いざ、いざいざ、いぃ↑ざぁ↓
サードの言葉に私たち全員が「あっ」とサムラを見た。
そうよ、サムラは「りっぱなおうさま」に出てきた神様…ヤーラーナを実際に出したことがあるじゃない。ヤーラーナは優しそうな神様だったし、事情を説明したら、もしかしたら…。
「しかしあれはヤーラーナさんを信仰していたリギュラさんがその場にいたから絵本のキャラの姿を借りて出てきたのではないですか?」
ガウリスの言葉にサードは軽く頷いて、
「かもな。だがやってみねえと分かんねえだろ。知ってる神で呼び出せんのは奴しかいねえ」
その言葉に、以前サンシラ国の神様に忠告されたことを思い出してサードに声をかける。
「ねえ、前ファリアにそうやって神様を呼び出すのはやめてもらおうかって言われてなかった?ファリアを怒らせたら怖いってリンデルス神も言ってたし、簡単に神様を呼んだら後々大変なことになるかも…」
ヤーラーナはとても優しい女性みたいだったけれど、それでもファリアと同じ神様だもの。
ホイホイと気軽に呼び出して「神である私をこんな簡単に呼び出すとはいい度胸ですね」ってどこまでも優しい顔で命を取られる可能性もあり得なくないわ。
するとサードは、
「ヤーラーナは自分が殺されようとも抵抗しないでリギュラの親父に素直に殺された。それなら相手の要求は良いことも悪いことも大体受け入れるってことだ。だったらサムラの目を俺らと同じくらい見えるようにしてくれなんて要求、可愛いもんだろ」
そう言いながらサードはサムラに顔を向けて、
「出してみろよ、ヤーラーナを」
「ええ…大丈夫ですか?」
「何とかなるだろ」
心配そうなサムラにサードはあっさり返すけど、サムラは本当に大丈夫なのかと私たちに向かって判断を求めるように見てくる。
するとアレンがあっけらかんと答えた。
「大丈夫しゃね?リギュラの最悪な親父ん相手でも怒りもしないし、人をたくさん殺して神様とは遠い存在になったリギュラにも手差し伸べて上に連れてってくれるような人だもん。話せばわかってくれるよ」
「本当にですか?本当に出しても大丈夫なんですか?」
サムラはおろおろしながら言っていると面倒臭くなったらしいサードが、
「いいからとっとと出せ」
とイライラとせっつく。その怒りの混じった声にサムラは慌てて魔法を発動して、私たちの目の前にヤーラーナの姿がブワッと現れた。
そのヤーラーナはキシュフ城で現れた時みたいに明るい光を放ってなくて、厳しい顔をして二本の腕を組んでいる。
そのままヤーラーナはジロリとサードを見た。
「なんのために私は呼ばれたのだ、神である私をこのように易々と呼ぶとは感心しない」
その口調も芝居かかったようなキビキビハキハキしたしゃべり方…。これ、本物のヤーラーナじゃないわ。「りっぱなおうさま」に出てくるキャラクターとしての神様だわ。
それならやっぱりあの時は自身を信仰していたリギュラがいたからやってきただけで、今いくら呼ぼうとしてもヤーラーナは来ない…。
神様を呼ぶなんて無理だ危ないとは言ったけれど、それでも心のどこかでもしかしたら来てくれるかもって期待していたから…これはこれでガッカリくる。
サードも絵本のキャラクターでしかないヤーラーナの姿を一瞥して舌打ちすると、頭をガシガシとかいた。
「…チッ、ダメか。そうそう簡単にゃいかねえな。だったら他の方法…」
ふと話すのをやめて目つきを変えたサードが再びヤーラーナの顔を見る。
そのサードの動きに私もヤーラーナを見てみると、厳しい表情ながらにヤーラーナの口端が少しにやけている…?
