ホテルのオーナー
ホテルのフロントにたどり着いた私たちは、ここのオーナーと話すことはできるかとさっき対応してくれたホテルマンに質問した。
ホテルマンはそうですね…と少し悩んだ顔をしてから「少々お待ちを」と奥に一旦引っ込んでいって、しばらくすると戻ってきた。
「お待たせしました。通信魔法で話しましたらオーナーも丁度ここに向かっているそうでもう少しで到着するそうです。それまでオーナー室でお待ちいただくよう申し付けられましたので…」
どうぞこちらに、と手で案内されたから私とサムラはホテルマンの後ろをついて立派な部屋の中に通されて、座り心地の良さそうなソファーに誘導されるまま座る。
座って待っているとお茶が目の前に用意されて、私はホテルマンに視線を向ける。
「ところでここのホテルのオーナーってどういう人なの?」
ホテルマンはかすかに笑みを浮かべ、
「少々変わった方ですね。まずこの国が嫌いなのは確かです」
…。こんなにもここのオーナーはこの国が嫌いって従業員が言うくらいなら、やっぱり私たちに協力してくれる可能性が高いかも。もしかしたら話を切り出した時点で二つ返事で協力してくれるかもしれない。
そう考えつつお茶を飲みながらのんびりオーナーが来るのを待っていると、足音が聞こえてきた。
来たわ、と私とサムラは目を合わせる。
思ったより早かったなと思いつつ耳を澄ませている…。…ん?何か鎧みたいな音が近づいてくる…?
しかも軽量化された鎧っぽくない。どちらかといえば頭から足まで全身武装しているくらいの重量級の音。
オーナーが全身に鎧?まさかね、兵士じゃあるまいし。
…兵士?
まさかと思ってガタタと立ち上がった。
私たちがここのホテルに入ったのがバレて兵士がホテルに乗り込んできたんじゃ!?国の兵士相手にフロントの人も止められなくて…ううん、もしかして最初からこのホテルと国はグルだった可能性も…!
外に逃げようとするけれど、入口の向こうからは鎧を着た兵士が近づいてくるし、オーナー室の窓には鉄格子がはめられてて出られそうにない。
どうしよう、逃げられない…!
兵士の足音がドアの前で立ち止まってドアノブに手をかける音が聞こえた。私は逃げるのを諦め杖をドアに向けて睨み付ける。
こうなったら兵士が襲いかかろうとした瞬間に魔法を使って吹き飛ばすしかないわ。
状況が飲み込めていないサムラは急に立ち上がって攻撃態勢になった私を見て「エリーさん一体…」って困惑した声をかけてきて、同時にドアがガチャッと開いて全身に鎧を身にまとった兵士が現れる。
「動かないで!それ以上近づいて来たら吹っ飛ばすわよ!」
「んん?」
兵士から間の抜けた声が響いて入口で立ち止まって顔を上げる。その顔に私も少し間の抜けた顔になって動きが止まると、兵士は冑を外した。
「よお、さっきぶりだな。エリー・マイにサムラ」
その下からは困ったような下がり眉が…。
「え…?」
この困ったような下がり眉毛…さっき首都に入る時に通行手形を確認して「この世の地獄にようこそ」と言ってきた兵士よね?
やっぱり私たちを捕まえにきたんだわ。
杖を向けて、
「何をしに来たの」
って威嚇するように杖を向ける。
すると下がり眉の兵士はアッハッハッと笑った。下がり眉で愉快そうに笑われると心の底から馬鹿にしているみたいな表情になるわね。…ううん違う、目が笑っていないからそう見えるんだわ。
するとその後ろからホテルマンが現れて杖を兵士に向けている私を見て目を見開き、押し留めるように、
「こちらが当ホテルのオーナーでございます、どうか攻撃は…」
え、と思ってホテルマンと下がり眉の兵士を見ていると、兵士は自分でガショガショと鎧を外して部屋の隅に鎧を放り投げ、暑い暑いと言いながらテーブルの向こう側のソファーにどっかりと座った。
「まあかけてくれ」
下がり眉の兵士はそう言いながら指で座れと指示してくる。呆気にとられながらもその言葉に促されてソファーに座った。
ホテルマンは下がり眉の兵士にタオルと飲み物を用意するとそのまま部屋から出て行く。
タオルで顔から短い短髪の頭やら首周りを拭いた下がり眉の兵士は出された飲み物を一気に飲み干すと、ソファーに深くもたれて足を組ん軽く腕を広げた。
「当ホテルへようこそ。このホテルを選ぶとはあんたら勇者御一行はやはりお目が高い、ここは地獄の中の唯一のオアシスだ。ゆっくりくつろいでくれ」
「いや…ちょ…」
あなた兵士なのホテルのオーナーなの、どっちなの…。
色々と聞きたいことが多すぎて頭の中でまとまらないでいると、
「何で通行手形取ってた門番の兵士がここのホテルのオーナーなんだとでも言いたそうだな」
心を読まれたかのように言われたからコクコク頷くと、
「俺はこのウチサザイ国の大公の息子だ」
「…!大公…!?」
驚きのあまり目を見開いて身を乗り出した。それでも私とは対照的にサムラはキョトンとした顔で、
「タイコウってなんですか?」
と聞いてくる。
あ、そうか。サムラは国の地位とか爵位とかよく分らないのね。
私はサムラに向き直って、
「大公っていうのはね、国王と同等か次に偉い身分の人なのよ」
「えっ」
サムラも驚いて下がり眉の兵士をまじまじと見た。
「…そんなに偉い立場の人が何で門番の兵士の仕事をやってホテルのオーナーをやってるんですか…?」
不思議そうに聞くサムラの言葉に下がり眉の兵士は頭をポリポリとかいたあと、私を真っすぐに見た。
「ホテルのオーナーになったのは家に居たくねえってのとこんな地獄の中に安心の場所を作りたかったからだ。門番の仕事は数ヶ月前からやってた、あんたらが来るのが分かったから入口で待ち構えるためにな」
「…え?」
まさかウチサザイ国に私たちの行動が全て筒抜けだったの?
