話を聞いて
次の日のお昼の一時、私とサムラ、そしてサードはホテルの隣の喫茶店に赴いて、サードはミラーニョが辿り着くや否やミラーニョに詰め寄ってニコニコと親し気に微笑み話しかけた。
「店長ですか?我々は冒険者をしながらエッセイ小説を書いている者でして、うちの者がここの紅茶が美味しいと聞いたのでぜひエッセイのネタにしたいと…後ろの方でお話よろしいでしょうか」
明らかにミラーニョはサードのニコニコ顔の裏の性悪を察し、それも言ってることも全部嘘だと察し、私が仲間を引き連れてやってきたからジル関係だなと察した顔で、
「いやうちは常連を大事にしたいのでそのような本に載せてもらいたくないんですよ」
とニカニカ笑って断ったけれどそんなことで引くサードじゃない。
「それなら国の名前だけを書いて詳細な場所も店名もぼかしますから。大丈夫です、今までもあなたのように本に載せたくないというお店の希望は全て受け入れています」
うわぁ…ザ・パーティの編集長のマロイドの交渉と同じやり方…。
呆れて見ているとそのどちらも引かぬやりとりを見かねた店員の女の子が、
「いいじゃないですか店長ー、むしろ店の名前バンバン売り出す方向でおなしゃーす」
と嫌がるミラーニョと私たちを裏の休憩室に押し込んだ。
店員の女の子が居なくなった途端にサードはニコニコ顔を崩して裏の顔になって身を乗り出し、
「ジルに話通せよ」
とサードは本題を切り出す…。ミラーニョはわずかに嫌そうな目で私に視線を送ってくる。昨日あれだけ言ったのにって目が言ってる。
ミラーニョはため息をついて、
「昨日もそこのお嬢さんに言いました。私は何も聞いていません、だからあなた達が何を目論んでいようと私は何もするつもりもありません」
「てめえを解放してやる、ジルから」
「…は?」
ミラーニョは突如切り出されたサードの言葉に怪訝な顔をして、無理だという顔で首を横に振る。
「あなた方はジルを軽く見ています。ジルはよし倒そうと決めて簡単に倒せる輩ではありません」
「俺らが勇者一行だとしてもか?」
その言葉にミラーニョは驚いて目を見開いて、私とサムラもそんなにあっさり言っちゃうの!?と驚いた顔でサードの顔をギュンと見る。
ミラーニョは目を瞬かせ、
「確かに勇者御一行がこの国に…首都に入ったという情報は入っていました。それでもすぐ見失って未だに発見できていないと…」
「国に入った時から妙について来る奴らがいると思ってた。すぐ撒いたさ、あんな分かりやすい尾行する奴らなんてよ」
その言葉に私はまた驚く。そんな…首都どころか国に入った時からそんな国のスパイがついてきていただなんて。知らなかった…。
ミラーニョはまさか私も勇者の一味だったなんて、とまだ驚いた顔をしているけれど、少しずつあれこれと理解し始めたのか、
「なるほど…勇者御一行だからこそあちこちでこのウチサザイ国にジルという魔族が居ると知ったのですね。そして私の存在と名前も…」
「先にお前の名前を知った。ジルの名前を知ったのはもっと後だ」
その言葉を聞いてミラーニョは警戒したけれど、それでも諦めに似た顔になって軽くうなだれて鼻からため息をついた。
「…殺すつもりですか」
勇者とその一行相手じゃ分が悪い、勝てないとすぐ察したんだと思う。今までの人生が走馬燈のように頭の中を駆け巡っているのか、軽く寂しそうな笑顔を浮かべる。
「なんてつまらない人生だったんでしょう。子供のころからジルに脅えていびられて頭を下げ続けるだけの毎日だった…。…でも最後に名高い勇者たちに殺されるのだとしたら、私だって、少しは浮かばれるってものです」
ミラーニョは片手で目頭を押さえた。
普通のおじさんみたいな見た目から放たれる哀愁漂う言葉に思わず私も悲しくなってしまう。サムラもズキッと胸にきたらしくてションボリ悲し気な顔を浮かべている。
