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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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何もかも疲れた

皆が無言で膨大な紙の中をさまよい、刻々と時間が過ぎていく。


…今何時かしら。ここ窓も時計もないからどれくらい時間が経ったのかさっぱり分からない。


ああ肩がこる。あれこれと見てきたけれど小難しそうな内容ばかりだもの。『審議案』とか『来年の年間予定について』とか『物流経路確保について』とか『運河の拡張工事予定案』とか…。

それも内容も固い文章ばかりだから読んでいると段々と何を言っているのかさっぱり理解できないまま文字を滑るように見ている状態になってきた。


少し休もうと顔を上げると、離れたところでアレンが真面目な顔で一つの書類をじっくりと読んでいる。


「何か重要そうなもの見つけた?アレン」


するとアレンは顔を動かして、


「重要かは分かんないけど国の年間の工事予定とかそんなの見てるよ」


そういう感じのものは私もさっきから結構見かけてる。まあ読んだって工事するんだなぁ以外は良く分らなかったけど。


「それで、何か分かったりした?」


アレンは「うーん」と言いながら、


「ここ数十年で道の工事がすげぇ多いよな。主要道もそうだけど、国の脇を流れてる川もそうだし隣の国に抜ける細かい道とかも」


「…まあ、そうね」


それが?という含みを持たせて言うとアレンは続ける。


「道を整えるって、すごく歩きやすくなるじゃん?」


それはそう、と頷く。


今まで色んな国を歩いてきて色んな道を通ってきた。泥だらけの酷い悪路もあったし、ほとんど水に浸ってる湿原の道を通ったこともあるし…。特に山の土は雨で濡れると滑りやすいし足がぬかりやすいしで最悪なのよね。

そんな中で道が整えられている石畳に巡り合うと、何て綺麗で歩きやすい道なのって嬉しくなる。


それで自分自身の体験として分かったことは、石畳がキチンと整えられる道路があるのは大体裕福で豊かな国。ってことは?


「ウチサザイ国の人は町中を通る人にこの国は裕福だって思わせたいってこと?」


するとアレンは首をかしげて、


「そういうんじゃないと思う。この工事の予定の場所を地図と照らし合わせて考えたらさ…戦争起こそうとしてるんじゃね?」


「…へ?」


「道を整えるって人のためってより国のためなんだよな、基本。流通が多い所を整えられれば人も物もたくさん行き交って栄えるし、いざ戦争だってなれば一気に兵士も馬もすごいスピードで進める。川を広げれば軍船をたくさん浮かべて攻めることもできるし…」


「そう言えばさっき運河の拡張工事とかそんな書類があったけど…じゃあ何?ウチサザイ国は戦争を仕掛けようと工事をたくさんしてるってこと?」


「って俺は思ったけど」


「それは本当かもしれません」


姿は見えないけれど入口方面からガウリスが声をかけてきた。


「ここ数年で兵士が随分と増えていますし、それに武器庫の中の剣や槍、盾も随分と増えているようです。今は更に武器や鎧を新調しているようですし…」


するとガウリスの声がする方向からイクスタの声も聞こえてきた。


「そう言われればおととしあたりから新人の兵士がやたらと増えてるな」


…もしかして、悪神を呼び出したらすぐさま周りの国に戦争をしかけようとしているんじゃない?


そんな考えに至って顔を上げるとアレンも同じ考えに行きついたみたいで、そういうことか…という顔つきになってる。でもすぐさま「それでもジルだって神を呼ぶ儀式はできてないからまだ余裕」ってのんきそうな表情に変わった。


確かにその通り。まだジルは神様を呼ぶ儀式は失敗続きで成功していない。


それでもこれって結構大変なことよ。

サードはリトゥアールジェムを餌にジルに近づいてその儀式の途中でジルを殺害しようと試みているけど、もしそれが失敗したら悪神を背後に据えた魔族ジルが他国に進軍してしまう。


ヤーラーナは神々が手を出し過ぎると魔族が過剰に反応するって言っていたけれど、もし魔族に神様が手を貸して人を害し始めたらどうなるの?下手をしたら神同士が戦うことになるかもしれないし、そこに魔族が乱入したりしたら…天地創造時代の神と魔族と人間が入り乱れた時みたいな戦いが始まってしまうんじゃ…。


