ドラゴンの中の人
青い光に照らされて鱗も鈍く光る中、ドラゴンもどこか緊張した面持ちで私たちと対面している。
すると真っ先にロッテが質問した。
「質問開始。あなたのお名前は?」
「ガウリス・ロウデイアヌスです」
しっかりとした口調の、声だけで成人男性と分かる声が魔法陣の中に響き渡る。
「男だったの!?」
私からの最初の質問はどうしてその姿に?だったけど驚きのあまり別のことを聞き返すと、ドラゴン…じゃなくて、ガウリスという人は頷く。
「はい」
男の人だったんだ…。サードに脅える様子、申し訳なさそうにする姿、それに何に対しても穏やかで優しい性格から純粋な子供か穏やかな女の人かと思っていた。
するとサードがガウリスを指さして私を見る。
「そらみろ、抱き着いて頭なでといてその正体は髭面のオッサンだっただろ」
「オッサ…」
ガウリスからどこかショックを受けたような声が響く。
「歳いくつ?」
アレンが聞くと「二十六」との答えが返って来たから軽く睨みつけサードをたしなめる。
「まだ若いじゃないの」
私たちよりは一回り近く年上だけど、まだおじさんといえる年齢でもない。まずドラゴンに視線を戻す。
「それで、どうしてその姿になったの?」
一番最初に聞こうとしていたのを改めて聞く。
「それが…どこから話せばいいのか…」
悩むような声にロッテはその場に座ってガウリスを見上げながら、
「時間はいくらでもある。最初から話しなよ」
と優しい声で語り掛けた。
それを聞いたガウリスも安心したのか、少し頭の中で話す順序を考えるように黙り込んでから話し始めた。
* * *
私の住む国にはあらゆる場に神殿が立ち並び様々な神を崇め奉っており、神官の家に生まれた私も真っ直ぐ神官の道を進み真摯に神に仕えておりました。
しかし信託…神の御言葉を聞く神事なのですが、ある時を境に神からの御言葉が聞こえなくなりました。
それは私の生まれるずっと前のことで、以来神の言葉は一切聞こえなくなったというのです。
私の父から上の世代の方々は神の声を聞いた人ばかり、しかし私は神の声も聞いたことがなければいくら心をこめて信託の儀式を行っても何も起きず助けを願ってもそれも全然叶いません。
そのようにいくら毎日祈っても何も起きないことが続くと、段々と神の存在に疑問が湧きました。
神は本当におられるのか。もしや神など元々おらず、私は神という存在しないものを崇めているに過ぎないのでは、と。
一度そう思ってしまうとどうにも神官の役割を続ける気持ち薄れ、共に神官の職を続ける意思も薄れてきたと父に正直に告白しました。しかし父は言うのです。
何を言っている、神はいる、声は聞こえなくともいつでもいらっしゃる。カームァービ山の頂上に神々は住んでおられて我々を見守ってくれている、分かるだろうと。
* * *
「カームァービ山って?」
気になって思わずガウリスの話を遮ってしまった。
するとロッテがスラスラと答えていく。
「カームァービ山。その山はとても高く頂上にはいつも雲がかかって晴れることがないため、神の住む地、信仰の対象、および一定地より上は人間が足を踏み入れてはならない禁忌の山として崇められ、恐れられている。
伝承ではその山に足を踏み入れて無事だった人間は神の血を受け継いだ英雄の二人だけで、普通の人間が足を踏み入れると神の怒りを買うとされ、カームァービ山の禁足地に足を踏み入れた人間は散々な末路を辿っている」
「その通りです」
良く知っているとばかりにガウリスは驚いたように言うと、アレンはピンときた顔でガウリスを指さした。
「ってことは、登っちゃったんだ?禁足地に」
ガウリスはうなだれるように小さく頷き、話を続ける。
* * *
父はとくとくと神はいる、私だって何度も神の声を聞いていると延々と私に言い聞かせてきました。しかしその父の言葉は神の声を聞いたことがない私の神経を逆なでし続けました。
そして決めたのです。ならば入るなと言われている地まで登り、本当に神がいるのかいないのか確認してみよう、それで何事も起きなかったなら神など居ないことが証明されると。
