噂のジルとの対面
筋肉痛でろくに動けず、体の痛みが取れるまで三日かかった。
そしてようやく普通に動けるようになった今日、私たちはそれぞれカツラをかぶって髪型や色を変え、そしていかにもこき使われている下僕、パシリ、奴隷です的な格好のボロボロのローブを頭から深くかぶって立っている。
イクスタに案内されたこの場所は、シックな貴族のお屋敷の一室。そしてぼろぼろの服装の私たちとは対照的に立派な冒険者の出で立ちのサードは表向きの表情で前に歩きだした。
「お初にお目にかかります。私は冒険者で後ろのは…まあ仲間ともいえる者どもです」
そう言いながら深々と、それも優雅さを交えたように腰を折り曲げて挨拶をする。
「ふん」
サードが頭を下げる先にいるのは、今まで何度も名前を聞いてきたジル。
立派な椅子にふてぶてしく座っていて、じろじろと鋭い目付きで値踏みするかのようにサードを睨みつけている。
見た目はジェノから聞いた通りだわ。鋭い目、金髪の坊主頭、日に焼けた体、すごいムキムキの胸筋に腹筋。
しかもその筋肉を見せびらかす目的なのかお洒落なのかわからないけれど、素肌の上には上着一枚だけ羽織っていて下はダメージジーンズ…。
…どうしよう、今はそんな素肌が見える状態の人を見ているだけで寒い。
私たちは奴隷の立場だから薄い服しか着ていない。あまりの寒さでさっきからガチガチと震えが止まらない。
いつも着ている服は冒険者用のいい服だもの、特にあのローブが無いのが一番辛い。
あのローブって外との気温をほぼシャットアウトして夏は涼しく、冬は暖かくっていう良い布で作られているから、今まではちょっと冷えるな程度で過ごしてきたけど…。いつも着ている服を全部脱ぎ去ってから分かった。ウチサザイ国は雪は降っていないけれどかなり冷えがきついって。
この服に着替えた時、ウチサザイ国が思った以上に寒いのに気づいた私は「毎年越冬していたもっと北側の方が暖かい」と思わず文句を言うと、
「高いタテハ山脈が近くにあるからウチサザイ国も結構標高があるんだよ。それにタテハ山脈から風が吹き下ろしてくるしさ…」
ってアレンが言っていたわ。
そんなアレンはさっきから寒さのせいで鼻水が垂れてズッズッと鼻をせわしなくすすっているし、ガウリスは…あまり表情は変わっていないけどいつもより血色が悪い。
サムラなんてあまりにも寒すぎるせいか震えすら起きずただただ真っ青な顔で固まってしまっているじゃない、見ていて可哀想。
…それに奴隷とその支配者的な立場を見せるためサードだけはキッチリと服は着こんでいるし…ずるい…。
イクスタも今は鎧を着ているけれどその下は半袖とジーンズなのよね、信じられない、寒くないの…?
するとジルが口を開く。
「そっちの奴から聞いたが、俺の名前を聞いて来ただと?」
そっち奴と言いながらジルはイクスタを指差す。
偉そうに、そして馴れ馴れしくも粗雑そうなジルに対しサードは微笑み頷く。
「ええ。この方は首都の門番をしておられて少し親しくなったので、ジルという方がこの首都にいらっしゃらないかお聞きしてあなたとこのように面会する場を作っていただいたのです」
「ふーん」
ジロ、とジルに視線を移されたイクスタもどこか緊張しているようだわ。何も喋らずかすかに頷く程度でそうだと言っている。
「てめえ、大公の息子なんだろ?何で首都の門番なんてやってた」
イクスタはわずかに言い淀んだあと、
「家に居たくないから…暇潰しだ」
ジルは鼻で笑う。
「その見た目の年齢でまだ不良息子やってんのか?随分長ぇ反抗期だな。まぁいい、てめえはもう帰れ」
そう言いながらシッシッとジルは手を動かす。
イクスタは少し目を見張ってから俺一人だけが外に出て、あんたら大丈夫かという表情をサードから私たちに向けてその場で黙りこんでいると、ジルは目を吊り上げた。
「帰れって言ってんのが聞こえねえか、殺すぞ」
ドスの効いた声でジルにそう言われてはイクスタもそれ以上逆らえず、口を引き結んで頭を下げて部屋から出て行った。
イクスタの足音が遠ざかって聞こえなくなると、ジルは「さて」と立ち上がってサードの前に立って腰に手を当てる。
ジルはサードより頭一つ分背が高くて、体格も一回り大きい。そのジルがサードを威圧するように上から顔を近づけて見下ろす。
「てめえ、この嘘つきが」
その言葉に私の方がビクッと震える。
まさかもうジルを騙そうとしているのがバレたの…!?
