サードの目論見
「じゃあ結局ミラーニョ味方にするのはむりだったんだ?」
アレンの言葉に私は頷く。それもあわよくば仲間になってジルを一緒に倒してくれないかと期待していたけど…ジルを倒せばミラーニョも同時に死ぬと知ってしまった…。
ミラーニョから聞いた話を一通りアレンとガウリスに話したところでサードは腕を組んでふんぞり返る。
「だが分かったこともあった。ジルは思ったよりアホだ」
「…アホ?」
サムラ、それに私も目をぱちくりさせる。そんなパチクリした顔をする私たちを見てサードは逆に何だ?と驚く顔をして私たちを見返す。
「ミラーニョからの話を聞いてて思わなかったか?ジルはアホだって」
「アホっていうか…酷い人だとは思ったけど」
私の言葉にサムラもウンウン、と強く頷く。するとサードは呆れた顔になって、
「どう聞いたってアホだったろ。少なくともミラーニョはジルの近くにずっと居て、ジルを観察してる。そのうえでジルのいい所は単純な所だつってんだ、単純ってのはそのままの意味だろ。
それに自分が読めないから本を爆破させた、それまでいたぶっていたミラーニョが自分の手助けをしようとしていると都合よく勘違いした、そんな所もアホの塊だろ」
本当はミラーニョを仲間にして協力させようと目論んでミラーニョの元に向かったんだけど、それは全てミラーニョに断られてしまった。それでも今まで警戒していた魔族のジルのことをミラーニョからよくよく聞いただけでもサードにとっては大収穫だったみたい。
これから色々と動きやすくなったとばかりの晴れやかな顔をして…、
「どれだけ気を付けて近寄らねえといけねえのやらと気ぃ張ってたが、アホならまだ懐に入りやすい」
ってジルのことをアホアホと連呼し続けてニヤニヤ笑っている。
その顔を見る限り、サードの頭の中ではどのようにジルに近づくかの算段がもうでき上がっているのよね…。
ジルが死んだら、ミラーニョも死ぬのに…。
…どうにかミラーニョだけでも助けられないものかしら、サブリナ様だってミラーニョのことを心配していたし、また会いたそうにしていたんだもの。
ミラーニョを助ける方法を考えようとするとアレンがサードに聞く。
「けどジルの懐に入るって、どうやって?ミラーニョにはジルに会う約束も取り付けてもらえなかったんだろ?」
「まずそこは後回し。とりあえず下準備から始めるぞ」
サードは身を乗り出してガウリスに目を向けた。
「ガウリス」
「はい」
「俺の下僕になれ」
「…はい?」
ガウリスは一拍の間を置いていきなり何を、とばかりに戸惑いの声で聞き返す。
「下僕になると言え」
圧の強いサードの言葉にガウリスは「ええ…?」と戸惑いながらも、
「げ、下僕になります…」
と言った。サードはそれを確認して良しと頷くとアレンを見て、
「お前は俺のパシリだ」
「ん?うん」
アレンは特に戸惑いも否定もせずすぐ頷いて、サードはそのまま私とサムラに視線を向けて、
「お前ら二人は俺の奴隷だ」
「違うわよ」
いきなり何よ喧嘩売ってんのとばかりに否定するけれど、れでもサードは、
「なるって言え」
と強く言ってくる。
「何で…」
「これは下準備だつってんだろ。いいから言え、二人ともだ」
サムラはお互いに目を合わせたけれどサムラは素直に、
「奴隷になります…」
と言うから渋々と私も、
「なる…」
と答える。するとサードは満足げに頷いて、
「これで俺はお前らを支配してる上の立場の者になった。そういう立場でジルに近づく」
「でもそういう嘘は魔族にバレるわよ」
そもそも奴隷って何よと怒りを交えて突っ込むと、サードは馬鹿にした顔をしてきた。
「今お前らは俺の下僕でありパシリであり奴隷である、なると認めた。嘘は言ってねえぜ、お前らもたった今了承したんだからな」
「…あ」
そっか、私たちがそういう立場の者だって頷いたら、完全にそれは嘘にならない、認めたってことだもの。
…うーん、サードってこういう悪知恵っていうか、ルールの隙間を縫うのが上手っていうか…。
「まずお前らが話すとすぐにバレそうだからお前らは俺が命令して話せと言うまで何も喋られない立場ってことにする。お前らは声もださず、表情も変えないで後ろに黙って突っ立ってろ。ジルとは俺が話す」
「なーる、そうやって全員で近づくつもりか、考えたなぁ!」
アレンの言葉にサードはそうだと頷くと、今まで見てきた中でも最上級の悪い顔で笑う。
