瞬で収まったみたい。
しばらく無言で私を見ていたけれど、私から離れて下げかけていたジーンズをずり上げるとベルトをつけ直した。
ああ…助かった…。
むしろ祝福されたと言っても神のバーリアスから頬に唇を当てられた程度だけど…あの時は何すんのよって思ったものだけど、今はそのおかげで助かった…。
心底ホッとして崩れ落ちそうになって、でも踏ん張ってその場に立つ。でも寒さのせいなのか襲われそうになった恐怖なのか私の手足はガクガクと震えて止まらない。
「…まあ、協力させるうえでそんなのはどうだっていいけどよ…」
ダルそうな雰囲気でジルはサードに顔を向けた。
「だがそれで納得できた。神に手をつけられた女が居るから…精霊が作ったリトゥアールジェムを手に入れることができたんだな」
「まあな、役に立つ女だぜ」
ジルは鼻から大きく息を吸って、大きく口から息を吐いて、チラと私を見た。
「久しぶりに反応する女に会ったんだがなぁ…クッソ、神なんて忌々しい奴が俺より先に手ぇつけやがって…」
気持ち悪…!
嫌悪が湧いてジルからゆるゆると視線を逸らした。手を付けられる危険は避けられたっぽいけど、もうこの男と関わりたくない。
するとコンコン、とノックする音が聞こえて、
「ジル、ちょっといいですか」
とドアの外から声が聞こえてくる。
この声は…ミラーニョ?
するとジルがイライラした声で、
「何だ、入れ」
とぶっきらぼうに返した。
ジルの言葉と同時にガチャとドアを開けたミラーニョは中にいる私たちの姿を見て軽く目を見開いた。でもさも初対面みたいな顔をして、
「来客中でしたか、失礼」
と立ち去ろうとする。
「俺が入れっつったのに勝手に出ていくんじゃねえよ」
ジルはイラッとしながらミラーニョを呼び止めてサードの背中を軽く殴りながら前に押し出す。
「こいつと後ろにいる連中はな、俺のパシリ志願者だ。それなりに丁重に扱え」
「…承知しました」
ジルはニヤニヤとしながらサードの背中を何度も小突いて、
「この男は人間にしては馬鹿正直な男でな。ついでにそこのデカブツは元神官で神事に詳しいってよ。丁度いい所に詳しい奴が転げ込んできたぜ」
「さすがジルには必要な人材が普通に集まってくる」
さりげなくよいしょするミラーニョの言葉にジルは鼻でふん、と笑い、チラと私に目を向けて指を差す。
「ところでそこの女は神に手をつけられたって言うんだけどよ、それを無かったことにする魔法かなんかねえか?」
…この男、まだ諦めてない。危険はまだ去っていない。
ゾッとしながらも黙っているとミラーニョは何か言いたげな表情を一瞬浮かべたけど、すぐおべっか笑いをして、
「ジル…非常に残念ですがそれは不可能というものです。そもそも一度起こってしまった出来事が無かったことにはなりませんし、人間とて神には手も足も出ませんから黒魔術でも聖魔術でも…」
話している途中でドォンッとミラーニョの体が爆発して、ドアを破壊しながら廊下まで吹っ飛んで行った。
驚いてミラーニョからジルに視線を移すと、ジルの手から腕にかけてバチバチと炎が弾けて激しく燃え上がっている。
「どうだっていい、調べろ」
すごい爆発で廊下に飛んでいったというのにミラーニョはすぐに起き上がって穴の開いた服の煤を払いながら戻って来ると、
「でも…神関連のものは…魔族どころか人間でさえ対抗できないのですよ」
って訴えた。するとジルは逆らうつもりかとばかりに目をつり上げ、
「いいから調べろつってんだ」
ミラーニョはもう諦めたように口をつぐんで静かに頷いた。それを確認してジルはふと気づいたように、
「そう言えばなんだって?」
この男…最初に用件を聞かないで一度攻撃を加えてから聞くとか…本当に乱暴な奴だわ。
たったこれだけのやり取りでミラーニョが今までどれだけ苦労したのか分かる気がする。
ミラーニョは「ああはい…」と言いながら、
「バファ村での公開処刑が終わりました。その死体はしばらく晒しておくそうです」
不穏な言葉に思わずミラーニョを凝視していると、ミラーニョは私の視線に気づいてチラと見てきたけどすぐに目を逸らす。
「処刑された奴は何かやらかしたのか?」
サードが聞くとミラーニョは首を横に振る。
「定期的な行事です。ジルへの忠誠心を表わすものですよ」
それだけ…?それだけのために人が殺されてるっていうの…?
