ミラーニョの話
まずは私の両親の話から始めましょうか。
私たち三人の父は同じですが、ジルとドレーは同じ魔族の母から産まれ、私は人間の母から産まれました。
ジルとドレーの母はジルが生まれてすぐ、父のことが気に入らないとジルを連れ実家に戻ったのだそうです。
傷心になったのかムシャクシャしたのか…父は人間界に旅行に出てその辺の女性に手を出し、私が生まれました。
ですが魔族の血が濃いので人間と比べ成長は遅い。数年たっても新生児のままで首すら据わらないのをみてさすがにおかしいと思い始めた母に、父はこれ以上隠し通せないと伝えたらしいのです。
自分は魔族であると。
母はさぞやショックだったのでしょう。そのまま倒れ、数日後には自殺したそうです。
父は私を連れ魔界に、自分の家に帰りました。すると実家に帰ったはずの元妻がジルを連れて家の中に不法侵入して待ち構えていた。「何をしている」と問いかけるとジルの母は随分身勝手な事をのたまったそうです。
「実家の弟夫婦を締め出して家を乗っ取ろうとしたら逆に弟夫婦に滅多打ちにされて締め出された。家がないからよりを戻してほしい、どうせあんたも私のことが忘れられなかっただろう?」
ふっふふ、アホそのものでしょう。大人しい父もその時ばかりはこのアマ殺してやろうかと殺意を抱いたとジルの母が死んだ時にポツリと漏らしていましたよ。
…ええ、死にましたよ?ジルがまだ幼い時、貴族階級の子供に対し馬鹿にする発言をして直々に殺されました。子供とは言え相手は貴族ですからね、一般家庭に収まってる者が敵うわけないでしょう?
ああまあ、そんな女でも赤ん坊の私には母が必要かと父は怒りを無理にしずめて再び夫婦になったのです。
しかし…父の判断は私を苦しめるだけでした。
今でも思います、私のことは人間界に置いていってくれればよかった、ジルの母にも殺意が湧いたのならよりを戻さず追い出せばよかった、そうすれば私もジルとこんなに深く関わることも無かったのに…。
…ジルは父のことを嫌っていましたよ。人間との間に子供をもうけ、それを家族としているのが、それも半分人間ですぐ死ぬような私と道連れの術をかけられたことに対しても激しく恨んでいました。
そうやっていびられ続けてドレーが生まれて…最低だと思うでしょうが、私と同じようにいびられる妹ができたと私は喜びましたよ。
それでもジルは同じ母から生まれたドレーには比較的甘かったですね。
まぁ私は父親似なので父への恨みも混じっていたのだろうとは思いますが、私が成長する度にジルからの暴力は酷くなりました。
人間の血が混じっている私はあっという間にジルの見た目の年齢も身長も越えて大人になりましたから、年下のくせに俺より早くでかくなるなんて生意気だと理不尽な怒りを向けられ、蹴られ殴られと暴力を受け続けました。
端からみたらおかしい光景だったでしょう、大人が子供にタコ殴りにされて必死に謝っているんですから。
物心ついたときからそんな姿を見ていたドレーも私のことを馬鹿にして、よくジルと共に私を殴り蹴り飛ばしてきました。
それでも若い姿の時はまだドレーからもそれなりの対応をされていたんですがね。
…一応これでも若いときは男前と言われた時期もあったんですよ?その時期だけです、ドレーもそれなりに優しかったのは。
それにしてもここまで父に似なくて良かったんですがね…。人間の母の成分はどこに消えたんでしょう、そこまで魔族の血は強いですか、全くもう困ったもんです。
ほらこの頭の薄毛なんて父そのものですよ。
ふっふふふ、パヤパヤ。
話を続けろ?そうですか。すみませんね、もう道化るのが癖で。
でもまああとの青春期は大体同じことの繰り返しです、何度もジルの元から逃げ出して、その度に居場所探知魔法で居場所を見つけられて掴まえられ、
「てめえが死んだら俺も死ぬんだぞ、それともてめえは自分も死んで俺を殺すつもりなのか、ああ!?」
