疑惑が確信に変わる
喫茶店を一分だけ確認しに行こうと駆けだしたけれど、わずかに私の冷静な部分がサムラに伝えてから行った方が私の身に何かあった時現状把握しやすいんじゃないかって考えて、慌ててサムラの部屋のドアを叩いた。
サムラはすぐに顔を出したから手短に、自分の部屋で情報屋が残した情報を部屋で見つけて、ミラーニョが隣の喫茶店に一時に来店しているのを目撃したって内容があったから確認しに行ってくると伝える。
するとサムラは目を見開いて行かせまいとしているのか私の袖を掴む。
「でも危ないから外には出るなって…エリーさんも動かないでいるのも大事だって僕に言ったじゃないですか」
確かにそう、それでも…。
「ただミラーニョっぽい人がいるかどうか確認してくるだけよ。一分程度中の様子を見たらすぐ戻ってくるわ」
「じゃあ僕も行きます」
サムラがそう言って部屋から出てくるけれど、首を振ってサムラを押しとどめる。
「サムラはここに残ってて。もし三十分たっても私が戻って来なかったらここのホテルマンに話をつけてサードたちが戻ってきたら知らせておいてほしいの」
「でも…!」
サムラは私を止めようと必死に何か言おうとしているけれどとっさに言葉が出ないのか、さっきより強くギュッと袖口を掴む。
そんな心配そうな顔で袖口を掴まれながら見上げられるとキュンとする。でもこうしてる間にも一時は近づいてきているのよね。
「お願い、少し見てくるだけだから。ミラーニョが本当に隣の喫茶店に来るんだったら国の暗殺者とかスパイが動くより先に楽にジルにも接触できるのよ」
「でも、でも…!エリーさんに危ない所に行かせて僕だけ部屋でのんびり待つような真似できません!頼りないかもしれませんけど僕だって男です、女の人は守らないといけません!」
何そのいじらしい言葉…!やだ可愛い…。
キュンキュンするけれど、それでもそれとこれは別。そろそろ喫茶店に向かわないと一時を過ぎちゃう。
私はトマス神父からもらった神のお守りのハンカチをポケットから取り出した。
とは言っても私が貰った神のお守りはとっくに使い切ってしまっている。それが分かった後にガウリスが、
「エリーさんの方が危ない目に遭っているみたいなのでどうぞ」
って譲ってくれた。ガウリスはやっぱり神様に近い存在になっているせいか魔族かそれに近い存在から何の危害も受けてなかったみたいで、赤い点は三つ全て残っていたのよね。
私は神のお守りをサムラに見せながら、
「あのね、これがあれば魔族からの災いから三度守ってくれるの。これがあれば大丈夫よ、それにもし二人同時にさらわれたとしたら戻ってきた皆が何が起きたか分からなくて混乱するんだから、サムラはここに残っていてほしいの。
大丈夫、自慢したくもないけど私は何度もさらわれてるのよ、そのやり口も分かってるからどうにでもなるわ」
本気でそう思っちゃいないけれど、早く喫茶店を確認しにいきたい一心で安心させるように言う。
するともう私を止められないと察したような諦めた顔をしたサムラは、悔しそうにそっと私の袖から手を離した。
「…僕にもっと頼りがいがあったら…」
…あ…サムラを傷つけてしまったかしら。
申し訳なさが込み上げたけれど、それでももう行かないと。
「大丈夫、本当にパッと行ってミラーニョが居るかいないか確認したらパッと戻ってくるから」
それじゃあ、と私は頭に深くローブのフードをかぶってから外に出た。
* * *
ホテルから外に出て、隣の喫茶店の入口とホテルの入口の距離を目で測ってみる。
距離的には五十メートルくらい?何か危険なことがあっても全力で走ればギリギリ逃げ切れるかしらって距離ね。
とりあえず辺りに注意しながら喫茶店に忍び寄って中を覗き込もうとする。でも窓ガラスは小さいし全体的に曇りガラスで覆われているしで全然中が見えない。
外から中を確認するのは無理みたい。
仕方なく、そして注意しながら扉にそっと手をかける。
もしかしたら入店と同時に犯罪に巻き込まれるかもしれないと警戒しながら扉を開けると、戸口からはカランカランと音がして、カウンターの向こうから「いらっしゃいませ~」と女の人が声が飛んできた。
頭の中では入った途端に棒を持ったおじさんが殴りかかって気絶させにくるかもって警戒していたから、ほんの少し肩の力が抜ける。
中の様子は…他の国の喫茶店と大体同じって感じ。落ち着けそうな小ぢんまりとした天井の低い造り、木製のカウンター、それと年季の入ったソファーにテーブル…。
そう言えば今何時?
