先生―!暴力ふるうなって人が一番暴力ふるってますー!
「うおお…エリーなんだこれ、すげえ大収穫じゃん」
情報屋のウィリッチが書き残したメモの数々を見ているアレンが興奮したようにババババと全てテーブルやベッドの上に広げていく。
今はサード、アレン、ガウリスの三人が戻って来て、サムラも交えて今日見つけたメモを見せている所。
アレンは興奮しているけど、ガウリスもサードも私の部屋にこの手紙があったと知ると、ウィリッチがどうなったのか察したみたい。サードは、まあだろうな、と他人事の顔をして、ガウリスは胸を痛めている様子で唇を噛んでいる。
「これ、前にアレンが話した情報屋のお姉さんの相棒なんじゃないの?」
二人ほど何の反応もないアレンに声をかけると「かもなぁ」と言いながら今日メモしてきたらしい城下町の地図とウィリッチの書き残したメモの地図を見比べている。
…反応が薄すぎない?何でそんなに無頓着でいられるの。
少しムッとしていると私の雰囲気が悪くなったのを察したのかアレンは私に視線を移す。
「多分もうこの人は死んでると思ってた。でもこうやって情報を残してくれたんだ。悲しいけどただ悲しまれるよりなら自分の残した情報を役立ててもらった方がウィリッチも嬉しいと思う。違う?」
その言葉でアレンなりにウィリッチを悼んでの行動かと怒りが抜けて…それと今日あったことを皆に伝える。
「あのね、私この情報を見て…今日ミラーニョに会ってきたの」
皆が顔付きを変えて一斉に私を見てくる。
ちなみにミラーニョに会ったことはサムラにもまだ伝えていない。すぐ戻る一分程度で戻るって伝えていたのに思ったより帰りが遅くなってすごく心配されたから、ミラーニョと会った話はもう少し落ち着いたら話そうと時間を見ているうちに三人が戻ってきて、今初めてミラーニョに会った話を切り出した。
「てめえ、どこで…」
サードが軽く混乱の顔で聞いてくるからアレンが広げたメモの数々を指さして、
「その中にミラーニョが隣の喫茶店に午後の一時ぴったりに来店するって書いてたから、本当かどうかちょっと確認しに…」
「エリーさん…!」
何て危険なことを、と言いたげな強ばった顔でガウリスが軽く責めるような口調で名前を呼んで、サードは一瞬で頭に血が昇ってブチ切れ、ガァン!と拳を壁に叩きつけた。
「危険なものに近寄んなつってんだろうが、ボケ!」
怒声と壁を殴る音にビクッと肩が揺れ、
「でも、あのね、聞いて…」
ミラーニョとの会話を言おうとするけれどサードの怒りは収まらない。
「てめえ今まで俺の話聞いてたのかよ、危険だってものに近寄んなって何度言った!?聞いて聞かぬふりかチクショウが!」
怒りに任せサードが詰め寄ってくる。
ここまでブチ切れたサードは久しぶりで、思わず私も言葉が出てこなくて身を固めていると、アレンが私の前に立ちはだかって腕を広げた。
「サード落ち着け!」
そんなアレンの横顔をサードは掴んで足を引っ掛けてそのまま横に回転させ床にはっ倒すと、サードは私の胸倉を力任せに掴んだ。
「てめえ何のつもりだ!?俺の言うことが聞けねえとでも言うのか!?ああ!?」
胸倉を掴んでガクガクと揺らされ、落ち着いて話を聞いてとばかりに…でも怖くて口がきけない状態でサードの肩を平手でペチペチ叩く。それでもその私の行動は逆効果だったみたいで、
「何しやがるこのクソアマが!」
私は片手でベッドの上にぶん投げられた。それでもベッドの上に投げられたから痛みも何もないけど…。ど、どうしよう、思った以上にサードが怒ってる…怖い…!