「…」
サードが怪訝な顔で黙って見ていると、むずむずとヤーラーナの口が動いて吹き出し、鈴のような笑い声があがる。
「そんな顔で見つめないでください、おかしいじゃないですか」
優しい声色が響くと共にヤーラーナの体が徐々に眩しく光り出し、体から剥がれ落ちるようにスルッと腕が二本増えた。それと同時にいい匂いが部屋の中に広がる。
「呼ばれたようなので来ましたが、そうそう簡単に呼べると勘違いされるのも癪だったので少し意地悪をしました」
サードは「最初から来てたんじゃねえか」と怒鳴りそうなすごい表情で睨んでいて、そんな表情を見てヤーラーナがおかしそうな顔で言い聞かせるように言う。するとサードは即座に言い返した。
「そんな大した用じゃねえなら誰もてめえなんて呼ばねえんだよ、クソが」
ちょっと、神様相手に悪態つかないでよ。
ガウリスも「サードさん」と言いながらサードの軽く肩を掴んで揺らした。これから物事を頼もうとしている、それも神様相手になんて口の利き方をするんだって諫めてる。
それでもヤーラーナは慈愛の目で私たちを順々に見つめて、
「構いませんよ。しかしただ己の利益のために呼び出そうとしたのなら私とて来ませんでした。しかしここにいる皆がたった一人のためにどうにかしたいと思っていて、その気持ちに打たれ私は訪れたのです」
ヤーラーナは腕を広げた。
「私は善の神。善い心がけに善い願い、善い行為の手助けができるのであれば私とて喜んで動きましょう」
心の広いヤーラーナの言葉にジーンとしてしまう。
なんて良い人なの…?人じゃなくて神様だけど…!
嬉しさのあまりハグをしに行きそうになった。
それでも相手は神様よ、そんな友達みたいに気軽にハグしに行くのってどうなの?駄目じゃない?
即座にそう思い直して腕を少し広げた姿勢で一歩動いて辛うじてとどまったけれど、そんな私の脇をすり抜けてヤーラーナに駆けていく人がいる。それはアレン。
「ありがとー!好き!」
アレンはガッチリとヤーラーナをハグした。
アレン…!ちょ、アレン…!相手は神様よアレン…!
それでもヤーラーナは怒るでも嫌がるでもなく、しょうがない子だなぁという笑顔でニコニコと微笑みながら「私も好きですよ」とアレンの背中をポンポン叩いている。
アレンが離れるとヤーラーナはサムラに視線を移す。
「皆さんの望みはどうにかサムラの弱視を人間並みにしてあげたいのでしょう」
「もしかしてヤーラーナ治せる?」
アレンが聞くとヤーラーナは首を横に二、三回振りながら、
「頼りにしていただいたのは嬉しい限りなのですが、実は体に直接的な作用を及ぼす行為は我々の得意な分野ではありません」
「我々?てめえら神全員がってことか?」
サードの言葉にヤーラーナはふう、とため息をつく。いい匂いがふわっと部屋に広がる。
「我々が信仰されていた地域にいる神々が、という意味です。我々は主に感情を司る神なのです。精神には大いに働きかけますが、体に直接的な作用を及ぼす行為は苦手。それを考えるのならば直接体を治せるリヴェルに頼むのが手っ取り早いのでしょうね」
「じゃあ結局てめえ何もできねえんじゃねえか」
悪態をつくサードをガウリスとアレンの二人がかりで後ろから抑え込んで口をふさぐ。そんな三人を見てヤーラーナはおかしそうに微笑むと、
「それでも私からこの地にいる神々に話しかけてサムラがリヴェルに治してもらえるようお願いすることはできます」
って言う。でもその言葉に私はおずおずと話しかけた。
「それでもリヴェルは一億年以上神様から見捨てられている状態なのよ?そんな長い年月リヴェルを無視してきた神様が頷いてくれるものかしら」
「この世に生きる全てが愛しいのは全ての神に共通しているものです。本当にリヴェルを見捨てたのなら、恐らくミラグロ山が噴火した時にリヴェルを消滅させてもっと自分たちに従順な存在を作り出してミラグロ山に据え置いていましたよ。
それでもリヴェルをそのままにしているのなら愛しいと思っているのに変わりありません、少しやんちゃが過ぎたリヴェルに厳しめにお灸をすえているだけのことです」
「…」
少し厳しめにお灸をすえるのが一億年以上の見捨てられてると感じるほどの無視だとしたら酷すぎると思うんだけど…?
