ミラーニョの話2
…。私はまだ時間がありますが、もう少しだけ話してもいいですか?…ありがとうございます、では続けます。
バファ村ですがね、そこに人が集まるほどにジルの態度が以前のように戻っていくんです。
「てめえ、随分と調子に乗ってるじゃねえか?」
そう怒鳴られ、二週間身動きができなくなるほどいたぶられた時もありました。
命令されたことは順調に進んでいるのにどうしてと困惑しつつ寝込んでいたら、新しいドレスを着てご機嫌だったドレーが珍しく私に声をかけてきたんです。
「ジル兄さんはね、バファ村の人間どもがジル兄さんじゃなくてあんたを頼りにしてるから面白くないのよ」
…そう言われてなるほどそれが原因かと気づきました。でも考えれば当たり前の話ですよ。
ジルは村に一度も顔を見せに行きませんでした。そして私は集めた人間たちに死なれたら困る。ですから頻繁に村を訪れは暮らしに不備はないかと細々とケアをしていたんです、どちらを頼るかなんて分かり切ったものでしょう。
それとともにドレーは言うのです。
「ジル兄さんあんたのことが気に入らないから余計よ。…昔から気に入られてないですって?違うわ、だってジル兄さんは馬鹿だけど、あんたは随分と頭がいいじゃない?ここ数十年のあんたの働きを見てジル兄さんはすごく面白くなさそうだわ。
あれ多分あんたの頭の良さにコンプレックスを感じてるの、だから気に入らないのよ。私あんたのことキモくて嫌いだけど案外と有能で頭いいって思ったし、多分ジル兄さんも思ってるわ。私ジル兄さんと性格似てるから考えてることも大体分かるの」
それには思い当たる節がありました。
ジルは黒魔術に興味を示し、私と同じく黒魔術の原本を読むと私から奪いました。
しかしろくに読めているような素振りもなく「お前これどうやって読んだ」と聞かれたので、人間界の文字に大昔の文字、現代魔術、古代魔術の詠唱の文字、それと魔界の文字が変形したような文字もあるからその全てを自分なりに勉強して文字を組み合わせて解読した…。
そう伝えている途中で癇癪を起しジルは黒魔術の原本を爆発させ燃やし、私を睨みつけて足音も荒く立ち去ったのです。
最後に睨みつけた目は言ってましたね。
「てめえが読めて俺が読めないだと?そんなことありえるわけがない!」
…非常にまずい事態が起きている、その時私はそう思いました。そして即座に行動しました。
ジルからコンプレックスを抱かれているとのドレーの言葉には驚きましたが、そんなつまらないことで前より良くなった対応が悪くなられても困ります。
子供にかける洗脳の魔術には「ウチサザイ国のジル」に変更し、ジルにも伝えました。
「今までは集めた人間ですが、ジルに忠誠を誓わせ黒魔術を使えるようにしましょう。そうしたら全ての人間はあなたに忠誠を誓う代わりに黒魔術を覚えられ、ジルに感謝しひれ伏すことになりましょう」
ジルは機嫌よく了承したので人間に忠誠を誓わせる方法を書いたメモを渡し、その足でバファ村に向かい高々と伝えました。こんな風に胸に手を当て片手を高く上げて、
「あなた達にはジルに忠誠を誓い、黒魔術を覚えていただきます。あなた方が崇めるべきはジルです、これからは感謝してジルに忠誠を誓うように!」
すると村人たちは少々戸惑った顔をして、代表者が一歩前に出て、とんでもないことを言ったのです。
「できれば我々は一度も顔を見せないジル様よりミラーニョ様に忠誠を誓いたいのですが」
…本格的にまずいと感じましたね。心の底からこの場にジルが居なくて良かったと安堵しました。
まずい、これは非常にまずい。出る杭は打たれる、これ以上村人に懐かれジルに目をつけられたらと思うと背筋が凍りました。
それに村人らが忠誠を誓う際、ジルの目の前であのようなことを誰かが口にしたら、ジルが怒り任せに何をしてくるか分からないと。
考えた末、そのままジルの元に戻り一つの提案をしました。
「国外に行ってもっと黒魔術を広められそうな国が無いか探してきたいと思っています」
怒鳴られ殴られる覚悟の苦肉の策でした。しかしジルは肩透かしを食らうほどにあっさりと認めたんです。
まあ魔界では私が他の魔族に殺される恐れがありましたが、ここは人間界ですし、人間よりならば私の方が強いですからね。…もちろんあなた方勇者相手ではそうもいかないでしょうが、ジルはそれ以上に私が人間界に領土を広げる手助けをするために自ら積極的にパシられていると良いように解釈したのでしょう。
生まれて初めてです。生まれて初めて堂々とジルから離れられることになり、その夜のうちに私は出発することになりました。
そして城から発つ時、ジルに言いつけられました。
