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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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ジェノの話

色々なものがはっきりと見えるようになったサムラが満足するまでこの観光地のイゾノドリコ町でゆっくりしよう。

そう決めた私たちが観光を続けていたある日、リヴェルとジェノの二人が訪れた。


遊びに来たのかと思ったけれど二人とも…特にジェノが改まったような顔つきで話があるって言うから皆で集まってテーブルを囲むと、ジェノは重苦しそうな表情で…でもやっぱり笑っているような顔で口を開き始めた。


「本当は知らないふりしようかなって思ったんですけど…」


ジェノは私をチラと見て、


「あのキシャって男…明らかにジルとか言ってましたよねえ…?そのジルってもしかして、ジル・デルフォートですか…?」


その言葉に私よりサードの方が先に質問した。


「魔族の男のことか?」


「そう、そうです。金髪の坊主頭で日に焼けてて無駄に筋肉がついてて顔も性格もガラの悪い…」


「妹がいてそいつの名前はドレーか?」


「そう、そうそうそう!」


ジェノは椅子からわずかに腰を浮かせて大きく頷くと、ゆるゆると椅子に座り直した。


「そう、ですか…。本当にあいつが関わってたんだ…」


ジェノの言葉にガウリスが、


「お知合いですか?」


と聞くとジェノはわずかに眉間にしわを寄せて、


「知り合いだとも思いたくもないしもう二度と関わりたくもないけど…まあその通りです。あいつに連れて来られたんです、魔界から僕は」


と言いながら話し始めた。


* * *


僕は魔族ですけど本当に力がなくて。家を持つことすらできないくらいで路上で生活を送っていたんですよ。

それで日がな一日どこかの家の雑用とか小間使い的なことをやってわずかな食べ物を与えられて生き延びてたんです。


ジルは…僕が寝起きする近辺の家に住んでいました。本当に最悪な奴でしたよ。

行き合う度に僕が苦労して手に入れたわずかな食料を目の前で地面に叩き落とすし、そのまま丁寧に足で潰すし、気分次第で殴るし蹴るし、爆発魔法でどれだけ僕が空高く飛ぶかって遊び感覚で殺そうとしてくるし…。


本当最悪でした。そりゃ魔族は力こそ全てなんで僕ぐらい弱いとそんな扱いはざらですよ?けど僕はのこの寝ぼけた面が気に入らないって変に目をつけられてたんですよね。…その分、他の魔族より余計に酷い目にあってたんじゃないかなって思います。


で、前魔王時代の魔界は荒れてたからデルフォート家の皆も人間界に避難することにしたらしいって噂を聞いたんです。


ジルは僕だけじゃなくて色んな魔族たちにも粗暴で嫌われてたんで、ジルの被害に遭ってた魔族たちは大喜びでしたよ、もちろん僕も。ようやく僕にも運が向いてきた、あんな奴とはおさらばだって。


そうやってお得意先の家に向かってるんるん歩いていたら、ばったりとジルとその家族と行き合ったんです。そうしたら…。


「そうだな、暇つぶしのオモチャはこれでいいか」


とか言いながら僕の髪を引っつかんで…そのまま人間界に連れて来られました。


地獄の日々の始まりでしたよ。


魔界に居る時にはたまにしか会わなかったジルと四六時中側に居ないといけなくなったし…それに奴の妹のドレーともです。

ドレーはジルより性格はマシだと思ってたんですけど性格が悪いのは変わりませんでした。


何か気に入らないことがあると「ジェノがこんなこと言った、やった」って身に覚えのないことをジルにいちいち告げ口して、そうなればそれが嘘だって分かってても僕は半笑いで殴られて蹴られて…そんな日々が続きました。


…。え?ジルとドレー以外にもう一人男が居ただろって?

あー…それ二人のお父さんですかね?二人とは全然似てない顔の魔族で…。


名前?名前はミラーニョでしたよ。


えっ、探してた?あのミラーニョを?どうして?

……。ええ!?ミラーニョが黒魔術士を束ねる頂点に立ってる!?ウソォ!?


