ウチサザイ国の首都
「え?首都に入るだけなのに通行手形見せないといといけないの?」
首都に入る門が見えてきたころ、私が驚きの声を上げる。するとアレンは頷いた。
「そうなんだってさ。朝に宿の人が首都に入るなら通行手形ないと入れないぜ、無いなら特別料金で作ってやるぜって声かけてきて」
…それ、偽造よね…?違法よね…?
「でもそれなら今変装しているけど、変装解かないといけないわよね?通行手形を見られるなら私たちが勇者一行だってすぐ分かるでしょうし、変装して移動してるって国とか魔族にバレでもしたら大変でしょ?」
「…そうだな」
サードはそう言うと周りを見渡して人がいないのを確認したらさっさと変装からいつも通りの服装になっていく。私たちもそれに倣って歩きながら変装を解いて、要らない服を私の大きいバッグに入れる。
他の国だと戦争とかしていない限り入国審査さえしてしまえばあとは首都も防衛用の門も普通に開いていて通れるのに…。
もしかして私たちが通るかチェックしてるとか?だって私たちがウチサザイ国に入ったってことは入国時にバレているようなものだし。
…何か嫌な感じ。そう思いながら首都に入る門の前まで到着すると、通行手形を確認する兵士がやる気もなさそうにさっさと通行手形を寄こせとその場から動かず指だけを動かす。
サードが通行手形を渡して、魔法陣にカードをかざした兵士は不意に顔を上げてこっちを見た。
「勇者御一行ですか?」
「そうですね、一般的にはそう呼ばれています」
サードがそつなく言うと兵士は「へえ」と言いながらジロジロと遠慮もなく見てきて、
「もっと北の方で活躍していると聞いていましたが…何か用事か依頼でもあったのですか?」
何それ、情報を引き出そうとでもしているの?
思わず引いていると離れたところで門の扉に寄りかかっていたもう一人の兵士が興味を持ったように近づいてくる。
「ほお、勇者御一行?」
そう言いながら私の目の前に立ってジロジロ見下ろしてくる。
「せっかくだ、握手でもしてもらおうかな」
私の前に立った兵士はそう言いながら手を差し出してくる。握手を求められたらいつも応じているからすぐ手を動かしたけど…思えばハミルトンはジルと握手をしたら三年で命を取られる魔法をかけられたじゃない。
…これ、握手しない方がいいんじゃ…。
空中に手を浮かせたまま固まっていると、目の前の兵士は真顔から意地の悪い表情になってニヤと口端を上げた。
「何をそんなに警戒してるんだ、単純に俺は握手してもらいたいだけなんだぜ」
警戒してるって思われてる、これはこれでヤバいかも。
そう思って慌てて目の前の兵士と握手をした。
ハミルトンはタバコを押しつけられたみたいな痛みが走ったと言っていたけれど、そのような痛みは特になく、兵士は何度か上下に揺らすとすぐに手を離して全員と握手していく。
そのうちに全員の通行手形はもう一人の兵士によって魔法陣にかざされていく。
「…でもなんで首都に入るだけなのにこんな入国手続きみたいなことすんの?」
アレンが聞くと皆と握手をした兵士は、
「この国に来て何か思わなかったかい?治安が悪いからこれ以上他の国や地域で犯罪を犯した悪人が入ってこないかどうか見てんだよ。そんで国内の賞金首級の犯罪者だったらとッ掴まえるためだ、首都ってのは変なのが集まるからな」
兵士はそう言っているけど…本当にそれだけ?
この防御壁の内側にバファ村があって、そして魔族をかくまっている城があって、魔族が居て…そう考えるとまるで巨大な檻みたいじゃない。
そう考えたら体にゾワッと鳥肌が立った。すると皆と握手をした兵士が私に通行手形をスッと差し出してくる。
…通行手形に変な細工とかされてないわよね…?
一応確認してから大きいバッグにしまった方がいいかもと思ってさっさと受け取ろうとするけれど、クン、と通行手形が引っ張られた。
え?