「ついでだから行く先々で不安の芽をばらまいてこい、そうすりゃ人間界も混乱に陥いって俺の支配地になりやすくなるかもしれねえしな。人間界を混乱させることなら何でもいい。何をやったか逐一俺に報告しろよ、どうせ俺が目つけてねえとてめえサボるだろうからな」
もちろんと答えてそのまま去りました。
あの夜ほど心が浮きだって自由だと感じたことはありません。
…ラーダリア湖で何かやったか?…えーと……。ああ、数十年前に湖の生態系を変えて地元の漁業者を困らせてやろうと像に命を吹き込み外来種の稚魚を生み出すようにしてそのまま捨てましたね。今頃人間たちも毎年時期になれば獲れていたはずの魚が少くなったと慌てている頃でしょう。
まあそんな感じでたまに人間が困ることをしてジルに報告し、その辺をブラブラする日々を続けました。私がどこにいるのかジルには監視されているようなものですが、私が何をやっているのかまでは分かりませんからね。
それでも時々は大仕事をしているアピールもしないといけませんから国の中にも入り込みました。国の中枢で今は支配しやすい国、そうでもない国を見極め中だと報告するとジルも満足のようでしたから。
しかし城に入るのならお堅い役職でと最初は思っていましたが、いや道化師は最高ですね。ただふざけてるだけなのに城の中枢部の王家にすぐ近づけるんですから。真面目に大臣だの宰相だのやってかしこまってるのが馬鹿らしくなりましたよ。
特に私は数百年以上ジルをよいしょしてきましたからお偉いさんのご機嫌取りには慣れていましたし、ジルから離れていたので肩ひじも張らず自然な形で周りと接することが出来ました。
…こうやっておどけながら人と話し、笑わせるのはなんて楽しいんだ、これこそが自分が満足する生き方なのだとこんな年齢になって生きる喜びを実感すらしました。
そうやってのんびり世界各地を遊行していた道中、怪しい行商人から古代の魔術書だという本を「売れ残ってしょうがないから買え」と押し売りされました。
正直要らないと思いましたが、気になる他の本と合わせて安くされたので渋々と買いましたね。それは人間界での神に関する儀式のものだったんで魔族の血が入っている私には本当に要らなかったのですが、まあ試しにどんなもんかと読んでみました。
その時です。しばらくジルに近況報告するのを忘れていたせいでジルから使い魔が送られてきました。
『今何やってんだ』
使い魔から出たのはジルの簡潔な一言でした。しかしこれはまずいぞと思い、
「古代の書物を買いまして、今それを熟読中でつい報告を忘れていました」
と伝えさせ、使い魔を戻しました。そして数日後にまた使い魔がやって来てジルの言葉を伝えてきます。
『それは何の役に立つ?』
てめえサボってるだろ。…そんな含みの込められた伝言でした。これは本格的まずいぞと察し言い訳しようとするのですが、使い魔が更にジルの言葉を続けるのです。
『つーかその本の表紙の絵、神じゃねえのか?てめえ今本当に何してる』
思わず言い淀みました。言葉のみ伝える使い魔だと思っていたらどうやら目で見た情報も詳細に報告されていたようなのです。
まずい、これでは国外に行ってただサボっていると国に引き戻され半殺しの目に遭うと焦りました。
ああもうダメだジルに殺される、私の自由な時間も終わると思った瞬間、ウチサザイ国の書庫で読んだ本の一部が脳裏に浮かんだんです。
それはこんなものでした。
『この地域の神は地上に住む者に対し善い行いをするだけの神だけが揃っているわけではない、少なからず人に悪さをし、害を振りまく悪い神もいる…』
それを思い出して私は必死に言葉を並べ誤魔化しました。
「かつてウチサザイ国で信仰されていた宗教があります。その神の中には人に対し悪いことをする神もいて、その悪事をする神を味方につける方法がないものかと調べ中なんです」
魔族のジル相手ならばそんなもの嘘だと見抜かれたでしょうが、その使い魔はただ伝えるだけの生き物です。そのままそっくり私の言葉をジルに伝えに戻っていきました。するとその後日、
「その本を要約して俺に送れ」
と伝言がきました。
適当に誤魔化したのを本当に信じたんだと驚きましたが、サボっている疑惑は晴れたようなので翻訳したものを簡単にまとめ、出来た順からウチサザイ国に送りました。
そうしてつい最近です。エルボ国に髪の毛が純金になる少女が居るという噂が耳に入りました。…ええ、あなたのことですフロウディア。
代々魔力が強い家系で、それに髪の毛が純金になる。それならバファ村にもってこいの人材だと洗脳しようと思ったんですがね。
聞く話によるとあなたは貴族の一人娘、それももう大人に近い年齢だというじゃないですか。遠くからチラッと様子をみた限りでもあなたは随分と家族に愛され守られているようなので洗脳するのはやめました。
…どうして?