「確かに一切言葉に応じなかったのは大人げないですね。しかし神にとっての一億年なんて大したことありませんよ」
心の中を読まれたのかヤーラーナにそう言われるけれど、人の身からすると全然そうは思えないのよ。
ふふ、とヤーラーナは笑うとサラリと黒く長い髪の毛を揺らして背を向けて、軽く振り返る。
「ではあなた達の善い心のままにここの神々と話をしてきます。吉報を待っていなさい」
フッとヤーラーナが消えた。
元の明るさに戻った部屋の中、何となく夢でも見たような気持だけど…でも夢じゃない。実際にヤーラーナから漂っていたいい香りが残っている。
ヤーラーナが今までいた所を皆で見ていて、それでも次第に皆嬉しそうな顔になっていった。
「サムラ!良かったなサムラ!」
アレンはサムラを抱きしめて思いっきりバシバシ背中を叩いて「う、うう、ううう」とサムラが拷問を受けているような声を出すからアレンを止める。
「…すごい…こんなに簡単に神を呼び寄せるなんて…勇者御一行にもなるとこんなにも精霊や神と会うことができるのか…」
ケッリルが呆然と呟く言葉に私は曖昧に微笑んだ。
多分神様に近い存在のガウリスが居るから余計に会いやすくなっているんだと思うけど、そうそう簡単にいつも会えるわけないじゃない。
「だが…吉報を待てって言われたってな…いつまで待ってりゃいいんだか…」
サードがそう呟いた瞬間、ドアが破られるかの勢いでバーンッと開いた。
驚いて全員がドアに顔を向けると、リヴェルが目を見開き、顔を喜びいっぱいにして部屋の中にズカズカと入ってきた。
そのままサムラに向かって腕を広げてガッと抱き着き、
「喜べ!今神様からあんたの目を治してもいいって許可が下りた!」
って言いながらグルグルと回した。
「ふぇ!?」
サムラは驚いた声を出して、私もアレンもガウリスもケッリルも…サードですら驚いた顔でリヴェルを見る。
「え、え、いつ?」
アレンが混乱の顔で聞くとリヴェルはサムラを降ろして、
「今」
って言う。その言葉に私はもっと混乱して、
「え、だってつい今までヤーラーナって神様がここに居て、それからここら辺の神様に話しにいくって消えて…一分もたった?数十秒ぐらいのものじゃない?」
皆を見渡すと、私と同じ混乱の顔で皆がその通りとうんうん頷いてる。
リヴェルはテンションが上がっているのかアハハと豪快に笑って、
「神様の時間枠は人と違うんだよ、あたしもよく分らないけど」
そりゃあ一億年は大したものじゃないとも言っていたけど…。こんな数秒足らずで神様に話つけたのもも大したことじゃないってこと…?え、意味分からない…。
混乱状態でいると少し落ち着いたリヴェルが晴れやかな顔をして、
「それに神様がさ、もう怒ってないよって、反省してるならもういいよって言ってくれてさ。…散々無視したくせに今更何だよとも思ったけど…それでも、良かった。ずっと何かあれば消されて人間たちに害が出るって脅えてたから」
どこかホッとした顔のリヴェルに私の混乱した頭も少し落ち着いて、微笑みながらリヴェルの手を握った。
「良かったわね、本当に良かった」
リヴェルもただ微笑み、嬉しそうな顔で頷いた。そんな嬉しそうな顔のリヴェルに私はそっと続ける。
「あのね、こんな時にあれだけど…サムラの目…」
「治せる、治すよ」
食い気味にリヴェルが私の言葉を遮りながら続ける。
「神様もサムラの部族の弱視について他の神々に聞いて回ってあれこれ調べたらしいんだ」
…ええ?あの数十秒の間にそんなことしてたの…?神様の時間枠どうなってるの本当意味分からない。でも…そういうのにいちいち突っ込んでいたら話が進まないし頭が混乱するわ。
私はスン、と頭をからっぽにすると、何も考えないでリヴェルの話を聞くことにだけ集中することにした。
「やっぱサムラの部族はあたしが想像した通り一気に進化して人間の体の構造に追いつかなかったみたいで、神が乗り越えて欲しいって与えたもんじゃないらしいんだ。そうとなればあたしの力で治してもいいって言われたから即山から飛んできたよ」
