重要機密を見にちょっとそこまで
「重いぃ…」
腕を上下に振り回そうとするけれど、腕があまりに重くて持ちあがらない。見るとサムラもその場で硬直しているように固まってかすかにゴトゴトと動いていて…まるで銅像の中に閉じ込められた人みたい。
サードがイクスタに「つきましては…」と身を乗り出した後、こう言った。
「あなたは今兵士ですね?それなら余っている鎧を我々の人数分用意していただけませんか?」
その言葉に私は即座にサードが何を企んでいるか理解した。
だってサードはエルボ国城内に入る時にもその手法を使っていたもの。
鎧に身を包んで冑をかぶってしまえばろくに顔も見えなくなる。そうやって兵士に変装して重要な所に侵入しようとしているんだわって。
それに怪しいと声をかけられたとしても大公の息子であるイクスタが対応してくれたら騒ぎが起きることもないでしょうし、イクスタと共に見回りをしていると言って誤魔化せる。
サードに鎧を、と言われたイクスタは、軽く眉を上げてチラッと私とサムラを見てきた。
「…子供向けの鎧なんてのはないぜ」
子供と言われて私はムッとして、
「子供じゃないもん!私大人だもん!」
と怒るとイクスタはかすかに笑い、
「違う、この国に女の兵士はいねえから小さめの鎧なんてのはないって意味だ。そんなに怒るなよ」
ってやり取りがあってから早めに鎧を調達してくれて早速着始めたんだけど…。
チュニックのようなチェインメイルから始まって、冑、胸当て、肩当て、腕、肘当て、胴巻き、下半身を守る腰当て、太ももに巻く鎧、膝当て、ふくらはぎから足先の靴みたいな鎧…。
アレンに手伝ってもらいながらその全部のパーツをつけたらあまりに重すぎて体が全然動かない。
むしろチェインメイルを着た時点で地面にめり込むぐらいズッシリ重かったもの。それに鎧の内側はゴツゴツしていて痛いし、鉄臭いし、錆臭いし、そこはかとなく汗臭いし…。
「アッハハ!二人ともすっげー首沈んでて肩がいかってるから何かのゴーレムみてぇ!ウケるー!」
アレンはろくに動けずゴトゴトと左右に揺れ続けるサムラと私を見て大爆笑して手を叩いている。イラッとしてアレンをビシと叩こうとするけどやっぱり重くてろくに体が動かなくてゴトゴトとかすかに腕が上下するだけ。
「体格に合ってないのですよ。必要最低限の装備でよろしいのでは?」
そんな事を言っているガウリスの巨体にも鎧は合わなかったみたい。チェインメイルに冑、肩、肘、腰当て、膝の部分部分しかつけていないじゃない。
それでもガウリスのその体格だと最低限の鎧だけで十分に兵士に見えるわ。…っていうか、よくみたらアレンも全部のパーツつけてないじゃない、それにサードも…。
「…何で私とサムラに全部つけたの…?」
皆自分で要らなそうな所は最初からつけていないのにと思って聞いたらアレンはサクッと答えた。
「え?どうなるかなって思って」
その言葉には近くで成り行きを見守っていたイクスタも思わずクッと笑って顔を背ける。
…動けるようになったら見ていなさいよ、アレン…!
「…外しますね」
アレンを睨む私を見て、ガウリスが腕や胴巻き、太もも部分に靴のようになっている部分も取り外していく。おかげでだいぶ軽くなったけれどそれでもズッシリ重いのは変わらない。
「もっと外しても大丈夫だろ。治安は悪いが別に戦争しているわけでもねえし、兵士も必要ねえ部分は外して行動してるからな。面倒くさがりの奴だと冑しかかぶってねえぜ」
イクスタがそう声をかけてきて、あ、そうなのと顔を上げるけど、続ける。
「ま、兵士ってだけで後ろから刺されて装備品を奪われることもよくあるがな…」
…。それって結局装備つけてないと危ないってことじゃない。それでも今の状態でもろくに動けないし…。
「もっと外せない?私、冑とチェインメイルだけでいいんだけど」
「しかしそれだと体格で女性だとバレてしまいます」
ガウリスがそう言うとアレンもうんうん頷いて、
「そうそう。体の線が出てエロくなっちゃう」
「…」
さっきからアレンの言葉にイラッとするぅ…ほんと後で見てなさいよアレン…!
