精霊が一人、二人…あれ?
明るい。まばゆいけれど、目を刺激しない柔らかい光に覆われた世界に立っている。
足元にはモコモコのフェルトみたいな感触の雲のような地面が広がっていて、踏み心地がいい。
モニョモニョとひとしきり踏んでから、
「…ここどこ?」
キョロキョロすると後ろに階段が遥か天空まで真っすぐに伸びているのが見える。
何で空に向かって階段が?
明らかに違和感だけど、まあそんなものよねと納得した。それと私はこの階段を昇らないといけないような気がする。
階段を二つ三つあがって、周りを見渡す。
遠くまで見渡しても遠くかすんでるところまでフェルトみたいな雲が続いていて、他に建物らしいものは見えない。
じゃあこの階段ってどこに続いてるのかしら。
そう思いながら階段を一歩一歩昇っていく。普段だったらそろそろ息があがる頃だけれど、全然息があがらない。むしろ足取りはどんどんと軽くなってすいすい進める。
ええ?こんなに体が軽いことなんてある?それにどんどん足が軽くなるし、気持ちまでもが晴れやかに軽くなっていく。
やっぱり冒険者として至る所を歩いて来ているんだもの。サードとガウリスの体力が化け物級にすごいだけで私だって体力がついてきているんだわ。
…あれ?そういえばさっきもこんなこと考えたような。
ピタリと足を止めて我に返ったように思い返す。
そうよ私さっきまでキシャを拘束しようとして…ミラグロ山の精霊のリヴェルも体が動けなくなって…山が噴火しそうになって…。
そう、そうしたら体中引き裂かれるような感覚がして、キシャの魔法で息ができなくなって…!
え?だとしたらここ本当にどこ?この空に向かって伸びているこの階段なに?改めて考えたら色々おかしいじゃない、この場所…。
混乱していると後ろから肩を叩かれた。
振り向いてギョッと目を見開く。
「お父様!?」
後ろにいるのはお父様だわ。いつもの柔和な微笑みに、私を見つめる慈愛の目…。
でも違和感がある。何が違和感なのかしらとよくよく見て気づいた。
お父様は軟禁されている時に坊主頭にされていたはず、それなのに髪の毛が背中まで生え揃っていて貴族らしく一本つなぎにしているし、鼻の下からあごには髭を生やしている…。
お父様が髭…?髭が無い方がお母様のタイプだからって毎日剃っていたのに生やしたの?
それより髪の毛伸びるの早くない?
不思議に思いながらまじまじと見ていると、お父様はどこか嬉しそうな顔で私の頬を両手で挟みこんで、
「よく顔を見せておくれ」
とウリウリ動かしてくる。しばらくウリウリされてから私はお父様の腕を掴んで止めて、
「お父様、ここどこ?お父様も何でここに?」
私の言葉にお父様は、
「ほう、私がスロヴァンに見えるかい?ふふふ」
とおかしそうに、それでも嬉しそうにあご髭を撫でながら微笑ましい顔で私の肩に手を回すと、階段の端まで歩いていく。
白いフェルトみたいなもこもこの地面すら見えないほど高い場所ないるんだなと思ってかすむ下をみていると、
「なぁフロウディア」
名前を呼ばれたから見上げる。すると髭の生えたお父様は続けた。
「私より若い年齢で死ぬのは許さないよ、さあ、帰りなさい」
優しい声とは裏腹の容赦ない力で背中をグンッと前に押しだされる。えっと思った瞬間には階段から足を踏み外し、落下した。
「きゃあああああああああ!」
きりもみしながら落下して、ハッと目を開ける。
目の前はかすみかかった世界じゃない、くっきりとした輪郭だらけの落ち葉の多い山の斜面。
そして肩に手を回されている感覚がして、
「お父様!?」
と横を見た。でも横にいるのは金髪碧眼のお父様の代わりに褐色の肌、体を覆う赤い刺青、琥珀色の目と黒い髪の壮年男性がいて、目が合った。