「だから解放してやるつってんだろ、ジルから」
ミラーニョは少し潤んだ目を上げ、手で鼻を抑えてズッとすすり上げてから、
「いっそ一思いに殺していただいて結構です。解放してください、もう沢山です。辛い、毎日が辛い。今ジルは他のことに気を取られていて私に目が向いていないので心穏やかに過ごせていますが、いつ私をいびることに目を向けるか分かりません。
私は毎日ジルの一言一言に脅えながら過ごしています、そして他のことについて話しているのを聞いて、ああ良かった今も別のことに目が向いているとホッとして…そんな毎日です、私の全てはジルに支配されている」
「…何でですか?」
サムラがポツリと言うとミラーニョはサムラに目を向けた。
「何でそんなにこの国の人は後ろ向きなんですか?変えてあげるって言ってもらってるのにどうして受け入れようとしないで跳ね返すんですか?本当はどうにかしたいし、どうにかして欲しいって思ってるはずなのに」
サムラの言葉にミラーニョの肩の力がフゥッと抜けた。
「あまりにも絶望的な状況に長く身を投じていたからでしょうね。希望が少しでもあればもっと前向きになれたことでしょうがこの国で希望を持つことは難しい。自分でどうにかしなければ生きていけないと悪事に身を投じるか、悪事はせずとももう何も変わらないと人生に見切りをつけるかの二通りです」
「なら希望の持てる言葉を言ってやろうか」
サードも身を乗り出し、
「俺らは魔族を十体ぐらいは倒してる。ドレーとも戦って魔界に戻した」
その言葉にミラーニョはガバッと頭を上げた。
「ドレーを…?あのドレーと戦って魔界に戻したんですか!?」
…細かいことを言うとサードの言っていることは大体そうだけど、一部ウソ。
ドレーとは確かに戦った。でも魔界に戻したのは神であるヤーラーナ。そのちょっとした嘘をミラーニョは気づけていないわ。
今のサードの会話で嘘を事実の後ろに隠すっていうサードのやり方がちょっと分かった気がする。
本当は「ドレーとも戦って神のヤーラーナが魔界に戻した」ってなる部分をサードは「ドレーも魔界に戻した」と『ヤーラーナが』の部分を言わないで誤魔化す…。
うーん、サードの魔族相手への誤魔化し方は分かったけれど、実際にやるとしたらけっこう気を使って話さないといけないから大変よね、一言うっかり余計なことを言ったら全て嘘だってバレちゃうし…。
「しかしジルほどではないとはいえドレーも力は強いのに…私も何度殺されそうになったことか…」
「…ドレーはあなたにとってお姉さんなの?」
あんな少女を姉を持つおじさんの弟…うーん、混乱すると思っているとミラーニョは首を横に振り、
「ドレーは一応異母の妹です。まぁドレーは私が兄だというのは認めていませんでしたがね。クソデブ爺といつも呼ばれていました」
…それはさすがに酷いと思ったけど、思えば精霊ですら魅了するケッリルのこともドレーはオッサン呼ばわりだったもの、顔は良いって認めていたけれど。だとしたらドレーはリギュラみたいな若い美青年がタイプで、どんなに格好良くても中年の男の人は好みの範囲外なんだわ。
ミラーニョは私からサードに視線を向けて、本題らしい話に移る。
「あなた方が魔族を何度となく討ち果たしているのは私も知っています。それで、あなた方は私を呼び出して何をさせようと?」
サードもようやく本題だという風に唇を歪ませて、
「これから俺らはジルの協力者になる。このエリーとサムラをダシにしてな」
「…は?」
明らかに動揺しながらミラーニョはわずかに腰を浮かせて、
「ま、待ってください、何を馬鹿なことを、ジルに近寄ってそれも…きょ、協力する!?」
と頭を大きく横に振り、
「馬鹿な!馬鹿な!ジルに協力など…そんなものジルに支配されるも同然です、そんなわざわざ…!」