再びアレンを睨みつける私を見てガウリスはアレンを軽くたしなめてからサムラの鎧も取り外していく。銅像に閉じ込められ蠢いている状態から抜け出したサムラは申し訳なさそうな顔でガウリスを見上げた。
「すみません…これでも動けないです…」
ガウリスは悩みながらも、
「まあ…別に戦いに行くわけでもないですし…」
と冑とチェインメイル、胸当てと腰当を残して後は取り外した。
なるほどそこまでは外しても大丈夫なのねと私もいそいそと取り外しにかかる…。でも腕が重くて動きづらいし、そもそも鎧の継ぎ目がどこか分からない。
モタモタしているとサードが、
「ここに引っ掛けてあるんですよ。肩当はベルトで…」
と言いながらスッと横に並んで取り外すのを手伝ってくれる。
ごく自然に手助けしてくれたから、
「ありがと」
とお礼を言うとイクスタを背にしているサードの目つきが瞬間的に裏のものになる。その目は「普通に礼を言われると気持ち悪いな」とでも言いたげじゃない。
イラッとしてさっきより軽くなって腕でサードをビッス、と叩こうとしたけれどやっぱり腕が重くてノロノロとしたスピードだったからすぐさまサッと避けられ、
「二人も大丈夫そうですね。それなら移動しても構いませんか?」
と表向きの表情で皆に声をかけた。
まあ重いけど歩けないこともないわ。…それでもサムラは立ってるだけで辛そうだけど。
イクスタもいつの間にやら鎧を着こんでいて「じゃあ行くぜ」と歩き出すから皆で鎧の音を響かせてホテルの外に出る。
兵士でも後ろから刺されると聞いていたから不安だったけれど…それでも全員が兵士の格好をしているとそうそう近寄ってくる人はいないわね。やっぱり兵士の集団相手じゃ分が悪いって感覚はあるんだわ。
そうして一応周りを確認して怪しい人が寄ってこないかと気を張りながら歩き続けて数分…。
「重…重…」
ゼェゼェ言いながら私は皆からかすかに遅れていく。サムラなんて初めて会った時みたいにゼエハアと荒い息をついて私よりもっと遠くを遅れて歩いている。
「もう少々ゆっくりいきましょう」
ガウリスが前を歩くサードに声をかけて、他の皆も一旦立ち止まって私たちを待ってくれる。皆に合流してから振り向いてサムラを待っていると、私たちの元にたどり着いたサムラは今にも倒れそうな息の荒さで、
「すみません…僕に力がないばっかりに…」
それに対して私もゼェゼェいいながら首を横に振る。
「大丈夫よサムラ、私だって辛いわ…」
皆が私たちの歩調に合わせてゆっくり進んでくれている…。ああ、なんかこの感じ懐かしい…初めて冒険に出た十四歳のころみたい…。あの時と違うのは、イクスタが居るからサードが悪態をついてこないってことかしら…。
裏通りに近いホテル近くから表通りを抜けていくと、少しずつ豪華な造りの建物が多くなっていく。広々とした庭に感じのいい色のついた壁の屋敷…。
もしかしてここら辺は貴族たちの邸宅が並ぶ区域?
「国の重要機密があるのは公安局の中だ」
「公安局?国の重要機密は城内にあるものと思っていましたが」
イクスタの言葉にサードがいち早く反応して聞き返すと、
「昔は城の地下室に書類をまとめて置いてたらしいがな、どうやら地下室は湿気が酷いみたいで紙の保存に向かねえんだと。それに管理も面倒だからって公安局を近くに作って面倒くさいものは丸投げしてるらしいぜ。どうせ国の手下みたいなもんだろってよ」
他所の国はどうだかわからんけどな、と言いながらイクスタは歩いて行く。すると小高い所に高い壁が見えてきた。
首都に入ってきた時からずっと小高い所に大きい壁があるなとは思っていたけれど、近くで見るととても頑丈そうで、それでいて高い。
どうやらお城があるらしんだけど、高い壁で全て覆われていて全然お城は見えない。むしろお城からも外が全然見えないんじゃないの?あれ…。
「しかし城の屋根より壁の方が高いなんて変わってますね」
ガウリスもお城を囲う高い壁を見てポツリと漏らした。その言葉にイクスタも頷き、
「まあな。正直城より周りの壁の方が立派だぜ。よっぽど中を見られなくないんだろ」
…それって、よっぽどお城の中で外には見せられないぐらい残酷なことをしてるとかそんな意味…?