するとジルは馬鹿にするような顔でサードの両頬を片手でガッと遠慮なく掴んで、
「んだ、その気持ち悪ぃ人の良さそうな顔は?それであの男に色目でも使ってここまで来たってか?ああ?」
そのまま放り投げるようにサードの顔から手を離す。サードはわずかによろけたけれど、すぐ体勢を立て直して…背を正した時にはもう裏の顔になってニヤニヤと笑っていた。
「あっちの面の方が世の中渡りやすいもんでね。やっぱり魔族のあんたにゃバレちまうか」
軽くよいしょする言葉を織り交ぜたサードの言葉に、ミラーニョから聞いた通りジルは機嫌がよくなった。
ジルは自慢気に軽く胸を張ると、
「ったりめーだ。俺は魔族だぜ?てめえら人間と違ってその人間の本性ってのが分かるんだよ」
ジルはそう言いながらサードの髪の毛を容赦なく掴んでグイグイと上に引っ張りあげて視線を合わせる。
「てめえは根っからの性悪だな。一目で分かったぜ、こいつはこんな人の良さそうな顔で他の人間を騙くらかして生きてきた奴だってな」
ああ、そんな風にサードを雑に扱ったらサードがキレる…!
サードがキレやしないかヒヤヒヤ見守っていると、サードは髪の毛を掴まれたままニヤと笑った。
「聞いた通りだ」
「あん?」
ジルは手を離す。
「あんた覚えてるか、ハミルトンって男を」
「ハミ…ル?」
ジルは悩むように少し繰り返すけど、人間ごときの質問に頭悩ませるなんて馬鹿らしいとばかりに唾を吐いた。
サードはそんな様子を見て説明し始める。
「俺は冒険者だ。その冒険の途中でハミルトンって男に会ってあんたの存在を聞いたのさ。ジルって名前を知ったのはそのずっと後だけどな」
「つーか誰だ、そのハミルトンってのは」
ええ…。自分がリトゥアールジェムを探してこい、さもなくば三年の寿命で死ぬって脅してお金まで渡して探しに行かせたくせに覚えていないの?
…ああでも魔族からしてみたら人間なんて家畜か虫けらと同じだもの。特にジルは同族のジェノとミラーニョにも辛く当たっていたくらいの暴力的な人なんだから、人間の顔も名前もいちいち覚えるわけないか…。
色々考えている間にもサードは話を続けている。
「そのハミルトンからはリトゥアールジェムを探すために国外に出されたと言っていたんだ。それであんたの話を聞いて…」
サードはそこで区切ってジルを真っ直ぐ見る。
「しびれたね」
ジルはわずかに眉をピクと動かし、口端をわずかにあげ、
「しびれた?何に」
と返す。
その表情と口ぶりからは明らかに自分を称える言葉を待っているようなものだわ。
そしてサードも心得ているとばかりに手を動かして身を乗り出し、
「魔族としてのあんたのやり方さ。人を魔法で脅して、数年の寿命に設定して人を手玉に取って操る?最高じゃねえか!自分の欲望のままに行動して、力のままに人を従わせてんだ。ゾクゾクするね」
その言葉にジルは誇らし気な顔で、ふん、と言いながら腰に手を当てあごを上げニマニマと笑っている。
最初の時に比べてものすごく機嫌が良くなったわ。さすがサード、今まで何度も詐欺師まがいのことをしてきただけあってよいしょするのが上手。
いつも偉そうで人に全然頭下げないくせにこういう時はプライドも何もかも投げ出すわよね本当。
するとサードはそこでフッと顔を陰らせて肩を落とし、
「だがあいにく俺は生まれつき魔力ってのがねえんだ。今まで人のいいうわべの顔と口の上手さで人を操ってきたが、魔法が使えたらどんなにいいかと何度も思ったぜ。魔法の一つでも使えりゃ人を脅すには持ってこいだってな」
「まあな、人間の使う魔法も派手なもんは派手だからな」
ジルもそこは否定せずあっさり頷くと、サードは一歩詰め寄った。
「だからあんたみてえに色んな魔法を…いや、魔族だから魔法といえるのか分からねえが、そんな力を使って人を操るなんて最高だ、羨ましい」
ジルは鼻高々という顔付きでニヤニヤと笑ってあごをさすっている。サードのよいしょする言葉にかなり心くすぐられている様子ね。
「それでハミルトンからはリトゥアールジェムを探してるって聞いた。だから俺も探したぜ、後ろの奴らを使ってリトゥアールジェムをな」
全然サードは探してなかったけどね!