この人は…。
「…ランディキング…?」
何でランディキングがここに、と呆然としていると、私を抱き起しているランディキングは力強い真っすぐな目で私を見つめ、
「人間の身でよくミラグロ山を抑えてくれた。後は俺が引き受ける」
と私の頭をポンポンと叩いて立ち上がった。
立ち上がったランディキングの見据える先には、さっきと同じように笑いながら呪文を唱え続けているキシャの後ろ姿が見える。
階段を登ってる時間は結構長かったんだけど、あれってもしかして一瞬の出来事だったのかしら。
そう思っているうちにランディキングがキシャに向かって歩いて行き手を向ける。
何をするつもりなのかしらと見ていると、後ろからザザザッと音が聞こえてきた。
「僕のお嫁さんに何すんだゴラァアアア!」
斜面の上からジェノの声が聞こえて、私の頭の上を飛ぶように通過するとそのままキシャの背中に飛び蹴りを食らわせる。
キシャに向かって何かをしようとしていたランディキングは一旦手を引っ込めて立ち止まる。
飛び蹴りを喰らったキシャはゴロゴロと斜面を縦に横にと転がり落ちていって、太めの木の幹にぶつかって止まった。
振り向いて私とリヴェル以外の…ランディキングとジェノが増えたのに少し面喰ったかおをしたけれど、それでもジェノの姿を捉えてニヤッと笑う。
「お前、ジェノって精霊だな!?」
その言葉に私は叫ぶ。
「ジェノ気を付けて!そいつ精霊の体も動けなくする黒魔術を使うわ!」
「え?」
ジェノは私の言葉を聞き逃したのかわずかに振り向いて、隙ができたとキシャはリヴェルにやったのと同じ魔術…口から白い糸をビャッと出してジェノに突き刺す。
「いった…!」
ジェノはすぐに糸を引き抜く。それでもリヴェルもそうだったわ、何も効いてないと思った次の瞬間に膝から地面に崩れ落ちてしまって…!
あれに刺されたらジェノも動けなくなってしまうわ。
ジェノはオエエ、と吐いているキシャの胸倉を掴むと、その顔に思いっきり拳をねじ込んだ。
「ぶへえっ」
キシャは叫びながらオエエ、と吐いて、そんな弱ってるキシャをジェノが何度も殴る。見た感じそこまで威力はなさそうだけれど、それでもキシャは辛いのかヒィヒィ言いながら、
「何で、何でだよ、これは人間だろうが精霊だろうが動けなくする黒魔術なのに何でそんなに動けるんだ…!」
「何で?何でってぇ?」
ジェノはキシャに近づき、胸倉をガクガクと揺らしながらアハッと笑った。
「僕が魔族だからだよ。魔族に黒魔術が効くわけないでしょうが?」
「…えぇ?」
キシャから笑ってしまいそうなぐらいの素っ頓狂な声が出た瞬間、ゴッと地面から黒い煙が出てキシャを包みこみ、煙でキシャは見えなくなった。
「あああああー!」
黒い煙に包まれたキシャは絶叫し、辺りをゴロゴロと転がって手で黒い煙を振り払おうとしている。それでも黒い煙は消えもしないし払えもしないで体にまとわりついている。
しばらく苦しんでいるような叫び声は続くけれど苦しみの声は次第に泣き叫んでいる声に変わっていった。
「あああああー!死ぬはずだ、町の奴ら全員死ぬはずだったのにぃーー!あああーん!あああああああーーーーーん!ジル様、ジル様ぁああああああ!」
それからもがく動きが段々ゆるくなって…動かなくなった。
ジェノはキシャを一瞥してからリヴェルの元に駆け寄って、
「リヴェル…大丈夫?」
と助け起こす。
キシャは…多分死んだけれどリヴェルはまだ黒魔術の効果が続いているの?力の入っていない腕がダランと伸びて目は見開いたままピクリとも動かない。