時計を見てみると一時を一分過ぎたぐらい。
ミラーニョらしき人はいるかしら…。
入口に立ったまま中にいるお客さんをチラチラ見てみる。
中にいるお客さんは三人、いずれも男の人。
一人は兵士っぽい鎧を着た腕っぷしの強そうな若い人、この人は明らかにミラーニョじゃないわね。
カウンター席で静かにコーヒーを飲んでいるハンチング帽をかぶったおじさん…背も高いし頬がこけてる。ミラーニョじゃない。
チラシみたいな新聞を読みながら軽食を食べてコーヒーをズルズルすすってるおじさん…体型はミラーニョっぽいけど、髪の毛はフサフサだわ。
見たところミラーニョっぽい人はこの中にはいない。やっぱりガセネタだったのね、確認もしたから帰ろうと扉に手をかけると、カウンターの奥から女の子がメニューを持って進み出て近づいてきた。
「どぞ、そこお座りくださーい」
「…あ、ごめんなさい、入るお店間違えちゃって…」
「店に入ったんならお金落としてってくださーい、どぞ」
いいから座れとばかりに女の子が入口近くのソファーを指さす。
…そんなに悪いことしようとしている感じじゃないけど、圧が強い…。やっぱりこういう所で暮らすにはこれくらい圧が強くないと生きていけないのかも…。
それにやっぱりこのまま立ち去るのもちょっと悪いかなと思えて、それなら飲み物の一杯を手早く飲んでから戻ろうかしらとソファーに座った。同時に女の子がメニューを広げてくる。まさかぼったくりのお店じゃないわよねと値段を見るけど…まあ普通の値段だわ。
「じゃあ紅茶をお願い」
女の子はその場からカウンターにいる女の子に「紅茶ひとーつ!」と声をかけて、二人で色々と準備をし始めている。
…それにしてもあの女の子二人で切り盛りしてるのかしら…。このエーハでうら若い女の子二人が営む店って危なくない…?
他人事ながらヒヤヒヤしていると、奥の方からガチャと音がして人が入ってきた。
「あ、店長。っれさまでーす」
二人は同時に声をかける。
店長お疲れ様です…ね。店長だという男の人は「ああうん、お疲れ様です」って言いながらエプロンを頭からかぶりカウンターに入る。
うん、やっぱりうら若い女の子だけじゃ危ないわよね、こんな治安の悪い所…。
それにしても一時を五分になろうとしているけれど、やっぱりミラーニョらしい人は入ってこないわ。やっぱりウィリッチがメモに書いていたとおりガセネタだった、そういうことね。
それなら早めに紅茶を飲んですぐに帰ろう、とりあえず三十分以内に戻らないとサムラがフロントの人に私が戻って来ないって報告して話が大事になっちゃう。
とりあえず紅茶が来るまでメニューを見ながら待っていると、どうぞ、と店長が紅茶を持って来てカチャ、と目の前に置いた。
「ありがと…」
顔を上げて店長を見て、あれ…?と店長の顔をマジマジと見た。
店長はニカニカと歯を見せて笑っている。それも小太りの中年男性で、脂ぎった顔で…頭は?
ふっと視線を頭にずらすと、パンダナを巻いている。
何だかサブリナ様が描いた似顔絵に随分と似ているような…。いやまさかね?まさか黒魔術士を束ねる魔族がこんな喫茶店の店長をやってるだなんて…。
そう思いながらも店長の男の人から目を逸らせずシパシパ目を瞬かせて見ていると、店長もシパシパと目を瞬かせて私を見返し、ズルリとパンダナを外した。
「そんなに私の頭を見るなんて、そんなに気になりますか?この身だしなみの整った素敵なヘアースタイルが」
店長はお盆を脇に抱え、女性的なシナを作ってテラテラと薄い髪を撫でつけている。
三人のお客さんから同時にブオッと飲み物ごとコーヒーに軽食を吹きだす音、笑いをこらえているのかカップと皿が触れあってカチャカチャいっているのが聞こえてきた。
でもエルボ国に居た道化師がこんな風にサブリナ様を笑わせにかかった話も聞いている。
疑惑が確信に変わった。
「ミラーニョ…」
心の声がそのまま言葉になって漏れ出る。すると人の良さそうな顔でニカニカと笑っていた店長の目つきが一気に豹変した。
私は何を余計なことを、と思わず口を押さえてから、
「紅茶いただくわ、ありがとう」
と誤魔化しつつ、もう行ってもいいわよとばかりに促す。
それでも店長はさっきまでのニカニカとした笑顔を引っ込めて、私を探るような目つきで見ている。私はできる限り何もなかったかのように店長…ううん、ミラーニョから視線を逸らして紅茶をすすった。
「お客さん、冒険者ですか?」
ミラーニョはそう言いながら目の前にどっかりと座って真っすぐに私の目を見てくる。
その口調は話好きのおじさんのような親しみがこめられているけれど、チラと見たミラーニョの目は…確実に私を疑っている、自分の何を知っているとばかりに探りにかかっている。
サードも疑わしい人にはこんな目をして相手の表情と仕草から相手の考えていることを探ろうとしているからよく分かる。
やばい…。
服の下から冷や汗がドッと出る。ともかく紅茶を一口飲んでからカップを皿の上において、サードみたいに表向きの笑顔でやり過ごそうと無理やりニッコリ微笑んだ。
「ええ、冒険者で昨日この首都に来たばっかりよ」
落ち着いて。サードも言っていたわ、魔族には嘘はバレるけれど事実だけを言っていたらどうにもならないって。
そうよ、私は紅茶を飲んでお金を払うまで本当のことだけを話していればいいの。落ち着いて…、落ち着いて…。サードの詐欺師みたいな爽やかな笑顔で最後まで乗り切るのよ…。
さっさと紅茶を飲もうとカップを持ち上げるけど、緊張のせいかわずかに指先がかすかに震える。
その震えすらミラーニョに見られている気がして思わず目線をわずかにカップの向こう側のミラーニョに向けると、バッチリ目が合った。その瞬間、ミラーニョは少し目を丸くしたあと、何もかも合点がついた顔でニッと笑う。
「冒険者の方ならこんな噂を聞いたことがありますか?」
「…噂…?」
「髪の毛が純金になる新種族がいるって噂ですよ」
「…!」
最後までサードのような笑顔でやり過ごそうとしたけど、思わず表情が固まって目を見開いてしまった。
バレた。私がエルボ国で戦争の起きる核となったディーナ家の人物だって…!