と気絶するほど殴られ家に引きずり戻されて。ジルが大人に近い年齢になったころ父に訴えましたよ。いい加減この道連れの術を解いて欲しいと。しかし私たちの仲が良くないのを見ていた父は術を解いたらすぐさまジルに殺されるの一点張りで一切解こうとしませんでした。
死ぬより酷い目に遭っているのをずっと近くで見ているくせにと激しく父を恨みましたよ。
そして私の青年期も終わり髪の量が減り腹が出る中年期になるころにはもう、私は一生ジルからは逃げられないと段々と諦めの境地に至り、どうにか殴られまい、蹴られまいとヘラヘラとおべっか笑いを浮かべてジルを褒めたたえて自分の身を守ろうと必死に道化を演じるようになりました。
これくらいの年齢になると若いときに感じていた道化ることの屈辱感も消えましたし、屈辱感が消えると段々とおどける方が楽に過ごせるって気づきましたから。
そうして前魔王が倒される時代です。
あまりに魔界が荒れていて過ごしにくいので、落ち着くまで人間界で過ごそうと父が言いました。父は一度人間界に行っていますからね、人間界も荒れているだろうが魔界程じゃないと踏んだのでしょう。
魔界の者たちのほとんどは前魔王を倒そうと力を合わせようとしていましたが、我が家全員そんなもの興味ありませんでしたから。
それでもやはり無断で人間界に行くのは禁止されていたのです。一家そろって人間界に行こうとしているのが見つかり、父は逃げ遅れて捕まって殺されました。
………。
いえ…、恐らく父は私の身代わりになり捕まったのだと思います。
完全な魔族の父は私より体力もあったし足が速かった。なのに後ろからせまる魔族を見て、一番後ろを走る私を振り返り速度を落とし…私の身代わりとして自ら捕まりにいった。…私にはそう見えました。
私は…ジルほどではありませんが父を憎んでいました、余計な選択だけして私を苦しめるだけ苦しめ、あとは何の手助けもしない奴だと。
それでもその瞬間、私は父からの愛情を感じたのです。
父を助けましょうとジルとドレーに必死に訴えました。しかし…。
殺されかけ断末魔を上げる父を見据え、二人は鼻で笑ったのです。
あの時の二人の顔と言葉は未だに忘れられません。
ドレーは「しょうがないわ、とにかく私たちが助かればいいのよ」と他人事で、ジルは「いいザマじゃねえか、まぁ楽に死ねてよかったな」などと言っていました。
…魔界ではそれが普通なのかって?さぁ、どうなのでしょうね。うちが特別親子仲が悪かったのか、他の魔族たちもそうなのか…よく分かりません。ジルは私が下手に他の魔族たちと関わって殺されるのを恐れていましたから、私はろくに魔族の知り合いもいませんでしたし、そもそも家からもあまり出してもらえませんでした。
…正直、ジェノが羨ましかったですよ。ジルと会うのはたまにぐらいで、後は外を自由に歩けていたんですから。まぁそれのほとんどが食事にありつくため寝る間も惜しみ動き回らねばならず、他の魔族より余計にジルにいたぶられていたってのを知ったうえで羨ましかった。
人間界でジェノが逃げた時も色んな感情がふき出したものです。
……実はですね、ジェノが逃げた時、私はその当時ジルが占拠していた家の二階から階下にいるジルに叫んだんです。「ジェノが逃げるぞ!」ってね。
ふふ、その声を聞いたジルはすぐさま動いてジェノを素早くとらえました。ジェノは泣き叫びながらジルに殴られ、頭を抱えては腹を蹴られ、腹を守っては頭を蹴られ、半死半生のまま引きずり戻され…。
………嘘ですけどね。
…何を驚いているんですか。ジェノが逃げ切って幸せを掴んでいるのはあなた方がよく知っているでしょう、何を信じているんです?はっはっはっ、ただの道化話、ほら話ですよ。
…しかしその時私は本当にそうしたかった。ジェノが逃げるのを阻止して少しでもジルからの暴力が自分に来ないよう、同じく暴力を受けるジェノを引き止めたかった。