「サードさん!」
さっき私に向けた非難がましい声とはけた違いの鋭い声をガウリスがサードに放って私が倒れるベッドの前に立つ。でも私に対して言ってるんじゃないと分かっていてもその鋭すぎるガウリスの言葉に身がすくんだ。
「んだゴラ」
サードがガウリスを睨み上げると、
「自分の腹立だしい感情のままに暴力を振るってはいけません」
「るっせー、クソが!」
サードはケッリルから習った重い一撃をガウリスに向かってドッと当てるとガウリスは「グッ」とわずかにうめき声を上げた。それでもガウリスは歯を引き結んでサードに向かって同じように拳を振るう。
まさかガウリスが腕を振り上げてくるとは思っていなかったのか、ガウリスの拳が早かったのか…サードの避ける動作が少し遅れた。わずかに身を引いて両腕を前に出して防御の構えをしたけど、サードはガウリスに殴られ、そのまま吹き飛ばされて大きな音を立てて壁に当たる。
「落ち着いてください、今は仲間内で暴力を振るいあっている場合ではありません」
ガウリスは私に手を差し向け、
「言いつけを守らなかったことを先に怒るより、無事だったことをまず喜ぶべきです。そしてエリーさんの話を冷静に聞くべきです。そうではありませんか」
サードはガウリスに殴られ防いだ両手をわずかに震わせている。
怒りのせいなのか、ガウリスの力が強すぎて殴られた腕が痛いのか分からないけれど、その目はまだ怒りに燃えていて何もかもぶっ潰してやるとばかりの顔つき…。
ガウリスはサードのその顔をみてから私に体を向けてベッドから起こすと、両肩に強く手を乗せて真っすぐに目線を合わせる。
「エリーさんもですよ。サードさんがどれだけ心配していると思っているんですか?今まで何度もエリーさんは酷い目に遭ってきたのです、これ以上エリーさんの心も体も傷つけたくないと思っているんです、エリーさんはそんなサードさんの気持ちを踏みにじったんですよ。サードさんが怒る理由も分かるでしょう?」
ガウリスに厳しい口調で言われて、ショックを受けた。
そりゃ私だってサードに釘を刺されていることに背くのはどうかなって思った。それでも皆のために少しでも動きたいって、役に立てればと思って…。
ジワ、と涙がにじむ。
「だって…だって…皆も危険な中、外に出て歩き回って…。わ、私だって、皆の役に立ちたいじゃないのぉ…」
ボロボロと涙がこぼれてしゃくりあげながら、
「分かってるわよ、この国がどれだけ危険で一人で出歩いたら危ないかくらい…。でも、それでも私だって頑張ってる皆がもっと楽になればって思って、行ったのに、そんな役立たずみたいに言わなくたって、私だって、勇者一行の一人で、頑張ってきてるのにぃ…!」
静かになった部屋の中に私のしゃくりあげる声だけが響いていく。
「…何言ってるんだよエリー」
アレンが隣に座って私を抱え込んで頭をよしよしと撫でる。
「誰もエリーが役立たずだなんて思ってないよ、ただ俺らは男だから女の子は守らないといけないって気持ちがあるんだって、それだけだよ。でもそういうのエリーずっと気にしてたんだな、気づかなくてごめん」
おおよしよし、と抱え込まれながら慰められて、私も鼻をすすり上げながら黙ってされるがままにされている。
そしてチラと遠慮がちにサードに目を向ける。アレンが私の頭を撫でているというのに特に何を言うことなく睨みつけてきていた。
わずかに目が合って、サードも何となく気まずいのか同じタイミングで目を逸らす。
ガウリスはそんな私たちを交互に見て、
「お互いがお互いのためを思っての行動だと分かりましたよね?もう少し落ち着いたら、ミラーニョさんと何を話したのか教えていただけますか」
ガウリスがいつも通りの優しい口調で声をかけてくるから、私も涙を拭って喫茶店に行った時の話をポツポツと始める。
ミラーニョは喫茶店の店長をしていたこと、私がエルボ国の髪の毛が純金になるフロウディアだと知っていて正体はバレたけれど、勇者御一行なのはバレていないこと。
サブリナ様のことを教えて欲しいと言われてサブリナ様が国王になったことにミラーニョはとても驚いていたけど喜んでいたこと。
ミラーニョは人間と魔族のハーフで、ジルの親のような見た目だけどジルの弟だということ、もしかしたら協力者になってくれるかもしれないって期待して誘ってみたけれど、ミラーニョはジルに心底脅えていて何も聞かなかったことにすると言われて追い返されたこと。
喫茶店での話を全て伝え終えて口を閉じた。
私の話を聞いていたサードはたまに眉間にしわを寄せて私を睨むこともあったけれど、話し終える頃にはかすかに呆れた様子になっていて口を開いた。
「…てめえ、よくもまあ敵側の魔族だって奴と普通にペラペラと話してこっちがジル共に何かするかもしれねえってほのめかしやがって…」
でもだって、と言い返しそうになったけど、さっき激怒させたばかりだから黙ってうつむく。サードは軽くため息をついて、
「俺にはできねえやり方だな。正直に正直に話したから…ミラーニョも心を開いてそこまで普通に話したんだろ」
遠慮がちにチロとサードの顔を見る。怒られてるのかな、皮肉かな、とも思ったけれど、褒めているようにも聞こえたから…。
するとサードは呆れたような諦めたような顔つきのまま私を見ている。
「お前は家の中にこもって満足する女じゃねえんだな」
…それどういう意味?