「狡猾な野郎ならそんなものも見破られるだろうがな、アホ相手なら少し大胆に動いても大丈夫だ。アホならいくらでも言葉で誤魔化せる、騙せる、陥れられる」
「…」
こいつ…と呆れる反面、その悪い顔が妙に頼もしい。私の感覚も少しずつ狂ってきてるのかもしれない、ヤバいわ。
するとサードはスッと立ち上がった。
「次の下準備いくぞ」
「次?次はどうするんだ?」
「約束を取り付けんだよ。次に協力者になりえそうな男とな」
* * *
「…何だいきなり」
もう秋も深まった寒い時期だというのに半袖とジーンズ姿のイクスタがオーナー室のソファーに横になって、入口に現れた私たちを迷惑そうな顔で見て呟く。サードは表向きの爽やかで優雅な微笑みを浮かべ、入れとも何も言われていないのに中に遠慮なく入って行った。
「以前エリーたちと話したそうですね?我々勇者御一行もこの国の現状をあれこれと聞いています。どうにかジルという魔族に接触したいのです、どうにか会えるよう取り計らっていただけませんか」
サードは次に協力者になってくれそうな人…イクスタと会う約束をホテルマンに取り付けようとしたのよね。そうして暇だからと皆でぞろぞろついてきたら、イクスタはオーナー室でくつろいでいると言われてそのまま全員で押し掛けたところ。
でもいきなり入口からズカズカ入りながらそんなことを勇者に言われたイクスタはたまったものじゃないという顔で起き上がると、
「だが勇者御一行は国の関係者の依頼は受けないんだろ。それとも特別に受けてくれんのかい」
「依頼?はて何のことですか?」
「…俺がそこのエリーとサムラに言った依頼の話は聞いてねえか?」
「国の関係者からの依頼は受けません。ただし願い事程度の軽いものなら聞き入れることもあるかもしれませんね」
「…」
イクスタは何とも言えない顔でかすかに呆然としたのか…口を半開きにしてサードを見ている。
サードは座れとも何も言われていないのにさっさとイクスタの向かいのソファーに座って、私たちにも座るよう指で指示する。…でもイクスタのオーナー室であなたが座れと指示を出すのおかしいのよ。
それでも突っ立ったままなのもどうかしらとソファーに座る。
一同に集まった勇者一行の私たちの様子を伺うようにイクスタは見渡して、ソッと聞いてきた。
「…まさか、この国をぶっ潰してくれって俺が言ったのを本気でやるつもりか?」
サードはニッコリと爽やかに微笑んだ。
「何か誤解していませんか?我々は勇者一行として名を馳せる程になりましたが、国を潰すなんてことはしませんよ。あくまでも悪いものをこそぎ落とし、その場を綺麗にして人々が住みやすい状態に戻す、それが私たちの仕事です」
よく言うわ。今まで散々ガウリスアレン私の故郷で戦争が起きても関係ないだの国を潰すだのと言ってきたくせに。
私が呆れている中イクスタは混乱しているのか色々な考えが頭を巡っているような表情で、
「だがどうであれあんたらは国の関係者とは関わらねえはずだ、いくら軽い願い事だからって…むしろ国をどうこうするのが軽い願い事だってのかよ?」
「そんな細かいことにいつまでもこだわらないでください、我々にもそこまで時間があるわけではありません」
イクスタが一旦口をつぐむとサードは続ける。
「我々がこの首都に居るのは国の内部にも伝わっているようで国のスパイなどに目をつけられ探されています。これ以上長引くとこのホテルが特定されるのも遅くはないでしょう。そうなる前に国の頂点に立つジルと面会したいのです」
その言葉にアレンは「え」と驚いた顔をして、
「でもこのホテル安全なんだろ?」
「確かに魔族からはこのホテルはろくに見えず、聖魔術を使える者がいつも控えていて外部からの黒魔術にも対抗できる造りにもなっています。しかし…」
サードの言葉を遮ってイクスタが続けた。
「普通の戦いを繰り広げるとしたら多勢に無勢だって言いてえんだろ。あくまでもこのホテルは魔族に…黒魔術に反発して作り上げたものだ。だが人の目にはこのホテルは普通に見える。単純に黒魔術を使う奴らが武器持って襲いかかってくるとしたら…ひとたまりもない」
イクスタは自嘲気味に笑った。
「悪いな、安全なホテルと謳っちゃいるが、確実な安全なんてこの首都にはねえんだよ」
「何を仰いますか。どんなに平和に見える国でも確実な安全などありませんよ。全員が善人で平和な国など…」
サードはそこまで言ってふと口をつぐみ、