動揺するミラーニョにサードは腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らす。
「言い方を間違えたな」
ミラーニョは口をつぐむから、サードは続けた。
「正確には協力するふりをする、だな。だから本格的には協力しねえよ」
それを聞いてもミラーニョは顔をしかめたまま黙ってサードを睨みつけている。ミラーニョは何か言おうとしたのか口を開きかけたけど、考え直すように口を閉じて引き結び、サードをまじまじと見た。
「…あなたは一体何を考えているんですか?」
「ジルをぶっ潰す。今広まってる黒魔術はジルを媒体として広がってるようなもんだ、だから黒魔術を使えるようにしてる元のジルを殺せば、今広まってる黒魔術、それと黒魔術で呪いをかけられた魔法も帳消しになる。だろ?」
ミラーニョは椅子にゆっくり座り直してあれこれと考えているのか静かになった。
そして考えがまとまったようで口を開き、
「…確かにそのような理論になりますか。黒魔術は魔族を崇拝して手に入れられる魔術、それなら崇拝している魔族を殺してしまえば…その魔族を崇拝して手に入れた力も消える…」
納得した顔だがそれでも理解できないという顔でミラーニョは頭を抱えながら私とサムラをチラチラと見て、
「言っていることは分かりますよ。でも、それでもあなたの仲間をあんな奴に差し出すような真似など…」
「このサムラはすぐそこのタテハ山脈出身でなあ。その山脈がどんなことになってるか分かるだろ?」
その言葉にミラーニョは口をつぐんで黙り、頷いた。
「だからサムラの故郷をどうにかするにはジルがどうあっても邪魔なんだよ。他にも理由はあるけどな」
「…」
ミラーニョはなるほど、と頷いたけど、それでも首を横に振る。
「よく分かりました、それでも私は巻き込まないでください」
「頭固え奴だな、サブリナから話聞いてる限りもっと頭が柔らかい奴だと思ったが」
「…」
ミラーニョは手を組んでテーブルに目を落としながら、
「そうですね…この国から外に出ている時、私は自由で伸び伸びしていました。でもそれはジルと離れていたからです」
ミラーニョは落ち込むようにもっと視線を落とし、
「どこまで私たちのことを調べているのか分かりませんが、私が国の外に出たのはジルから離れるためです。人間界に来るとき、ジルはジェノという力の無い魔族を暇潰しのオモチャ代わりに連れてきました。
最低と思うでしょうが、私は私の代わりにいびられる者が増えたと喜びました。…まあ、ジェノも耐えられなかったようで逃げましたけど…」
ふっとミラーニョは黙りこんで、誰かを馬鹿にするかのような顔つきになる。
「いや、ジェノは賢明だったんです。あんな馬鹿にこれ以上関わっていたら共倒れになると逃げたに違いない」
「そのジェノとも俺らは会ってきたぜ」
なんと、とミラーニョは軽く驚いた顔をして、
「…彼は…今どうしています?」
サードはニヤニヤしながらもったいぶるようにしばらく何も言わず、ミラーニョの先を急かすような顔を見てようやく口を開く。
「結婚したよ。心底惚れ抜いた女とな」
「…はあ」
驚いた顔ながらも最大限に間の抜けた声をミラーニョは出す。
「幸せそうだったなあ、相手の女もそりゃあ健康的な体つきで活発な性格で。だよなあ、こんな所にいたら出会えなかった奴だしなあ。ここから外に出たからこそ結婚できたんだしなあ」
サードが何かしら含みを持たせるようなことを並べ立てていると、ミラーニョはわずかにおかしそうに顔を歪ませた。
「別に私は女性目当てで自由になりたいだなんて思いませんよ?」
するとサードはすぐ突っ込むように続ける。
「だが自由になりたいとは思ってるだろ?ジェノはジルから自由になったら女と幸せを手に入れたぜ?お前は自由になったら何が手に入る?」
ミラーニョは思わず笑い声をたててしばらく含み笑いをしていたけれど、少しずつ笑いをおさめて微笑みながら、