そう思いながら壁をみていると、壁のふもとに大きめの建物が大きく立っているのが見えた。
もしかしてあれが公安局?それでもあの公安局も…。
「黒魔術関連の人が出入りしたりしてるのよね…」
呟くとイクスタも軽く「まあな」と返してきた。近くまで寄るとイクスタは入口を無視して建物の後ろに周って…多分関係者用の出入り口から中に入ろうとする。
その裏口には私たちより立派な鎧を着た人たちが二人立っていたけれど、イクスタの顔を見ると興味もなさそうな顔で視線を逸らした。
…これが顔パスってやつ…。
中に入ると職員らしき人々が書類を持って行き交っていて、あちこちで深刻そうな顔で話し合っていたり、軽く談笑していたりと仕事中だって分かる光景が広がっている。
それでもこんな仕事中みたいな雰囲気の人たちのほとんどが旅行者や冒険者があちこちで行方不明になっても知らないふりをしているのよね…。真面目に働いてるようにみえて怪しいことに見て見ぬふりをしているのはこの中にどれくらいいるのやら…。
辺りをキョロキョロしながら進んでいるうちに人の気配が全くない薄暗くてうすら寒い場所になってきた。
夜に一人で来たくない場所だなと思っているとイクスタは立ち止まって、薄暗い中に浮かび上がる扉をガチャリと開ける。
開いた先には棚がすぐ立ちはだかっていて、その棚には紙が大量に…それも乱雑に積み重ねられている。
「ここが重要機密の置かれている部屋」
「え?重要機密のものがある部屋なのに鍵もついてねえの?」
アレンが驚くとイクスタは首元の襟を下にさげる。その下に見えるのは…黒い刺青…?
「これが鍵代わりの魔法陣だ。一定の地位以上の者にはこの印があって、俺はガキの頃に彫られた。ここまででかくする必要なんてなかったらしいが、男ならなんでもでかいほうがいいって親父がわざわざ彫り師にでかくしろって言いやがってな。
前から背中に至るまで彫られてんだ。痛かったぜ?おかげで熱が出て数週間生死をさまよった。これを見る度にこの国に縛り付けられてる気分でウンザリする」
そう言ってイクスタは刺青を隠すように襟元を戻した。
子供のころにそんな大きい刺青を無理やり入れられるとか…そんなの虐待だわ。でも一定の地位の人はその印を入れられてるって言ってるから、もっと多くの人が無理やり刺青を入れられてるってこと…。
それならカーミみたいな親が居ない子供だけじゃなくて、貴族階級の人だって子供のころから散々酷い目に遭ってるってことじゃないの。
静かに憤慨して、私はふっと思った。
「…あ、ねえもしかして、その印が無い私たちが入ったら部外者が入ったってことで問題にならない?」
私が慌てたように呟くと、アレンが「はっ」と言いながら振り向いてくる。
…アレン、もう中に入ってる…。
呆れているとイクスタは首を横に振った。
「書類をまとめる際に印のない奴らを引き連れて中に入ることもある。そんな印のある奴しか入ったらいけないなんて厳しく取り締まったら面倒な書類整理を王家だの貴族だののお偉いさんが自分たちでやらないといけなくなるだろ?