だってそうでしょう?民衆は神の存在を信じ、そして神と通じる職業の神官をも敬っているのです。なのに神がいないのならば神官など神を背後に民衆を騙す詐欺師と同じではありませんか。
残念ながら周囲の神殿にも人を助ける気持ちよりも神の名をちらつかせ自身の手元に囲い、お金の全てを巻き上げる神官も少なからずいます。
ですから神がいないことが証明されれば神の名をいいように扱い、そして騙る神官から民衆を守れるとも考えたのです。
そうしてカームァービ山の中腹にある神殿に月に一度の参拝をしたのち、一人別行動をして禁忌とされる領域に足を踏み入れました。
大きい岩や砂利だらけの場所を黙々と登って…段々と霧がうっすら広がってきました、気にせず更に登っていくと川を流れる水のように山の斜面を真っ白い霧が流れてきて私も辺りも覆いつくしました。
あまりの霧の濃さで前後左右上下も分からないほどで、下手に動くと滑落してしまうとその場から一歩も動けなくなったのです。すると声が聞こえました。
「何をしている?」
その声は一人でした、しかし周りから同時に声をかけられているような感覚で…。
神かとチラと思いましたが、しかし神などいない、いるはずがないという心で固まっていたので何者だと周囲を見回すと同じ声が響いてきたのです。
「ガウリス、ここに入ってはならないと神官のお前ならよく知っているはずだが?」
私は何も言っていません。なのに名前も、神官であることも言い当てられたのです。驚きのあまり聞き返しました。
「あなたは何者ですか」
「神官であるお前が信仰する者だ」
さすがにここまできたら本当に神なのかもしれないと思いましたが、その考えを振り払い、今までのうっ憤を晴らすように吐き捨てました。
「神などいるはずがない。いるのならば信託でも声をかけてくださるはずです、助けてくださるはずです。しかし私は神官になってから一度も神の声を聞いたこともなければ助けがあったこともない。神などいない、あなたも人を騙そうとする詐欺師と同等の存在なのではないですか」
すると少しの沈黙のあと、傷ついたような笑い声が周囲から聞こえたのです。
「悲しいなぁ、そこまで我々の存在を信じなくなったとは。悲しいよガウリス、私は悲しい」
酷く傷ついた口調に思わず口をつぐみました。そのまましばらく沈黙が続きましたが…相手を酷く罵ってしまったことに居心地が悪くなり遠慮がちに質問をしました。
「…あなたは本当に神なのですか?」
「そうだ」
「ならばなぜ信託に応えてくれないのです」
一瞬の沈黙が流れ、
「我々の言葉は届かなくなった」
何を言っているとばかりには私は言い返しました。
「神の言葉を聞くために神官の我々が居るのでしょう」
「お前たち神官が聞いてもその下に届かないなら意味がない」
何を言っているんだと思いました、私の国は毎年夏になると水不足に悩まされ、我々神官は雨が降るように祈りました、それが民衆の願いでもありました。しかしいくら祈っても毎年のように雨が降らない。
「だから私もこの世に神なんていないと思ったのです、なぜ我々の願いを聞き入れ雨を降らせてくれないのです」
すると軽く鼻で笑うような口調で、
「お前たちの願いを全てを聞き入れるのが神だと思ったら大きな間違いだぞ」
と言われたのでムッとなって、
「我々の願いを聞き届けないなら神など必要あるのですか」
と食い込むように返すと相手は黙りこみ、ふー、と呆れたようなため息をつき、静かに言いました。
「少々思い上がり過ぎだガウリス。お前は今、自分の思った通りに我々が動いてくれないとごねて八つ当たりしているだけだ」
その言葉にハッとしました。
気づいたのです、私はそれまで神のことを自分たちのために助言を与え、そして自分たちのために動いてくれる都合のいい存在として扱っていたことに。
その浅い心を指摘された自分を恥じました、そして神なんてないと思ったことを激しく後悔したのです。
「ガウリス」
優しく声をかけられ顔を上げると、
