ウチサザイ国のこと
明日にはウチサザイ国に入国。そんな所まで来た。
今はそんな危険な国に入る前日の最終段階の話合いをしている。アレンは私たちに、
「とりあえず前にケッリルから聞いた話だと、高い宿に泊まった方が安全みたいだから値段のいい所に泊まるとして…」
ちなみにケッリルとは昨日別れててこの場には居ない。アレンはというと話してる途中で言葉を止めて、
「それでも危険な国だって皆知ってるから観光で行く人もいないし…他の国みたいにここがおすすめってガイドブックが無いんだよな…いい宿は現地でどうにか探すしかなさそう」
「俺いいとこ知ってるけど」
ふとどこからか謎の声がして皆が顔を動かすと、テーブルの下から「よいしょ」とカーミが現れた。
「ぎゃー!」
アレンが驚いて後ろに転げ落ちそうになる。
「てめえ普通に入ってきやがれ、つーかいつから居た」
サードが文句を言うとカーミは、へへ、と笑いながらもサードの言葉を無視して話し始めた。
「頼まれたもん大体調べてきたよ。ウチサザイ国が何を目論んでるか、ジルさんとミラーニョさんのこと、リトゥアールジェムを使って何をするか、あとはタテハ山脈の現状な」
サードは少し面白く無さそうな顔をする。
「チッ、金持ってトンズラしなかったか…金貨五枚でてめえと離れられると思ったのに…」
カーミはニコと笑って、
「えー何それ、色々情報持ってきたのにどっか行けとか言うわけ?俺仲間になりたいって言ったじゃん、だから情報集めてきたのにさー、あーあ、だったら俺が集めた情報くれてやんねー」
「それならそれでてめえとは離れられるからいい、あばよ、二度とその面見せんな、部外者は出ていけ、ついでに死ね」
シッシッと手で追い払い、後はてめえが出ていくまで話し合いを中止、とばかりにカーミが出ていくのを待つサードにカーミはしばらく黙っていたけれど、
「…待って、情報集めて来たら仲間にするって言ったじゃん、聞いてよ!」
「サード、そんな意地悪しないの」
見かねてサードをなだめるように声をかけると、舌打ちしながらサードは渋々とカーミに視線を向ける。
「じゃあ片っ端から全部話せ」
「それって仲間にするってことだよな?」
「あーはいはいはいソーデスネー。ただし俺らと一緒に居るところは誰にも見られるなよ、用事が済んだらとっとと消えろ、いいな」
…何でサードってカーミに対してこんな当たりが強いわけ…?何か嫌なことでもあったの?
サードの言葉にカーミも頷いて話始めた。
まずジルのこと…。
「ジルさんは今のところ首都で変わりねえ生活を送ってる。ついでに住んでる所突き止めようと思ったんだけどさ。あちこち移動しまくっててちょっとそこは分かんなかった。
人に居場所突き止められないようにするためかなーって思ったんだけど、気分次第で好きな所に泊まるって感じらしいな。人が住んでてもお構いなしで魔法使って外に追い出して泊まることもあるみてえ。
ついでに短距離の転移魔法使えると思う。ハミルトンさんが中々ジルさん捕まんないって言ってた原因もそれだろうな」
思えばドレーも転移魔法を使っていたものね。
頷くとカーミは続ける。
「今のウチサザイ国だけどさ、四年前に国を出た時と比べて治安が余計悪くなったな、首都もそうだし他の所も」
「ウチサザイ国を魔界にでもするつもりか?ジルは…」
サードはそう独り言を言うけれど、ロドディアスが治めるスウィーンダ州のことを思い返すとウチサザイ国より魔界の方が治安良さそうな気がするわ。
サードは改めてカーミに視線を向けて、
「で、そのジルは何でリトゥアールジェムを必要としている?俺らの方では悪神を呼び出して協力させようとしてんじゃねえかと考えてんだが」
「みたいだぜ?手っ取り早くバファ村に行ってみたら気のいいおっさんが俺と寝てくれるんなら色々教えてやるって言うから色々聞いてきたよ」
「んあ!?」
アレンが驚くとカーミは、一瞬笑顔でキョトンとしてから「ああ」って続ける。
「言っとくけど何もやってないぜ。セクハラに耐えて聞きたいこと聞いたらすぐ逃げたし」