パッと顔を上げると、兵士は通行手形を強く手に持ったまま私を真っすぐに見下ろしていて、その兵士と間近で目が合う。
…どこか困ってるような下がり眉毛の人…。そう思っていたらその兵士は意地悪そうにニヤと笑うと小声で囁いた。
「この世の地獄へようこそ」
そのままパッと手が離されて、私の肌にはまた鳥肌が立った。進む皆の後ろを歩いていくけれど…この世の地獄へようこそって囁く言葉が頭の中を何度もリフレインしていく。
門を通過して振り返ると、ニヤニヤ笑いの兵士は首都を歩く私たちの様子を眺めながらゆっくりと扉を閉めて…完全に閉じられた。
…首都に入ったっていうより、閉じ込められたって気持ちの方が大きい。
* * *
私たちはすぐさま裏路地で変装して、カーミが首都に泊まるならここ、っておすすめしてきたホテルに素早く入った。
それでもこんな悪い国…その中で特に治安の悪い首都のホテルなんだからそんなに期待していなかったけれど…フロントでの対応も内装も他の国の一流ホテルと同等の感じだった。
それでも油断は禁物よ、と思っていたけれど…あれこれとフロントで説明を聞いていたらこのホテルは今まで泊まったウチサザイ国のどの宿よりも安全みたいだと少し肩の力が抜けた。
このホテルは他の所より凄くお金がかかる。でもその分すごく安全みたい。
どう安全かと言うと、例えば悪い人に狙われて「ここにこういう奴がいるだろ?どこの部屋だ」って悪い人が押し寄せてきたする。それでもいくら聞かれ脅されお金を積まれても、
「いいえ、当ホテルにそのような人物は泊まっておりませんが」
ってフロントで全部シャットアウトしてくれるって。
…それはホテルとして当たり前の対応?それがこの国だとそうでもない。
だってカーミが言っていたもの、この国の宿屋の人たちは小銭程度のお金を渡せば客なんてすぐ売るよって。だからそんなことをしないホテルをカーミは教えてくれて、ホテルでは嫌な目に遭うこともなく私たちは首都まで来れた。
だからそんなこともしないし、悪い人を入口で完全シャットアウトしてもらえるのはすごくありがたい。
それにこのホテルには聖魔術が使える人たちが何人かいるんだって。それにこのホテルを囲むように聖魔術の魔法陣を張り巡らせているから、魔族にはここにあるホテルがボロボロの空き家にしか見えないし、遠隔でかける黒魔術も通用しないようになっているって説明された。
「けど驚いたなぁ、ここまで魔族とか黒魔術に完全防備だとか…」
アレンが宿泊名簿にあれこれ書きながら呟くと、ウチサザイ国の人らしくない物腰のフロントの人は微笑み、
「当ホテルのオーナーはこの国のことをひどく嫌っておいででして。安全に泊まれるホテルを一つは用意したいと私財をなげうって作られたのです」
フロントの人は顔上げて、
「無論、我々従業員もオーナーの考えに賛同した者ばかり。どうぞお寛ぎください」
その言葉を聞いて私に衝撃が走った。
やっぱりこの国に住んでる人全員が悪いわけじゃない、この国がおかしいと思って嫌ってる人もいるんだわ。
フロントの人の言葉に私は気分が舞い上がって、私の部屋に全員が集まった瞬間にずっと心の中で思っていたことを伝える。
「やっぱりこの国には悪い人ばっかり揃ってるわけじゃないわ!どうにかこの国の良い人たちだけでも助けたい!助けましょうよ!」
拳を握って興奮気味に語ったけれど、サードは急になんだこいつ、みたいな顔をして引いた。
「助けましょうよって、どんなことして助けるつもりだ?考えでもあんのか?」
引き気味のサードにそう言われて私の動きがかすかに止まる。
「そこは…まだ考えてないけど…」
話にならねえって視線で見られて、興奮状態の私の気持ちもシュルシュルとしぼんでいく。それでも何とか話を続けようと、
「だってこのホテルのオーナーとか従業員みたいにこの国がおかしいって思っている人だっているのよ?特にカーミなんて子供のころから洗脳みたいな教育で人を殺す職業につかされたんだもの、今でもそんな風に育てられている子供たちもいるかもしれないし…」
「で?」
「で?って言われても困るんだけど…」
「俺らだって急にそんな提案されても困るんだよ。そんなにこの国の奴らを助けたいってなら俺が納得して実行できそうな案の一つや二つ考えてから言え」
「…」
全くもってサードの言う通りで何も言い返せない。
「エリー」
うつむくとサードが声をかけてきたから顔を上げる。
「何度も言ってるが俺らの第一目的は魔族の討伐だ。それ以外は余力が残ってたらの話、他のことはまず考えるな」