「ガウリスが我々の立場だったらどうする?みせてみろ、これはお前に与える罰だ」
その言葉と同時に体に衝撃が走り、私は気絶しました。そして目を覚ますと周囲の霧はすっかり晴れていて命は助かった、それならここでの神との会話を皆に聞かせなければと戻ろうとしたのです。
しかし歩こうとしても空中を闊歩しているようで、小人サイズの神官たちが絶叫して逃げ惑い、すぐさま王室の兵隊たちが追ってきて何がどうなっているのか分からないままその場から逃げました。
そうして大きな湖までたどり着いてふと見た湖の中に…この姿の私が映っていたのです。
私は絶望し空を見上げて神に懺悔の言葉を叫び続けますがその声も獣の咆哮そのものです、それでもなお叫んでいたら雲が集まり雨が降ってきました。
その雨を見て気づいたのです、まさかこれが神が言った『お前はどうするか』の意味なのか、国と協力してに雨を降らせてみろということかと。しかし神殿の皆とも国の兵隊とも言葉は通じずでそのような協力などできませんし、私を殺そうとどこまでも追ってくるのです。
カームァービ山へ行こうかとも思いました、しかし次は本当に命を取られるかもと思うと怖くて行けず、仕方なく故郷を去りました。人に見つからないよう昼は出来るだけ身を隠し、夜のうちに転々と居場所を変えて。
しかしこの体です、どんなに隠れてもすぐに見つかってしまい、騒がれる度に移動して国境もいくつも越え続けているうちに勇者御一行が近くにいるという噂を聞きつけたのです。
あなたたちは魔族にも会っていて様々なモンスターにも会っているはず、もしかすればこのような姿であれ何かおかしいと感づいてくれるのではと一縷の願いを込め、勇者御一行が向かった方向へ先回りしました。
* * *
「それがあの村だったのね?」
大体話が終わったから聞くと、ガウリスは大きく頷く。
「そうです。勇者御一行は東へ行ったというので、きっと宿のある村で一泊するだろうとあの山で一番大きい村にしばらく居座りました。…村の方々には残残ご迷惑と恐怖を与えてしまいましたが…」
「けどあそこら辺の村には宿なんてないぜ」
「えっ」
アレンのあっさりした言葉にガウリスがアレンを見る。
「あそこらへんは旅人が通る道から逸れてる普通の村だから宿なんて一軒もないだぜ、泊めてって言ったら優しい人が泊めてくれるかもしれないけど…。俺たちだってドラゴンを討伐してくれって頼まれてあの村に行ったんだし、会えてよかったよな」
「ああ…そうだったのですか…。てっきりあの辺りに宿があるのだろうと思って…」
「まあしょうがないよ分かんないもんは。で、どうやってガウリス人に戻すの、ロッテ?」
ロッテは真剣な表情でアレンを見てからゆっくりとガウリスに視線を動かした。
「あたしは何もできない」
「ええええ!?」
サードとロッテ以外の全員が驚いて叫ぶ。
「なんで!?」
「どうして!?」
私とアレンがわぁわぁと詰め寄ると、ロッテは手で私たちを押さえつけるように落ち着けというジェスチャーをした。
「まず、その姿にしたのは誰?」
「神です。…姿は見ていませんが、状況的に考えると神だと思います」
ガウリスは困惑したように言うと、ロッテは頷いた。
「あたしは神じゃなくて何?」
「…魔族」
私が答えると、ロッテはまたも大きく頷く。
「そういうこと。悪いね、神と魔族は相入れない存在だし、神が施したものは魔族のあたしがいくら頑張ろうがどうにもできない」
「何でぇ?」
アレンが納得のいかない表情でロッテに詰め寄るのを見て私は口を挟んだ。
「神と魔族は根本的に違うのよ。神は人間を守り慈悲を与え、時には罰も与える。けど魔族は…」
言いかけて、ハッとロッテを見る。
魔族に関しての話は悪口みたいなことしか本に書いてないからそのまま言ったらロッテが不愉快になっちゃうかも。
でもロッテは興味深そうな顔で促してきた。
「人間の口から魔族がどんな存在で通ってるか聞きたいから続けて」
…でもねぇ、色々と聞きに来たのに悪口っぽいこと言うのもどうかしら…。少しぼかしながら話を続けよ。