「なんて口の上手い勇者だ。勇者ではなくまるで営業をやっている商人そのものですね」
そう言いながら光すら入ってこない、鉄格子のはまった小さい窓の外に目を向け、
「私はジルが嫌いです。そんなジルだけがこの世から消えるのであれば何て素晴らしいことだろうと思いますよ。私だってジルの元から何度も何度も逃げようとしました。でも…結局逃げられなかった、逃げられないんです、私は」
「でもジェノは逃げ切ったわ。あなただって…」
口を挟むと、ミラーニョは静かに微笑みながら私たち三人の顔を見比べる。
「私の父は人間との混血で力の弱い私がジルに虐め殺されるだろうと危惧していました。ですからある術を私とジルにかけたんです」
「術…?」
サムラが聞くとミラーニョは長々と鼻からため息をつく。
「『道連れの術』。片方が死んだら残りも同時に死ぬ、そんな術です」
私もサムラも口を引き結んだ。
「魔界では子供によくかけられる術です、魔族は力こそ全てですからね。兄弟喧嘩でうっかり殺してしまうこともよくありますからその抑制のためですよ。そうでもすればお互い喧嘩になっても自然と手加減するでしょう?…大体は大人になる頃に親が術を解くのですが、父はその術を解かないまま死にましたから」
ミラーニョは自虐的な笑いを浮かべて話を続ける。
「そして父はジルに『居場所探知術』というものを教え込みました。名前の通り誰がどこにいるのか分かる…ここでは私がどこにいようがすぐに発見できるための術です。
私は生粋の魔族より弱い。そんな私が死ねばジルも死ぬなからお互い助け合うんだよというつもりだったのでしょう、そうしているうちに兄弟としての結び付きが強くなるだろうと…。
でもそのせいで私はジルから逃げられないんです。何度ジルの元から逃げてもジルは私を捕まえに来ます。ジルもある意味怯えているんです、こんなにも弱っちい私がうっかり殺されでもしたら自分も死んでしまうと」
そこまで聞いていてとんでもないことに気づいた。
だってそれって、ジルを殺したらミラーニョも死ぬってことじゃない。
もちろんこの国に入るまでに言われていたことはジルとミラーニョの討伐、それでもミラーニョは倒すべき悪じゃない、魔族で世の中に災いを広めてきたとしても、それでも悪い人じゃない…。
思わずサードの顔を見ると、黙ってミラーニョの顔を見ている。その顔からはニヤニヤ笑いは消え失せていて、何の感情もない真顔。
ミラーニョはチラと時計を見て、こちらに視線を戻した。
「私がジルに逆らえない訳はご理解いただけましたか。でもまだ時間はあります、こんな話は他の者に話せもしないのでせっかくだから身の上話を聞いて貰えませんか、誰でもいい、誰かにこんな哀れな男がいた程度にでも覚えていて欲しいんです」
「…言ってみろ」
サードがそう言うと、ミラーニョはありがとう、と微笑みながら話始めた。
そのころケッリル
ケッリル
「(サムラの家はどこだろう…あ、人だ)」
ケッリル
「あの、サムラという者の家は…」
どう見ても少女1「まあなんて良い声の人」
どう見ても少女2「やん、ドキドキする」
どう見ても少女3「サムラという人は分からないけどあっちに私たちの集落があるの、行きましょう」
ケッリル「ありがとう」
どう見ても少女1「なんて本当にいい声」
どう見ても少女2「私の孫のお婿さんにほしい」
どう見ても少女3「もっと私が若かったら」
ケッリル「…私から見たら十分に若いよ」
どう見ても少女1「やだぁ、私なんて六歳よ、おばちゃんよお」
どう見ても少女2「私なんてもう九歳、お婆ちゃんよぉ」
どう見ても少女3「二人とも若いわよ、私なんて十二歳だもの、片足があの世に突っ込んでるも同然よぉ」
少女たち「wwwwww」
ケッリル「…(感覚が狂う…)」