心の中で軽くツッコむけれど、黙り続ける。ここで私が喋ったら全てがパァだもの。
「…リトゥアールジェムのことまで知ってんのか」
リトゥアールジェムの話にジルは軽くため息をついて舌打ちする。
「だがリトゥアールジェムは人間の作るもんじゃダメなんだよ、精霊が関わって作られたもんじゃねえとゴミだ、クソほど役にも立たねえ。
ここ数年で精霊の作ったリトゥアールジェムを人間に探させてるが、持ち帰ってくるのは人間が作ったもんばっかりだ、クソが、人間ごときが俺を騙そうとして精霊の作ったもんだってうそぶいて持ち帰りやがって」
イライラした顔でそう言うジルはふと顔つきを変えて、納得の顔でサードを見た。
「なるほど、ハミルって野郎はその中の一人か」
「ハミルトンな」
軽くサードが訂正してもジルはお構いなしに馬鹿にした顔で鼻で笑う。
「どうせてめえが持ってきたもんも人間の作ったもんだろ」
するとサードはニヤと笑う。
「本物だ」
「…」
ジルは顔付きを変えてサードを見る。そして軽く驚いた顔になってまじまじと見た。
多分、サードの言葉に嘘はないって分かって驚いているんだと思う。
「本当にか?」
「本当だ。俺らの目の前でこれは自分の作った物だと精霊が言い切った代物だぜ」
ジルは興奮した顔つきになってサードの胸倉を掴んだ。サードを殴るつもりかと思ったけど殴りもせずサードの胸倉をガクガクと力任せに揺らし、
「てめえ、どこで見つけやがったんだよこのクソが!」
と嬉しそうな声を出す。
「行商人が持ってたからかっさらった」
…うん、それは確かに嘘じゃない。
「で、その本物はどこだよ、出せ、よこせ」
「今手元には無い」
うん、それは本当。不意をつかれて奪われたら計画が狂うからってサードがホテルに置いてきた。
それでも手元にないって言葉にジルは一気に不機嫌な顔になってサードの胸倉を余計に強く揺らす。
「ああ?じゃあてめえ何のためにここに来たんだ!?ああゴラ!」
「約束の一つでも取り付けておこうと思ってな」
ジルの手が止まった。
「約束?」
サードはジルの手を離してからジルに向かって軽く身を乗り出す。
「俺をあんたの配下にしてほしい」
それは…立派な王様の時と同じやり方だわ。味方になるふりをして近づこうとするやり方。
配下にして欲しいと言われたジルはサードを少し眺め下ろして、チッと舌打ちした。
「てめえ、それは本心じゃねえな?」
そしてわずかにサードを睨みつけ、
「さっきから思ってたがな、お前の言葉には本当の言葉と嘘の言葉が入り乱れてる。本当はどうしたいんだ?リトゥアールジェムを持ってるってことで俺を手玉に取ろうとでもしてんのか?魔族であるこの俺を?」
まさか、サードの言葉に嘘が混じってるってバレているなんて?
私は大丈夫なのかとヒヤヒヤして見守る。
人間相手なら今まで程度の言葉でどうにかなったと思う。でも相手は人の嘘を見抜く魔族だもの、サードもあれこれ良いことを言っていても心からジルに憧れて配下になりたいと思ってるわけじゃない。きっとそのちょっとしたズレのせいでバレてしまったんだわ。
すると嘘を見抜かれたというのにサードはフッと口端をあげて、次第に声をあげて大笑いし始めた。
急に笑い出したサードを見てジルは何だこいつ、とばかりに黙っていると、笑いを収めたサードはおかしそうにニヤニヤと口端を上げたまま、
「やっぱりバレるか」
と返した。
「ったりめーだ」
サードが嘘を言っていたとばかりの言葉を言うからジルがイラッとした表情で唾を吐く。サードは、ふんと軽く鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「確かに本心じゃねえ。印象を良くして取り込もうとあれこれおべっかを使っておだててた」
さっきまでの機嫌の良さがジルから消えた。もう今から殴るぞとばかりの表情で、拳をつくり「ほーう?」と言いながら指をゴキゴキ慣らす。
「嘘がバレてんなら本心を正直に言ってもいいか?」
するとジルは殴りかかる直前の勢いでサードの目の前に迫ると、
「言ってみろよ。ただし腹が立ったら即殺すぞ」
サード…!まさか「俺はお前を殺しに来た」とか正直に言うつもりじゃないでしょうね?ミラーニョに自分たちは勇者一行だって明かした時と同じようにあっさりと…。
今日は話し合いだけに留めるってサードが言っていたから私たちは奴隷、下っ端、パシリって立場の服装で武器も持っていなければ魔族からの攻撃に耐えられる装備も着ていないのよ?もちろん私たちだけじゃなくてサードだっていつものいい装備は着ていない。
今戦闘になったとしたら、装備が貧弱で武器を持っていない私たちの分が悪いんだからね、お願いだから下手なこと言わないでよね…!
私の心配をよそにサードは堂々とジルを真っすぐに見て、軽くあごを上げると口を開いた。
「俺は…」
緊迫したアレンとガウリス
アレン
「(やっべ、鼻が垂れそう…どうしよ、垂れそう…)」←もう垂れてる
ガウリス
「(アレンさん、鼻が垂れてる…ああティッシュで拭ってあげたい…けど動けない…)」