意味が分からなくて戸惑っているとアレンはフフ、と笑った。
「あれだ、エリーが俺の手から飛びだっちゃうって悲しい気持ちなんだろ。分かる」
アレンは頷いている。
「…」
それってつまり、私はアレンと同じくサードから保護者目線で見られていたってこと?
…まあ、サードはアレンほど過保護でもないし悪態はつくしすぐ怒鳴るし女癖も悪いしでこんな保護者願い下げだけど…。
つい昨日サムラに手を引かれて、数ヶ月前まで私がサムラの手を引っ張っていたのにって嬉しいような悲しいような胸が締め付けられる気持ちになったから、サードの気持ちも何となく理解できた。
サードはサードなりに私を危険から遠ざけようとしてくれていた、それでも私はサードの言いつけを聞かずに危険に首を突っ込んだから怒った…。
「…サード」
声をかけるとサードが黙って私を見る。
「心配する気持ちは嬉しい。けど…守られて後ろに引っ込んでるばっかりは嫌だわ。私は皆が帰ってくるまで座って待ってるのは嫌。サムラだって同じ気持ちよ」
そう言いながらサムラに視線を向けると、サムラも私の視線を受けて頷き、
「僕も…実戦は皆さんに敵わないし、もしかしたら足手まといになるかもしれません。それでも成り行き上だとしても、僕の部族のために皆さん動いてくれているのは間違いないんです。
それにエリーさんが外に出て僕はこのホテルで黙って待っている時…僕は一体何をしてるんだろうってずっと考えてて…悔しかったです。僕だって何かしたいです」
私とサムラの視線を受けて、サードは軽く口端を上げて笑った。表の爽やかな表情のようで、裏の意地の悪そうな笑い顔で…でもどこか優し気な微笑みで。
「分かった」
案外とサードが微笑みながらあっさりと承諾したから、喜ぶより肩透かしをくらったような妙な感じになる。絶対「てめえら何言ってんだ一人で危険な奴から逃げられねえくせに」って怒られると思っていたから。
するとサードは続けて、
「どうやら俺が思ってる以上にお前らもタフみたいだからな。それならとことん俺の考えの役に立つってことだな?」
その言い方…と顔をしかめるとサードは優しい微笑みの口元を更に上げていく。口端が上がるにつれその表情はどんどんとゲスっぽい笑い顔に変化して、サードは口を開いた。
「それならお前らには奴隷の如く働いてもらうぜ」
参考のコピペ↓
『「女は男の三歩後ろを歩け」「家を守れ」「主人に付き従え」っていう日本の慣習は、「あぶねぇから俺の後ろに隠れてろよ」「もしもの時は子供たちは任せたぞ」「も、もっとこう、一緒に居たいんだよ!」っていうツンデレ』
サードは江戸時代の男なので女は本来ずっと家に居て男を立てて言いごたえもせず付き従うもんって頭がどこかにあるんです。
あと女性に優しいイメージの西洋ですが、レディーファーストで女性を先に行かせるあれ、「元々女を先に行かせて扉の向こうが安全か確認してから男が行ってた」って説を知った時には大爆笑でした。まああくまでも一説ですが、結局男社会の産物じゃねーかwって思わずウケちゃったんです。