だってあの時のあなたは家を抜け出してまで一人でウチサザイ国に行くように見えやしませんでしたから。行くとしても親同伴で来る可能性が高かったですし、他国の貴族に「この村は変だ」と騒ぎ立てられたら非常に迷惑だからです。
その代わりにちょうどよく道化師としてエルボ国王家から呼ばれたので城内に招待されて…サブリナ様と出会いました。
家族に冷遇されふさぎこんでいるサブリナ様の姿は、ジルにいたぶられじっと家の隅で色々なものに耐えていた私と重なりました。
それと共にお前の自由気ままな暮らしは仮初めのもの、結局ジルからは逃げられていないと突きつけられたような…そんな気がしたんです。
そりゃ仲違いしている王家などいくらでも見ましたよ。それでも年端もいかない小さい子が大人のような渋い表情を浮かべているのを見たら酷く悲しくなって、どうにか笑わせたいとちょっかいをかけに周りによく出没しました。
…ええ、初めはピクリとも笑いやしませんでした。声もあげず、みじめさを誘う上目遣いで冷ややかに見てくるだけでした。
それでもしつこく絡んでいったら段々と心を開いてくれましてね、次第に笑うことも多くなりましたし、ポツポツと自分の考えを話すことも多くなりました。
…本当にサブリナ様は私を尊敬して慕っていたって?
はは、違います。サブリナ様の場合は話を聞いてくれる大人が周囲に居なかった、だから話をよく聞いてくれる私によくなついた、それだけの話ですよ。
それでも私の姿を見かけるとパッと顔をほころばせて嬉しげに近寄ってくる様はとても愛らしかったですし、私も嬉しかったのは本当です。
それに私の見た目の年齢だったらサブリナ様くらいの娘がいてもおかしくないでしょう?…え、孫でもおかしくない?あっはっはっそうですかそうですか、ともかく私は勝手にサブリナ様を我が子のように思っていました。
それでもサブリナ様の物事を学ぶ姿勢や気品、言動や知性は年齢など気にならないほど立派でした、そうでしょう?
いつも思っていましたよ、サブリナ様こそが王位についたらいいものを、と。
ですからサブリナ様をあの幼稚な王家たちから守り、本人が望む望まぬも関係なくサブリナ様が大人になるころに合法的に王位につかせようと目論見ました。
…他の家族はどうするつもりだったんだって?そりゃ黒魔術でも使って自然な死を遂げさせようと思っていましたよ。サブリナ様の周りにいたら邪魔にしかならないでしょうからね。当然です。
しかしそんな平和に過ごしていたある時、ジルから使い魔がやって来たんです。
「随分と長く一ヶ所に留まってるじゃねえか、そこはそんなに居心地がいいか?ちょうどいい、神を呼び出す儀式のことで聞きたいことがあるから俺もそっちに行く」
…血の気が引きましたね。
サブリナ様のために留まっていたというのにそのせいでジルに目をつけられるとは、このままエルボ国にいたらジルがやって来てとんでもないことになってしまうと。
ともかく使い魔には即座に言いました。
エルボ国はそんなに大したことのない国だ、私も色々な国を見て回ったので報告がてら戻ろうと思っていた、だからわざわざジルにご足労願わなくてもいいと…。
…とにかくジルをエルボ国に来させないためにはそうするしかないと思いました。
エルボ国ももはや内部から崩壊に向かっていて、何かあれば内戦でも戦争でも起きそうなほど緊迫していたのは肌身で感じていました。
そんな中サブリナ様を置いていくのは心が苦しかった、それでもとにかく人間界の王に必要な教養をとにかく教え込みました。その知識があれば国を、引いては自分自身をも守る要になるだろうと思ったからです。
…本当はサブリナ様が王になるまで見守りたかった、しかしそれ以上留まるとサブリナ様ごとジルの食い物にされるかもしれないでしょう?戦争も起きそうでしたが確実に起きるかも分からない戦争とジル、どちらがより厄災になるかと秤にかけた結果、私は去りました。
…カーミを入れ違いにエルボ国に入れたでしょうって?そうですよ、そんな所まで知っていたんですか。……へえ仲間になったんですか。……え、あんな奴は仲間じゃない?一体どっちの言い分が正しいんです?