青ざめて黙りこんでいると、下がり眉の兵士は立ち上がり、部屋の奥にある重厚なデスクから何かを取り出して私の前にポンと置いた。
「あんたのだ、見てみな」
…封筒?
手に取って裏返してみるとディーナ家一同って書いてある。
「…え!?」
驚いて封を破り中身を取り出すと、見慣れたお父様の文字、お母様の文字、子供が描いたような絵に使用人の流れるような文字…。それにこの封蝋の紋章だってディーナ家のものだし出所はエルボ国だし…確かにこれはディーナ家皆からのものだわ。でも…。
「何で…」
「こんな国にって?」
私の呟きに続けるように下がり眉の兵士は続け、そして鼻でため息をつくようにして肩をすくめた。
「あんたが知らせたんじゃないのか?ウチサザイ国に行くってよ。それを知った差出人がこの国に送ればあんたの到着と同時に手紙を渡してくれるって期待して手紙を書いた…。ま、そんな所か」
確かにディーナ家の皆には何度か手紙を送っている。
書いた手紙の内容なんてもう覚えていないけど、もしかしたらウチサザイ国に行くとか書いたかもしれない。じゃなかったらこんな遠い国に皆が手紙を書くわけがない。
きっとウチサザイ国がこんなに悪い国だとまだ分からなかった時に書いてしまったんだわ、しまった、私のせいでウチサザイ国に全ての行動がバレて…!
焦る私に兵士は被せるように、
「馬鹿なことをしたもんだな、この国は来た手紙に送る手紙、通過するだけの手紙も全部中身を見てる」
と馬鹿にするような笑いを浮かべ言ってくる。
何か企んでいるの?
そう思いながらキッと睨み付けると淡々と兵士は続けた。
「まあ俺が公安局部門に居る時にたまたま見つけたから他の奴らに開けられる前に服の下に隠して今まで保管しておいたんだ。感謝してくれ」
…。ってことは、私たちがこの国に来るってのはこの兵士しか知らないってことよね?つまり手紙を隠して守ってくれたってこと?
段々と頭が混乱してきた。目の前の兵士の目的がさっぱり分からない。
大公の息子で兵士の役割をしているなら私たちを捕まえて魔族に密告した方がメリットはあるはず、でもホテルのオーナーはこの国が嫌いだってホテルマンから散々聞いてる。
この人は私たちに協力してくれる人なの?それともやっぱり敵…?
「ところであなた、名前は?」
とりあえず名前を聞きながら出方を伺おうとすると、兵士は「ああ」と今更ながらに自己紹介してないのに気づいたのか、
「こっちはあんたらの名前知ってるから忘れてたな。俺はイクスタ・ワスターレ・ミネート、この国の大公の息子。だがこの国が大嫌いでね。そんな嫌いな国の高い地位にいるのが嫌で嫌でしょうがねえから身分に物を言わせてあっちに行ったりこっちに行ったりフラフラさ迷って時間を潰してる。
そうしたら公安局でエリー宛の手紙を見つけたからそのうちに勇者御一行がここに来るんだなとあそこの門番をしてたのさ。あんたらは北側で活躍する集団だから北門を張ってれば何れ会えるだろうってよ」
そこでイクスタは言葉を止めてニヤと意地の悪い笑いをしながら身を乗り出した。
「…で、勇者御一行は数ヶ月前からこの国に来ることは確定だったみたいだが、どんなご用向きで?」
その言葉と表情には危機感しか感じない。思わず口をつぐんだけれど、隣でサムラが心配そうな顔をして私を見ているのが横目に見える。
…そうよ、今は私がしっかりしなくちゃ。
イクスタをまっすぐ見据えて私は質問には答えず質問で返した。
「あなたこそ私たちを門番の仕事をしながら待ってたって、どうして?何か目的でもあったの?」
するとイクスタは意地の悪い笑いを引っ込めると一切何も笑っていない表情で、
「さあ…」
とだけ返した。
…さあ、って何よ、さあって。
北側を張ってたら私たちが来るから待ってたんじゃないの?