するとランディキングがリヴェルの元に歩いて、膝をついてその手を取った。するとリヴェルの口から白い糸が生き物みたいにゾロロッと出てきて、リヴェルの目に光が一気に戻った。そのまま大きく息を吸いながら起き上がる。
肩で息をして目を見開くリヴェルはランディキングを見て、ポツリと呟いた。
「…親父…」
「え…お父さん?リヴェルの?」
そう言われればこの褐色の肌、ボリュームの多い髪の毛、反発心旺盛な顔付き…似ている…。
私の呟きを聞いたランディキングは、
「世の中の大体のものは俺の子供だ。あんたも、今死んだ男も平等にな。だがリヴェルは俺が直接作ってこのミラグロ山を抑える役目を与えた。それを神が祝福して人々の体の悪い所を治す力も同時にリヴェルに与えた」
ランディキングはリヴェルを労わるように頭を抱えながら私を見て、
「それが一億六千年前に…」
「親父」
リヴェルはランディキングの言葉を止めて、唇を引き結んで私を見た。
「…あたしから話す。…説明しないといけないよね」
リヴェルはそう言いながら起き上がってあぐらをかくと、私を真っすぐに見た。
「あたしは…人の役に立ちたいって思って、神から与えられた力で人々の体を治し続けた。それでもこの山から半径十キロ以上は動くなって親父に言われてたから、それを守ってさ。
そうしたら色んな人…モンスターも体の具合が悪い所を治してほしいってこの山に来たよ。昔は凄かった、この山のふもとの町から外に出るぐらいの長蛇の列ができて」
私は真剣な顔でリヴェルの前に座って、話を聞く。
「そうしたら次第に神様が何度もやって来たんだ。寿命を迎える人の体を治すな、本人の努力で乗り越えてほしい不調を簡単に治すな、自分勝手に判断するな自分たちに伺いを立てろって。
うるっさいなぁって思ったよ。だってみんな体が健康になって喜んでんじゃん、みんな喜んでるのに体を治すなとか何それ?どうせ私にばっかり人間が助けを求めるから神としてのプライドが傷つけられて人気のあたしをやっかんでんだろって鼻で笑ってた」
リヴェルは昔の出来事を懺悔するような口調で続けて、落ち込むようにうなだれる。
「…正直調子に乗ってた。そんな時だよ、どうしてもその場を動かせない重病人がいるって国外から言われて…あたしもいい気になってたからさ、この山を降りて、町から出て…親父に言われた以上の所を抜けた」
「…」
何となくだけど、その話の先は嫌な予感しかしない。
だってリヴェルはミラグロ山を守る精霊、ミラグロ山は他の火山を抑える栓の役割をしている、それでミラグロ山が爆発したらどうなるかは…リヴェルから説明されている。
私の顔を見て、詳しく言わなくてもその後どうなったか私も察してるとリヴェルも思ったのか、続けた。
「この世の終わりが来たと思ったよ。国は溶岩で覆われて…体を治してもらうために体に鞭打ってわざわざやってきた人たちも、その付き添いの人たちも全員死んだ。
それも数百年の間は世界のあちこちで噴煙で畑が潰れて、日照不足で、冷夏で、冬の寒さも尋常じゃなくて…あたしの勝手な行動でどれだけの人が死んでいったんだか…」
リヴェルは唇を噛んで、
「神様たちに助けを願ったよ。そうしたらもう向こうに声が届かなくなっててさ。…何度も忠告したのに勝手な行動をし続けて地上に悪害を出した精霊ってことで…あたしは神様に見捨てられたんだ」
リヴェルはそう言うと自虐的な笑みを浮かべながら真っすぐ私を見た。
「とりあえず、親父に直接作られてミラグロ山を抑える役目の精霊だから消されずに済んだ。それでも神様を怒らせて見捨てられた。それなのに昔みたいに…サムラとか、サムラの部族の視力をまた勝手に治したらどうなる?今度こそ消されるかもしれない。