「…魔族に近づくのはサードだけじゃない。それだったら私は何も考えないで黙ってろとでも言うつもり?」
面白くなくてそう言うと、
「まあな」
とサードは簡単に返しやがった。ムッとすると私が何か言う前にサードは続ける。
「こんなすぐ犯罪に巻き込まれそうな国で自分が人に何かしてやろうって動こうとするな。エリーは自分の身を守ることを最優先に考えてろ」
その言葉に余計ムッとなって、
「私だって強くなったのよ」
と言うとサードは即座に、
「一人で完璧に逃げられるかっていったら無理だろ、お前この国に入って何回俺らに助けられた?」
と睨み返してくる。お互いに睨みあっていると、
「はいはい、そこまでそこまで」
ってアレンが間に割り入ってきて、私に向き直った。
「なぁエリー。ここって今までの国と比べてすごく治安悪いし悪い人が多いし国公認で魔族もいて黒魔術を使う人も居るからすげー危ないってサードは言いたいんだよ、エリーのことが心配だからこう言ってんだよ」
諭すようにアレンに言われて、不服ながらもムゥ、と口を閉じる。
するとサードはようやく俺が言いたいことが分かったようだなとばかりにフン、と鼻を鳴らす。
なにこいつ、ムカつく。
睨んでいるとサードは私の視線を無視して、
「アレン、ガウリス、情報収集に行くぞ。エリーとサムラは留守番だ」
「え?それだったら私たちも…」
「自分の身を守ることを最優先に考えろつったばっかりだろ、何回言われねえと理解できねえんだ?馬鹿か?」
ムカッとしたけれどすぐにアレンが、
「心配してるんだってば、女の子のエリーを歩かせたらどうなるか分かんないんだからさ」
と横からフォローを入れてきて、無理やり自分を納得させて黙り込む。
何でサードってアレンが言うみたいに言えないの?そんなサードこそ馬鹿みたいじゃない。
イライラしてる私とは反対にサムラは部屋から出ていく皆を心配そうに皆を見送る。
「気を付けて」
アレンはヘラヘラ笑って、
「うん、大丈夫」
「大丈夫じゃねえよ、お前一番気を付けろよ、何回財布すられたと思ってんだよ」
サードがすぐさま毒つく。
…そう、この国でアレンは何度も通りすがりの人に財布をすられて、その度にサードが即座に財布をすり返して取り戻していた。
まあアレンだけじゃなくて私も何度もスリの被害に遭っていたっぽいんだけどね。閉めたはずの大きいバッグのチャックがいつも気づいたらかすかに開いているんだもの。
それでもこの大きいバッグは中に何が入ってるか分かってないと物が出せないから、金目の物をすろうと手を突っ込んだ人は中身が空っぽで逆に驚いたかもしれない。
だから皆の貴重品も一旦私の大きいバッグに避難させている。サードはこの国に入って改めて
「お前本当に良い物買ったな」って私を褒めてきたっけ。
サードに褒められたのを思い出したら少しイライラしていた気分も落ち着いてきた。
…ちなみにサードも何度か財布をすられそうになったけれど、その度に素知らぬ顔で相手の指の骨をへし折ってやったと自慢していた。
それにスリをしようとした相手もそこで「痛い」と声をあげたら自分がスリをしたのを認めるようになるからか、誰も声を上げることもなく何事もないように立ち去っていたとかで…。
「この国のスリは根性がある、他の国だと絶叫して何をするんだって喚いて喧嘩売ってくる往生際の悪い見苦しい奴が多いんだぜ」
サードは生き生きとこの国のスリを褒めたたえていたけれど、そんなスリをする犯罪者を褒めてんじゃないわよって呆れたわ。
「じゃ、行ってきまーす」
「財布は?」
出かけようとするアレンの声でスリの思い出から我に返って、皆に財布を渡そうと大きいバッグを開けるけど「すられるから要らなーい」とアレンが言い残して扉をしめた。
三人が去っていって、サムラはため息をつく。
「どうかした?」
「もっと僕も役に立ちたいなって思って…。それなのに…男の皆さんは外に行ったのに…僕も男なのにここに残ることになってしまって…でも僕がついて行っても役に立たないですし…けど僕の故郷のことで動いてくれているんだからもっと力になりたいんです」
考えがまとまらないのか思ったままをサムラは呟いていく。
ああ、サムラも何かやりたいけど、何もできない自分をもどかしく感じているんだわ。
歯がゆそうな顔のサムラの隣に移動して、慰めるように声をかける。
「私も同じ気持ちよ。私も故郷で色々とあって、皆が腐っていた私の国を根本的に変えて良くなるようにしてくれたの。だから私だってもっと皆の役に立てるようになりたいわ」
だけど…と続ける。