少しムッとなりながら、
「ハッキリ言ってよ、私たちに用があったから門で待ち構えてたんでしょう?」
イクスタは黙って私をジッと眺めてから「さあて…」とソファーに頭をもたれて天井に目を向け鼻で軽くため息をついて、
「言ってどうにかなるもんでもなし…。かといってそのままスルーして通り過ぎられるのも馬鹿らしくてね。まあ特に用事は無いが少し話したかったってところか」
と独り言のように呟く。
「…それだけ?」
まさか少し話したい程度で大公の息子でこの国が嫌いだって人が数ヶ月も門番として待ってたわけないでしょ、という気持ちを込めて聞き返すと、イクスタは天井から私とサムラに視線を落とした。
「さあ…?」
「…」
何か…あまりにも会話がまどろっこしくて段々イライラしてきた。
絶対この人私たちに用事があるはずでしょ?だから待ってたんでしょ?なのに用事があるんじゃないのっていくら聞いても「さあ」だの「さあて」だのしか言わないんだもの、何なのこの人。イライラするぅ。
「あのね、そんな『さあ』だの『さあて』ばっかりじゃ会話どころか話にならないわ。本当に何が目的で私たちを待っててどんな話がしたいのよ、それ以上のらくらした返事しかしないならこっちだってもう話すことなんて何もないわよ」
怒りを少し孕ませながら言うとイクスタは少し口を引き締めて、
「何言ってんだ、あんたも俺に話があるんだろ?何の用事だよ」
「あなたが先に私の質問に答えてよ。悪いけど私あなたのことまだ完全に信用できてないの」
するとイクスタはフン、とおかしそうに鼻で笑う。
「この国で信用できる奴を探そうとでもしてたのか?そんなの無理に決まってんだろ、ここはこの世の地獄だ、地獄の中に信用できる奴がいるって期待するなんてあんたはとんだ馬鹿だな」
「…」
おちょくるようなその返しにブチッとキレた。そしてサムラの腕を掴んで一緒に立ち上がる。
「あっそう。この国が嫌いで、人が安心して泊まれるホテルを作ったあなたなら信用できるかもって期待した私が馬鹿だったのね。じゃあもういいわ、あなたがそういう人だって分かっただけで十分。行きましょうサムラ」
「え、あの、でも…」
サムラが本当にいいのかと困惑の表情で私とイクスタを交互に見ているけれど、構いやしないと私はドアに体を向けた。
「助けてくれ」
イクスタのはっきりした声に足を止める。
横を見ると無表情を変えず…ううん、イクスタはどこか自虐的に口端を歪めて肩をすくめ、
「そう言ったら、助けてくれんのかよ?」
と笑った。
その表情…全ての希望に見切りをつけて何もかも諦めてしまったような脱力した笑みに怒りが全て静まった。
それと今の表情を見て思いだしたのは以前のサード。以前のサードとイクスタはどこか似ている気がする。でもどこが…?…そう、自分の本心を隠すところよ。
サードはすぐ怒る傲慢な態度で自分の本心を隠していた、でもイクスタは自分の本心をこの淡々とした皮肉的な態度の奥に隠している。
それでも今本心が表に出た。サードが冥界で自分の気持ちが抑えられず私にしがみついてきた時と同じように…抑えきれなかったんだわ。
そうだとしたらイクスタは今、面倒くさいやり方ながら助けを求めてしがみつける人を求めている。でも私たちにしがみついたら助けてくれるのか?本当に信用していいのか?って様子を見て、差し出された手を振り払ってでもまだ手を差し出してくれないか…期待してる…?
ソファーに座り直すと、サムラは「え、え」と混乱しながらもすぐにソファーに座る。
私は改めて聞いた。
「どう助けてほしいの」
「無理だろ」
またまどろっこしい言い方に戻るぅ…。
ガックリとうなだれると、イクスタは鼻で笑った。
「勇者御一行は国の関係者からの依頼は受けないんだろ?」
「あ」
そういえばそうだったと思い出すと、また心の底から馬鹿にしたような笑いを浮かべてイクスタはアッハッハッハッと笑った。
「案外と抜けてるんだな、あんたは勇者御一行の魔導士なんだから聡明だと思ったが」
「…」
なんだか最近行き合う人に馬鹿扱いされることが多い気がする…。
イクスタは冷戦時代のアメリカ人のイメージで書いてます。ニヒリスト。
そんな冷戦時代を背景にしたアメリカ映画だとこれがおすすめです↓
「アイアン・ジャイアント」
これのトイレシーンとバンザーイのシーンは最高ですよ。