だったらジルがやろうとしていることは絶対阻止しないといけない、それも失敗できない。


…どうしよう、世界の命運が今ここにかかっているのかもしれないって思うと緊張してきた。サードは今の話は聞いていたのかしら。


見渡してみてもサードは見当たらない。

というよりここに入った直後からサードの姿も見ていないし声も聞いていない。一体どこにいるのあいつ。


棚と棚の間を移動してサードの姿を探した。まるで迷路みたいなクランクを曲がって行くと、はるか奥でサードが紙をめくりながら視線を動かしている。


「ねえ今の話聞いてた?」


近寄りながら声をかけるとサードは視線をこっちに向けもしないで背を向けたまま、


「今色々と考え中だ、放っとけ」

「…」


何その言い方…。


「はいはい、忙しい時にわざわざお声がけしてスミマセンでしたねー」


イラッとしたから背を向けてさっきいた場所に戻る。


…それでも皆こんな取っ掛かりもない中から色々と情報を手に入れて考えを膨らませてるんだから私もがんばろ…。


そうやってどれくらいの時間がたったのか…。ジリリリリとけたたましいベルの音が聞こえてビクッと驚いて天井を見上げて叫んだ。


「何!?」


アレンも驚いて顔を動かしている。


「公安局の終業時間のベルだ」


気づけばイクスタも近くに来ていてそう言う。


「ならば出ていかないといけませんね」


「だな。施錠されたあとにも残ってたら問答無用で牢屋送りだぜ」


ガウリスの言葉にイクスタも頷いて出ていく準備をするけれど…私は手に持っている紙を見て、悔しくて唇を噛み締めながら元の場所に戻す。


だってそれなりにサードが気を使ってこうやって連れて来てもらったのに、皆みたいに重要そうなものが何も発見できなかったんだもの。

…ううん、多分私が見た中でも重要なものはあったんだと思う。でもここまで大量の小難しい内容の書類を相手にしていると全てが重要なものに見えてきて…その必要なものと不必要なものを分けることが全然できなかった。悔しい。


「戻るよ、エリー」


アレンが声をかけられて私は皆の後ろをついて外に出ると、イクスタはホテルとは違う方向に歩き出した。


「どこに行くの?」


声をかけるとイクスタは振り向いて、


「せっかくここまで来たんだ、大公の息子の身分でも使ってジルに会えるよう取り付けてくるよ。あんたらと約束したからな」


そうイクスタが去っていくから、私たちはホテルに向かって歩き出す。


…でも、もう歩くのが辛い。書類を調べている途中からほとんど鎧は外していたけれど、それでも普段使わない筋肉をフルに使ったせいで腕がもう筋肉痛で、さっきから手がプルプルと震える。

サムラも同じみたいで、私より遅い歩みでのたのたと進む…。


…ここに本物の兵士の上官でもいたら「もっとキビキビ動かんか!」と怒鳴られそうなスピードだわ。もちろん私だって怒鳴られるスピードしか出ないぐらい疲れてるけど…。


「おい!」


急に聞こえてきた怒鳴り声にビクッと驚いて首を向ける。

ガチャガチャと音を響かせ近づいてくるのは、鎧をまとったウチサザイ国の兵士。それも私たちが着ている鎧と違って上質で、兵士の顔も鎧で身を包むにふさわしいようないかつい顔をしたおじさん。


「お前らどこの部隊だ、何でこんな所を歩いている、んん!?」


声をかけてきた兵士は厳しい声で私の目の前で立ち止まると、威圧するように私を見下ろしてくる。


…ど、どどどどうしよう、どこの部隊だって言われても…。


「顔を上げろ!」


無理よ、顔を見られたら女だってバレる…!