リヴェルはそう言いながらサムラの近くに寄ってあごをすくい上げる。
「だから今からサムラの目を人間と同じくらいの視力にする。ただし前も言ったけど、動かないように。ちょっと痛いだろうけど我慢してね」
サムラも緊張の顔つきでリヴェルの顔を見て、ギュッと目を閉じた。
「…何で目閉じたの?チューしていいの?」
慌ててサムラが目を開けた瞬間、リヴェルの右手がサムラの頬をズッと通り抜けて目の辺りまで移動していく。
サムラ最初はジッとしていたけれど、それでも段々痛いのを我慢しているようなうめき声を出して身を引こうとした。
「動かないで、もう少しだから」
リヴェルが声をかけてサムラは辛そうにしながらもジッと耐えている。
私たちは無言でサムラに頑張れ頑張れ、と応援を送り続け、緊張で手を握っている。
サムラは病弱な体に鞭を打って村のためにと外に出て、魔法の眼鏡屋を探して、探しあぐねて、魔法の眼鏡じゃ視力が矯正されないと知ってショックを受けて、手紙を頼りにここまで来て、そして無理と断られて…。
そんな希望と絶望を何度も繰り返し、ようやくサムラの部族たちの悲願が叶う瞬間がくるかもしれないんだもの。ずっと傍で見ていた私たちだって緊張する。
そんな皆が見守っている中リヴェルは右手をサムラの目から引き抜き、即座にサムラの目を手で覆った。
…そのまま何とも言い難い顔でリヴェルが私たちをチラと見る。
何、何なのその表情…。どっちの表情なの、成功したの、失敗したの、それともやっぱり無理だったの…?
心配そうな顔でリヴェルを見ていると、リヴェルは何とも言えない表情を崩して次第にニヤニヤし始めて、サムラの体をグリンと私たちに向けてから手を外した。
サムラは何度か目をシパシパさせている。見た目だけじゃ特に何が変わったこともない。
「…サムラ、目どう?」
アレンが声をかけると、サムラの目が驚いたように丸くなっていく。
「その声…アレンさん…?」
そう言いながら皆に視線を動かして、
「エリーさん…ガウリスさん…サードさんに…ケッリルさん…?」
その全てがそれぞれの方向に首を動かして、名前を呼んでいる。
サムラは見る見るうちに嬉しそうな顔になって、
「見えます…見えます…この距離で…皆さんの顔がハッキリ…!」
と言うなりボロボロと涙を流しながら、
「本当に…皆さんにはっ…お世話になりっぱなしでぇ…!」
と嗚咽を上げ始めた。
「サムラァアアア!」
アレンが大歓声を上げて強く抱きしめてから持ち上げてグルグル回し、私も思わずもらい泣きしてき、ガウリスも感動したのか思わずサムラの背中を強く叩いて「ヴ…ッ」と今までで一番の拷問を受けたかのような声を出させて床に膝をつかせた。
ケッリルは静かに微笑んでいて…サードはまあまあ満足したような顔で腕を組んで立ってる。
アレンも泣いてるサムラと私につられてメソメソと泣きながらも嬉しそうに、
「サムラッ、なあサムラ、どうせなんだから外に出て…色んな景色見てみようぜ!な!」
と言って視線を合わせている。するとサムラはパッと顔を明るくした。
「それなら!皆さんと一緒にサードさんがモデルになってる劇がみてみたいです!」
そのままキラキラした目でサードを見た。
サードは明らかに嫌そうな顔をしたけれど、目がよく見えるようになったばかりのサムラの真っすぐなキラキラした瞳で見られたらさすがに断りづらかったみたい。ブチブチ文句を言いながらも渋々と例の演劇場についてきた。
サムラはというと、序盤の勇者サーノを称える歌が始まりメイドたち歌いながら踊るシーンをみて、
「すごい…こんなにすごいものが普通に見られる日がくるなんて…」
と最初から最後まで感動の涙を流して泣いていた。
タイトルは歌舞伎の何かのセリフから。
以前何となくミュージカル舞台を観に行って、序盤の圧倒的歌唱力エネルギーに当てられて盛り上がるシーンなのに感動して泣いたことがあります。プロってすごい。
私は舞台近くの席で最後に役者の人が手を繋いで一列になった時にお腹が出ている女の人が目の前に居たのですが、何か恥ずかしくて直視できませんでした。いいくびれでした。