それに私はいくら逃げてもジルに捕まる、それでもジェノは逃げてもジルに見つかりもしないんだろうと思ったら憎しみも湧いて…。
…それでも実際はただぼんやりと、足がもつれて転び、震える足で必死に立ち上がって逃げていくジェノを黙って見送るにとどまりました。
…なんででしょうね、必死に逃げるあの姿を見たら叫ぶ気力がなくなったんでしょうね。それでも私の頭の中では何度も何度もジルにジェノが逃げるとジルに報告し、暴力を受けながら引きずり戻されるジェノの映像が何度も何度も頭の中を流れていました。かなり精神にきてたんでしょう、もはや無感情でしたよ。
それから三ヶ月後のことです、ジェノが戻ってこないのにようやくジルが気づいたのは。
いえ、ジルではなくドレーが先に気付き「ジェノが買い物に出たまま戻ってこない」とジルに伝えたんです。
さてどれだけジルが怒り狂うか、もしや探しに出ると息巻くかと思いましたが、
「放っとけ」
の一言で終わりました。
それだけ?と逆に私が驚きましたよ。
まあそのころのジルはウチサザイ国の城を占拠して国王を脅して自分の配下とした頃だったので、ジェノ以上に良いおもちゃが手に入ったからジェノ程度の魔族が逃げた話はどうだってよかったのでしょう。
ウチサザイ国を支配下においたジルは本格的に領土を広げるために動き始めました。
そのころからです、ジルが私にほとんど見向きもしなくなる時ができました。
物心ついてから初めてジルの監視下から外れ、わずかにでも自由時間が手に入るようになったのです。
しかし今までほとんど身動きの取れない時間が長かったので自由な時間で何をすればいいのか分からず、最初はただ一日ぼんやり城の中で過ごしていました。
それでもあまりに暇だったので書庫の本を読んでみることにしましたが、人間界の文字が読めません。なので国の大臣らに人間界の文字を習いつつ本を読み進めました。
そしてある時、城内の一部の壁が妙に剥がれかかっているのに気づき、何となく触れてみたら…何が起きたと思います?
半透明な老人が現れたんです。
…お化け?はっは、違います。あれは特殊な状況下で再生される映像のようで、魔族が触れたら再生されるような術が施されていたらしい。
恐らく六十万年前の黒魔術狩りの最中、聖職者に追われながらに撮ったのでしょう。
焦りながら背後を何度も振り返り、神に祈るように手の平を合わせながら老人は言いました。
「ああ偉大なる魔族様、あなた様がここに戻ってきていただけたこと、ただただ感謝いたします」
と。…それ以降は話があまりに飛び飛びで何回も同じ話を繰り返すくどい話し方だったので完全に覚えていませんが、要約するとこうです。
今は黒魔術は迫害に迫害を受けている。黒魔術の本は禁書として次々と燃やされ、黒魔術に関わる者たちも次々と殺されている。魔族様は一時魔界に逃げているようだが落ち着いたら戻って来てくれるだろう。
黒魔術は残るべきだ。魔族様が戻ってきていつもいるこの部屋の壁に触れたらこの伝言が流れるように設定し、この壁の裏に黒魔術の本を塗りこめる。あなたの手によって黒魔術が再び日の目を見るのを私は楽しみにしている。
まあそんな内容でしたね。老人の熱意に興味はありませんでしたが、黒魔術の本には興味が湧きました。
なんせ城にある書庫の本なんてとっくに読み終わってしまってまた最初から端から端まで読んでいたので、新しい本に飢えていたのです。
壁の裏に塗りこめられている黒魔術の本を手に取り中を確認して、これは読みごたえがありそうなものだと喜び…そしてハッとハッと思いました。
黒魔術は人間が使う魔術ですが、私は魔族でもあり人間でもあります。もしかして私も黒魔術が使えるのではないか、だとしたらこの黒魔術を駆使すればジルから自衛できるのでは…と。