「私は私の国が一番酷い国だと思ってたけど、この国はその比じゃない。だからこうやって動かないで身を守るのも大事なことよ」
…何だかんだでサードに言われことをそのままサムラに言ってるわね、私。
するとサムラは申し訳なさそうな顔で笑って、
「そう…ですね。僕だって魔法とか色々と覚えたと思ってましたけど…実践だと怖くて全然上手くできませんし…」
そうなのよね、この国に入ってさらわれそうになった時、サムラは今までに覚えた精神魔法、ケッリルから健康と体力向上のためと習った武術を使おうとした。
だけど急に暴力に近いことをされそうになるとパニックになってしまうみたいで、精神魔法で立派な王様や兵士を出してもうやむやと消えてしまうし、武術を使おうにも体が強ばって上手く動けないでいる…。
どうやらよく目が見えていなかった時は周囲で何が起きてるのかよく分からないからスッと魔法を使っていたっぽいけれど、あれこれとよく見えるようになったらその分慌てやすくなっちゃったみたい。
それでもその気持ちはよーく分かる。だって私もいざって時にパニック状態になって動きが止まってしまうもの。こればっかりは助言らしい助言もできない。
それでもサムラは落ち込んでいるわ…。
「大丈夫よ、こういうのは慣れよ、慣れ。場数を踏んだら慣れるわ」
人のこと言えた義理でもないけれど、自分への励ましも込めてそう言っておく。するとサムラはにこっと笑った。
「…そうですよね。ありがとうございますエリーさん、僕頑張ります」
…やっぱりサムラの笑顔って可愛い。
愛おしさのあまりギュッと抱きしめてよしよしとサムラの頭を撫でる。
そんなことしてからまるでアレンが私を慰める時みたいなことをしているわと気づいて、おかしくなって離れた。
離れるとサムラは顔を少し赤らめていて、
「その…嬉しいですけど照れますね…」
って照れくさそうにしていて、その顔と言葉にキュンとなる。
サムラって本当に可愛い。ササキア族的に老人なんでしょうけど、見た目はどう見ても私より年下だから弟って感じ。
最近はアレンも手のかかる弟みたいな立ち位置になってきたけど…それでもアレンはやっぱり優しいお兄さんって感じだもの。サムラは何かにつけて素直でピュアだからとにかく可愛がりたい、守ってあげたい。マリヴァンっていう可愛い弟が出来たせいかしら、年下の男の子ってだけでどこか愛おしい。
「それでもやっぱり、ただ黙ってここにいるのも…この中で何かできるこがあればいいんですけど」
サムラの言葉にふと思った。
思えば今泊まっているこのホテルのオーナーはこの国が嫌いで、だからお客さんが安心して泊まれるホテルを作り出したんでしょ?それも魔族と黒魔術士がはびこるこの国に聖魔術士を用意して、防いで…。
そのオーナーがどんな人なのか分からないけれど、それでもここまでお金のかかっている設備を作り出せるならお金持ちのはず。お金持ちならそれなりに名門の人だとか、高い地位を持っている人なんじゃない?そんな人が私たちの味方になってくれたとしたら…私たちの助けになってくれるんじゃないかしら。
そう考えてサムラの手を取った。
「サムラ、私たちにも出来ることがあるかもしれないわ!あのね…」
今考えた話を伝えるとサムラも納得した顔になって、
「それじゃあ今からそのオーナーに会えるないか言ってみるんですね?」
頷くとサムラもやることが出来たと嬉しそうに、
「行きましょう!」
サムラが私の手を引っ張って駆けだす。
手を引っ張られたその瞬間、サムラと出会ったころのことが脳裏にフラッシュバックした。
具合の悪そうなサムラを心配して、私が手を引いて歩いたあの時の記憶。
ずっと私がサムラの手を引いてきたのに、こうやって逆に手を引かれるだなんて。
私の手を引くサムラの後ろ姿を見ると嬉しいようなどこか切ないようなよく分からない感情が押し寄せて、少し涙がにじんだ。それでもサムラに気づかれないようにすぐ目をこする。
何なの、この感情…。
『やだ、エリーが俺の手から飛び立っちゃう』
ふっと、私が一人で情報集めをしたいと言った時にメソッと顔を覆ったアレンの言葉が頭の中をよぎって、そして納得しておかしくなってきた。
そっか、あの時のアレンってこんな気持ちだったのねって。
入国審査をする人は、他の国から来る人に「この国はこういう国だよ」というのを見せる代表みたいなものだ…と中学校の英語の授業で先生が言っていました。
それを踏まえたうえで時間のある人は「Twitterまとめ シカゴ 入国」で検索して出てきたものを見てみてください。アメリカのシカゴがどんなところか凄く分かるものが出てきます。