これ以上神様に睨まれたらあたしはきっと消滅する。そうなればまたあの酷い惨事が起きる。だからサムラの目を治すのは無理だって言ったんだよ。あたしだって治してあげたいよ、こんなろくに存在も忘れられてるあたしを頼ってわざわざ来てくれたんだもん。でも…それで一億六千年前のあの惨劇がまた起きる可能性があるんなら…あたしは何もできない」
「…」
サムラの目が治せない理由を聞いて唇を噛んで地面を見下ろした。
理由を聞くまで諦められないと思っていたけれど…聞いたら諦めざるを得ないほどの理由がついてきたじゃない。サムラのことを思うと諦めたくない、それでもここで無理を通したら私たちを含めて無関係の人々が数百年に渡って苦しむ…。
そんな葛藤を胸に抱きながらも、リヴェルの手を握って目を見た。
「…分かったわ。理由を聞かせてくれてありがとう。それと…ごめんなさい、あなたのそんな事情も何も分からないのにあんなに酷いことを言ってしまって」
「…」
リヴェルはフイ、と視線を逸らす。その顔は何もできない自分へのいら立ちと悔しさが見て取れた。
「…山頂に行く。山の現状確認しないと」
立ち上がるリヴェルの肩をジェノが支えて、二人で斜面を登っていくけれど…。
私はジェノに声をかけた。
「それとジェノ…本当に魔族なの?」
明らかにさっき魔族だと言っていたし、魔族に黒魔術が通じわけないでしょって言っているのはしっかりと聞いていた。
ジェノはギクと体を揺らして、アハ、アハハと笑いながら振り向く。
「あ、いやぁ、聞き間違いじゃないですかぁ?」
「だってリヴェルに通じてた黒魔術が通じないなんておかしいじゃないの」
ジェノはしばらくその場で固まって色々と考えを回らせている雰囲気でいたけれど、ガバッと両手を地面について頭を下げた。
「お願いです、見逃してください!」
ジェノは情けない顔を上げて、
「僕は他の魔族に無理やり人間界に連れて来られて…その魔族から逃げ落ちた今リヴェルと幸せに過ごしてるんです、お願いです、今まで人間を苦しめたことも一度もありません、魔族としての力も弱いんです、僕は人畜無害な魔族です、お願いです見逃してください!」
と必死に頼み込んでくる。
リヴェルも肩越しに私を見ていて向き直ると、
「そいつの言ってることは本当だよ。旦那とは思ってないけど情は湧いてるから殺さないでやってくれる?」
…あれ、もしかして二人とも私がジェノを殺すって思ってる?…そっか、私は魔族を何度も倒している勇者一行の一人だもの、ちょっと気になって聞いただけなのに誤解を与えてしまったわ。
「違うわ、倒そうと思っているんじゃないの。ただジェノは精霊だと思ってたから…驚いて聞いただけ」
特にその猫が眠そうにまどろんでいるその表情がすごく魔族っぽくない…。
すると、何だただ聞いただけかとジェノはホッとした顔で立ち上がって、ふとランディキングをみてソソソ、と近寄る。
「あの、娘さんと結婚させてもらってます、ジェノ・ネードです」
「ん、娘を頼む」
ランディキングはあっさり頷いて祝福した。
するとジェノはパッと嬉しそうな顔でリヴェルに振りながら、
「お父さんに承諾得たよ!これで名実ともに夫婦だね!」
「うるっさい、しつこい馬鹿」
すり寄るジェノをリヴェルがと小突きながら斜面を登って行った。
エリーがミラグロ山を止めたのはね、地球の自転を一人で止めようとするぐらい無謀な行為。
あと自転が急に止まったら人はすごい勢いで吹っ飛んで死ぬ。
詳しくはYouTubeのこれどうぞ↓
『【物理エンジン】もしも地球の自転が急に止まったら?』
個人的にこの方のタケコプター回の二つが大好きです。何度見ても淡々と酷いことしてて笑える。