しかもジルは自分への忠誠心を表すものだって言われているのにすごく興味なさそうじゃない。それだったら何のために人が殺されているのよ。
気持ちが沈んでいるとミラーニョは続けて、
「それと儀式に必要な道具もまた一通り揃えておきました。あとは捧げる供物の準備ができれば…」
ジルはミラーニョが最後まで話すのを待たずにあごをさすりながら、
「神事ができる神官もいる、魔力の強い奴らも神に手を付けられた女もいる。それに本物のリトゥアールジェムも手に入る。こうなりゃ明日にでもできるな」
するとすぐさまサードが遮った。
「いいや、ちょっと待て」
「何だよ」
「今まで儀式は失敗続きだったんだろ?本当にそのやり方は合ってんのか?」
「ったりめえだ、だよなあ?」
ジルがミラーニョに視線を動かすと、ミラーニョは、まあ…と頷く。
「ちゃんと文献に則ってやっていますよ。それでも問題点は神事に詳しくない者たちで行っていること、リトゥアールジェムが人工物。この二つだと思います。
この儀式が頻繁に行われていた時代は精霊の作った宝石が多く出回っていたらしいので、今よりまだ簡単に手に入る品物だったようですが…私が見た本はそれほど古い文献でしたからねえ…」
ジルはそれを聞いてサードに目を向ける。
「大昔と今じゃやり方が違うのか?」
サードはガウリスに目を向けて、
「どうなんだ?」
と聞く。声をかけられたガウリスは喋ってもいいものと判断したらしく口を開く。
「私が知っている方法では人の死体は使いません。恐らくこちらでやろうとしているやり方は非常に古いものなのだと思います。それでも現代魔法は危なくないようにと威力を抑えている面もありますから、大昔のやり方の方が危険ながらも効果はあるのかもしれません」
ジルは神官が喋った…、という感慨深い顔でガウリスを見て重ねて聞いた。
「それならてめえが関わって、リトゥアールジェムを使えばその儀式も成功するんだろ」
ガウリスはチラとサードを見る。
喋ってもいいのかと目で問いかけていて、サードは良し、と頷く。
「少々気になったのですが、そもそも供物とは死体なのですよね…?」
ジルは頷きながらガウリスを見て、
「そうだ。死後二十四時間以内の物ならなおさらいい」
だとしたらそのために殺された人が何人もいるんだろうってガウリスは軽く眉根を悲しそうにひそめる。
するとミラーニョが一歩前に出てガウリスに声をかけた。
「私も気になっていたのですが…。そもそも神を呼び出す儀式になぜ人の死体が必要なんですか?私が言うのもなんですが、神とは神聖なものでしょう?それなのにどうして人の死体を…」
ガウリスは軽く考え込むようにあごを撫でてから顔を上げる。
「昔の魔法には人の体が持っていかれても結果が出るなら全て良しという考えもあるそうなので…。これは私の考えですが、神に確実に願いを聞き届ける、それも人の命を使ってでも聞き届けようとするのは、よほど困っていてどうしても神に直接声をかけなければいけない状況だったのだと思います」
「困った状況?」
「天災や飢饉などでしょうか。この二つはどうあっても神にすがりたくなることです。今でも生きている羊や豚、ヤギなどの家畜を神に捧げる風習も各地にあります。
そうやって家畜ではなく人の命を持って訴えるのだからどうあっても話を聞いてもらうという神に対する人間側の意気込みの意味もあったかもしれません。それでもやはり残酷だからと生きている人ではなく死体を使うようになり、今では死体も使わなくなった…というところでしょうか。私の考えですが」
「なるほど…」
ミラーニョは今まで疑問だったことが晴れたという顔付きをしていると、ジルの拳がミラーニョの顔に入って、ミラーニョは壁にきりもみしながら飛んでぶつかった。
「俺が話してんのにてめえが割り込んできてんじゃねえよ!」
ミラーニョは頬を押さえ、すみません…とモゴモゴ言いながら立ち上がった。それでもジルはすぐさまミラーニョを無視して満足げな顔でガウリスを見る。
「だがお前の言うことで分かった。どうやら死体より生きた人間を使った方が良さそうだな」
「…それは…」
ガウリスは声を詰まらせ止めようとするけれど、サードが肘でガウリスをドッと突いて言葉を止める。
サードはガウリスの前に出て、
「そうだな、生きた人間を使えば神にも届きやすいかもしれねえ」
サードはガウリスが否定したかっただろうことをあっさり肯定してしまった。
「特にそんな場合だと体が清らかで力の強い魔力を持った女が最もふさわしい」
サードの言葉を聞いて嫌な予感がした。そんな嫌な予感を的中させるかのようにサードはクッと私に視線を向けて、ズカズカと近寄って前にグイと押し出す。
「ちょうどよくここに神の祝福を受けるほど神に愛された魔力の強い女がいる。こいつを使おう」
笑っちゃいけないウチサザイ国24時
アレン
「…」(サードの目の前で変顔をする)
サード
「…」(手で卑猥なジェスチャーをする)
アレン
「ぶっほwww」
\デデーン/
ナレーション
「アレン、アウトー!」