「ああいえ、ありましたね、とても平和で住んでいる全員が善人の国」
するとイクスタは顔を上げて、
「どこの国だ?」
と聞いた。その様子を見たサードはおかしそうに、
「やはり憧れますか?全員が善人で平和な国は」
その問いかけにイクスタは口をつぐんでから椅子に深くもたれ、
「…そんな国、誰だって憧れるもんじゃないか」
と不満げに返した。サードはおかしそうな顔のまま、
「それでもあなたはよっぽどの運が無ければ行けませんよ、なんせ精霊の住まう国ですから。その国では国の者から城下に住む者全員が長生きで全員が知り合いです。
そのように全員が知り合いの一つの国なのだからそもそも争うのは無意味だと兵士の役職も無ければ武器も存在せず、精霊としての力はあってもそれを使ったこともなければ精霊同士での殺人すら起きたこともない。…あれは平和そのものの国でしたね」
それはラーダリア湖ね。
確かにあの湖はミラーニョの施した使い魔のことが無ければあり得ないほど平和で過ごしやすい国だったのよね。でもどこの精霊の国も大体平和なんじゃ…。
あ。違う。シノベア高原の幸運のミツバチたちの国はかなり荒れてたわね。
野生の熊と熊型のモンスター型の熊が来て王様に王妃が食べられてしまってから幸運を与える派と人に不幸を与える派で分裂して…。
そこでロッテが言っていた言葉が出てきた。
『魔王様ってのはモンスターを抑止する効果もあるから、百年も魔王様が居ない今の時代の方が大変かもよ』
「…」
思えば道を分断されて怒っていた妖精や精霊たちもモンスターがこっちに来るとか言っていたわよね?それってまさか、魔王の存在が居なくてモンスターが少しずつ暴走してきてるからだとか…?シノベア高原のこともラーダリア湖のことも?
…でもラーダリア湖はミラーニョが原因だし…。まさかね…うん、違うわよきっと…。
「…ということです。ねえ、エリー?」
あれこれ考えていたら急にサードに声をかけられて、驚いて、
「ええ!そうよ!」
と思わず返した。
するとイクスタの顔が正気かとばかりの顔つきで私を見ていて、今サードは何を言って、私は何に対してそうだと返したのか不安になって皆の顔をキョロキョロ見る。
「本気で…ジルに取り入ろうとしてるのか?」
あ、そのことねと安心して私は頷いた。
それについては最初からサードから聞いているから大丈夫。別に本気でジルの仲間になるわけじゃない、そう見せかけて近づこうとしているだけだって。
「別にエリー一人で行かせるわけでもありません。私たち全員がついています」
その言葉にはイクスタは額に手を当ててうつむいて、すぐに顔を上げる。
「…本気で…本気であんたらはこの国をどうにかしようとしてるのか」
「先ほどから何度も申している通りです」
サードはすぐ肯定する。
「…」
イクスタは馬鹿にするような、呆然としているような、でもそんなの無理だろって感情がごちゃ混ぜになった表情でしばらくサードを見返して、そのままのけぞって天井を見上げて、視線だけを下げてサードを見る。
「…できるのか?」
「できるかできないかではありません、やるんですよ」
すぐに返された言葉にイクスタは口をつぐんで真っすぐサードを見る。
「…アホか?それとも本当にそんなことができる天才なのか?」
「さあ。アホになるか天才になるかは結果次第だと思いますが」
サードはそう言いながらイクスタの視線を真っすぐ受け止め、
「しかし私とて死にたくありませんからね。やれると思ったからやるんです」
「…」
イクスタはまた黙りこんでサードをしばらく見ていて、かすかに笑った。
「そこまで言い切るかよ」
「できるかできないか分からないけどまずチャレンジしてみますと言った方がよろしいですか?」
「それはただのアホで終わりだ、信用も何もできねえ」
イクスタは笑い、そしてソファーに身を預ける。
「しかしどうやらあんたらは俺を当てにして来たんだろが、俺はこの二十年ほど実家に帰ってねえし、ジルに会ったのも無理やり忠誠を誓う儀式を受けるために連れていかれた時の一度だけだ。大公の息子だろうが国の中央ともジルとも何の繋がりもねえ。力になれなくて悪いな」
「しかし大公の息子という肩書で国の頂点に立つジルと一番接触しやすいのがあなたです」
サードの言葉にイクスタは真顔になる。