それからは必死の解読開始です。少しでも自衛できるようにと自分用にあれこれとまとめていて…ふと私に目を向けてきたジルに黒魔術の本が見つかりました。それもひっそり翻訳してまとめていたものごと取り上げられたのです。私は固まりました。
私的に黒魔術の本は対ジル用の最終手段と考えていたのですから、静かな目論見全て終わったと心の底から絶望しました。
「何だこれは」と聞かれ、嘘をついてもバレますから、
「人間が魔族を崇拝することで力を手に入れられる黒魔術というもので…」
とニカニカ笑いながら答えましたよ。しかし内心冷や汗ドバドバです。
どうすれば穏便にことが済むか頭の中で必死に言い訳を考えていたら、予想外にジルは生まれて初めて機嫌の良い顔を私に向けました。
「もしかしてお前、俺が人間界を支配しやすいようにこういうの調べたのか?」
…内心、キレましたね。
誰がお前のためにそんなことをするか、今までお前が私にしてきたことを思い返してみろ、恨まれこそすれお前のために動くようなことすると思っているのか…。
しかしもちろんそんなことを馬鹿正直に言うと今度は半殺しですから、ニカニカとジルの言葉に乗りました。
「色々と良さげな物だったもので調べてまとめておいたところです」
ってね。ジルのいい所は単純な所です。よいしょしておけば大抵は機嫌がよくなりますから私の言葉に大層喜び、こいつは自ら奴隷として俺のために働く気だと思ったのでしょう。
良いように勘違いしたジルの対応はそれまでと比べ信じられない程良くなりました。まあそれでも暴力はことあるごとに振るわれてましたがね。
それでも明らかに暴力を振るわれる回数も減りましたし、以前より対等に扱われるようになりました。奴隷の扱いとはいえ暮らし向きがマシになったのです。
ですからジルは主人として、力のある人間を集めろと奴隷の私に命令を下してきました。
殴られるよりなら言われた通り動くに越したことはないと、私は黒魔術を駆使して動き出しました。
…下僕になりそうな人間を集めるなんてどうやったのか?簡単です、黒魔術の中に洗脳の魔法があるんですよ。
夫婦のどちらかが魔力が強そうならば生まれたての子供に神よりも素晴らしいものは魔族であるという思いをすり込ませ、あとはその洗脳の魔法と共に「ウチサザイ国のミラーニョ」との言葉を脳の片隅に紛れ込ませるのです。
そうすれば子供は成長の過程で次第に「ウチサザイ国のミラーニョ」という言葉が気になり、そして歩ける年齢になってバイタリティのある者は勝手に私のところまでやってきます。
楽な仕事ですよ、ただ赤ん坊を洗脳して十年から二十年ほど待てばチラホラと人が集まってくるんですから。いやぁ、私の目の前に現れた者たちは目を丸くして驚いていましたね。
「本当にウチサザイ国にミラーニョという名前のあなたがいただなんて。実は幼いころからウチサザイ国のミラーニョという言葉がずっと頭にあったんですよ」
って。
そこでこの一言です。
「それは偶然ではない、必然だったんです。あなたは選ばれた方だ。あなたはこの国に必要な人に違いない、力を貸してください」
そう言われたら向こうも悪い気はしません。そこでしばらく談笑し、相手が去ろうとするころにそっと伝えるんです。「私は魔族だ」と。
神より魔族の方が素晴らしいと洗脳済みですからね、そうなれば私の近くに居つきます。
そうしてバファ村は出来上がったんです。
…ところで勇者のあなたは何をニヤニヤしているんです?……詐欺師のようなやり方だ?…ま、そうですね。否定はしません。ただ効率よく人を集めようとしたらそうなった、それだけです。
魔界での兄妹
ドレー
「ねえお父さ~ん、新しい服欲しいんだけど~」(後ろから抱き着く)
ミラーニョ
「…すみません、私は父ではなくミラーニョです」
ドレー
「…父さんとてめえの見た目ほとんど双子で区別つかねーんだよバーカ!ハゲ!」(膝で背中を打つ)
ミラーニョ
「ヴッ」