それでも皆がシン、と沈黙して、皆の反応を見たカーミはニコニコ笑う。
「いやー、ウチサザイ国の男って節操ねえ奴多いんだ。男だろうが集団で襲われることもあるからウチサザイ国行ったら皆ケツに気を付けろよ!」
ええ…それってサンシラ国のゼルスみたいな感じ…?うわ…。
絶句していると、プスー、と私を指さしつつカーミが笑う。
「でもやっぱエリーさんが一番危ねぇよなー、ハミルトンさんの悪夢再びみたいなことになんないでよ?忠告も今しっかりしたんだからさ」
ムッとして、カーミと別れてから私だって鍛えたのよ…と言おうとしたけど、それより先にカーミが続ける。
「そんで憎悪の神?そいつを呼び出そうとして人が多く犠牲になってるみてえだな」
どうやらジルの周りにリトゥアールジェムを使う儀式に詳しい者がいて、そのやり方をジルにこと細やかに教えたみたい。それとマジェル国時代にあった宗教とその神々…憎悪の神のことも。
「その儀式には生贄が必要なようでさ…」
カーミの言葉にサムラは目をぱちくりさせてガウリスに聞く。
「リトゥアールジェムを使う儀式って生贄が必要なんですか?そんな怖いものなんですか?」
するとガウリスは慌てて否定するように首を横に振った。
「いいえ、私が調べたものでは高度な魔法陣を描き日を選んで呪文を唱えるというもので、生贄など必要ありません」
「あ、そうなの?でもバファ村に広まってる儀式のやり方には生贄が必要だって書かれてるんだって。まあ失敗続きらしいけどね。だからリトゥアールジェムが純正じゃないからだろとか、生贄が悪いんじゃねーかって話があがってて、そんで色んな人捕まえて国外に捜索に出したり生贄お試ししてるって感じ?」
「…生贄か…」
サードが呟きながらチラと見てくる。私はキッとサードを睨んだ。
誰が生贄よ、誰が。
「それとタテハ山脈だけど」
サムラが一番に顔を上げてカーミを見た。
「ま、そんな感じで儀式に必要なもん中心に搾取されまくりだな。それでも去年ササキア族の一部の連中がウチサザイ国の奴らを追い返そうとしたんだって」
「…どうなったんです?」
緊張の面持ちでサムラがグッとこぶしを握り締めて緊張の顔つきで聞くと、カーミはニコニコ笑う。…でもカーミが笑うのは人が嫌がりそうなことを言う時、ってことは…。
「アハハッ、もう一方的なボロ負け。けど当たり前じゃん、皆がサムラさんくらい魔法使えたなら話は変わるだろうけど、全員棒きれ片手に武装して魔法も使う兵士相手に立ちはだかったんだぜ?自殺しにいくようなもんだろ」
「…」
サムラは血の気の引いた暗い顔になって、カタカタと震える自分の手元に視線を落とした。
「そうなりゃもうだーれも歯向かいもしなくなったってさ。兵士が来たら真っ先に逃げて、あとはただ搾取されんのを悔しそうに見てるだけ…」
「カーミ、もういい」
静かに、それでもそれ以上言わないでと強く止めた。
あ、そーお?って顔でカーミは言葉を止めて、今度は私に向かってもったいぶったように声をかけてくる。
「で、ミラーニョさんなんだけどお」
顔を上げてカーミの言葉を待つ。でも私が聞きたそうにしてるのを眺めるようにしばらくニヤニヤしてから、
「ウチサザイ国に戻って、短い時間だけどミラーニョさんと話して来たんだ。一応ミラーニョさんの命令でエルボ国に行ってたからその結果報告ってことで無理やりさ。
そうしたらエリーさんたちが睨んでた通り、ミラーニョさんはエルボ国に道化師として入り込んでたみたいだぜ。道化師ってのは手っ取り早く王族の近くに行けるから都合が良いんだって笑いながら言ってたよ」
その言葉に思わず息をのんで黙り込む。
まさか…サブリナ様の心の支えになっていた道化師が、黒魔術の頂点に立つ魔族だったなんて。
それでも魔族の中には人間に親しい感情を持っている魔族だっているもの。
「だったらそのミラーニョって人に対して友好的なんじゃないの?」
するとカーミはニコニコと笑いだす。
「どうかなあ?ミラーニョさんと他の人たちからも話聞いたけどさ、ジルさんより性質悪いと思うぜ?