そう言えばそうよ、ミラーニョはエルボ国に髪の毛が金になる者が居るってカーミにも伝えていたんだもの、もしかしたら私の顔を知っていた…!?
動揺したせいで紅茶が零れそうな程に手が震えた。
そんな様子を見ているミラーニョは更に身を乗り出して、
「それで、この国にはどんな用事で来たんです?」
あまりに手が震えるからカップを皿に置こうとするけど、手が震えているせいでカップを置く皿とカップがふれあってカチカチと音が鳴り響く。
この国にはジルとミラーニョを倒すため、そしてサムラの故郷をどうにかするため…。
強ばった顔のまま、
「途中で仲間になった人の関係で来たの…」
…我ながら情けなくなるぐらいのか細い声でボソボソと返す。それでもミラーニョはまだ納得していない口調で追い詰めるように、
「それだけですか?」
と聞いてくる。
でもその質問は…「そう」と答えたら嘘だとバレる。けど「違う」と答えても更に突っ込まれて質問されたらもう逃げようがない。
うつむいたまま顔が青ざめる。でも無理やりサードみたいな微笑みを浮かべてみる。
もしここにサードが居たら…言葉巧みに質問をかわせるかもしれないけど、私はサード程口が上手くない。
するとフワッとアレンの朗らかな笑顔が頭の中に出てきた。
…アレン…。アレンだったら…こんな時どう逃げる…?アレンだったらどんなに突っ込まれて聞かれてもここまでヒヤヒヤもしないし、緊張もしないで相手と友達みたいな感覚で対応すると思う。
アレンの朗らかに話して笑ってる姿を思い出しているうちに少し心も落ち着いてきた。
私は軽く深呼吸をして、背を伸ばして真っすぐミラーニョを見て無理やりにでも笑う。
「ごめんなさい、一人でゆっくり紅茶が飲みたいの。お願いできるかしら」
ミラーニョはわずかに口を引き結び、
「…北の方から来た冒険者なのでしょう?私はこの通りここで働いてますからね、遠くの国の話が聞きたいんです」
何をそんな嘘を堂々と言っているの?世界中を回って至る城の中にも入って黒魔術を広めようとしていたくせに。
そんな目を向けるとミラーニョから人を探るような目つきが引っ込んで、哀れさを誘う表情で指を組むとまるで神様を拝むかのように私にへこへこと頭を下げてくる。
「お願いですよぉ、どうかこの哀れな中年男に遠くの国の話を聞かせてくださいよぉ、ここにばっかりいるから遠くの国の話に飢えてるんですよぉ、この国には旅行者もそうそう来ないですし、こういう地元の者しか来ないような喫茶店に来る冒険者もそうそういないですしぃ」
そんな哀れを誘うような表情と言葉にかなり肩の力が抜けたけれど、それでも相手は魔族で…裏から糸を引いて世界中に黒魔術を広めようとしている魔族よ。ここで心を許して話を長引かせたらどうなることかと曖昧な笑顔で対応する。
するとミラーニョはグッと顔を下に向けて、押し殺したような小さい声で呟く。
「サブリナ様のことが聞きたいんです、あなたは知っているんでしょうフロウディア?」
その言葉に思わず口をつぐんで黙ってミラーニョを見ると、ミラーニョは本当にただのおじさんじゃないのってくらいの情けない顔で目を潤ませて、
「お願いです、無事なのかどうかだけでも教えてください…どうか…」
ミラーニョは魔族なのに…黒魔術を使う人たちを束ねる頂点に立っている人だというのに…私に頭を下げ続けた。