まあそこはどうだっていいですがね、あなた方も知っての通り腕がいいスパイを私の代わりにしたいので一人こちらに送ってくれないかと試しにジルに言ってみましたらカーミが来たので、私に国の情報を流すように言いつけた紙を残してエルボ国を後にしました。
…まあ、私としてはサブリナ様の安否が知りたかったのですが、『国の情報を』と書いたせいでカーミから送られた内容は本当に国の情勢と無能なファディアント王の言動のみでしたね。誤算でした。
そして、今現在です。
ジルは本格的にウチサザイ国の、そして黒魔術を使う者たちの中心となり神を呼び出す儀式に夢中です。しかしどうやっても上手くいかない、ですからどうにかしろとジルから命令を受けているんですよ。
全く、奴は神関係のことで魔族の血が入っている私がどうにかできると本気で思っているんでしょうか。頭が良いとかすかに認めてもらって頼りにされているようなものですが、ここまで買い被られすぎるのも問題ですね。
* * *
そこまで話してからチラと時計を見てミラーニョは頭を下げる。
「長々と話を聞いて下さってありがとうございました。少しでもこんな不憫な男がいたと皆様の心の内に留めていただけたら私は満足です、あとは私を殺すなりジルを殺すなりご自由にどうぞ」
「お前」
サードが声をかけるとミラーニョはサードを見返す。
「神を呼び出そうと本気で動いてんのか?」
「…」
ミラーニョは軽く肩をすくめてふざけるように下唇を突き出し、
「私は正直どうだっていい。黒魔術だの人間界に領地を持つだの儀式で神を味方につけるだの、そんなもの出来ようが出来なかろうがどうだって。ただジルに手を貸すとジルの目線は私から外れ、ジルも私を当てにしてくるので以前より酷い目にも遭いません。だから…手を貸してるだけです」
「お前はその平安のためなら余計な荒波を俺らが作るのは望まないんだな?ジルから離れられるとしても?」
「…ええ」
サードは椅子の背もたれに背中を預けながら鼻で笑う。
「一生ジルの飼い殺しか…」
その言葉を聞いて私は「ちょっと」とサードの腕をつつくとミラーニョはわずかに渋い顔になって、それも苦笑いしてサードに聞いた。
「あなたは人が辛くなる言葉をわざと選んでませんか?」
「辛いって思うんならお前がそう思ってるんだろ。辛いなら辛いで俺らに手を貸せよ。円満にジルを裏切らせてやるぜ」
ミラーニョはかすかに笑いながら首を横に振り立ち上がると、まさに道化師みたいな感じで仰々しく会釈した。
「そろそろ戻らないとジルに殴られます。では、皆様方ごきげんよう」
あくる日のミラーニョを探るサブリナ
サブリナ
「あなた、過去に高い身分の方と話したことがあるんじゃなくて?」
ミラーニョ
「もちろん!昨日もおとといもあなたという高貴な方と話しましたとも」
サブリナ
「…高い身分の人と政治や経済について話し合ったことがあるでしょう」
ミラーニョ
「もちろん!高貴なあなたとこんなにも政治経済について語り合えるなど光栄の至り」
サブリナ
「……。真面目に答えてください、あなたはどこかの国で高い身分についていたんでしょう」
ミラーニョ
「もちろん!王家のプライベートな空間にこうやって行き来できる私は高い身分も同然!」
サブリナ
「(手ごわいわ…全部はぐらかされる)」
ミラーニョ
「(問い詰めが甘すぎですよ、サブリナ様)」(ニカニカ)