…いやどうしてそんなに驚くのって、だってそのミラーニョ、すごく力が弱いんです。

ジルよりもならまだしもドレーよりもですよ?いつも二人から馬鹿にされて僕程じゃなかったですけどないがしろにされていたぶられてましたもん。

それも殴られないようにするためかいつでもジルにおべっかを使ってへりくだってヘラヘラ笑ってて…。ええー、そんなミラーニョが黒魔術の頂点?ジルならまだ分かるけどミラーニョが?ウソォ…。


あ、いえ僕は一度もミラーニョと話したことないです。僕と同じくらい弱いようには感じましたけど、それでも一応ジルの家族でしたからちょっと声がかけづらくて。


まぁミラーニョからはジルの被害者同盟みたいな親しみを感じられてるような気はしましたし僕もそんな親しみは感じてたんですけど、特に声をかけられることはありませんでした。


魔界の底辺の僕に声をかけるのはプライドに関わるからなのか、僕と仲良くなったら余計ジルからいたぶられると思ったのかは分からないですけど、何となくお互い距離を取ってましたね。


そうしてるうちに前魔王が死にました。それなら魔界に戻って、ようやくジルとおさらばできるって喜びましたよ。魔王が死んだ直後の混乱の時なら勝手に人間界に来たこともうやむやになるだろうしって。


魔界に戻ったら別の地域に移動しよう、今までの積み重ねで顔見知りもできて食べ物も多めにもらえてたけどこれ以上ジルと会いたくない…。


そう魔界に戻ってからの身の振り方を考えていたら、ジルはとんでもないことを言い出したんです。


「ってことは今、魔王はいねえんだろ?なら人間界も無法地帯ってことだ。魔王が居ねえ隙に人間界の土地を自分の物にできんじゃねえの?」


…あの時はジルの頭の悪さに戦慄(せんりつ)しました。


確かにあの残虐非道な魔王は死にましたよ?それでも新しい魔王がすぐ現れるだろうし、その魔王が人間界に来たとき勝手に人間界の土地を支配している魔族を見つけたとしたら…。


殺されるに決まってるじゃないですか、何を勝手なことをしてるって絶対殺されるじゃないですか。ジルもドレーも僕より強いですけど魔王相手に勝てるわけないじゃないですか。


こんな最低な男の巻き添え食って魔王に殺されるなんてごめんだって、僕はいつも買い物に行く時間に外にでて、そのまま国を抜けて隣の高い山に逃げました。


…え?ああ、そこサムラくんの生まれ故郷だったの?へえ、タテハ山脈っていうんだ。

いやー、あそこは険しい山で大変でしたよお。ただでさえジルにいたぶられてあちこち骨折してたし爆発魔法で火傷負っててろくに動けない時でしたし。

でも逃げたのがバレて捕まったらもっと酷い目に遭って殺されるって思ったから不眠不休で走って逃げ続けて…力尽きて倒れたところがミラグロ山のふもとで、僕はリヴェルに発見されて助けられたんです。


* * *


「…素敵だった…。あの意志の強くて優しい目…」


ホウ、とため息をついてジェノは語り終える。リヴェルはその時のことを思い出しているのかかすかに嫌そうな顔になった。


「あたしはずだ袋だと思ってさ。…人がゴミ捨てていきやがったなチキショーって拾ったらそれが瀕死の魔族でしょ?見なかったことにしようと思ってそっと元に戻して立ち去ろうとしたんだけど…でも後味悪くて結局助けたらいつまでもここに居座りやがる…こんなことになるなら見捨てとけばよかったな…」