それはそれで面倒だから印のある奴が一人いりゃああとは下っ端を引き連れて書類整理させてもいいって暗黙の了解があんのさ。こんなもん、意味があるようでねえも同然だよ」
そういうとイクスタは扉を全開にして、
「さ、あとはご自由に見たいものをどうぞ。俺はここで誰も入って来ねえように見張ってる。…つってもこんな所、来る奴なんて全くいねえけどな。俺も昔一回入ったきりだ」
そう言いながらイクスタは扉に寄りかかりって見張りにかかる。
でもご自由に…といわれても…。こんな散らかってる場所でどこからどう見ればいいんだか…。
キョロキョロとしているとサードはさっさと動いて近くにある書類を見て必要のない物だと戻して他の場所に移動していく。
「機密事項がある場所に侵入するのってドキドキするなぁ」
アレンは緊張とワクワクが入り混じった雰囲気で手あたり次第ペラペラと紙をめくっていて、ガウリスは、さてどこから見たものか…とキョロキョロしながら近くにある棚にある紙を手に取り、イクスタに聞く。
「手前にあるほど新しいものなのでしょうか?」
イクスタは肩をすくめ、
「さあな。たまに整理するやつもいるみたいだが、俺はノータッチだ」
整理しているの?これで?乱雑に書類が積み重ねられてるだけとしか見えないんだけど。
見るとサードはあっという間に奥まで消えてしまったのか姿が見えなくなっていて、アレンもガウリスも各自勝手にあちこちの書類を見ている。
「難しい文章がいっぱい…どうしましょう…」
サムラは独り言を言いながら一人で読めそうなものはないかとウロウロしている。
サムラは目が普通に見えるようになってから本格的にガウリスから文字を教わっているけれど、それでもまだ難しい言い回しの文章や固い文章の羅列だと文字は読めてもあんまり理解できないみたいなのよね。
とりあえず私も何か見てみよう…。とりあえずこれ…。
『二百九十年度の国内行方不明者報告リスト(旅行者・冒険者)』
一応行方不明者のリストはまとめられているのね。まあ人の名前が羅列されているだけだけど。
…それより一人で行動している旅行者や冒険者だったら行方不明になったって報告されることもないから、実際の行方不明者はこれ以上いるんじゃ…。
ゾワッとした感情に襲われて、そっとその書類を元に戻して他のに移ろうとする。
でもこんなに大量の書類の中から何を探し出せばいいの…?
「ねえー、これってどういう書類探せばいいのー?」
「俺は数字書いてるのなんかねぇかなぁ~って探してるよ。数字見れば色々分かるから」
「私はとりあえず新しい書類から目を通してますよ」
アレンが左から、ガウリスは後ろからそう返してくれる。でもサードは返事をしてくれない、まったくの無視だわ。どこにいるのあいつ、どこかからカサカサと紙を漁ってる音は聞こえるけど。
うーん…サードは女の目線から発見できる何かがあるだろうって言っていたけれど、こんなの女も男も関係ないじゃない。鎧も重いし、これならホテルで留守番していればよかった…。
そう思った瞬間、ハッとした。
…待って。もしかしてこの前泣きながら私だって色々できる、待ってるだけは嫌とか言ったから、サードもこうやってろくに情報収集に向かない私とか、固い文章を読んでもあまり理解できないサムラを連れてきたんじゃないの?
イクスタだって重要機密がある所に全員で行くのか?って言っていたんだからサードだって出来れば少人数で動きたかったはず。
だって鎧を着たら私とサムラが絶対遅れるのは目に見えて分かっていたんだし、何でも合理的に考えて不必要なものはすぐさま切り捨てるサードだったら私とサムラはまず置いていくって考えるのが自然なこと。
それでも私たちの考えをくみ取ってくれたからこそ、こうやって私たちをわざわざ連れて来てくれた…?
…だったらやる気をなくしている場合じゃないわ。何でもいいからこの国の現状…それも裏の事情が分かる何かを一枚でもいいから発見しないと。
刺青を彫るとどんな屈強な男でも熱が出るらしいと話を聞きました。
江戸時代の駕籠屋の男たちは背中に刺青を入れてないと「ええ~そんな刺青入れてない軟弱そうな体で人を運べるのぉ~?」みたいに言われてたとか何とか。
ついでに明治になりイギリスの人が日本にやって来て写真を撮ってたら、
『日本人が自分の背中の刺青を撮れよと言ってこっちは何も言ってないのにさっさと服を脱いでさあ撮れと言ったので』
ということで褌一丁姿の駕籠屋の背中から尻までの刺青の写真を渋々撮ってた。