「魔族は…ロッテとかロドディアスみたいなタイプの人もいるって最近分かったけど、基本的に人間を陥れて、仲を不和にしそれを喜びの糧にしているの」
「さっさと結論を言えよ。つまりは正反対だってことだろ、互いに相入れない、交わらない、特に魔族は神に弱い存在、だから神が直接人間に施した物・行為には手が出せない」
「…。そう、だけど」
まさにサードが言ったのが正解。サードって魔法とか神とか魔族についての知識はそこそこしかないのに、そのよく回る頭で答えにはさっくりたどり着くのよね。
「ともかくサードの言った通りよ。神の属性は聖、魔族は魔、特に魔の属性は聖の属性にてんで弱いから何も手が出せない、分かった?」
アレンに言い含めるように言うと「分かった」と頷き、ロッテもうんうん頷く。
「それに元々ガウリスは神官なんでしょ?魔族は神官とも相いれないんだよね。なんせ神官のバックには神が控えてるんだから。『聖職者をつついて神を出す』なんて言葉も魔界にあるくらいだし」
サードは鼻で笑った。
「神を蛇扱いかよ」
「ならば私はもうこの姿から人間に戻れないのですか!?」
悲痛な声がガウリスから放たれる。
でもそうよ、無理の一言で終わらすなんてあんまりだわ。
「どうにかならないの?ロッテ」
ロッテは「んーーー…」と長く唸りながら首をかしげ考え込んで、
「まー、いくつか思いつく方法はあるけど」
「どんな方法ですか!」
ガウリスが魔法陣の中に入りそうな勢いで青い光に迫ってきて、ロッテは、
「ダメダメ、対象のモンスターはこの魔法陣の中に入れないの」
と言った時はすでに遅く、ひしゃげた声と共にガウリスは魔法陣の光の壁に当たって身もだえした。
「それでその方法って?」
痛そうに身をよじっているガウリスの代わりに私が聞くと、ロッテは指を一本立てた。
「一つ、その姿にした神に元に戻してもらう。その方法ができるか魔族のあたしには分からないけど、これが一番確実なんじゃない?」
「しかし…」
「二つ」
痛そうな顔をしたガウリスが何か言いかけたけど、ロッテが指をもう一本立てて話し続けるから口を閉じた。
「ドラゴンは自分の意思で人間の姿に変化することができる。でもこれは人間に『化ける』という行為だから人間に『戻る』とは言えない。だけど人間の姿になることはできる」
ロッテは指を三本目の指を立てる。
「三つ、魔法で変化させる。魔族に忠誠を誓う人間の魔導士の術に自身の体を別の生き物に変化させるものがあるらしい。けどこれは魔族に忠誠を誓うということだから神官の職に戻れない、それにこれも『戻る』じゃなくて『化ける』といったほうが正しい」
そして四つ目の指を立てる。
「四つ、魔界にある人からモンスターに変える薬を飲む」
「でもそれって人をモンスターにする薬なんでしょう?モンスターになった人がそれを飲んだらどうなるの?」
ラグナスが言っていたあの値段が高いという薬のことよねと思って口を挟むと、ロッテが驚いた顔でこっちを見る。
「知ってるの?」
…あれ、もしかしてその薬って魔族だけ知ってる秘密のものだった?
口を閉じて目を逸らして誤魔化しておく。
ロッテはジロジロと私を見ている感じがしたけれど、それでも何事も無かったかみたいに続けた。
「でもま、その薬も魔族が作ったもんだから神の手で施されたもんには効かないかな。だったら私が思いつくのはこの三つ。どうするかはあんたが決めな」
そう言うとロッテは私たちに視線を向けた。
「ねえ、あんたら今日泊まってくでしょ?それならご飯も用意するけど」
有難い申し出だから頷くと、どこか獲物を見つけた様な笑顔をロッテはしている。
…何その目…嫌な予感…。
二十代半ばころから年齢のことで「自分はもうおじさん・おばさん」と自虐で言う人が結構いますが、不思議なことにそう自称している人は妙に中年の雰囲気漂ってる気する。
逆に自分の年齢のことを全く気にしないか、「私はいつでも二十代❤(←実年齢もっと上)」って言ってるような人は若い気がする。全体的な雰囲気とかなんか若い。