「でもリヴェルは献身的に僕を介抱してくれたんですよぉ」


デレデレ話すジェノの言葉にリヴェルは「はぁ?」と言いながら、


「何言ってんだ、あたしがろくに何もしなくてもあんた三日くらい飯食って寝ただけでほとんど体調も回復してただろ」


「でもジルの悪夢にうなされてたら手を握ってくれてたよねえ?あの力強くて暖かい手…好き」


ホウ、とため息つくジェノにリヴェルは身を引きながら両腕をさすって「キモ」と返す。


「でも…ジェノはそんな酷い目に遭っていたのか、大変だったなぁ」


アレンの言葉にジェノとリヴェルの掛け合いは終わって、ジェノは頼りなく眉を垂らす。


「僕ぐらい力がない魔族はそういう扱いは割と普通でしたから…。それでもリヴェルと会えて結婚できたし」


ジェノはまた嬉しそうな顔になってリヴェルにすり寄っていくけれど、リヴェルは体を傾けて逃げる。


「あたしはあんたと結婚した覚えはない」


「またまた~。僕が数日家を空けてから帰宅したら喜ぶくせにぃ」


また二人の掛け合いが始まるけれどサードが面倒臭そうにため息をついて、


「その話は家に帰ってから二人でゆっくりやれ」


と二人の会話を止めてからジェノに話かける。


「で、その性格の悪いドレーだが、少し前に交戦して何やかんやあって神の光に当てられて魔界に戻された」


驚いて顔を上げるジェノにサードは続ける。


「ドレーは光に当てられたら体が大火傷を負ったように見えたが、魔族は神の光に当てられたらどうなるんだ?しばらく動けねえか?」


ジェノは困ったように、


「いやあ…神に会った魔族の話なんて聞いたことないから分からないですけど…でも傷には触るって魔界のおとぎ話にもありますから具合は悪くなってるんじゃないですかねえ?」


「それならしばらくドレーは動けねえってことか。ならいい」


サードは納得すると、今現在のウチサザイの話をジェノとリヴェルに聞かせた。

…まぁ、途中から話すのが面倒になってきたのか、勝手に横から口を挟んで話し始めたアレンに自然な形で丸投げしてたけどね。

とりあえずジルを中心に黒魔術の影響が世界中に広まっていること、依頼人サムラの故郷がウチサザイ国に略奪されているからウチサザイ国に向かっているんだってことを伝えた辺りでサードがジェノに質問した。


「そういやあミラーニョは弱いんだって?奴は弱いから黒魔術を学んだのか?」


「さあ…分からないです。お互い関わったことないんで」


「それならジルは?黒魔術は使えんのか?それか得意な攻撃方法は」


「黒魔術は知らないですけど、得意なのは爆発魔法かなぁ…。何かある度によく爆発で飛ばされてたんで」


爆発…。それってランディキング分けられたリヴェルの力と同じなのかしら。


「リヴェルも爆発魔法使えるよね?」


ふと聞くジェノにリヴェルは面白く無さそうに自分の手をギリ、と握っている。


「何言ってんだ、そんな魔族よりあたしの力の方が強いに決まってんだろ、こちとらいつ爆発してもおかしくないいくつもの山を毎日抑えてんだ。…クソ、あたしがここから動けたらそのジルって野郎を爆発させてぶっ飛ばして溶かして地面に還してやるのに…!」