神を呼び出す儀式の本見つけてジルさんに教えたのはミラーニョさん、黒魔術を使いやすいようにまとめたのもミラーニョさん、黒魔術を使えそうな力のある魔術士を集めだしたのもミラーニョさん、自分から黒魔術広められそうな国を探してくるって出かけたのもミラーニョさん…」
カーミの口からはウチサザイ国の悪事をどんどん加速させてきたようなミラーニョの行為が続いていく。思わず口をつぐむと、
「ミラーニョが良い奴かもって思うのはやめろ」
ってサードが言ってくるから即座に私は噛みつく。
「それでもサブリナ様には…」
「表面上優しくして騙すなんてザラにあるだろうが。詐欺師の常とう手段だぜ」
「サブリナ様は騙されてないわ。むしろ心の支えになってくれたし、サブリナ様が一人になっても大丈夫なくらい知識を与えてから去ったいったんだもの」
サブリナ様はいくら家族から疎外されて孤独を感じていたとしても、良い人と悪い人の区別はしっかりつけられる方だもの。それを考えるとミラーニョが魔族で黒魔術士の頂点に立ってて世界を混乱に巻き込むようなことをしていると聞いても…どうしても完全に悪い人だとは思えない。
「ミラーニョさんロリコンだったんじゃねえの」
そんなことを言うカーミに私の視線が移る。
「だってミラーニョさんお世辞でもカッコイイって言えもしない薄毛で小太りのオッサンだしさ、ジルさんより力は弱いしこれといって親しい人もいなそうだったし。ほら自分に自信のないオッサンって幼い少女なら自分を受け入れてくれるって思うらしいからそんな気持ちで…」
「サブリナ様はそんな目で見られてないし何もされてない!道化師のミラーニョのことは父親みたいに慕ってたのよ!?」
カーミのあまりの言い様にサブリナ様が侮辱された気分になってテーブルを叩いて怒るけど、カーミはニコニコ笑って、
「サブリナ嬢がそう思っててもミラーニョさんがどう思ってたかなんて知る由もないだろ」
と返してくる。カッとなって立ち上がると、サードは私の服を引っ張り落ち着けとばかりに座らせた。
「ミラーニョの性癖の想像はどうだっていいんだよ。じゃあなんだ、ウチサザイ国の現状のあれこれは全てミラーニョが仕組んでるようなもんなのか?」
サードの言葉にカーミも頷く。
「そうっぽい。黒魔術も儀式もジルさんじゃなくてミラーニョさん中心に始まった感じがするんだよ。表向きに派手に目立ってんのはジルさん、でもその後ろで実際に考えて動いてるのはミラーニョさんって感じ」
「…だったらジルだけじゃなくてミラーニョも殺さねえといけねえかもな」
そんな…。サブリナ様の心の支えになった人を殺すなんてそんなの嫌。
そう思ったけれど、皆のそれならそうするしかないのかもしれないって顔を見たらそんな言葉は言えなくて、そのまま飲み込んだ。
「いいか、明日から気を引き締めろよ」
サードが皆を鼓舞するように、そして念を押すように一言いった。
生贄…スケープゴートとも言いますよね。
うちの猫はそのまま手足を縛って市場に売りに行けそうな山羊っぽい姿勢でよく寝ているので「このまま市場に連れていけそうだねえ」と言うのがネタになっているんですが(あくまでもジョークです)
少し前に私がそれと似た姿勢で横になっていたら家族に「手足縛って市場に売りに行けそう」と言われたので、
「それ犬じゃないかって散々言われても捨てないでね(※)」
と言うと、
「大丈夫、これは家族ですって言うよ」
と返されましたが、家族だって分かりつつ手足縛って市場に売りにいく家族サイコパスすぎない?
※山羊を肩に乗せ市場に売りに行った男が悪巧みする三人に「何で犬を肩に担いでんの?」と次々に聞かれ、自分が肩に担いでいるのは犬なのではと不安になって山羊を捨ててしまい、山羊は三人組に持っていかれた(外国の昔話より)