するとサードが素早く私の前にスッと割り込んだ。


「俺は新人の教育を任された者です。こいつら首都外から来た奴らなんでザッと町並みを覚えさせようと思いまして」


サードは裏の表情で伝える。どこの部隊に所属しているとは言わなかったけれどこの国で兵士の募集をかけているのは事実だし、場所を覚えさせるためって言葉に兵士も納得したみたい。


そうかと兵士は頷くと、


「お前らの兵舎はどこだ?」


と聞いてくる。


何でどこまでもそんな事を聞くのと黙っているとサードは軽く笑った。


「あなたほどの人なら俺たちがどこの兵舎にいるかすぐ分かるもんでしょうよ」


知らないと言うのは何かしらプライドにさわるのか、兵士は少し無言になってからサードを押し寄せ、私の肩をポンポンと叩く。


「俺は東の兵舎にいる。お前出世したいなら俺の部屋にいつでも遊びに来い、入口にいる奴に四階の部屋に遊びに来たと言えば通じる」


「…?」


結構気さくな人なんだわ、新人にそんな風にいうなんて。ウチサザイ国にはそぐわない良い人なのかしら。


わずかに目を上げて兵士を見ると、兵士はニヤニヤと好色な笑いを浮かべている。


ん?何かおかしい。


「待ってるぞ」


兵士はそう言うと鎧越しに私の下半身をガッと掴んできた。


「~~~~!」


ギャアアア!と叫びそうになる口をアレンが後ろから押さえる。そして兵士はご機嫌な足取りでさっさと背を向けて歩いて行く…。


「~~~~~!」


そのご機嫌な後ろ姿にブチ切れて殴りかかろうとするけれど、アレンにガッチリ抑え込まれてその場でダンダンと地団太(じだんだ)を踏み続ける。


そりゃ掴まれても下半身を守る鎧で兵士の手は全部阻まれて全く被害は無かった、全く被害は無かったけど…!無かったけど…!ぶっ殺す…!ぶっ殺すううう…!


怒りに任せて兵士に手を向ける。すると段々と手の平が熱くなってきて、怒りのせいなのか魔法を使おうとした反動なのか手が一瞬ブルッと上下に動いた瞬間。


兵士の背中にチラチラと赤い色が現れ一瞬明るく照らされたと思ったらボォンッと破裂した。

兵士は逆エビぞりの状態で数メートルは吹っ飛ぶと、ゴロゴロと転がって地面に倒れたままピクリとも動かなくなった。


その兵士の鎧の背中には大きい穴が開いていてしかも赤っぽくなって光ってるけど、少しずつ元の鎧の色に戻って行く…あれ?もしかして鎧が溶けて冷えて固まってる?

え。っていうか今の攻撃何、私は今一体何をしたの。


手を兵士に向けた状態でポカンとしていると、後ろからサードとアレンが私の両腕を掴んで、早足でその場から逃げ出す。その後ろからサムラを小脇に抱えたガウリスが素早く追いかけてくる。


「うそ、ごめんなさい私…」


「いやしょうがない。あれはしょうがない、エリー、ナイス攻撃」


アレンはそう言って集まりつつある人々の輪から遠ざかっていく。そうやって足早に逃げ続けてホテルの中に入ると、そのまま私の部屋になだれ込んだ。


「ごめんなさい、まさかあんな目立つことになるなんて…。でもね、でもね…!」


申し訳ない気持ちと、それでもあまりにもあの兵士の行動があり得なくて腹が立ったって気持ちで言い訳をしようとすると、サードは私に視線を移して首を横に振る。


「俺だってあんなことされたら目玉の一つも潰す。気にするな」


それはサードが養父に襲われそうなときにやったこと…。…ん?もしかしてサード、さっきみたいなことをされたとか…?

だとしたらサードは私よりもっと幼いころにあんな気持ち悪い目に遭ったんだわ、それも私みたいに鎧もつけていなかった状態で…。ああ…サード…!


腕を広げてサードをギュッと抱きしめて、背中をポンポンと叩く。

鎧越しだというのにサードはやっぱりハグされると心地悪いのか身を強ばらせ、


「やめろ」


とすぐ私を引き離した。


「けどさっきの攻撃は初めて見たけど…エリーあんな爆発の魔法なんて使えたんだ?」


アレンの言葉にガウリスが、


「もしかしてランディキングさんからもらったリヴェルさんの力では?リヴェルさんは火山の精霊ですし、あの攻撃は火山の爆発のように見えました」


声をかけられて私はそう言われればそうなのかも、と続ける。


「ランディキングから言われていたわ。リヴェルのは力は火山の爆発の炎だって」


それと同時に人に向けて使ったら皮がめくれて骨が出るって言われていたけど…あの兵士大丈夫だったの?まさか死んでないわよね…。大丈夫よね?鎧は溶けていたけど中身は無事よね…?