「あなたがジルと私たちが会えるよう取り計らうだけであなたのささやかな願い事が叶うかもしれないのですよ?そして私たちにはあなたの願い事を叶えるだけの実力もあります。さあどうします?やりますか?やりませんか?」
まるで猶予を与えているようなものだけれど、ほとんどサードの言い方からは「ノーは認めない」って言っているような圧しか感じない。
イクスタはしばらくジッと唇を噛んで真顔で黙っていたけれど、少しずつ口を開いた。
「俺だって…この国なんて潰れちまえってずっと思ってた。だが一人じゃ何にもできねえし、こんな考えを言ったら逆に潰されると思って…」
その顔からは私たちを信じて力を貸してくれそうな…そんな光が芽生えているように見える。
その表情にほんの少し私はホッとした。だってイクスタはずっと後ろ向きで何もかもダメだろって感じのことしか言わなかったから…。
それでもその光が見えたのは一瞬だけ。イクスタの目からはすぐに光が消えて虚ろになると、両手で顔を覆うようにしてうつむく。
「いや、やっぱやめだ、危険すぎる、いくら実力があろうができるわけがねえ、今までどれだけの善良な考えをもった人間がこの国に消されて行ったか…」
ああ、やっぱ後ろ向きになるう…。
ガックリするとガウリスが声をかけた。
「イクスタさん」
イクスタは顔を上げる。ガウリスは真剣な顔で真っすぐイクスタを見て、
「大丈夫です、私たちを信じてください」
「…どう信じろって言うんだ?今まで俺が何度人を信じて裏切られてきたと思ってる?これ以上どう人を信じろって…」
「ならばこれが最後です。最後の最後、私たちを信じてください」
「…うおお、ガウリスかっけぇ、痺れるぅ」
真面目なガウリスのあとのアレンの言葉で気が抜けたのか、イクスタはソファーからズルル…と滑って、もうやってらんねぇ、とばかりにため息をついた。
「…分かったよ、だったら俺は何をすればいい?」
今まで後ろ向きで全部に無理だろできないだろばっかりだったイクスタからの協力するって言葉に、サムラは「やりました!」とばかりの喜んだ顔で私を見て、そんな喜ぶサムラの顔に私もうんうん、と頷いてサムラを見返す。
「先ほど言いました通りあなたにお願いしたいのはジルへの仲介です。どうやらジルは随分とあちこちを移動して捕まりにくいらしいので、確実に会える場を作ってほしいのです。そしてジルに我々をこう紹介してください。『ウチサザイ国のジルの言葉を便りにやって来た者たちがいる』と」
あ、こいつ。ミラーニョから聞いた話を早速良いように使おうとしているわ。
するとイクスタは目を瞬かせて、
「…それだけか?」
「とりあえずはそれだけです。それともそれ以上に協力いただけるのですか?」
イクスタは少し口ごもって、ポツポツと続ける。
「…さすがに城内は無理だが、俺はこの国の機関内を自由に行き来できる。…国の重要機密が見たいなら連れていくぐらいはできるぜ」
してやった。それは上出来だ、褒めてやる。
サードの顔にそんな喜びの裏の顔が見え隠れした。もちろん、あまりに微かずぎて私たちしか気づかない程度だけれど。
それでもまさか無理無理しか言わないイクスタが自らそんなことまで協力してくれるなんて、と思っていると、
「なるべく早くにその重要機密とやらを見てみたいのですが、今からでもよろしいですか?」
「今から?」
嘘だろ、とばかりのイクスタにサードはさも当然のように返す。
「決めたのならすぐ行動しなければ。特にあなたは一人になって時間を置いたらまた無理だという考えに侵されて協力する話も流れてしまいそうです。動くのならば早いに越したことはありません」
「…尻叩かれてんだか、嫌味言われてんだか分かったもんじゃねえな」
イクスタは苦笑して私たちを端から端まで見ていく。
「つっても…こんな大所帯でゾロゾロと機密事項がある場所に行くつもりか?」
「ええ。皆それぞれ得意な分野もありますから。私は色々確認しておきたいですし、アレンは帳簿などを見るのに長けています。エリーは我々男とは違う目線で物事を見ることが出来るでしょうし、ガウリスは文字を読む力に長けています。
サムラもこの国と決別するため内部がどうなっているか確認出来るならそれに越したこともない」
サードは一気に話終えてから身を乗り出した。、
「つきましては…」
「あれがやりたい」「これをやるぞ」「あそこに行きたい」そう決めてから三日のうちに何かしら情報集めるなり何なりの行動をしないと、もうその願いはほぼ実現しない。