リヴェルの髪が鮮やかに輝きだし、その手の内が赤くオレンジ色に輝き始めてジェノが慌てたようにリヴェルの手を押さえる。


「ダメダメ、リヴェル。テーブルが燃えちゃうよ」


なだめながらもジェノはどこか嬉しそうで、


「けど嬉しいなぁ。僕のためにそんなに怒ってくれるなんて」


と言うとリヴェルは口をガッと開けて怒鳴った。


「そんなんじゃない!聞いててそのジルって男が胸糞悪いだけ!」


リヴェルはイライラとした顔で椅子に深く座り直して腕を組んでいる。


「あームカつく!ほんっとムカつく!あたしの力があったらそんな弱い奴いたぶるしか能もねえ程度の小者一瞬でぶっ潰すのに…!」


リヴェルはイライラした顔でサードを見て、


「けどあんたら、そのジルとミラーニョって男は殺しに行くんでしょ?」


「まあな。まずジルが黒魔術を使える元になってるから、ジルを殺せば黒魔術士は黒魔術が使えなくなるはずだ」


そこでふとサードは何か思いついた顔になって、私の大きいバッグから黒魔術の本を取り出してリヴェルとジェノの前に開いた状態で置く。


「読めるか?黒魔術を習った人間の若造には読めなかった」


ジェノは覗き込んで眉根を寄せて首を傾げ、リヴェルも覗き込んだけれど…渋い顔になって頭をボリボリとかく。


「読めない。っていうか難しい文字多すぎ…」

「てめえ本当に一億年生きてんのかよ、脳筋か?」


サードの一言にリヴェルが「あ″ぁん?」とドスの効いた声でサードを睨みつけて、私は横から何を言っているのとサードをビッスと殴りつける。


「人間界と魔界の文字だったら僕が教えてあげるよぉ。うふふ」


ジェノはどこか嬉しそうにリヴェルを見つめながら言うと、リヴェルはイラッとしたのかジェノを一発ぶん殴ってからふと開いている私の大きいバッグに目を移して、


「あれ、これ…」


と勝手に手を突っ込んだ。


ちょ、人のバッグに…。


止めようとするけれどその前にリヴェルは荷物入れから何かを引きずり出す。


「これ効果切れてるよ」


「…え、何で?」

「何でって、何が?」


「だってそれ、中に何が入ってるか分かってないと取り出せないはずなのに…」


「いや、バッグの中から神っぽい気配を感じたから。それでも効果は切れてるけどね」


そう言いながら渡された物を手に取るけれど…ただの白い布?こんなの荷物入れに入れてたかしら。

ハンカチにしては小さすぎるし、何より神っぽい気配?何それ。


悩んでいるとガウリスが横からそっと声をかけてくる。


「それはフェニー教会孤児院でいただいた、魔族やそれに近い存在からの災いを三度守ってくれる神のお守りではありませんか?」


「あっ、そう言われればあれってこんな大きさの白い布だったわね!」


そっかこれフェニー教会孤児院から立ち去る時にトマス神父に渡されたものだわ。

…でも渡された時には赤い点が三角形の形で三つ並んでいたはずだけど、赤い点どこにいったの?


「赤い点がない…」


ヒラヒラと前後ろと翻しながら呟くとガウリスは続ける。


「災いに巻き込まれると身を守る代わりに赤い点は消えていくんですよ」


ええ…じゃあ私魔族関係のことで三回も災いに巻き込まれて助けられてたってこと?そんな、いつの間に…。


今までの事を思い返していつ災いが起きていたのかしらと考えこんでいると、リヴェルは「お」と言いながらまた私の大きいバッグに手を突っ込む。


「ちょっと…!」


そうそう何度も私の荷物入れに手を突っ込まないでよ、いい加減にして。


止めようとすると、そのリヴェルの手にはキラキラ光る宝石が握られている。


…それ何だっけ、ラーダリア湖の宝石?


ううん違う。

確かミレルたちと行き合って行商人に前払いで物をもらった時、サードが値段が高そうと目をつけてかっさらって、まるで私にプレゼントするような形で渡してきた宝石だわ。


加工すればアクセサリーにできそうだったけれど、値段が高そうな宝石を冒険している途中で身につけて落としてしまったら嫌だなと思って結局大きいバッグにそのまま潜ませているだけだった。


その高そうな宝石を上に掲げたリヴェルは歓声を上げた。


「あー!これリトゥアールジェムじゃん!懐かしー、これあたしが他の精霊と一緒に作って人間界に横流ししたやつだよ」

エリーが神のお守りで魔族かそれに近い存在から守られた記録。


一回目…ミラに首を絞められて落ちそうになった瞬間、サードの言葉が脳裏に蘇ってわずかに意識が回復した


二回目…カーミに監禁され動けない時、体の不調や痛み、生理的欲求が全て緩和された


三回目…キシャに呼吸を止められ謎の空間で階段を昇っている時、階段からスロヴァンっぽい人に落とされ意識が戻った


どうでもいいですが、ジェノが買い物に行くと言って逃げた部分を書いている時、ドリフのコントの貧乏な父ちゃんとその娘の、

「父ちゃん、母ちゃんどこ行っちゃったんだろうね」

「さぁなぁ…。買い物に行くって出てってから三年も帰ってこないもんなぁ…」

が出てきてしょうがありませんでした。

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