でも別にあんなセクハラする人の心配なんてしなくたって…でもいくら何でも人は殺したくないし…。


あの兵士のことを考えていたらセクハラされた瞬間の気持ち悪さが蘇ってきてどっと疲れた。


重力に従って鎧を着たままソファーにドスンと座る。鎧の重みでギギシィッとソファーから今まで出たことのない音が出て体がすごく沈む。


「本当に大変だったな、エリー」


アレンが隣に座って私の肩に手を回してポンポン叩いて慰めてくれる。


…本当に大変だったわ。


鎧で体は全身筋肉痛だし、小難しい内容を読み過ぎて頭も目も疲れたし、最後の最後に兵士のせいで心も疲れた。なによりセクハラ紛いことが私は一番大っ嫌いなのよ。


「ハァ…こんな国、早く出たい…」


思わず泣きごとがポロリと口から出る。


すると、シン…と部屋の中が静まり返った。


ふっと顔を上げると、アレンとガウリスは悲痛な顔をしていて、サードは真顔で、サムラは胸が潰れそうなショックを受けた顔で私を見ている。


皆の表情に慌てて手を振った。


「も、もちろん全部終わってからよ。途中で放り出すなんてことしないから…」


「そうだな、エリー」


アレンが手甲越しに私の手を強く握る。


「早く色々と終わらせて、こんな悪い国おさらばしような!」


「そうです。これ以上エリーさんが酷い目に遭う前に」


アレンとガウリスの言葉に私はソファーからわずかに起き上がって、


「ちょ、ちょっと待って、別にそんな急がなくてもいいから…」


私の泣き言のせいで皆が焦って失敗したら大変だわと皆を押しとどめようとすると、サードが「いや」と首を横に振った。


「俺だってできる限りこの国の件はスムーズに手早く終わらせたい」


そう言うから口をつぐんで視線を動かすと、サードは真面目な顔で、


「何度も言ってるが俺らがエーハに入ってるのはバレてんだ。ジルに近づこうとしてんのにその近づこうとしてんのが勇者たちだとバレる前に終わらせたい。これはスピード勝負なんだ、急がなくていいとかじゃねえ、急がねえといけねえんだよ」


「そうです、エリーさん。それに僕だって故郷のことも寿命がなくなる前にどうにかしたいですし…早く終わらせましょう!」


皆の言葉の数々に私が泣き言を言った時のネガティブな気持ちは消えた。


それなら体も頭も目も心も疲れたからって泣き言をいっている場合じゃないわ、明日からまた頑張らないと。


私が顔を上げて大きく頷くと、それにこたえるように皆が大きく頷いてくれる。


そうやって皆の気持ちがやる気十分になって一丸となった次の日。


イクスタからジルと会う約束を取り付けたとの連絡が入ったけれど、私とサムラがあまりの筋肉痛で動けないから、その日程は少し先延ばしになった。

そのころケッリル


ケッリル「(サムラ君の家どころか住んでる集落が見つからない…あ、また集落が)」

ケッリル「すまない、ここにサムラという者は…」


どう見ても少年だが村長「人間か!ウチサザイの者か!出ていけ!俺の命に代えても貴様らはこの集落に一歩たりとも入れねえぞ!キシャー!」


ケッリル「(ダメだ、話を聞いてもらえない)」


ウチサザイ国兵士「へっへっへ、俺は少女好きの悪い兵士」(ザッ)

ウチサザイ国兵士「へっへっへ、俺は少年好きの悪い兵士」(ザッ)


どう見ても少年だが村長「キ、キシャー!来るな―!」(杖をブンブン振り回す)


ウチサザイ国の兵士二人の後ろに回り込むケッリル。レイスの力で二人の生気を吸い取って気絶させて斜面から蹴り落とす。


どう見ても少年だが村長「…もてなしてやる!ついてこい若造!」

ケッリル「…わ、若造…!?」←中年

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